「三学期も、二学期に継続して試合を行う!!」
ある放課後、ホグワーツ城のとある広間ではいつものように闇の魔術に対する防衛術の担当教授の怒声が響いていた。
現在決闘クラブでは、スリザリンとそれ以外での苛烈な戦績闘いが行われている。
二学期終了時点では、学年別対抗試合が行われていた。一学期のような過酷な呪文の習得がなくなったと聞いたスリザリンの上級生たちが、戦績欲しさに突如再び参戦し、クラブ内での順位争いは二学期よりもさらに激しいものになっていた。
よくある誤解だが、そもそもスリザリン生は全員死喰い人とつながりがあるわけではない。スリザリンに極端に死喰い人の子供が集まっているのは事実だが、望まずしてスリザリンに選ばれてしまった生徒も多くいる。そんな者たちは『スリザリン生』という負のレッテルを抱えた状態となり、死喰い人以外のところに就職するときにかなりのデバフになる。それでも一般企業や魔法省に就職を望む者は負のレッテルを払拭するほどの実績を得るためにこのような活動に必死になるのだ。
しかしスリザリン外の寮生はそんな事情を知る由もなく、対抗するために更に牙を磨く。
「え、俺がいない間にこんなカオスなことになってたの?」
「お前がいない間にこんなカオスなことになってたんだよ」
どうやら俺がムーディ教授に嫌われている間に、決闘クラブはかなり地獄絵図チックになっていた。ちなみにパーティは未だに全戦全勝しているらしい。もはや怖い。
「1年の戦績はどんな感じなんだ?」
「1位が俺、2位がハッフルパフのジャスパー・ギブソン、3位がオズワルドで、その後はやっぱりスリザリン生は若干押され気味だね」
「ま、そんなところだろうな」
ムーディ教授によって様々な呪文を叩き込まれた古参勢と、ぽっと出のスリザリン生徒じゃ自力が違いすぎる。
「最近は戦闘のレベルも上がってきてるし、オズワルドもギブソンに順位を抜かされた」
「……俺、復帰しても勝ち目なくね?」
「戦と――決闘の練習はしておいて損はないぞ」
おいバーティ、いま戦闘って言いかけたな。ここが決闘クラブだってこと忘れかけてただろ今。いくらここが決闘の作法のさの字もない戦いが常識の場だとはいえ、名目上は決闘クラブなんだぞ。実態はかけ離れてるけど。
「っていうか、よくここに戻ってこれたな。あのムーディ教授は簡単に人を許すようには見えないが……」
「色々あったんだよ色々」
そう、色々あったんだ。
* * * * * * *
「……座るといい」
時を遡ること1日前。俺はムーディ教授に呼び出されて、彼のオフィスのソファーに座らされていた。
教授はもう休暇中の怪我はすっかり治ったらしく、お茶を運ぶのに苦戦しているところ以外は健康そうだ。机に置かれた紅茶のカップを見ると、今にも溢れそうなくらいギリギリまで入れてあった。そりゃ運ぶのに苦労するわけだ。
……いやこういう時こそ魔法使って運べよ魔法使い。
「……失礼します」
俺もどうすればいいかわからないので、とりあえず紅茶を飲むことにする。カップが重すぎてバランスを取りながら上げられない。このまま無理やり持ち上げると零れそうなので、何事もなかったかのようにカップから手を離す。
教授もなんだか気まずそうで、対面のソファーに座ってはいるが目を合わせてくれない。カップを持ち上げられなかったことがバレてないから良しとする。寮に戻ったら筋トレしよ。
「その、なんだ」
しばらくして突然教授が沈黙を破った。
「……儂は1年間、ずっとお前たちスリザリン生を敵視していた」
「してましたねぇ」
教授はうつむきながら語り始める。そんな中俺は目線が下を向いているのをいいことにカップを持ち上げるのに再挑戦してみる。うーん無理。90歳超えてるのによく片手で持てたなこれを。
「……儂の娘――ガブリエラの母親と、その夫はラバスタンに殺された」
『あの子、まだ一年生なのに両親を立て続けに殺されちゃってね』
頭の中で杖屋の青年の声が再生される。ガブリエラはどういう経路か走らないが分霊箱の知識が記載された『深い闇の秘術』を手に入れ、その流通の管理をヴォルデモートに任されていたラバスタン・レストレンジは、それを回収するためにガブリエラを狙い、結果的に両親が殺された。
俺の仮説では父親が何処かで本を手に入れ、そのことを突き止めたラバスタンは父親を殺したが本の持ち主がガブリエラであることを知り、再び襲撃したがガブリエラがホグワーツにいたため家にいた母親だけが死んだ。おそらくガブリエラが学校に本を持っていっていたんだろう。
「儂の家族はもはやガブリエラ一人になった。だからガブリエラにお前が近づいたと知った時から、儂はお前を監視することにした」
湖で俺に会ったのも、俺を怪しいと睨んで尾行していたから。ガブリエラと校内で迷子になった時、一人だけ大広間にいなかったのは死喰い人の子供と同時に消えた孫娘を探すため。
「セルウィン家はレストレンジ家との関わりも深い。絶対にお前はガブリエラを狙うだろうと年度初めから思っていたが、儂の予想は外れていたようだ」
まじかよ、そんな早くから目をつけられてたのか。紅茶カップすら持ち上げられない11歳だぞ。
「儂は間違っていた。お前のことを勝手に犯罪者扱いしたことも、スリザリン生を一方的に悪だと決めつけていたことも――」
「あ、後者は半分くらいあってますよ」
実際スリザリン生は半分くらい死喰い人行きが確定している。ヴォルデモートと初代死喰い人世代がスリザリン出身だっため、スリザリン出身であることは闇陣営において一定のステータスになる。よって死喰い人は自身の寮に関係なく、家と子供の格を上げるためにスリザリンに行くように強制するのだ。
全員が全員そうだと思うことは間違いだ。嫌々スリザリンを選ぶものも多い。だが他の寮に比べて圧倒的に攻撃的な生徒が多いのも事実で、それを念頭に置かなければ致命的なトラブルも起きてしまうだろう。
結局一番悪いのはこの事態を引き起こしたヴォルデモートとその後の世代だ。なぜ先代たちのしがらみを俺達が引き継がないといけないんだろうな。
「まぁ、オズワルドとかの例外はいますが、ロジエールとかのバリバリの純血主義者もいますからね」
「……時々、お前がどういう人間なのかわからなくなるな」
「どういう意味ですか?」
教授は少し躊躇うと、話し始めた。
「お前を観察していると、普段は頭がおかしい人間のように見える。だが、その裏ではお前は色々と考えている。考えすぎている。言い方を選ばないなら――闇を抱えている」
「闇、ですか」
「そしてお前は自分が闇を抱えている人間だと理解している。自分が属しているスリザリンのことを美化せず、自分が死喰い人の子供であることを理由に他人から傷つけられてもそれを表には出さない。お前は闇であることを自覚し、自分が善でないことをよしとしている」
「……」
「お前がロジエールやエイブリーとつるんでいるのは知っている。だがお前は他寮との争いを望んでいるわけではない。マクゴナガルから聞いた話だが、グリフィンドール生に襲われた後、お前は報復しなかったし、ポッターやブラックの長男達と喧嘩になった時もなんとか沈静化させたそうだな。しかしお前は恒久的な争いの解消ではなく、その場しのぎ的な方法を選んだ。要するに、お前は曖昧なんだ」
「曖昧、ですか」
確かに、俺は曖昧かもしれない。
カパルディがグリフィンドール生に襲われた時、俺はあのあと何もしなかった。グリフィンドール生たちに理解を示してもらおうともせず、そのまま放置した。
スネイプ先輩の時も、先輩にポッター達とこれ以上争わないように言わず、ただ逃げるだけだった。
つまりは、逃げ道を作っていたんだ。無意識のうちに、両方の陣営に敵を作らないようにすることで、いざというときにどちらにも逃げ込めるようにしておきたかったんだ。
「お前にはそれしかできなかった、ということで片付けることもできる。それは間違いではないと思う。だが、いつまでもそうでいいわけではない。今のお前は闇陣営と、それ以外の間に立っていると思っているかもしれないが、いつかきっとお前一人では濁しきれなくなる時が来る」
「……」
「お前はいずれ、どちらか選ばなければならなくなる。闇を捨てて我々の側に立つか、死喰い人として闇の帝王の傘下に入るか。お前は、どちらにもなれる。我々に近づこうとしているのはわかるが、血筋から逃れきれていないお前は、自分の意志に関係なく死喰い人の側に立たされることになるかもしれない」
そうだ。俺は、死喰い人になる可能性が大きい。
なりたいわけじゃない。だが、両親がすでに死喰い人である以上、逃げようとすればヴォルデモートは俺を殺すだろう。
ダンブルドアを頼ろうったって、無駄かもしれない。ダンブルドアはマルフォイを救いきれず、庇護下にあるはずだったセドリック・ディゴリーは在学中に殺され、共に戦ったジェームズ・ポッター、リリー・ポッター、シリウス・ブラック、そして多くの不死鳥の騎士団員が命を落とした。
ヴォルデモートは決定的な裏切りでも起こらない限り、死喰い人を自ら殺すことはない。ルシウス・マルフォイや、その他のアズカバンを免れた死喰い人たちがいい例だ。あのピーター・ペティグリューだって最初は許された。一度の裏切り程度では、ヴォルデモート手を下さない。
例外は、ルシウスと違って許しを請わなかったカルカロフと、二度裏切ったペティグリュー、ニワトコの杖の所有者の疑いがかけられたスネイプ先輩だけだ。死喰い人についたほうが、実は死に至る確率は少ないのだ。
土俵が同じなら、手段を選ばない死喰い人のほうが致死率は低い。
俺は、死の恐怖に負けて死喰い人になる日が来るかもしれないのだ。
「セルウィン、今のお前は――闇の魔法使いの卵だ。お前がこちら側に来る覚悟を決めるまで、お前は闇の魔法使いになってしまう可能性が大いにある」
「卵……」
俺が教授の言葉を咀嚼していると、教授は突然頭を下げた。
「すまなかった。儂はお前を不当に疑い、不当に虐げた。お前がガブリエラを傷つけようとする人間ではないことも、今は理解している。許してほしい。だが、お前が儂とダンブルドアの手を取る日が来るまで、儂はお前を全面的に信頼することはできない」
「……」
教授は正しい。彼にはもう、ガブリエラしか残っていないのだから、こんな死喰い人の境界線でブラブラしているような人間を近づけようとは思わないだろう。自業自得としか言いようがない。
「……一つ、頼んでもいいか?」
「頼み?」
俺が落ち込んでいると、ムーディ教授は俺の目を見て話し始めた。……とりあえず紅茶のカップから手を離そう。
「決闘クラブに戻ってきてはくれないか?」
「え、いいんですか?」
信用してないって言ってたのに、決闘クラブへの正式な参加許可をくれるって、どういうことだ?
「お前がまだ信頼できないとは言った。だが、お前はガブリエラを救ってくれた。儂はいつか、お前のことを信用したいと思っている」
「――――」
「決闘クラブに入れ。そしてスリザリン以外の、つまり死喰い人と関係ない生徒との関係を深めろ。我々の陣営への入口を作ること、それが儂がお前にできる唯一の礼だ」
* * * * * * *
「色々あったって、なんか怪しいな。隠してることでもあるのか?」
「べべべべ別に? やだなぁ。バーティに隠し事なんてするわけ無いじゃんかぁ。は、ははは」
「なんか怪しすぎて逆になにもないように思えてきたわ」
大げさに慌てるふりをする俺に、バーティは呆れたようにため息を付いた。
「とりあえず、今日の第一戦が始まるるぞ」
「俺の対戦相手ってどこで見れるんだ?」
「教室の前の方の掲示板に貼ってあるはずだぜ」
バーティの案内に従って、掲示板の方に移動する。そこの『第1試合』の項目にあった名前は、
「ユマノ・セルウィン対……バーテミウス・クラウチぃ!?」
「なんだ、最初の対戦相手はセルウィンか」
「おいおいおいおい冗談じゃないって! おらぁ、初戦からバーティの相手はゴメンだぜ!?」
慌てふためく俺を観ながらバーティは笑い、襟を掴んで決闘場に向かう。
冗談ではない。戦闘クラブ――ではなく決闘クラブで一学期間ずっと連勝記録を維持し続けてきたバーティを相手にすれば、間違いなく負ける。こてんぱんにされる。
「……優しくしてね」
「手加減無し、本気で行くからな」
そう言って、バーティは杖を構えた。
10分後、バーティにメッタメタにやられた俺は医療棟に運ばれることになった。いくらなんでもやりすぎだって。