【完結】運命ではなく、わたしが選んだ。   作:Sakiru

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『コントラスト』

 

「それでは篠澤さん。また放課後に。今日はミーティングの日ですから、レッスン室ではなく、事務所でお会いしましょう。そこで、出していた課題の答えを聞かせて下さい」

 

「うん、分かった。また、ね」

 

 別れの挨拶を口にすると、年上のプロデューサーはほんの僅かに口元を綻ばせた。その表情は廊下(ここ)では止めて欲しいと、広が内心そう思っている事など『彼』は知らないだろう。律儀に一礼してから、アイドル科の棟を出ていく。

 広(ひろ)は『彼』を見送ると、自身の教室に向かった。

 授業が始まるまで、あと二十分はある。さて、どうしようかと考えながら席に座ると、そんな事を考える暇もなく、友人達がすぐに集まってきた。

 

「おかえり、広ちゃんっ!」

 

「おかえりなさいませ、篠澤(しのさわ)さん」

 

 弾けんばかりの笑顔を浮かべているのが、花海佑芽(はなみうめ)。一年生ながら夏の『H.I.F』本戦に出場したアイドルである。その運動能力は学園の中でもトップレベルであり、逆立ちしながら腕立て伏せが出来る程である。

 丁寧な言葉遣いを使っているのが、倉本千奈(くらもとちな)。日本有数の大企業、倉本家の娘であり正真正銘のお嬢様である。ちなみに非公式ファンクラブの一桁代は彼女の家族やメイドといった、彼女に関係している人物達により席巻されているという噂がある。

 他にも友人は居るが、『友人は誰か』という質問をされた時、広は真っ先にこの二人の名前を挙げるだろう。

 

「ただいま。二人はもう、お昼ご飯食べた?」

 

 広の質問に、友人達は揃って頷いた。

 

「うん、食べたよ! 今日もお姉ちゃん特性のお弁当! とっても、美味しかった!」

 

「毎度の事ですが、あれをお弁当と形容するのは抵抗がありますわね……」

 

「……? 千奈ちゃん、何か言った?」

 

「いえ何も言っていませんわ」

 

 不思議そうに首を傾げる佑芽に、千奈はお嬢様スマイルで押し通した。

 

「広ちゃんは、プロデューサーさんと何食べてきたの?」

 

「ふふ、聞いて欲しい。今日は、中辛カレーを食べてきた」

 

 胸を張り自慢する、広。

 佑芽と千奈が目を見開き、驚愕の声を上げる。

 

「す、凄いよ広ちゃん! 成長したねっ!」

 

「ですわですわっ。前は、甘口で気絶しかけていたと言うのに!」

 

「ドヤッ」

 

「はい広ちゃんのドヤ顔頂きました〜!」

 

 言いながら、いつの間にか構えたのか──少なくとも、広にはそう見えた。相変わらずの超人じみた能力である──佑芽がスマホで記念写真を撮る。

 

「千奈も、中辛挑戦すると良い、よ」

 

「わたくしは甘口が好きですわ。それ以上の辛さですと、残してしまいそうですもの。それは作って下さった方に申し訳が立たないですわ」

 

「千奈のそういう所、好き」

 

「まあっ。篠澤さんに口説(くど)かれてしまいましたわ〜」

 

 頬に手を当てて、照れる千奈。

 

「それにしても、広ちゃんってプロデューサーさんと本当に仲が良いよねっ」

 

「千奈ちゃん可愛い!」と佑芽が千奈に抱きつきながら、そんな事を突然言った。

 

「そう、かな……?」

 

 小首を傾げる、広。

 いまいち実感の湧かない広にもどかしさを感じたのか、千奈が佑芽の言葉に同調する。

 

「花海さんの仰る通りですわっ。篠澤さんと、篠澤さんのプロデューサーさんはとても仲が宜しいかと思います」

 

 二人の友人から続け様にそう言われると、広も『そうかも?』と思い始めるようになる。

 

「確かに、わたしとプロデューサーの仲は、悪くはないと思う」

 

「うんうんっ」「ですわっ」

 

 激しく同意した佑芽と千奈は、そう思うようになった根拠を提示する。

 論理的に且つ情熱的に。そうでもしなければ篠澤広を説き伏せるのは難しいと、彼女達は理解していた。

 

「まず! プロデューサーさんはいつも広ちゃんが登校する時に迎えにきてくれるよね!」

 

「羨ましいですわっ。わたくしも先生と登校してみたいですわっ!」

 

 千奈の言う『先生』とは、彼女のプロデューサーの事である。千奈の祖父からとんでもない無茶振りをされたという『先生』だったが、千奈が直談判した事によりその問題は一応解消されたと広と佑芽は聞いていた。

 

「雨の日も風の日も! この前なんか、台風の時も来ていたよね! あたし、びっくりした!」

 

「わたくしもですわ! わたくし、強風と大雨の中相合傘をしているお二人を見て……とっても、とーっても感動致しましたわっ!」

 

 当時の事を思い返しているのか、千奈がうっとりとした声を出す。

 きゃいきゃいと燥ぐ友人達。そんな二人へ、広は言った。

 

「プロデューサーがわたしと登校してくれるのは、わたしが遅刻するのを防ぐ為」

 

「そうなの? でも入学した時ならいざ知らず、今なら広ちゃん、途中で倒れちゃう事はないんじゃない?」

 

「うん」

 

 広は頷く。

 学生寮から校舎までの常人にとっては短い距離であっても、体力がマイナスの広にとっては至難の道であった。何度途中で力尽き、遅刻しそうになった事か。

 だがそれは、プロデューサーが付いた事により無くなった。

 克服したのだ。

 厳しいレッスンを乗り越え、人並み未満から人並み以下の体力を身に付けた篠澤広は、今では問題なく登校出来ている。

 

「わたしがフラフラユラユラと、何処かで寄り道しないか心配している、みたい」

 

「まあっ、そういう事でしたのね。でも確かに、その光景が思い浮かびますわぁ……」

 

 千奈の脳裏に過ぎるのは、興味を注がれた物に付いていく広だった。

 

「それに今も、教室まで送り届けてくれていたもんねっ!」

 

「すっかりと馴染みのある光景になりましたわね」

 

「佑芽、見てたの?」

 

「ううん。広ちゃんと広ちゃんのプロデューサーさんの匂いがしてきたから、そうかなって!」

 

 奇人変人が多く何らかの話題に事欠かない一年二組であるが、篠澤広とそのプロデューサーは一日に一回はクラスメイトの間で浮上する。

 特に、入学試験がワースト二位の成績だった広に担当プロデューサーが付いた時は、それはもう衝撃が走ったものである。

 だが千奈の言った通り、二人の特殊な関係性は既にそういうものだと大多数の人間に受け入れられていた。

 

「わたしのプロデューサーは、過保護。わたしがちょっと、困っちゃうくらいには」

 

「でもそんなプロデューサーさんの事が、広ちゃんは大好きなんでしょ?」

 

 揶揄おうと目論む、佑芽。

 しかしそれは失敗に終わる。広が何の躊躇なく、頷いた為である。

 

「わたしのプロデューサーは、わたしの事が大事。すぐに悪態を吐くし、その時はとても冷たい目をしているけど、わたしの事を大切に思っているのが分かる」

 

「惚気(のろけ)ですわ〜〜っ!」

 

「ふふ。ドヤっ」

 

「はい、広ちゃんのドヤ顔またも頂きましたっ!」

 

「誕生日プレゼントも、喜んで下さって良かったですわね!」

 

「うん。千奈が良いお店を紹介してくれたおかげ。佑芽が一緒に買い物に付き合ってくれたおかげ。プロデューサー、本当に驚いてた。新鮮、だったな」

 

「また惚気だァー!」「ですわ〜っ!」

 

 黄色い声を上げる、友人達。

 落ち着いた頃、千奈が感慨深く言った。

 

「お話をすればする程、篠澤さんのプロデューサーさんは、篠澤さんのプロデューサーさんですわね」

 

「……? 千奈ちゃん、それってどういう意味?」

 

「言葉通りですわ。篠澤さんのプロデューサーさんは、他の方では代わりが務まらないという意味ですわ。少なくとも、わたくしはそう思いますの」

 

「おぉ、確かに! 何だかそれって、『運命』みたいだね!」

 

『運命』という言葉に、広はピクりと反応を示した。

 だが幸いにも、佑芽と千奈の二人は広の些細な感情の機微に気付いていないようだった。

 

「ロッカーから、教科書取ってくるね」

 

 断りを入れ、席を立つ。

「行ってらっしゃい!」と見送ってくれる友人達に軽く手を振って、広は教室から出た。だがロッカーには向かわず、ふらふらと廊下を歩く。

 目的地は、ない。

 深海を漂う海月(くらげ)のように、或いは、空中を舞う蝶々のように。

 屋上に出ると、広は、ぼんやりと考える。

 佑芽の言った、『運命』という言葉の意味を。

 

「──『運命』、か……」

 

 佑芽に悪気がないのは分かっている。

 なるほど、確かに自分と『彼』の出会いは他者から見たら『運命』そのものだろう。最近読んでみた少女漫画の導入にあっても可笑しくはないかもしれない。

 

「……」

 

 広は、自(・)分(・)が(・)幸(・)運(・)で(・)あ(・)る(・)事(・)を(・)自(・)覚(・)し(・)て(・)い(・)る(・)。

 佑芽のような優れた運動能力がある訳でもなく、千奈のような様々な人脈と繋がりのある家柄のお嬢様でもない篠澤広が、入学したばかりの時期から『プロデューサー制度』を利用出来ているのは、運でしかない。

 

 そう、全ては偶然だった。

 

 偶然、体力切れをし倒れた自分を『彼』が助けてくれた。必要でないのにも関わらず、広が目覚めるまで待ってくれていた。そして、自分はあの時──挙動不審な『彼』を一目見て、確(・)か(・)な(・)直(・)感(・)と(・)、論(・)理(・)的(・)思(・)考(・)を(・)以(・)て(・)『彼(・)』を勧誘(スカウト)し(・)た(・)の(・)だ(・)。

 それは、必要な事だった。

 事実、最高学年の三年生になって尚、芽が出ず伸び悩んでいた先輩達を広は知っている。その先輩達はプロデューサーに見初められ、今では遅れを取り戻す為精力的な活動をしているが、それが出来ているのは地力があったからこそ。

 初星学園に来るまで、地力どころかアイドルそのものにまるで関心がなかった篠澤広が盤上を覆す為には、それこそ運が必要だった。

 それは、とんでもないギャンブルだった。

 無論、それを望んだのは他ならない自分自身。

 既定路線の約束された栄誉を退屈に感じて不要だと思い、自分に最も向いていない将来(アイドル)を選択したのは、他ならない自分自身なのだ。

 だからもし『彼』と出会わなくても、成績不良による理由で退学を言い渡さなければ、広はこの初星学園に残っていたであろう。

 

 だが、『彼』と出会わなかった自分は──果たして、少しでも可愛くなれただろうか。

 

 佑芽や千奈達とは友人になれただろう。

 だが、その関係性はまるで違うものになっていたのではないだろうか。

 

 仮定の話でしかないのは、重々承知。

 認めよう。

『彼』という存在はとうの昔に、篠澤広という人間を構成する、とても大きくて決して欠かせない要素(ピース)になっているのだ。

 

 思考を切り替え、広は呟く。

 

「プロデューサーは、難しい課題ばかり出す、ね」

 

 数日前、セカンドソロシングルが決まったとプロデューサーから告げられた。

 所謂、持ち歌という呼ばれるこれは、一曲ならいざ知らず二曲以上となると持っている生徒は限られてくる。それこそ、『H.I.F』で活躍するような生徒(アイドル)でなければ、難しい。

 そして、現段階の篠澤広というアイドルはその領域には遠く及ばない。

 だが、それでも決まった。何でも、ファーストソロシングル『光景』を聴いた人物が広のファンになったとの事で、向こうからコンタクトを取ってきたという。

 曲名は、『コントラスト』。その意味は、対照、対比。

 そしてプロデューサーは、広にある課題を出した。

 それは、『篠澤広というアイドルの魅力を言語化する』というもの。

 それが出来なければ、アイドル・篠澤広の発展はないと、プロデューサーは断言した。

 よく出来た課題だと、広は思う。

 アイドルは、応援してくれるファンがいて初めて活動が出来る。ステージに立ち、『夢』を見せる事が出来る。

 そのファンを獲得する為には、自身の『武器(みりょく)』を他ならない自分自身が理解していなければならない。

 例えば他クラスの友人である月村手毬(つきむらてまり)。彼女のような圧倒的な歌唱力があるととても分かりやすい。

 だが、広にそのようなものはない。何せ、篠澤広のファンは他のアイドルのファンから『変わり者』だと言われているくらいなのだ。

 実際、『光景』を初披露するまで広は自分にファンが出来るとは思っていなかったし、その実感こそ、あの『光景』を視てからは湧くようになったが、完全に解明出来た訳ではない。

 

「わたしの魅力って、何だろう……?」

 

 自分の魅力──それは頭の良さではないかと、広は課題を出された直後に考え、それを口にした。

 しかし、プロデューサーはそれを一刀両断した。曰く、

 

『俺を含めてあなたのファンは、あなたの事を頭が良いとは思っていないですよ。絶対に』

 

 との事。

 むぅ、と広は思わず頬を膨らませてしまった。らしくなく、これでも大学を卒業しているのにだとか、定期試験の成績は指示通り一位を取り続けているのにだとか、そんな事を思ってしまった程だ。

 だが、頭の良い広がそういう事ではないと理解するのに時間は掛からなかった。

 次に広は、身体が弱くてダンスと歌がだめだめな所なのではないか、と考えた。

 ダンストレーナーが言っていたのだ。勝負所以外では最小限の動きをし、勝負所で一気に爆発させる。それがギャップを生み輝くのだ、と。

 これには、少し自信があった。何せ、専門職(プロフェッショナル)の言葉だ。いつもお世話になっている──特にダンストレーナーには──人の言葉を引用した広に、プロデューサーは鼻で笑って一蹴した。曰く、

 

『体力がないのは魅力ではなく、ただの弱点です。早く克服しましょう』

 

 との事。

 アイドルの弱点は長所である。そう反論したら、その危うい武器はさっささと卒業しろと言われてしまった。

 そのド正論に、広はぐうの音も出なかった。

 考えに考え、最後に。

 勇気を持って、広はおずおずと言った。

 

『か、顔が可愛いところ……?』

 

 広は、自信がなかった。

 いや、客観的に見れば自分の容姿が優れているのは言うまでもない事である。

 だが、それを口に出すのは中々に勇気のいる事だった。使い所を間違えれば、アイドルからただのナルシストに成り下がってしまう。

 何よりも。

『彼』がどのような反応をするのかを見るのが、広は、少し怖かったのだ。

 アイドルを選んだ本当の目的を、『彼』には打ち明けている。その上で『彼』は自身の『夢』を投げ打ってでも『趣味』に興じる広の方に価値があると言ってくれた。

 そんな『彼』に否定されようものなら、広は、落ち込む自信があった。やる気ゲージがゼロになり、元気を溜める必要があると確信していた。

 だが、その心配は杞憂に終わった。

 

『あのですね、篠澤さん。そんな当たり前の事を言わないで下さい』

 

 即答だった。

『彼』は何の躊躇いもなく肯定してくれたのだ。

 

「中にはあなたの事を『女神』等と呼称するファンも一定層居るみたいです。現状、害はないので放置していますが悪化すれば対処します」

 

 すぐにプロデューサーとしての観点で話を進めたのは減点だったが、広は内心、その喜びを噛み締めた。

 だが、それで良い。それが、良い。

 この一瞬の高揚と、ままならない道程(おもい)。それにこそ、意味がある。

 

 ──それから、広は課題を達成する為に動いた。

 

 佑芽や千奈といった友人や、クラスメイト、他クラスのアイドル達。

 トレーナー達や、入学時点で最も篠澤広を評価していた学園長。

 そして両親にも、聞き込みを行った。父親が相変わらず甘いのには苦笑を禁じ得なかったが、両親が自分の事を愛しているのだと広は再認識した。

 それは他者から見たら、恥ずべき行いだったかもしれない。

 だが、篠澤広は知っている。

 考えても分からない時は、自分の足で動いて自分の目や耳で感じるのが結果として一番正解に近いのだという事を。

 様々な回答があった。

 そしてその回答には、様々な種類があった。

 初星学園に来てから出会った大切な人達。その人達から学んでも、広は答えを得られなかった。

 

「やっぱり。篠澤広(わたし)の根源(ルーツ)は、まず此処、かな……」

 

 篠澤広(アイドル)ではない、篠澤広(しょうじょ)の事を知っているのは、他にも居る。

 広はスマホのアプリから連絡帳を開くと、今はもう殆ど交流のない知り合いに連絡を取るのだった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 放課後。

 事務所に赴くと、プロデューサーは作業机(デスク)で勉強をしていた。一般科目の勉強だ。

『彼』は必死になって隠しているが、成績が下降しているのを、広は知っている。それでも『プロデューサー制度』を利用出来るだけの成績は余裕で収めているのだが、『彼』は大勢の人から期待されているらしく、その重圧(プレッシャー)は推し量る事さえ出来ない。

 頼ってくれれば勉強を教えたいと広は思っているが、その機会は無いだろうなとも思っている。

 何故なら『彼』の成績が下がっているのは、他ならない広自身が原因なのだから。

 広は、その事に負い目を感じてはいない。そうなる事を理解した上で、自分達は『趣味』に興じているのだ。

 だが、少し寂しくは思っている。

 同時に、それ以上に、意地を張っている『彼』を誇らしいと思っている。

 それ故に、広からはその話題を決して振らないよう心に決めている。

 まあ、もし万が一──億が一その時が来たら『彼』を首席で卒業させようと画策はしているし、いつそうなっても大丈夫なように専門大学が取り扱っている科目の殆どは自己学習し終えているのだが。

 

「プロデューサー、来たよ」

 

「こんにちは、篠澤さん。申し訳ございません、すぐに片付けますね」

 

「ううん、ゆっくり大丈夫。わたしも、準備があるから」

 

 プロデューサーが作業机(デスク)を綺麗にするのと、広が準備を終えるのは殆ど同じだった。

 いつものソファーベッドに、二人並んで腰掛ける。大事な話をする時は、此処でするというのがいつしか暗黙の了解となっていた。

 

「それでは篠澤さん、お聞かせ下さい。『篠澤広(あなた)のアイドルとしての魅力』は、言語化すると何でしょうか?」

 

「うん。わたし、考えてみた。でも、分からなかった。だから沢山の人に聞いてみた、よ」

 

「それで、その方達は何と仰っていましたか?」

 

 プロデューサーの質問。

 それに対して、広は用意していた資料を提示した。

 

「これは……驚きました。よく、頑張りましたね」

 

 珍しく、プロデューサーが素直に褒めてくれる。

 普段なら喜ぶ所だが、広にその気は全く起きなかった。

 

「……法則性はなかった。これだ、というものも、なかった。皆、ばらばらだった」

 

 答えに辿り着く為の要素(ピース)は手に入れた。

 だがどれだけ広が考えても、全てが合致する事はなかった。

 この難問だけは、篠澤広は自分一人では解けない。

 

「……ごめんなさい、プロデューサー」

 

 広は謝った。

 課題達成出来なかったアイドルを、プロデューサーは責めなかった。

 

「それなら、一緒に考えてみましょう」

 

「……え?」

 

「実に篠澤広(あなた)らしい。実にままならない」

 

 そう言うと、プロデューサーは少しだけ笑った。

 

「……怒らないの?」

 

「怒りませんよ。篠澤さんは出来る限りの事をやったのでしょう?」

 

「うん」

 

「それなら、一緒に考えましょう」

 

 ──少しだけ時間を下さい。

 プロデューサーはそう断りを入れると、真剣な表情で広の報告書に目を落とした。そして、物凄い速度で読み進めていく。

 その能力の高さに舌を巻きながら、広は居心地悪く感じた。

 自分の事を書いた文章をすぐ傍で読んで貰うというのは、とても、恥ずかしい。

 だが、悪くない。

 

「──お待たせ致しました」

 

 読み終えたプロデューサーに声を掛けられるまで、広は新たな苦しさに悶えていた。

 

「たった数日でここまで仕上げくるとは、流石ですね。客観的に自己分析出来ていますし、これは、今後のアイドル活動に於いても役に立つでしょう」

 

「それでは、篠澤さん」と、プロデューサーは続けて言った。

 

「まだ提出していない資料を、見せて下さい」

 

「……何の事?」

 

 惚けてみせるも、プロデューサーは騙されてはくれなかった。

 苦笑と共に、広の隠し事を事もなげに的中させる。

 

「しらばっくれても無駄ですよ。ここまでやったあなたが、こんな中途半端で終わらせる筈がない」

 

「すごいね。わたしの事を、よく分かってる」

 

「提出済みの資料にはご両親や初星学園で出会った人々の事は書かれていましたが、それ以前の人々が書かれていませんでした。それも、意図的に」

 

 そして、プロデューサーは言う。

 

「入学以前の、昔の知人からの篠澤広に対しての総評。あなたが彼等に聞き込みを行っていない訳がない」

 

 プロデューサーが確信を持っているのは、言葉と態度から明らかだった。

 観念した広は、隠していた最後の資料を鞄の中から取り出す。

 それは先程、急拵えで作成したものだった。正直な所、彼等から返信が来たのに広は驚いたのだが、今それは関係ないだろう。

 

「プロデューサーは、本当にすごいね」

 

「それはどうも」

 

「でも、女の子の秘密を探ろうとするのは良くないと思う、な」

 

 最後の抵抗を見せると、『彼』は苦笑いした。自分でも、強引なのは自覚しているのだろう。

 その上で、『彼』はこう言った。

 

「他ならない俺が、知りたいんです。昔のあなたを。『趣味』を見付けていなかった、あなたを」

 

「プロデューサーは、ずるい。そんな事言われたら、断れない。──あまり、参考にはならない、よ? それでも、本当に良い?」

 

「構いません。言ったでしょう。俺はただ、知りたいんです」

 

『彼』の瞳に見詰められる。

 広は、咳払いすると答えた。

 

「その人達は、わたしの好きなところをこう言ってた」

 

 続ける。

 

「冷たくて、無機質で、人間性が薄くて──」

 

 続ける。

 

「ミステリアスで、スペシャルで、アメイジングで、ユニークなところ」

 

 続ける。

 

「篠澤広(あなた)の一番素敵なところは、簡素なデザイン時計のような機能美です、って言ってた、よ」

 

 広の言葉を聞いたプロデューサーは、真顔でこう言った。

 

「それ、本当に篠澤さんですか……?」

 

「だから参考にならないよ、って、言ったのに」

 

 むくれながら広が言うと、プロデューサーは「ああ、申し訳ございません」と慌てて謝ってきた。

 その態度に、広は溜飲を下げた。

『彼』の人間臭い様子を知っているのは、少ない。そのうちの一人に自分は含まれているのだと、実感する。

 

「先程のお話ですが、やはり、今の篠澤広しか知らないファンからは決して出てこない解釈ですね」

 

「うん、そう」

 

「しかし、それがアイドルの魅力に繋がらない理由にはなりません」

 

「そう、かな……?」

 

 小首を傾げる広に、プロデューサーは柔らかい声音で言った。

 

「アイドルになった前となった後の篠澤さん。違う要素(ピース)も多くありますが、重なっている要素(ピース)も多くあります」

 

「でもそれだと、わたしの魅力って結局分からなくない?」

 

「そうですね。敢えて、纏めるのならば──『篠澤広というアイドルの魅力は、分からないのが魅力』なのでしょうね」

 

「……それ、だいぶこじつけじゃない?」

 

 広が苦言を呈すと、プロデューサーは肯定の頷きを返す。

 その上で、こう言った。

 

「冷たくて、あたたかくて、無機質で、人間らしくて、天才にして非才。そんな、摩訶不思議で謎に満ちた篠澤広(あなた)を、ファンの方々は解き明かそうとする。そしていつか、過去のあなたがしてきたように、その答えを自分で出すんだと思います」

 

「ふふっ。それって、ファンの人達、とてもままならないね」

 

「ええ、とても」

 

「課題達成、おめでとうございます」と、プロデューサーは言った。

 

「早速明日から、『コントラスト』のレッスンに入りましょう。それでは、篠澤さん。今日はこれでお開きに──」

 

「ねえ、プロデューサー」

 

 言葉を遮り、広は、ソファーベッドから立ち上がろうとするプロデューサーのスーツの袖を摑んだ。

 途端、プロデューサーは露骨に嫌そうな表情を浮かべる。

 

「……何か?」

 

「わたし、まだ聞き込みを行っていない人がいる」

 

「…………ほう。それは、何故?」

 

「一番最初に聞いたら、わたしはきっと、その言葉に左右されてしまうだろうから。そう思ったから、わざと、その人へ個人的には聞かなかった」

 

「でもね」と、広は続けて言った。

『彼』が決して逃げないよう、琥珀色の瞳で尋ねる。

 

「課題は、達成した。頑張ったアイドルには、ご褒美が必要。そう思わない?」

 

「毎回毎回ご褒美を上げていたらキリがありませんよ」

 

「手毬は貰ってる、って、言ってた」

 

「月村さんは月村さん。篠澤さんは篠澤さんです」

 

「ふふっ、プロデューサー。面白い言い方をする。──あのね、プロデューサー。もしご褒美をくれなかったら、わたし、やる気が下がる気がする」

 

「ちょっと待って下さい誰ですかそんな入れ知恵をしたのは」

 

「美鈴(みすず)。そう言うとプロデューサー(あなた)は折れるんじゃないか、って、この前アドバイスしてくれた」

 

『彼』は舌打ちした。

 それは広ではなく。

 入れ知恵をした、広の友人の一人である秦谷(はたや)美鈴でもなく。

 秦谷美鈴のプロデューサーに対してであった。

 

「俺の方から、秦谷さんのプロデューサーに抗議の文書を送っておきます」

 

「わぁお」

 

 それから『彼』はブツブツと何事かを呟いていた。

 年相応の『彼』の姿。

 その姿を引き出せるのが自分ではない他者に、広は思う所があったが──それは、まあ、今はまだ良いかと思う。

 そんな事よりも、広には優先事項があるのだ。

 

「優秀なわたしのプロデューサーは、担当アイドルのやる気が自分の私情でだだ下がりするのは認められない。そんな人。違う?」

 

「……それ、脅迫ですよ」

 

 最後の抵抗を見せる『彼』に、広は微笑んで言った。

 

「女の子(わたし)の秘密を探ってみせた、あなた。それなら、今度はわたしの番」

 

 暫く顔を引き攣らせた後に、『彼』は観念したように溜息を吐いた。

 そんな『彼』に、広は尋ねる。

 

「わたしの魅力って、なに?」

 

 

 

 

 

 

 

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