ビリビリ系元公爵令嬢(たぶん悪役)   作:激辛党

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頑固な汚れを熱線焼却

 季節は初夏であれども、エルヴァンディアでは午後五時も過ぎれば、日は陰る。

 院内の廊下へ差し込んだ茜色の光は、窓の十字の格子を模って、長く傾いた影を作った。

 

 それが偶然にも、聖なる印に近い紋様になり、ついレーダは脚を止める。

 さして信心深いたちではないが、持っていたモップをいったん壁に預け、両手を合わせて、お祈りを捧げた。

 そうするのが最も、この場に相応しい行為に思えたから。

 

 一仕事終えたらしいリバイブは、案の定、大尉にしか報告に行かなかった。

 形式上は、レーダも特務隊に所属する同輩であるにも関わらず、一言たりとも無しである。

 

 この病院へ来た当初は確かに少々の遅れは取ったものの、以降は終始休まず、このように清掃に励んでいた。

 その最中には、近くを通り過ぎることもあったというのに、互いの健闘を称え合う言葉はおろか、作業進捗はもちろん、ほんの少しの挨拶さえも、一切合切皆無だった。

 完全に、あからさまに無視されていた。

 

 さらに強く、ごしごしとモップで床の汚れを擦る。こびり付いた黄土色は、なかなか落ちない。

 仕方なく、粒子線放射でちょっと焼いた。凄まじい悪臭が鼻をつくが、その甲斐あって、炭化した汚れはいともあっさり消えた。

 

「ふっ……私だって、このくらい」

 

 いっそのこと、院内の全てをこのやり方で洗浄してやろうか、というよこしまな発想が生まれた。粒子線の透過率を変えれば、壁や天井の素材を貫通し、一挙に焼き切ることも可能だ。

 我ながら実にスマートなアイデアだ! と沸き立ったのも束の間、そんなことをしたら最後、いまだ院内に留まる患者全員が焼死することを思いだした。がっくりとくる。

 

 リバイブの能力があれば、仮にそういった被害が発生しても、ただちに治療できようが、それではマッチポンプもいいところである。

 そもそもそんな力技の、作戦とも言えない暴挙を大尉が許すはずが無い。

 

 結局、この病院においてレーダがやれることと言えば、モップを握り締め、そこら中を駆けずり回るくらいだった。

 その作業に関しても、荷電粒子を用いた身体機能の増幅が可能である大尉の方が、圧倒的に効率が良い。

 実際、敷地面積のほぼ九割を、大尉は単身で清掃しきっていた。

埃の一つも落ちない……とまでは、さすがにいかないにせよ、少なくとも人の居住できるところまでは、復帰しつつある。

 

 拭いて、掃いて、まとめて……と手際の良さもあったが、やはりその真剣さが、最大の要因だろう。

 大尉は微塵もいとわず、かつ迷っていなかった。これこそが己の為すべき事であると、真から考えているからこその完遂だった。

 

「私は……ああはなれない、な」

 

 ぼそ、と出た独り言は、レーダの心境そのままだった。あんな風に、役に立つかどうかも分からない――それどころか、ほとんど間違っている公算の方が高い行為に、自分は絶対に心の底から取り組めない。

 

 今やっているモップ掃除だって、大尉がやっているから形ばかり真似しているだけ。

なぜって、こんなことをしたところで、任務達成には何ら寄与しないことは分かり切っているからだ。

 

 あらためて――准将より受けた指令は『院内に、旧貴族連合の一派が潜むかどうか、確かめること』。

 この文面を、有無を確かめるだけで良いと読み取るなら、その二択の答えは既に開示されている。

 答えはノーだ。

 

 この病院には不審人物ならびに不審物の類は一切無い。いるのはろくな治療も受けられずに死にかけていた不幸な患者と、まともな補充と手入れもされないまま放置されていた医療機器の二つだけだ。

 

 ちなみに、本来ならいるはずの真っ当な医師と看護婦は、不思議なことに一人も見つからなかった。

 門番に話を聞いてみたところ、なんと今日は休診の日だったらしい。大尉としたことが、これは大いに失態である。

 ……まぁ、それならいつが診療日なのかと訊くと、彼はもごもご口ごもるばかりだったけれど。

 

 レーダの持つ粒子線放射の真の用途は、こびり付いた頑固な汚れを落とすためではもちろんない。

 極めて微細な粒子――ほとんどの物質をすり抜けるほど小さな物――を放射し、透過および命中した物体の位置、動きの速さを感知する。

 

 この放射の際、密度と速度は自在に変更できるので、殺傷能力を持った熱線として照射することもできる。ただし、これはあくまで副次的な効能であり、みだりに使うこと――とりわけ生体に向けることは、大尉から固く禁じられていた。

 

 第一の効能をもってして、レーダは既に院内全域の探査を終えていた。

 病院は三階建ての構造に加え、資材置き場として地下一階が備わる。いずれにも、活発に動く人影はなく、上下水管、排気口、屋上のポンプにまで手を広げても、やはり怪しい挙動をする者はいなかった。

 

 つまるところ、完全な外れだった。

 

 准将はその情報源を、あくまで噂としか表現していなかった。実際のところは全くの虚言で、ここは単なる廃院一歩手前の施設だった。それだけのこと。

 

 さもありなん、といった結論である。

 これはレーダの個人的な論評に過ぎないが、ジェパード准将閣下は大尉をいたずらにからかって、楽しんでいる節がある。

 

 二人が古くからの付き合いであることは、特務隊のメンバー全員が了知していた。あのフライアでさえ、閣下の話題となると、

「あーあのスケベおじさんのこと?」と、口さがなく言う。

フライアを純粋無垢な十代女児と信じ込んでいる大尉が聞いたなら、それこそ膝から崩れ落ちそうな物言いだが、これは耳で直に聞いた真実だ。

 

 まぁ、それもこれも大尉のいないところで、「下種」だの「クソジジイ」だの「姉さまに近づく虫けら」だのと、好き放題言っているリバイブの悪口が、多大な影響を及ぼしていることは間違いない。

 おそらく、意味も分からないまま真似っこしているだけ……だろう、たぶん。

 

 しかし、かくいうレーダ自身も、准将の動向に不信を抱きつつある点は、否定しがたかった。

 

 なにも言葉遣いや、まとっている雰囲気が……といった、何の根拠も無い勘ぐりではない。粒子線放射を操るパーティキュレータとしての見解である。

 

 司令基地内にあっても、その必要が認められる際は、レーダは躊躇なく、物質を透過する探査波を放出していた。

 基地内の兵士たちの所在、行動、人数。そういった種々のデータを常日頃から収集しておくことは、特務隊の今後の展望を計算するうえで必須だ。

 これは決して彼女の独断ではなく、大尉の意向も加味してのことだった。

 

 特務隊は現在、司令基地にて――というよりは、エルヴァンディア陸軍内において、文字通り非常に特殊な立ち位置にある。

 このメンバーは隊長も含め、いずれの将軍の直接指揮下にも入っていない。横の繋がりはもちろんのこと、縦の線すらどこにも結ばれていないということだ。

 

 ただし、ジェパード准将については、大尉との旧知の間柄という立場を悪用し、ときおり今まさにレーダたちが就いているような任務を押し付けてくることがあるが、これもやはり正式な指揮命令というわけではない。

 

 仮に、順調に任務が終了したとて、大尉は今回の報告書に、ジェパード准将の名前は一文字たりとも出さないだろう。

 あくまで、匿名の情報提供を受けたうえで、特務隊が自ら判断して動き、事態に対処した――といった構成にする。

 

 統率化された軍で、このような特異的な部署は本来、許されるべきものでない。例外は増えれば増えるほど、指揮系統は乱れ、有事の際には混乱を生む。

 下手を打てば、同軍同士での武力衝突さえ起こりかねない。

 

 にもかかわらず、特務隊は確かに存在している。理屈や理論、道理を飛び越え、五人ものパーティキュレータが、その性能を一兵卒はもとより、上層部にすら秘匿されたまま、一つの隊として暗躍している。

 

 これがどれだけ奇跡的で、かつ不安定なものか、レーダはよくよく理解していた。

 

 自分たちは、積み木の山の頂上に置かれた球体のようなものだ。いつ、何が原因で転がり落ちてもおかしくない。

 破局は遠からず訪れる。重要なのは、それをどのように迎えるか。

 

 話を少し戻し、ジェパード准将は、それを左右し得る最重要人物だった。

 彼はおそらく……いいや相当な確度で、パーティキュレータが何であるかを、把握しつつある。

 

 例えば前回、フライアとアクセルが向かったという、旧訓練施設での武装試験。

 後々、大尉に詳細を聞けば、あの任務中にも准将による横やりがあったという。とはいっても、内容は単なる確認の電話に過ぎず、それ自体は特段の影響を及ぼすものではなかった……が。

 

 出張先の施設の番号を調べてまで、わざわざ直電を掛けてきたのは問題だ。

明確な意図のもとに、准将はこちらの内情を調査、ないし牽制しようとしている。

 

 これを受けて、さすがに疑問の誤魔化せなくなったレーダは昨日、司令基地を出立する前に、准将の居室に探査波を差し向けた。

 

 その結果がまた悩ましく――。

 

「お嬢さん」 「え?」

 

 不意に、横合いから話しかけられた。

思索に没頭していたレーダは、不覚にも驚き、モップを取り落としてしまう。

 

からん、と静まり返っていた廊下に高い音が響き渡った。

 

「ああ、すまんね」

 

 話しかけてきたのは、禿頭の老人男性だった。彼は謝罪を口にしながら、床に転がるモップの柄を持ち上げ、手渡してくれる。

 

「こ、こちらこそ」

 

 素直に両手で受け取ったレーダだったが、はて? とすぐに違和感が過ぎった。

 

 リバイブの八面六臂の活躍により、院内に溢れかえっていた患者は、そのほぼ全てが即日退院と相成った。

 

『こんな不潔なところにいたら、せっかく戻した身体がすぐに悪くなる』とは彼女の言葉で、仮にも上官であるはずの大尉に、動ける人は力尽くでも叩き出せ――と言いつけた。

 どこまでも律儀で義理堅い大尉は、この部下からの指示に素直に従った、という経緯である。

 

 さりとて、ほぼ全てと言った通り、リバイブの再生も万能ではない。中にはどうしても動けず、院内に留まっている患者もいる。

 

 粒子鏡像体の効果は、鏡の文字が示す通り、元々あったものとそっくりの物体を複製するものだ。左右逆になったりはしないが、全く新たな物質を創造することは、その性質上できない。

 

 とはいえ、多くの傷病は臓器の不全や、身体もしくは栄養素の欠損によって引き起こされる。ゆえに、これを補えば解決は早い。

 加えて、感染症に苦しんでいる者についても、血液を始めとした体液全般を入れ替えることで、強引に再生することも可能と聞いている。

 

 だが、当人に元々備わっていない部位は、決して再生できない。すなわち先天性の障害だ。

 生まれつきの骨格の異常、手足、指の欠損は、参照先が無いために、コピー自体が失敗に終わる。

 

 病院内に留まらざるを得ない患者軍は、そういった者たちだった。

 

 ――はずだが。

 

「お爺さん、どうしてまだここに?」

 

 レーダに話しかけてきた彼は、ぱっと見る限りでは、何不自由ない身体をしていた。

両手足に、両目。いずれも問題無く機能しているように窺える。聴覚にしても、今こうして流暢に会話が成立しているのだから、自分のそれと変わらないはずだ。

 

「ん? いやね、どうしても今一度会いたいと思ってな」

 

 そう言って老人は禿頭を指でかいて、はにかんだ。

 

「まこと神話の天使か、女神のような子じゃった。我らに秘蹟をよみしたもう、天の使いそのものよ。

 じゃがあろうことか、あの子はワシと普通に話してくだすった。可愛らしい声で『お爺さん、もう大丈夫』とな。

 ワシはもう気が動転して、何とお礼を口にしたら良いものか分からんかった。挙句、一言も言えんうちに、あの子は次の者のところへと走って行ってしもうての。それが口惜しうて」

 

「そう……でしたか」 自分でも不細工な相槌とは思ったが、これしかとっさに出なかった。

 

 内心を正直に言葉にするなら、リバイブのことは嫌いだ。

 軍規も法律も守らないし、隊長である大尉を軽んじているし、なにより人を小バカにした態度が気に食わない。

 

 できることなら、特務隊から追い出してやりたい、今すぐにでも。

 そして、きっと向こうも同じことを考えている。

 

 病院に入ってすぐの時、こちらへ向けられた蔑みの視線。あれは本気の、本物だった。道端に転がる石ころと同じ扱いをされている。

 

 非常に悔しく、歯がゆい――けれども。

 

「それで、私に話しかけてきたと?」

 

「ああ、お嬢さんのその恰好からして、あの子の……ええと、同じところから来とるんじゃろ? どうにか、もう一度会いたいと伝えてもらえんか」

 

 期待に満ちた目。羨望と崇拝を感じさせる口調。それらは全て、同じところから来たレーダではなく、女神のようなあの子に向けられている。

 

 分かっていてなお、レーダは答えた。

 

「どうぞ、こちらへ。忙しい人ですから、あまり長くは話せないと思いますけど、ね」

 

 老人の手を引き、廊下の先へと促す。彼女の所在は、探査波を使えばすぐに掴めた。




隊員No.4
『レーダ』

年齢:十四歳ほど。
体形:背丈はフライアより少し高い程度。健康的で引き締まっている。
髪色:黒
性格:委員長タイプ
能力:粒子線放射

『粒子線放射』
微粒子を亜光速で放射し、その際に通過および付着した物質の各種情報を感知する。(形状、密度、座標など。)
微粒子の透過率は自由に変えられ、理論上は地球の裏側まで届く。
一度に放つことのできる粒子線の量に、特に上限は無い。

副次的な効用として、粒子線を高密度まで圧縮し、粒子ビームを放つこともできる。
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