兵士と使用人達が慌ただしく働く気配で活気に満ちた城内。
そんな中、内政官達が多く働いている一室に足を向ける金色の鎧姿の男が一人。
「皆おはよう。調子はどうだい」
「これはジェラール様。おはようございます」
部屋に入るなり声を掛けたジェラールに、部屋にいた者達が手を止めて一斉に頭を下げてくる。それを手で制して、ジェラールは内政官達に改めて声を掛けた。
「すまない邪魔してしまったか。私の事は気にせず続けてくれ」
「ハッ!」
その声に再び手を動かし始めた彼らに視線を移したまま、ジェラールが訪れた理由を察しているのか、一人の内政官が近付いてくる。
「ヴィクトール運河の復旧、それに要塞の始末はどうなっている?」
「はい、既に七割ほどまで完了致しました。遅くとも月の終わりまでには全ての作業が終わると思われます」
「そうか、良かった。これでようやく一安心出来るな。残っていたモンスターや作業中の事故で問題は起きていないか?」
「御座いません」
「分かった。引き続き頼む」
内政官の言葉にジェラールは軽く頷くと、これ以上彼等の邪魔をするわけにはいかないとばかりにそのまま部屋を出て行った。
そんな彼の姿を内政官達が頭を下げながら見送る。
「これで父上や兄上もお喜びくださるだろうか。……駄目だなこんなに感傷的になっていては逆に叱られてしまうかもしれない」
そんな独り言を呟きながら、ジェラールが次に足を向けたのは、城内でも特に兵士達の姿が多い、城内の人間が使う酒場兼食堂。
今日も休憩中の者が多く集まっていて、その中の一人、逞しい体つきをした重装歩兵のベアがジェラールの姿に気付くと声を掛けてきた。
「これはジェラール様。こんな所まで御出でになられるとは。これから出陣のお声がけですか?」
「いや、顔を見に来ただけさ。だが近い内にモンスターの討伐に行くかもしれない。その時はまた頼むよベア」
「お任せください。ジェラール様の為とあらば何処へなりとも。必ずや御守りいたしましょう」
「期待している。では皆、ゆっくり休んでくれ」
「ハッ!ジェラール様!」
ベアを始めとして他の兵士達からも声を掛けられながらジェラールは再び部屋を後にする。
ジェラールが戴冠し二年。モンスターの討伐や行幸がなければこうして城内を見て回って声をかける事が日課になりつつあった。かつての父や兄の様になっている事に少し笑みを浮かべ、家臣と民に慕われていた二人を思い出す。
「父上、兄上。まだまだ未熟な私ですが、これからもどうか見守っていてください」
このまま城下を見に行こうかと思案しながら足を進めていたジェラールだったが、不意に背後から掛けられた声に足を止めた。
「ジェラール様、おはようございます。今日もお勤めご苦労様です」
「やぁエメラルド。君もおはよう」
声の正体はジェラールが幼い頃から帝国に仕えている宮廷魔術師の一族。その一人であるエメラルドだった。黒い髪に赤いドレス、そして彼女が得意とする火の術法と同じように綺麗な赤い瞳。
ジェラールの前まで駆け寄ってくると、エメラルドはその赤い瞳を少し細めてジェラールを見上げた。
「何か気になる事でもおありですか?ジェラール様」
「どうしてそう思うんだいエメラルド」
「私がジェラール様の事を分からないわけないじゃないですか。ずっとお傍で仕えているのですから」
「それは……参ったな。そんなに顔に出てしまっていたかな」
そう言ってジェラールが苦笑交じりに頭をかく。
エメラルドとはもう十年以上の付き合い。だからこそ彼女には隠し事は無駄だろう。ジェラールはそう思い、少しだけ困った様な笑みを浮かべて口を開いた。
「父上や兄上の事を考えていてね。あの二人が国を治めていた姿を思い出していたんだ」
「……」
「私はまだ二人に及ばないからね。だからどうにか少しでも近付きたいとそう思ってしまった。……すまない、エメラルド。心配を掛けてしまったかな」
「いえ、そんな事はありませんわ」
首を横に振りながらエメラルドはそう返す。本人は謙遜してはいるものの、立派に皇帝としての職務を果たしていると彼女はそう思っていた。
先帝レオン、そしてジェラールの兄であるヴィクトールの仇である七英雄のクジンシーを見事に打ち破りその名を轟かせた。それだけではなく、帝国の手から離れていた南バレンヌ地方も支配下に治め、復興も進めている。
そんなジェラールの姿を間近で見続けてきたからエメラルドの、いや彼に付き従い戦ってきた者達からの言葉。
だがジェラールの心の中はまだ晴れないのか、まだ少しだけ沈んでいるようにも見える。
それが優しいジェラールらしいといえばそうなのだが、エメラルドはそれが少しだけ不安で仕方なかった。
ジェラールがこれから歩いて行く道はまだまだ続く。だが、その道はとても過酷で、厳しく、時には帝国の民達の幸せの為に非情な決断を迫られる事もあるだろう。
それはきっとジェラールの後に彼の遺志を継いで戦っていく次代の皇帝達も。
そんな彼を傍で支えていく。まだ幼い頃に誓ったその思いは今もエメラルドの胸の中で確かに輝いている。
「……ジェラール様。私はどこまでもジェラール様について行きますわ」
「エメラルド?」
「ジェラール様の御力になる事で少しでも御助けになれれば。ジェラール様の支えになれれば私はそれで良いのです」
「ありがとう、エメラルド」
そう言いながらジェラールは笑う。その言葉が嬉しかったのか、その笑顔は先程よりも晴れやかに見えた。
そんなジェラールの姿をエメラルドが眩しそうに見つめる。その目はまるで恋する乙女の様に優しく、暖かいものであった。
日が沈み、夜の帳が下りた頃。
城中も城下の人々も寝静まった中、ジェラールは一人バルコニーから城下の町並みを眺めていた。
「私はこれで本当に良かったのだろうか……」
小さく漏らしたジェラールの呟きは、夜の静寂に消えていく。
それは、戴冠式の日に彼の心の中に生まれた一つの不安。
帝国の為に戦い、皇帝として生きる覚悟は出来ていた。父の遺志を継いだ後悔はないし、兄の仇を討てた事にも後悔はない。
だが、二人が生きていてくれればと考えてしまう事があった。
「父上……兄上……私は……」
そこまで思いに耽った所で、振り払う様に首を横に振った。
運河要塞での戦いの後、こうして少し情勢が落ち着いてからは特に考える事が多くなった。
それも当然だ。これから先はもっと激しい戦いになる。帝国を繁栄させる為、クジンシーの様に人に仇なす七英雄が居れば彼等との戦いも待っている。
だがそんな時に皇帝がこのような有様では将兵も民も、皆不安になってしまうだろう。
そう思い直してジェラールは背筋を伸ばし、バルコニーの手摺りに手をついた。
「私は、父上や兄上の分も生きて戦っていかねばならない。この帝国を強い国にする為にも」
その言葉に応える様に、ジェラールの持つ皇帝の証でもあるレオンの剣が淡く光を放つ。それをまるで息子を励ます様だと思わずにはいられなかった。
「私は必ずこの使命を果たしてみせる。私の代で叶わなくとも、次が、またその次の世代が成し遂げてくれるはず。だから父上、兄上。私を……帝国を見守っていてください」
夜空に瞬く星にそう誓う。それと同時に彼の胸の中にあった迷いが少しだけ晴れた気がした。
城内へ戻り、体を休めるべく自室へ向かおうとすると、ふと廊下の壁に何か書いてあるのが目についた。それは何かの絵の様だった。
こんな所に落書き?それにしても一体誰がこんな悪戯を。そんなジェラールの疑問も見た途端に氷解していく。
見覚えのあるそれはどこかを指す猫を模したものだった。まさかと思い絵が指し示す様に追っていくと、自室の前に辿り着いた。
そして扉脇にも同様に猫の絵が描いてあり、それは部屋の中を指していた。そのまま中へ入ると、今度は向かいの壁に窓の方を指し示す猫の絵。釣られるようにして窓の方を向いてみれば──
「皇帝さん♪騙されたー」
「キャット……君か。驚かさないでくれ」
「あはは、ごめんね皇帝さん。でも悪戯は大成功ね」
背後からかけられた声の主、そして悪戯書きの犯人は帝国の闇で動く盗賊、そして帝国の耳でもあるシティシーフのキャットだった。
扉横に隠れてジェラールを待ち受けていたらしい彼女は悪びれもせず笑う。
運河要塞の攻略で彼女達の助けを借りた後も、こうして時々ジェラールの所へ遊びか悪戯か分からない事をしにやってくる。今回もそれだろうと当たりを付けていた。
ジェラールはそんな彼女に溜め息をつきつつも、苦笑しながら口を開く。
「それで、今日は一体何の用だい?まさか本当に悪戯だけしに来た訳ではないだろう?」
「んー。半分は本当よ?」
「半分、か」
「もう怒らないでよ皇帝さん。今日はちゃんと用事があって来たの」
「……?何か大臣に言えない報告でも?」
「皇帝さんが最近悩んでるみたいだからあたしが話を聞いてあげようと思ってね」
キャットが近づきながらそういってニッと名前の如く猫の様な笑みを浮かべると、ジェラールの顔をすぐ傍まで覗き込んできた。
「私は別に悩んでは……」
「ダメよ皇帝さん。皇帝さんが悩んだりしたら皆不安になっちゃうんだから。城の人には無理でも、あたしにくらいは話してくれても良いんじゃない?それとも、あたしじゃ頼りないかなぁ」
ジェラールの手を取りながら心配そうに言ってくるキャット。その手に込められた温もりにジェラールは思わず口を閉ざしてしまったが、その言葉は最もだと自身に言い聞かせていった。
皇帝として情けない姿は見せられないが、秘密にしてくれる相手に吐き出してしまえれば楽になれるかもしれない。そう思い静かに語り始めた。
「父上や兄上を思い出していたんだ」
「うん」
「クジンシーも倒せた。運河も取り戻せた。でもそれで二人が帰ってくるわけじゃない。私は、帝国はもっと強くならければいけないのに、たまに心が折れそうになる事があるんだ。このままでいいのか。私はちゃんとやれているのか、と」
「うんうん」
ジェラールの言葉にキャットは黙って聞き続ける。
無責任に肯定や否定をするでもない、ただ真剣に聞いてくれているその姿に促されてか、ジェラールの言葉はさらに続いていく。
「伝承法にも不安が無いわけじゃない。誰かが私達の遺志を継いでくれる。それはとても嬉しいし心強い。だが……それは同時に誰かに、私達の次の世代にも戦いを強いる事になる。果たしてそれで本当に良い事なのか……」
「大丈夫よ皇帝さん」
「えっ……?」
ジェラールが全て吐き出すよりも早く、キャットがジェラールの頬に触れて微笑む。その笑顔はいつもの悪戯めいた表情ではなくどこまでも優しいものだった。
「次の皇帝陛下達も、絶対に立派に務めを果たしてくれるよ」
「キャット……」
「あたし達もそんな皇帝陛下達の力になってあげる。だから皇帝さんも自分の信じた通りに進みなよ。それがきっと正しい道だからさ」
キャットの言葉を聞いてジェラールは思わず笑みを零してしまう。そして、彼女の言葉を噛みしめる様にしばらく目を閉じると、再び開いた時には先程までの迷いは無くなっていた。
「ありがとうキャット。なんだか少し楽になったよ」
「ふふん、良かった。これで皇帝さんも元気になったみたいね」
「ああ、お陰様でね」
そう言って聞いてくれたキャットを安心させる様にもう一度微笑んでいく。
そんなジェラールの姿を見て満足気に笑うと、キャットは再びジェラールの手を取り自身の頬に当てていった。
その行動にジェラールが困惑する中、キャットは楽しげな笑顔を浮かべてジェラールを見上げる。まるで猫の様に甘えるキャットに、ジェラールはどうして良いのか分からずされるがままになっていた。
そんなの反応に気を良くしたのか、今度はジェラールの胸に頭を預ける様にして寄り掛かっていった。彼女の短い、しかし柔らかそうな金色の髪がジェラールの胸に当たり、少し崩れていく。
急にそんな事になってしまい思わず焦るジェラールだったが、キャットの方はお構いなしといった様子だった。
「キャ、キャット……!?」
「皇帝さんの匂いがする」
「そ、そうか。ヘクター達と訓練したから汗臭いかもしれない。すまない」
「ううん。そういうんじゃないの」
キャットはジェラールの服をギュッと掴むと、小さな声で呟くように、だがハッキリと言った。
「皇帝さんは皇帝さんだよ。ちゃんとここにいて、ちゃんと生きてる。それがとっても安心するの」
その言葉がジェラールの耳に響く。それはきっと彼女の本心なのだろう。
そのまま暫くの間、胸に顔を埋めていたキャットだったが、不意に顔を上げるとジェラールを見つめてきた。
「皇帝さんはさ。あたしの事、どう思ってる?」
「え……ど、どうとは?」
突然の質問にジェラールは思わず聞き返してしまった。そんなジェラールの様子を見てか、キャットはさらに言葉を紡いでいく。
「あたし、結構皇帝さんに尽くしてるつもりなんだけどさ。皇帝さんの為に色んな所に行って色んな物を調べてるし、皇帝さんの為に危険な橋も渡ってきてるんだよね」
「それは勿論知っている。いつも助かっているよ」
「ならさ、あたしの事をどう思ってるかを聞かせてよ」
真っ直ぐに見つめてくるキャットの瞳。その視線にジェラールは少しだけ戸惑いながらも答えた。
「君は帝国の大切な家臣だ。もちろん私にとっても大切な存在だよ」
ジェラールはそう答えたが、キャットはそれを聞いて不満げに口を尖らせた。
「それだけ?」
「え?」
「ここまでしてあげないと分からないかなぁ……。もう、仕方ないんだから。ちょっとしゃがんでよ皇帝さん」
キャットの言葉に従ってジェラールは体を屈ませる。そんなジェラールに合わせる様にキャットが背伸びをすると、顔を両手で挟む様に掴み、そのまま引き寄せるようにしてキスをした。
突然の出来事にジェラールは驚きつつも抵抗する事はしなかった。
しばらくの間、互いの吐息を感じながら唇を重ねていた二人だったが、やがてどちらからともなく離れる。
「な、何をするんだキャット……」
「皇帝さんが悪いんだよ。鈍感なジェラール様」
そう言って頬を膨らませるキャット。そんな彼女が拗ねてしまった猫みたいに、しかしとても可愛く見えたジェラールは思わず苦笑する。
だが、すぐに真面目な表情になると真剣な眼差しを彼女に向けて言った。
「私はこの帝国を、世界を平和にしなければならない」
「うん」
「だが、それと同じくらいに私は君の事も大切に思っている」
「……うんっ!」
ジェラールの言葉を聞いて嬉しそうに微笑むキャット。その笑顔に応える様にジェラールも優しく微笑み返すとその腕で彼女を抱きしめていった。
腕の中で、キャットは幸せそうに呟く。
「あたしは絶対に、ジェラール様の傍を離れないからね」
「ああ、ありがとうキャット」
互いが互いに応える様に、優しく、そして絶対に離さないかの様に強く抱きしめ合いながら、アバロンの夜が更けていくのであった。
翌日、アバロンの城下町を二つの人影が歩いていた。一人はジェラール、もう一人はキャットだった。昨日の事もあってか二人の距離は以前よりも少しだけ近くなっていた。
ジェラールの腕を取り、身を寄せる様に歩くキャットの姿はどこをどう見ても恋仲の様であり、そんな二人の様子を町の人々も微笑ましげに見つめている。
そしてそんな二人の様子を少し離れた場所から見つめる人影がまた二つほどあった。だが見つめるというよりは、睨んでいると表現した方が正しいだろう。
「ねぇテレーズ。どうしてあの娘がジェラール様とあんなに仲良さそうにしているのかしら……」
「お、落ち着いてエメラルド。漏れてる!火が漏れてるわ!?こんな所で術なんて使ったりしちゃ駄目よ!」
赤い炎が漏れているのは術法の力によるものだけではないだろう。憤怒に染まったその目はキャットに向けられていた。
そんなエメラルドの怒りに、慌てた様子でテレーズが止めに入るが燃え盛る炎の様な怒りは到底収まりそうにはなかった。
「あの泥棒猫泥棒猫泥棒猫……!あんな女にジェラール様が……!許せない。ジェラール様は私が守らないと……!ジェラール様に纏わり付くダニめ!私が今ここで焼き払ってあげますわ!」
「待って待って!?駄目だってば!?あの子も帝国の家臣なんだから!?ねぇエメラルド聞いてる!?」
そんな二人の様子を、先を歩くキャットは勿論気付いていた。ジェラールの方は全く気付いていないようだったが。
誰とでも分け隔てなく優しく、そして強く勇敢になったジェラールだったが、こうした男女の機微といった物には少し、いやかなり疎い。
そして、そんなジェラールに思いを寄せていたのはエメラルドだけではなかった。テレーズやライーザ、アンドロマケーら彼に仕える女性達も、かつてはジェラールの事を可愛い弟のように、そして今では多少なりとも異性として見ていた。
なにせこれからのバレンヌ帝国の帝位継承は血筋ではなく伝承法によるもの。通常の国であれば立ち塞がってくる身分の差などによる障害は無いに等しい物だった。
だが、それでも相手を射止められるかといえばまた別の話。そんな中でジェラールに最も近付いていたのが自分だと自負していたエメラルドにとって、キャットは紛うことなく泥棒猫にして恋敵、いや仇敵だった。
ジェラールの腕を抱いていたキャットが後ろを振り返ると、エメラルドとテレーズの姿を見つけ、そのまま二人の方を見つめると腕に抱きついたまま勝ち誇る様に楽しげに笑ってみせた。その笑顔に、エメラルドの我慢は限界を迎えた様だった。
「もう我慢できませんわ!テレーズ、その手を放しなさい!私はあの娘に用があるんです!」
「エメラルド!落ち着いて!?駄目だから!絶対に駄目だってば!?」
二人の叫び声が響き渡り、ジェラールは思わず足を止めた。何事かと思い後ろを振り向いたジェラールが見た物は、炎を纏ったエメラルドを羽交い絞めにして引き留めているテレーズの姿だった。
そんな二人の様子を見て不思議そうな顔をしているジェラールに、キャットはくすりと笑みをこぼすと耳元に顔を寄せて囁く様に言う。
「お二人でお出掛けなんじゃないですか?邪魔しちゃいけませんしあたし達もいきましょ?皇帝さん……じゃなくてジェラール様」
キャットの言葉にジェラールが頷くと、二人をそのままにして再び歩き出した。ただし見せつける様に更に体を寄せていきながら。
その後ろ姿を必死に呼び止めるエメラルドとそれを必死に抑え続けるテレーズの姿があったのだが、結局キャットの思惑通りジェラールの耳には届かないまま、二人は歩いていくのだった。
そんな様子を、町の人達は変わらず微笑ましげに眺めていた。
「あーあ。あの子も大変ね」
「エメラルド様。怒らせると怖いからなぁ」
「でも皇帝陛下の為にって一生懸命なのはいいわよね」
「へーかのためならなんだってできちゃうんだって!」
「そこまで想ってくれる人がいるだなんて、ジェラール様は幸せものね」
そんな会話が城下町の至る所で交わされていた。
だが、ジェラールはまだ知る由もないだろう。自分に向けられた恋心が数多くあるという事を。そんな事など全く知らないまま、ジェラールは今日も帝国の為、そして大切な人の為に頑張っていく事だろう。
これから先、どんな困難が待ち受けていようと彼の周りに集まった者達は皆、帝国の力になってくれるはずである。