混沌の使い魔   作:Freccia

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 最近レンタルで見た孤独のグルメ。日本のテレビドラマは基本的に見ないけれど、あれは本当に面白い。主人公の「腹が、減った……」から、毎回隠れた名店というべきお店で食べるというお決まりのパターン。お決まりなんだけれど、それが面白い。そして、本当に美味しそうに食べる。毎回の放送後には紹介されたお店が行列になるというのもよく分かる──というか、もともとの深夜に放送されていたので、あれこそ本当の飯テロ。7月にはシーズン4が放送されるとのことで本当に楽しみ。

 ちなみに、今回参考にしたのはシーズン1だったはず。商店街で色々と買い込んで事務所で食べるという回がなかなかに魅力的だったので参考に。食事を美味しそうに表現するというのは難しいけれど、完結させた後に書くつもりのオリジナルの為にも練習を兼ねて挑戦。短編のつもりが長くなったから本編に繋げたり、ルイズの話を書くつもりがイザベラの話になったりはしたけれど、話そのものは進まなくても、食事をテーマに据えたり、頑張る女の子ということに絞って書くというのはなかなかに楽しいもの。

 それと、先だって書いた通り、完結後はオリジナルの作品を作って、賞への応募まで行うつもりです。これまで感想などで指摘のあった、視点が変わった時に分かりづらいという点を反省。主要なキャラクターは主人公の青年にヒロインの2人で、基本的に視点は主人公に固定。善良な主人公に、人間のことを憎んでいるけれどという訳ありのヒロイン、話のベースはダークファンタジーになる予定です。

 だいたい7年ぐらい書いてきた混沌の使い魔は必ず完結させるので、どこが良い、ここは改善した方が良いという意見をいただければ幸いです。混沌の使い魔には必ずしも反映させられないかもしれないですが、オリジナル作品では取り入れたいと思っています。







第41話 It is sink or swim

 紙に包んで渡されたコロッケ。手に伝わる熱はいっそ心地良い。

 

 齧れば、サクリと割れる衣に、火傷するぐらいに熱いホクホクのイモ。肉なんて入っているんだかないんだか分からないぐらいだが、それが良い。シンプルなイモの甘さに、ちょっとばかりの塩のアクセント。余計なものはいらない、これがうまい。熱いものを熱いままに食う、これが一番うまい。

 

 ふと、脂の焦げる香ばしい匂いに、胡椒の刺激的な香り。

 

 ──おお、炭火の串焼きか。

 

 抗いがたい匂いに近づけば、聞こえてくるジュウジュウと脂の弾ける音。

 

「おい、ビターシャル。残りはお前が食え。私は、あれが食いたい」

 

 まだ半分以上残ったコロッケはビターシャルに押し付ける。イモを食ったら、今度は肉が欲しくなった。

 

「イザベラ、何度も言うが私もそう食べられないからな?」

 

「いいから食え。そして、今度はファーティマを連れてきてやれよ。釣った魚に餌をやらないような男、捨てられるぞ」

 

「む……。そういうもの、なのか……」

 

「分かったなら、自分でも何がうまいのか覚えておけよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋台の先に、私を引きつけて止まないジュウジュウと音をたてる牛串、そして、既に焼き終わった鳥やら何やらが皿に山盛りになっている。

 

「──お嬢ちゃん、どれにする? 今焼いているのでもいいし、ちょっと待ってくれれば他のも炙るよ」

 

 店先のおばさんは、焼く手を休めず惚れ惚れとする手際。

 

「そうかい。しかし、色々あるねぇ」

 

 焼きたてが一番だが、他のもの捨てがたい。焦げ目のついた玉ねぎの輪切りなんてのも、一緒に食うには悪くない。じっくりじっくりと焼いたニンニクなんてのも、これはこれで良い。表面だけ着飾ったようなものより、ずっと性に合う。

 

「熱心だねぇ。なんならそこで食って行ってもいいよ?」

 

 おばさんが顎で刺した先には、板を渡しただけの粗末なテーブル。椅子なんてものはない。立って食えということだろう。

 

「そうそう、向かいのモツの煮込みもうまいからね。買ってきて一緒にでも良いさ。ワイン一杯はサービスするよ。もちろん、二杯目からは金を取るけどね」

 

 道を挟んだその向こうとやらをのぞけば、大鍋が見える。見なくても分かる。雑多に刻まれたものがグツグツと音を立てていることだろう。

 

「よし、ビターシャル。行ってこい」

 

 一瞬恨めしげな視線を向けてくるが、素直に従う。

 

 ビターシャルという男は、面倒な所はあってもそういう男だ。今でこそファーティマが言うがままだが、子供ができたら逆転なんてことになっても、私は驚かない。

 

「じゃあ、何にするんだい?」

 

 ビターシャルを視線で追うおばさんは、笑って言う。

 

「んー、じゃあ、今焼いている牛串と……。いいや、適当に炙ったやつから一本ずつくれ。残ってもさっきの男が食うからさ」

 

「あいよ。じゃあ、ワインは適当に自分で注いでおくれ。ああ、さっきの色男の分はサービスだ」

 

「ほう、色男は得だねぇ」

 

「そりゃあ、私だって色男は好きさね。ちっとばかり線が細いが、見る分にはいいもんだよ」

 

「違いないね」

 

 

 

 

 

 

 

 グラスにワインを注いてでいるところで、ビターシャルが煮込みの入った皿を置いた。

 

 ニンニクと一緒にじっくりと煮込んだろう濃厚な匂い。何が入っているか分からない雑多な匂いだが、食欲を誘うのは間違いない。

 

「ご苦労様。色男にワインのサービスとのことだが、お前も飲むかい?」

 

「そうだな、いただこうか」

 

 お使いの褒美に、王女である私直々に注いでやる。安物を更に薄めたものだが、これで値千金に違いない。

 

 せっかくだからとグラスを合わせ、一息に煽る。

 

 うん、予想通りチープな味だが、こういう場所にはこれが良い。ただ、これは冷たい方がうまい。

 

「ビターシャル、これを冷やしてくれ。そうだな、井戸水ぐらいの温度で良い」

 

 ビターシャルはただ、私のグラスに指先だけで軽く触れる。試しに飲んで見ると、希望に違わず。

 

「うん、これぐらいが良い」

 

 エルフの魔法というのはよく分からないが、強力で便利、そして精緻なものだ。こうやって程よい温度ということもたやすくやってのける。素直に、羨ましい。

 

「──魔法ってのは便利だね。私なんて火を起こすのだって大変だってのに」

 

 おばさんが本当に羨ましそうに言い、串を盛った皿を置く。

 

「取り合えず、適当に焼いたからさ。言ってくれれば次のを焼くよ。一度に焼くより、こういうのは焼きたてがうまいからさ」

 

「さすが、分かっているね」

 

 まだジュウジュウと音をたてる牛串に鳥、豚、そして箸休めになる玉葱の輪切りに茄子、か。

 

 いいね、煮込みと合わせて、どれから食べるか迷う。もちろん全部食べるが、こういうのは順番も大切だ。

 

「──しっかし」

 

 おばさんの呆れたような声。

 

「うん?」

 

「いや、なに。最近はお付きと出歩くようなお嬢様もこういう所に来るんだなと思ってね」

 

「そりゃあ、まあ、珍しいだろうね。私もこっちに来たからこうやって堂々と来れるわけだし。自分の国だったらそれこそお忍びだよ」

 

「ああ、別の国から。最近うちのような店に来る貴族様がいるんだけれど、やっぱり珍しいんだねぇ」

 

「まあ、自分で言うのもなんだが、そいつも変わり者だろうさ。それこそ私が言うなという話だが、面倒なのもいるだろう?」

 

「いやあ、良い子だよ。まあ、デートで来るっていうんだから変わってはいるけれどね。男の方にはちょっと言いたいことがあるんだけれど、まあ、この辺りで問題を起こすようなヤツを追い払ってくれたりと助かってはいるよ。普段から見回りとかもやらせているみたいでね、揉め事になる前になんとかしてくれてたりと願ったりさ」

 

「ふうん、ま、せっかく遊びに来るのに邪魔されたらたまったものじゃないからね。気持ちは分からないでもないよ」

 

「うん、そういう貴族様なら大歓迎だよ。上品なものは出せないけれどね」

 

 おばさんは卑下するように言うが、それは違う。

 

「いやいや、こういうのが食べたいから来るんだよ。どんなヤツかは知らないけれど、たぶん同じだろうさ」

 

 手間に手間を重ねたものは、もちろん良いものだ。だがナイフとフォークでチマチマ食べるのはそれはそれで疲れるし、何につけても作法というものがある。うっとうしい周りの目だって、常にある。

 

「そうかい。ま、私には分からないけれど、かえって新鮮らしいね。私は逆に、貴族様が食べるような繊細な料理ってものを食べてみたいけどね。おっと、あんまり話し込んでいられないね。なくなったら何時でも声をかけてくれよ」

 

 そう言って、火の前にと戻っていく。

 

 うん、このかたっ苦しくない感じ、これが良い。上辺だけ丁寧にされたって、そんなもの鬱陶しいだけでしかない。裏で私のことを馬鹿にしているのなんて、見てりゃ分かるんだよ。

 

「──食べないのなら、もらうぞ」

 

 ビターシャルがヒョイと私の串を奪う。

 

「あ、てめっ。それはまだ食ってないんだぞ」

 

 味も見ていないもの渡すなんてことは、絶対に許さない。

 

「そうか。なに、難しい顔をしていたようだったからな」

 

 ビターシャルはいつもの澄まし顔。

 

「なんだ、そりゃ。気でも使ったつもりか? 自分の女以外に優しく

なんて、ろくでもないぞ」

 

 ビターシャルのくせに、さ。

 

「……って、本当に食うんじゃねえよ」

 

「ふむ、これはこれで美味いな。悪くない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いくつかの店を冷やかして、ふと思いつくものがあった。

 

「──そう言えば、テファが出している店ってのもあるんだっけね」

 

 ここ最近何やら出かけたりというのが多かったようだけれど、落ち着いたようだ。もともと時間があれば店に行っているという話だから、今日はそっちにいるんじゃないだろうか。

 

 くるりと振り返ると、ビターシャルが険しい顔で固まっている。

 

「せっかく来たし、また手伝ってもいいかもね? ──ふふ、冗談だよ。やりたいなら別だけれどね」

 

 ビターシャルは、面白いぐらいに何度も首を横に振る。さすがに大の男があの仮装は懲りたか。

 

「せっかくアレも似合っていたのに残念だね。まあ、今回は様子さえ見れれば十分だよ。余計な刺激はしたくない。とりあえず、近くまでいいからさ、案内してくれよ」

 

 ビターシャルは渋々に、本当に渋々とうなづく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 店には、家族の食卓という看板がかかっていた。

 

 持ち帰り客向けだろう、今も数人が並ぶ販売窓。そして、小さな入り口から中に、テーブルが並んでいる。それなりに繁盛しているようで、子供達が埋まったテーブルの合間で料理を運んでいる。

 

 ああ、テファがいた。

 

 子供達と一緒に料理を運んだり、接客をしたり。仕事なんだろうけれど、楽しそうだ。子供達もよく懐いていて、一緒に笑いあっている。

 

 そういう雰囲気も──悪くはない。まるで物語で見るような家族のようで。言うなら、テファが皆の母親か。ああ、だから、家族の食卓なのか。家族という言葉がストンと胸に落ちた。

 

 そうだ、学院でもそうだった。テファはエルフなのに、いや、エルフだからこそ、か。最近は翼人の子が加わったようだったが、それもテファだから。人と亜人の関係は決して良いものではないが、それを良く知るテファであれば。自身のことを鑑みれば思うことはあるだろうが、受け入れるだろう。あの店の雰囲気は、きっとそういうテファだからこそ。

 

 客はテファ目当てだろう若い男もいるけれど、老若男女、そして、──店に似合わないやたらとごつい男がこっちを見ている。十中八九、あっちの関係者だろう。

 

「……ビターシャル、今日はもう十分に食べたし帰ろうか」

 

 さすがに、これ以上は警告じゃ済まないかもしれない。見るからに融通がきかなさそうだから、尚更だ。

 

「──おや、もう帰るのですか? せっかくなら寄っていかれてはいかがです?」

 

 後ろから、学院で聞き覚えのある声。

 

 ああ、やだよこのながれ。ビターシャルも言いたいことがあるなら言えよ。やっぱりなんて顔するんじゃないよ。

 

 そもそも、何でここにウリエルがいるんだよ。学院が落ち着かないから外に出たのに、何でよりによってこいつなんだよ。あれか? 私への嫌がらせか?

 

 見なくても分かる、ウリエルはニコニコと笑っているんだろう。ああ、やっぱり。

 

「テファ嬢にはできるだけ売り上げに協力して欲しいと言われていましてね。ちょうどこの辺りを回っているところであなたを見かけたもので」

 

 ふと、おばさんに言われた言葉を思い出す。

 

「見回りって、おまえかよ……。テファも、可愛い顔して何でもありか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──あ、ウリエルさん? ビターシャルさんも? えっと、そちらの方は、どこかでお会いしましたか?」

 

 テファは、見覚えはあるけれどといった様子で首を傾げる。この辺りでは珍しい、私の青い髪に見覚えがあるといったところか。だが、一瞬探るように目を細め、警戒心を見せた。奥の奥まで見透かそうとするような、居心地の悪さはなんだろうか。

 

「あー、うん、学院で。今は、学院に留学しているから……」

 

「えっと、イザベラ王女様?」

 

 おお、ぼんやりとしているように見えて、それなりの記憶力はあるらしい。

 

「私のことも知っているん──ですね? ええ、その通りです」

 

「おや、やはりちゃんとネコをかぶるんですね?」

 

 茶々を入れるのはウリエル。こいつ、本当に黙っててくれないか。何がしたいって、まさか本当に嫌がらせか? どうあれ、思い通りになるつもりはない。ウリエルのことは横目でうかがうに留める。

 

「さて、なんのことやら……。私は常に王女たらんとしているだけですから」

 

 しかし、テファのため息。その遠いものを見るような、私への視線は何だ?   

 

「王女様……。王女様というのも、大変なんですよね?」

 

「うん?」

 

「周りには、表面上はにこやかでも裏では何を考えているのか分からない人がいたり……」

 

 ──ここにいるウリエルなんか、まさにそれだね。今回だって、本当は何がしたいんだか。

 

「老獪で、えげつないことだって平気でやるような人……」

 

 ──いや、まったく大変だよ。性格がこれでもかと捻じ曲がっているから。

 

「そんな人とも、少なくとも表面上はうまくやらないといけない……」

 

 ──本当に大変なんだよ。できるものならくびり殺してやりたくたって、できないんだから。

 

「国のために……」

 

 ──ん。まあ、そうだね。それだけじゃ、ないけれどね。

 

「王女様は……。こんな国にしたいという想いはありますか? それがとても難しかったら、どうしますか?」

 

 やけに真剣なテファの表情。

 

「……漠然とした質問ですね」

 

「あ、ごめんなさい……。つい……」

 

 謝罪しながらも、私の答えを待っている。しかし、なぜそんなことを聞きたがるのか、分からない。いや、ウリエルが仕向けたのか?

 

「いえ、構いません。そう、ですね……私にも、こうしたいという想いはあります。国としてではなく、私個人としても。でも、難しいからと諦めたりはしません」

 

 テファは真剣だ。普段のどこかぼんやりとした様子は皆無。誤魔化しは、できない。いや、そもそもこれに関しては私も誤魔化す必要はない。

 

「私の、王女という立場は、国という総体からすれば替えのきく歯車でしかありません。ですが、私にも意思があります。私がその歯車である限りは、私の理想を目指します。やれるだけのことをやって失敗したのなら、所詮私はそれまでだったということです」

 

「でも、それで失敗して、沢山の人が苦しむことになったら……」

 

「それで諦めるぐらいなら、最初からやらなければ良いだけのことです」

 

「それは、そうですが……」

 

 初めてテファの視線が揺れる。

 

「自分勝手なわがままだと言われても、それが王族。そうでなければ、結局何もできない。全てを自分で決めて、その責を負う。それこそ、命だって取られることだってある。そういうものです」

 

 今だって、その覚悟でいる。

 

「……強い、ですね」

 

 ポツリと、テファの言葉。

 

「そうでなければ、一人でなんて来れませんよ。ああ、ビターシャルは一緒ですけれど。私は、その、ろくに魔法も、使えませんし」

 

 エルフであるテファには、分からないだろうな。

 

「すごいなぁ。本当に、すごい」

 

 魔法のこととなるつい卑下してしまう私に、そんなことは関係無いと心からのテファの言葉は面映い。すごいすごいとまるで子供のように。

 

 ──テファは、不思議な子だ。

 

 エルフといっても、ビターシャルやファーティマとは違う。ハーフエルフだからとしても、やはり普通の人とも違う。

 

 私だって、色んな人を見てきた。でも、誰とも違う。

 

 くるくると変わる表情に、まるで子供のような純粋さ。それでいて、子供たちに対しては母親としての顔を見せる。そして、そこにエルフ譲りの美しさが同居しているのだから、神秘的ですらある。地味な格好でも、いや、地味な格好をしているからこそ、その美しさが際立つ。テファの指の飾り気のない宝石より、いっそ、テファ自身こそが宝石のようですらある。

 

 ただ、同時にどこか怖くもある。理由は、なんだろう。そうだ、私に見せた警戒心。どうしても言葉にするのなら、危うさだろうか。思い詰めた時、なんでもしそうというか。タバサの母親がそうだったように、子供を守ろうとする母親とは、そういうものなのかもしれないが。

 

 ウリエルが、私を見ていた。

 

「あなたは施政者として、なかなかの才覚をお持ちだ。それは、誇って良い」

 

「……それは、どうも」

 

 普段から分からないところがあるやつだが、今日はいっそう分からない。

 

「どこで線引きすべきかを見極め、危うくも間違えない──それも誇って良いでしょうね」

 

 そりゃあ誰だって、無意味に死にたくなんてないさ。お前は、本当に私のことが邪魔になったなら、表情一つ変えずに私のことを殺すくせにさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テファのことを意識して見ていると、学院では、シキと一緒にいるところを見かけることが多くなった。そして、そういうところを見ていると、自然に別のものも目に入る。

 

 二人を遠目に、苛立たしげにテーブルを指で叩くルイズ。

 

 自分の使い魔が血の繋がった姉の恋人になって、恋人は更にもう一人。私が見るに、そこにテファが加わってもおかしくない。他人である私にとってすらそう見えるというのなら、ルイズにとっては尚更だろう。心配というか嫉妬というか、まあ、そういう対象がまた増えたということになる。

 

 苛々とした様子を見せたり、嘆くような様子を見せたり、拗ねたような表情を見せたり。一言で表すのなら──可愛い。それなりの地位の貴族でありながらここまで素直というのは、本当に稀有。いっそ、才能と言っても良い。同じように魔法の才がない自身のことを省みれば、こんなにも捻くれているのだから。私にとってルイズは……言葉にはし難い、けれど、嫌いにはなれない。

 

 まじまじと見ていたせいか、ルイズと目があった。

 

 見られていたことに思い至ったのか、気まずそうに目を逸らす。微かに頬を赤く染めているというのは、それこそルイズらしい。

 

 ビターシャルに目配せし、一人で向かう。

 

「──席、宜しいですか?」

 

「も、もちろんです。イザベラ様」

 

 尋ねると、ルイズは慌てて向かいの席を引く。私は礼を言って座る。

 

「ルイズが見ていた二人、最近は随分と親密なようですね」

 

「な、仲が良いのは、良いことですから」

 

 言葉だけは何でもないと言いながら、しかし、ルイズの体は面白いぐらいに震えている。そういう所、本当に可愛い。

 

「たとえば、使い魔の主人としては、言いたいこともあるでしょう?」

 

「慣れていますから」

 

 そこだけはきっぱり。慣れたというのは、いや、まあ、分からなくもないか。

 

「なるほど。では、何が気になるのですか?」

 

「それは……。別に、大した事じゃなくて。最近、ちょっとテファの雰囲気が変わったというか……」

 

「そうですか? まあ、確かに楽しそうですね」

 

 少し前には、塞ぎ込んでいる様子も見かけたように思う。

 

「何と言うか、大人っぽくなったというか……」

 

──ああ、そっちの心配か。手を出されたんじゃないか、とね。

 

「経験は、男女ともに大きなきっかけになると言いますね。……そんなに愕然とした顔をしないでください。ただの、一般論ですよ」

 

「……すみません」

 

「そんなに気になるのなら、本人に確認すれば良いのではないですか?」

 

「それは、そうなんですけれど、私がとやかく言う話じゃないというか……。テファにも、色々と考えはあるでしょうし」

 

「確かに、貴族でなければ、本人がそれを望むかどうかという話ではありますね。私達の、純潔は一番高く買ってくれる相手に売るというのとは、やはり違います。ああ、その意味で言えば不足はないですね」

 

「イ、イザベラ様?」

 

「これも、一般論ですよ。まあ、私の場合は王女という血筋がその価値の大部分ですので、ちょっと違いますけれどね。父次第で国内の有力者か、それとも国外か……。あの父なので、どうなるか全く決まっていないんですけれど」

 

「そう、ですか……」

 

 ルイズが向ける視線は、哀れみか。しかし、ルイズの方がよほど面倒だろうに。

 

「私からすれば、ルイズの方が苦労すると思いますよ。何と言っても、担い手であるからには。王権の源泉がそこにある以上、どういう扱いにするか、非常にデリケートな話になりますね。場合によっては、いえ、確実に他国の思惑も重なってきます。本流はどちらなのか、とか」

 

「そんな、私は、ヴァリエール家は王家の忠実なる臣下です。それは、何があろうとも変わりません。あ……」

 

 不意にルイズは、視線を落とす。正確には、指輪に。青い宝石こそ大振りだが、飾り気のない地味な指輪。最近もどこかで見たような気がするが、どこだったか。

 

「もしかして、テファは……」

 

 ルイズはブツブツと繰り返す、まさか、そんなはずはない、と。

 

 ああ、そうだ、テファだ。テファもこんな指輪をつけていたっけ。もう少し飾りぐらいはあって良いだろうにもったいないと思ったんだった。

 

 ──違う。

 

 バカか私は。この指輪、知っているじゃないか。ガリアにも伝わる、始祖の至宝として。茶色なんて地味な石な上に見るからに嘘臭かったが、虚無が真実にあるのなら、あれだって本物じゃないのか? 始祖の血から作ったという伝説の代物で、代々正統な王権の後継者が受け継ぐという代物、確かにそう聞いている。

 

 既に分かっている虚無の担い手は、父に、教皇に、ルイズ。教皇は分からないが、少なくとも父とルイズは同じ始祖のルビーを身につけ、テファがそれと思しきものを身につけていた。となれば、残るアルビオンの虚無は……。

 

 いや、テファはエルフ、……ハーフエルフか。もし、テファの片親がアルビオンの王家に連なることがあれば、あるいは。万が一、万が一そうだとしたら……。

 

 ルイズは、まだブツブツと独り言を呟いている。

 

 ──どうする。

 

 私の思いつきは荒唐無稽も良いところだが、否定はしきれない。ルイズも、何かを知っている。だが、これ以上踏み込むことは、私でも恐ろしい。今度こそ、警告では済まないかもしれない。いや、済むはずがない。これは、そういう類の話だ。

 

 ルイズとは、それから特に会話もなく、別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 テファがもともとアルビオンに住んでいたことは、すぐに分かった。ビターシャル曰く、ルクシャナがそういう話を聞いていたということだ。誰かがテファの母親を匿い、テファが生まれた。それは間違いの

ないこと。

 

 私のカンを信じるのなら、テファが虚無の担い手ということは、可能性として決して低くはない。運命などというものは信じない性だが、今この時代に何かの力が働いているのは捻くれ者のこの私ですら感じている。だが、それだけで命を賭け金にするには心もとない。たとえ見逃されても、もう何もできなくなる。邪魔だと思われれば、それで終わりだ。ろくに近づくことだって出来なくなる。

 

 ガリガリと頭をかく。指に絡む、ブチブチと千切れる感触。

 

「──はっ、凡人の私が小さくまとまってどうするよ。ようやく見つけたチャンス、私如きに二度は無い」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テファは学院にいる時でも、やはり子供達と一緒にいた。私に気付いたテファは不思議そうに首を傾げる。私が近づいてくることにか、それとも、曲がりなりにも王女がお付きも無しに一人でいることにか。

 

 そして、テファの指輪は……やはり間違いない。色こそ違うが始祖のルビーだ。透明な石に、赤い石の二つ。もう一つは分からないが、今それは良い。

 

「──少しだけ、お時間を宜しいですか?」

 

 

 

 

 

 

 板を適当に組み上げたような簡素なテーブル。ただ、子供達が使うことも考えているのか、角などは丁寧に落とされている。外に置きっ放しにするならそれで十分だろう。

 

 目を向ければ、子供らが駆けるのが見える。疲れたら、きっとこのテーブルでおやつでも食べるんだろう。

 

「──皆、元気ですね。子供はあれぐらい元気な方が良い」

 

「はい、皆ここでの生活を満喫しています。兄さん……あ、シキさんのおかげです」

 

「ああ、姉の良き人であるなら、確かに兄と呼ぶのも自然なことですね」

 

「ええ、そうですね」

 

 テファは微笑む。どこか儚げなのは、果たして気のせいか。しかし、あまり時間をかけると何が起こるか分からない。今だって視線を感じる。本題に行こうか。

 

「テファさんも子供達の世話があるでしょうから、手短に言いますね。テファさんは、虚無の担い手ですよね?」

 

 テファの表情が強張る。

 

「あ、勘違いしないでくださいね? それでどうこうというわけではないですし、あなたが望まない限り、決して誰にも言いません」

 

 テファの表情はいつもの微笑みに戻るが、空気が変わる。背中に何かが這い回るような気配。テファか、それとも別の誰かか。 

 

 テファが言った。

 

「私が虚無の担い手だと、どうして思うんですか? 私は、イザベラ様もご存知の通り、エルフなんですよ?」

 

「ええ、でも、ハーフでしょう? それに、あなたの指にある始祖のルビーは、ガリアにも伝わっているものですから」

 

 テファの視線は、自らの指輪に。

 

 時が止まり、そして、テファのため息。

 

「ああ、すごいなぁ。たったこれだけのことで分かっちゃうんだ。本当の王女様って、すごく頭が良い。私には、そんなことは絶対に無理」

 

「本当に、偶然ですよ。それに、ハッタリというのも重要ですね」

 

 私の言葉に、テファは困ったような顔をする。嫌悪感は浮かんでいない、純粋にやられたという表情。

 

「テファさん──あなたと私は、良い関係を築けるんじゃないかと思うんです」

 

 テファはじっと私を見ている。

 

「私はビターシャルと一緒にこの学院に来ました。父も、表立ってというわけではないですが、エルフの国と関係を持っています。私もあなたの目的を全て把握できているというわけではないですが、お互いにメリットのある関係を築けるんじゃないかと思うんです。父自身、虚無の担い手でもありますしね」

 

 

 

 

 

 

 

 私は、テファと一緒にあいつの前にいる。本物の化け物としてのあいつの前に。

 

 私は、まだ生きている。私は、賭けに勝った。少なくとも、歴史の舞台に立つ資格を勝ち取った。神に選ばれたわけでもない私自身の力で。

 

 

 

 


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