しかし、その男にとっての世界は、数々の偏見と捏造によって生み出された、もはや原型のない別の何かになっていたのだ。
そんな男の話を真に受けちゃった神様が創った世界で暮らす、とある転生トリッパーの話です。
また、リリカルなのはという作品を心から愛しているファンの方には、イメージが崩れると言った恐れがあります。
以上のことを理解した上で、それでもと言う方は楽しんでいただければ幸いです。
俺の名前は
細かい経緯は省くが、俺は死んだ後神様を名乗る存在に出会った。その後いろいろあって、リリカルなのはの世界にやって来たのだ。
何故この世界にやってきたのか。それは、この世界にいる屑共を断罪すると言う目的があったからだ。
例えば主人公。リリカルなのはと言うタイトル通り、主人公は高町なのはと言う女なのだが、こいつがとんでもないのだ。ファンの間では魔王の名で呼ばれ、公式ですら悪魔の異名を持つ暴力女なのだ。
それ以外にもシスコン通り魔やら変態淫獣やら異世界からの侵略者やら平気な顔して子供を兵士に仕立てる組織やらいろいろいる世界なのだ。
俺が今まで読んできた二次創作ではそうなっていたので、それが正しいのだ! アニメは見たこと無いけどな!
だからこそ俺はこの話が大嫌いなわけで、願いを叶えられるのならばこの手で粛清してやりたいと思っていた。そんな訳で、その願いを懇切丁寧に神に語って聞かせ、この世界に転生してきたわけだな。
そして俺は、最後に連中を叩き潰せる能力を貰って転生したわけだ。
後は正義の名の下に屑共を粛清するつもりだったのだが……なんでこうなった?
「ぶぎゃ!?」
「名前よ、な・ま・え! 私の質問に答えないなんて、お話が必要みたいね」
「お話って! いきなりグーパン……」
「口答えしない!」
「ぶげ!?」
俺は赤ちゃんプレイに興味はなかったので、原作開始時に、メインキャラ達と同年代の体でこの世界に降り立つように頼んだ。見る限りは健康な小学三年生となった俺は、世の子供達の例に漏れず小学校に通っている……という設定らしい。
そして、今日は新学期のようだ。何故か持っていた学校の見取り図や説明書を頼りにやって来た俺は、偶々今まで接点のなかった主人公高町なのはと隣の席になったのだった。
なのはは俺に向かって微笑んだ後、「私は高町なのはって言うんだ。あなた、名前はなんて言うの?」と話しかけてきた。
しかし、馴れ合うつもりはない俺は、その言葉を無視した。どうせ無視されたと可愛らしく怒るのだろうと思っていた俺に待っていたのは、問答無用の鉄拳制裁だったのだ。
「いいから名前を言いなさい。まだわからないの?」
「ふ、ふざけるな! いきなりこんなことして、許すと思うか!」
「ふーん。どうやら、少し頭冷やさないといけないみたいだね」
突然の事態に動揺しまくっている俺を前に、なのはは改めて拳を作った。
高町なのはって、ここまで喧嘩っ早い人でしたっけ? 確かに断罪すべき魔王だと思ってたけど、これはさすがにおかしいんでないか!?
そんな風に這いつくばったまま思っていたとき、俺の後ろでこの異常事態を遠巻きに見ていた同じクラスの生徒のコソコソとした会話が耳に入ってきた。
「なあ、あの子誰? あの魔王高町さんに刃向かうとか、どんな馬鹿なんだ?」
「入学初日に先生さえ屈服させた聖祥の魔王高町さんに刃向かおうなんて命知らずが、まだいたんだな……」
(何? 聖祥の魔王って!?)
どうやら、俺が知らなかっただけでこの暴力女は有名だったらしい。しかも、魔王の名を轟かせる方面で。
確かに俺は魔王を断罪しに来たけど、何かが違う。なのはって、こんなんじゃない!
あまりのことに現実逃避する俺を前にしても、魔王高町は止まらない。素人目にもわかるほどに美麗な動作で、重い一撃を俺の腹に打ち込んできた。
「ぐぼぉ!?」
小学生の女子とは思えない腰の入ったその鉄拳は、俺の子供ボディを容易く浮かして吹き飛ばした。
俺はまともに受身を取ることもできずに、床に叩きつけられる。もし俺がチート能力で丈夫な体を持ってなかったら、俺死んでたんじゃないか!?
「さあ、名前を聞かせてくれないかな?」
「ひぃ!?」
「さあ……」
「なのはさん! なにやってるんですか?」
「え? ああ。アリサちゃん。ちょっと、物分りの悪い子にお話をね」
「そ、そう。お話を……」
吹き飛ばされた痛みで思いっきり脅えている俺を前に、なのははさらに拳を構える。
再びあの痛みを味わうのかと、もうチート能力とか周りに助けを求めるとか、そんな前向きな解決法など完璧に頭から消し飛んだ俺は体を丸めるだけで震えていたのだが、その時教室に入ってきたのは金髪の少女であった。
その少女――アリサに気をとられたなのはは、ひとまず俺に向けた拳を引っ込めた。しかし、アリサはお話と言う単語を聞いた途端に震えたのは気のせいだろうか?
「なのはさん。その、できる限り穏便に……」
「穏便だよ? いきなり殴りかかったわけじゃないんだから」
「ゲホォ! いや、い、いきなり殴られ――」
「黙って! あの、なんでこんなことになったの?」
「……私は名前を聞いたの。なのに、この人はそれを無視した。だから体に聞こうと思ったの」
「そ、そうなんだ。アンタ! 速やかに正確に名前を言いなさい!」
「え、ええぇ~」
あまりの理不尽に、再び俺は思考を停止してしまう。
とは言えほんの数秒だったのだが、なのはにとっては十分長時間だったのだろう。再びその小さな手で凶器と言っても過言ではない拳を作り上げた。
先ほどの痛みを思い出した俺は、すぐに痛みと恐怖に震える体を何とか動かして自分の名を名乗った。
「く、来栖光也と言います」
「……そうなんだ。よろしくね、光也君。私はなのはでいいよ」
「は、はい……なのは……さん」
名乗った瞬間、彼女の体から放たれていた、まさに魔王級としか言いようがない覇気は消滅した。名前で呼ぶことを許されても、先ほどの威圧を受けた立場としては呼び捨てにするなんて勇気ではなく無謀としか思えない。それを直感で理解してしまった為か、自然と俺は彼女に敬称をつけていた。
そのことになのはさんは興味がなかったのか、何事もなかったかのように自分の席に、つまりは今日から俺の席となる場所の隣に戻っていった。
とりあえず命の危機から逃れたと言う安堵から、俺は立ち上がることもなく全身の力を抜く。そのまま唖然と座り込んでいたら、アリサが声をかけてきた。
「大丈夫? なのはさんに声をかけられたら、とにかく素早く行動に移さないとどうなっても知らないわよ」
「あ、ああ。……いったい、なんなの?」
実に言葉足らずではあったが、この言葉には今の俺の気持ちの全てが詰まっていた。
それを正しく理解してくれたのか、アリサは簡潔になのはさんについて語って聞かせてくれた。
曰く、殺人技として受け継がれてきた武術を継承している。曰く、本来なら武器術であるのだが、まだ幼いと言う理由で武器の携帯を禁じられている。しかし、その天性の才覚で格闘術として行使することに成功している。曰く、口より手が、手より殺気が先に出る天性の魔王。
その他にも、明らかに魔法少女アニメの主人公でも平凡な小学三年生でもない、世紀末覇者のような武勇伝を作り上げてきたらしい。
いくらなんでもこれはおかしい。俺が思い描いていた原作とは、決定的に何かが狂っていると俺はようやく理解した。
「まあそんな訳だから、アンタも気をつけなさいよ。すずかも来たみたいだし、私は行くから」
「……はい」
この一件は強烈なトラウマとして俺の心に刻まれ、なのはさんとの精神的な差が生まれるのであった。
具体的に言うのならば、授業中以外は可能な限り自分の席から速やかに離れたりとか。
その小学生なんて年齢詐称としか思えない頭脳を駆使し魔王を助ける“魔王の頭脳”アリサ・バニングス。身体能力だけなら魔王をも超える“魔王の右腕”月村すずか。そして、絶対覇者“魔王”高町なのは。
通称聖祥小の魔王軍と呼ばれる三人から本気で逃げ回る日々であったのだ。
アリサはまあ比較的常識的なのだが、傍若無人をそのまま体現しているなのはさんや、普段はまともなのだが偶に俺を含めた子供達を、まるで肉食獣が獲物を見るような目で見てくる月村さんと関わりたくないと言う心理は、至極当然だとわかってくれると思う。
そして、俺はこの日理解した。チート能力なんて大層なものを持っていることと、本当に危険な存在に立ち向かう勇気とは全く別のものなのだと……。
そのまま虐められるとか舎弟にされるとかそんな日常が待っているのだろうと思っていたのだが、思いの外そんなことは一切なかった。強いて言えば、これと言って俺に興味が無い魔王軍と、そんな彼女らの機嫌を損ねないように注意する俺との生活であった。
すでに俺の知っている魔法少女の物語ではないと強く疑っていたのだが、ある意味意外なことに、この世界がリリカルなのはなのだと証明する最初の事件が起こった。
良かった……。てっきり高町なのはと言う人物が登場する不良学園ものの世界に投げ込まれたのかと思ってたよ……。
『助けてください……。魔法の……力を……。できれば美少女の魔導師で……』
……何か変なフレーズが入った気がしたけど、気にしない。気にしないったら気にしないのだ。
ちなみに、現在は既に夜中だ。察するに、もう最初の下手をすると世界を吹き飛ばす危険物“ジュエルシード”は暴走しているんだろう。つまり、今日これからなのはさんの初変身が行われるってことなんだと思う。
当初の予定では、俺はそれに干渉するつもり満々であった。その後は『子供が覚悟も無く口出しするな!』とか格好良く決めるつもりだったのだが、しかし今でははっきり言って関わり合いにはなりたくない。現段階でも敵無しの魔王様が、さらに魔法という力を得た魔王第二形態になる瞬間など、誰が見たいと言うのだ。
と言うか、ぶっちゃけ俺が何かできるのか? これでもチート能力持ちだが、本当に怖いものを前にしたとき、俺には何もできないってことくらいもうわかっている。
仮にライフルを持っていたとしても、自分に迫り来る猛獣を冷静に撃てる人間なんて滅多にいないんだ。なのはさんはその数少ない例外で、俺は自慢にもならないがその他大勢側なんだってだけなんだ。
おかしいのは、化け物を前にしても当然のように戦えるなのはさんの方なんだ。いやまあ、なのはさんが化け物の一員だってだけかもしれんけど。
ついでに言うと、神の前ではノリと勢いで断罪するとか言っちゃったけど、本当は喧嘩一つしたこと無いんだ。虫を殺すことに罪悪感は無いが、動物を傷つけるとか手が震えて無理なタイプなんだよ俺は。
そんな訳で、俺は聞かなかったことにして自分の部屋で布団かぶって寝ることにした。ちなみに、この家はこの世界にやってきた時には既に用意されていたもので、しかし両親の類は用意されてはいなかった。若干九歳にして、一人暮らしの天涯孤独である。まあ、何故か生活費まで用意されてたから生きていくのは問題ないんだけど。
それはともかく、そのまま俺の知らない所で全てが終わってくれると信じて目を瞑っていたとき、何故か俺の部屋のガラスが割れたような音がした。
このタイミングでそれは不吉すぎるだろうと恐る恐る布団から顔を出してみると、そこには無残にもバラバラになったガラス戸と、そこから室内に侵入した黒い触手的なものがあった。これってアレだよね? 夢だよね?
「イヤアァァァァアアア!!」
現実逃避している間に、俺は布団ごと触手に捕まった。そして、簀巻き状態のまま外へと引きずり出される。ちなみに、ここは二階だ。
何で俺がこんな目にあっているんだ? ああそうか、そういえばジュエルシードモンスターって、魔力に引かれる性質とかあるんだっけ? ああ、なんで俺は魔力なんて望んでしまったんだ……。
ついでに、最初の戦いって動物病院前だったんだっけ。そういえば、俺んちの前って動物病院だったね。いやはや、俺の電波を受信した良い子の皆は、アニメの世界に転生トリップするときは、未来を見通して鮮明な知識があるものを選ぶんだぞ。間違っても、信憑性の薄い非公式のSSの知識のみなんてところに行ってはダメだぞ。現在進行形で後悔している僕との約束だ。
触手に捕まりながら空を飛んでいたとき、誰に言ってるのかもわからないままふとそんなことを考えた。今考えるべきことはこの命の危機をどう乗り切るかなんだろうけど、命の危機に晒されても考えるべきことを考えられるような人間なんて、滅多にいないんだってば。
「ぶぎゃ!」
そうして、何もできないまま俺は地面に叩きつけられた。もし俺がとりあえず身の安全を確保すると言う保身目的で頑丈な肉体と言うチートを貰ってなかったら、今ので確実に死んでるぞ……。
叩きつけられた際に触手による拘束からは逃れたのだが、体中痛くて動く気になれない。とは言え、そんなことを言っている場合ではないので体に鞭打ち何とか立ち上がった。
「ああもう、これどうすりゃいいんだよ!? 誰か早く何とかしてくれ!!」
本来ならば俺がチート能力で目の前の黒い塊のような暴走体を倒してしまえば良い話なのだが、そうも行かない事情があるのだ。
さっきも言ったように、俺には敵を打ち倒す勇気も気概もない。だが、それだけなら気合を入れることができれば解決できる……と、思う。都合よく覚悟を決めるなんてできないから俺なんだって気もするけど。
まあ、仮に覚悟を決めて腹を括る事ができても俺にはこの暴走体と戦えない理由がある。それは――
「だ、誰か! 俺に魔法の使い方教えてくれぇぇぇええぇ!」
とまあ、暴走体の追撃から必死に逃げながら叫んだこれが理由である。頑丈な肉体のほかに魔法の才能ももらったはずなのだが、魔法の使い方なんてわかるわけないだろと。所詮普通の人間でしかないわけで、魔法の使い方なんて独学で理解できるわけないでしょと。その他のチートに関しても、俺の人生で学んだマニュアルの中に、超能力の使い方なんて項目があるわけ無いでしょと。
そんな俺の叫びを聞きつけたのか、どこからともなく少年の声が俺に囁きかけてきた。
「魔法……? 僕の声を聞いてくれたんですか……?」
「え? どこだ……?」
俺は、声のした方角を逃げながら見るが、そこに人影は無い。しかし、声の主には心当たりがある。
おそらく、この声の主は変身魔法によってフェレットに姿を変えている淫獣ことユーノ・スクライアだ。
中身はともかく外見は小動物なので、この状態だと見つけにくい。パッと見た感じでは見当たらないので、あの化け物によって作られた瓦礫(元俺の家)の影にでもいるのだろう。
その予想は外れていなかったようで、向こうから先に俺へと声をかけてきた。
「僕の念話を聞いてきてくれたんですか……って、チッ! なんだ、男か」
言葉の内容には、かなり予想を外れるものが含まれてたけど。なんだろう、このハズレを引いてしまったって感情を隠す気も無い舌打ち交じりの言葉は。てか、フェレットって舌打ちできたんだね。
「男に興味ないんで……死んでくれる? その間に僕は逃げるから」
「いくらなんでもそれは酷すぎませんかぁ!?」
違う。絶対違う。ユーノって、ここまでぶっ飛んだ変態じゃない。こんなんだったら、絶対魔法少女アニメのマスコットになんてなれないだろ。
何故だ。何でこんな俺じゃなくても正義の鉄槌を下してやろうとチート能力引っさげて誰かしらがやってくること間違いなしの奇人変人しか現れないんだ……。
「酷くない。僕はこの世に生きる全ての美女美少女の味方だ。男は僕の世界には必要ないんだよ」
「お前だって男だろうがぁ!」
この、会話が不可能なレベルで間違った悟りを開いている淫獣ともに黒い化け物から逃げ惑っていると、ふと思いついたことがあった。
そもそも、こいつの本来の役目は助けに来てくれた高町なのは(なのはさんとは別固体)に魔法を伝授することのはずだ。ならば、俺にだって魔法の極意を教えられるんじゃないだろうか?
「おい! あの化け物を倒す技的なものは無いのか!?」
さすがに何も知らないはずの俺がいきなり魔法を教えろと言うのもおかしいので、少しぼやかして聞いてみる。さっき誰もいないと思っていたときに魔法って言っちゃったけど、それはノーカンと言うことで。
ともかく、そんな俺の叫びにこの腐れ淫獣はあっさりと答えたのだった。
「あることはあるけど……教えない」
「なんで!? この状況でなんでそんなこと言えんの!?」
「僕はね……男に助けられるくらいなら死を選ぶんだ!」
「何男らしいようで全然そんなこと無い妄言を胸張って叫んでんの!?」
「僕は僕の信念を曲げるつもりは無い」
「ホントにダメだこいつ!」
「それに……」
「ん? なんだ!?」
「僕の美少女センサーが反応してるんだ。まもなく、僕を助けに美少女がやってくるって!」
「……美少女センサーってなんですかぁああぁぁああぁあ!!?」
だめだ。こいつ、マジで俺には理解できない不浄の悟りを開いてる。
このままだと、いずれ頑丈チートでも力尽きて死んでしまうのでは? 所謂チュートリアル的な初戦の雑魚モンスター相手にデッドエンド?
……嫌だぁああぁぁぁああ!! 何で魔王に脅えた以外の思い出が無い状態で退場しなきゃいけないんだよ!!
「だ、誰かたすけてぇぇええ!!!」
「全く、夜中にそんな大声だすものじゃないよ。後で、お話かな」
「こ、この声――」
「この声は、僕好みの美少女ボイス!?」
こいつ、人のセリフ潰してまでぶれないな。いやまあ、確かにこの声の持ち主は外見だけなら文句なしの美少女なんだけどさ。ただし、中身は魔王だ。
「なのはさん!!」
「変な声がすると思ったら……なんなの? これ」
「いや説明すると長く……って、そんなことよりもこの変態野郎! なのはさんなら文句無い――」
「お願いします! 魔法の力を!」
「おーい……」
既に、この淫獣野郎のあらゆる感覚器官から俺の存在は消えてしまったらしい。文字通り俺なんて眼中に無い様子のユーノは、今までの流れを全て無視してなのはさんへ赤い宝石を差し出している。多分、アレが魔法を使うためのデバイス:レイジングハートだろう。
そんな俺の想定を意味超えたユーノにある意味戦慄していたら、俺が想定するなんて不可能な規格外ガール魔王なのはさんは、更に予想外の行動に出ていた。
なんと、宝石を差し出してくるフェレットという超常現象に全く関心を示すことなく、体を屈め、矢のように黒い化け物へと突進したのだ。
「エエェェ!!? ナノハサン!? ナニヤッテンデスカ!?」
「あ、危ない! いくらなんでも、生身でジュエルシードの暴走体に立ち向かうなんて――――」
「ギュギャッァァァァ!!」
「……え~」
いくらなんでも無茶苦茶だろう。なんと、なのはさんの全体重を乗せたダッシュパンチを受けたジュエルシードモンスターは、いつかの俺のように宙を舞った。それはもう、まるで風に乗ったタンポポの種のような軽快さである。
もしかしたら魔王高町の殺気に驚いて自分から跳んだという可能性がないわけじゃないが、あの断末魔の叫びとしか思えない奇声を聞く限りはクリティカルヒットしたのだろう。
その異常としか思えない事実に、フェレットながら驚きを露にしていたユーノは、ふと何かを理解したように呟いた。
「すごい……よく見たら、デバイスも無しで全身を魔力強化してる……この世界に魔法文明は無いはずなのに、いったいなんで……?」
「あ、そっすか。もう魔法の使い方とか独学で理解してたんすか。既に第二形態でしたか」
驚くべき事実が発覚した。いや、そんなに驚くべきことでもないのか?
要するに、ただでさえ才能の塊である高町なのはが、戦闘意欲を極限まで高めたなのはさんになっているのだ。そのなのはさんが、自分の中にある戦う為の力を使えないわけが無いってことだろう。
結果として、なのはさんは自力で魔法少女となっていたのだ。魔法少女って言うより、魔王少女って言った方が正しい気がするけど。
そんな驚きに俺たちが固まっている間も、なのはさんは暴走体を殴り続けている。最初の一撃で戦意を喪失してしまっている様子の暴走体を、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のような笑顔でなのはさんは殴り続けていた。
「いい、いいよ君。私がここまで本気で殴っても壊れないなんて、新しいサンドバックとして持ち帰りたいくらいだよ」
「ホントにオモチャ扱いだった! て言うかサンドバック扱いだった!?」
恐るべき魔王なのはさんは、初見の化け物を何の躊躇も無く自分のサンドバックとして見なしていた。ついさっきまで俺のことを殺そうとしていた暴走体だけど、今では完全なる哀れな魔王の犠牲者だ。さすがに、ちょっと可哀想になってきた……。
「あの、ちょっといいでしょうか?」
「ん? 何かな? えっと……イタチ君?」
「フェレットです。その黒い化け物はジュエルシードと言う魔力の塊から作られていて、物理打撃では倒せないんですよ」
「ふーん……。確かに、だいぶ弱ってきたみたいだけどいつまでたっても壊れる気配が無いね。サンドバックとしては便利だけど」
「で、でも一応それは危険なものなんですよ。だから、できれば封印したいんですが……」
「これの倒し方をしってるの? だったら、教えてもらおうかな」
さすがにあの魔王の暴威を見ているためか、ユーノもちょっと引け腰だ。あの魔王モードのなのはさんに話しかけられる時点でかなりの精神力――あるいはスケベ心かもしれない――だが、なのはさんはユーノを不快に思うことなく暴走体を殴りながら話を続けている。
どうやら少し飽きてきたらしく、なかなか壊れない暴走体を最初は笑顔で殴り続けていたのだが、今度は壊せないことに苛立ちを感じ始めたらしい。
まあ、倒して欲しいではなく、倒し方を教えろって言葉から察するに、自分の手で倒す気満々なのは間違いないが。
てか、俺完全に忘れられてない? もうなのはさんが現れてからユーノは俺のことなんて見てもいないし、なのはさんも俺のSOSを聞いてくれてはいたらしいけど、暴走体を殴り始めてからはそれしか興味ないみたいだし。
「はい、ジュエルシードの暴走体を倒すには、封印するしかありません。なので、封印魔法を使えば問題なく倒せるはずです。その、ボロボロですし……」
「でも、私封印魔法なんて使えないよ?」
「あ、それなら、このデバイス……レイジングハートを使えばできるはずです」
「ふーん。でも、この石をどうやって使うの? 砕くの?」
「いや、これは待機状態なんで宝石型ですが、持ち主の意思に合わせて変形します。だから砕かないでください」
「じゃあ、貸してくれるかなっと!」
なのはさんは、渾身の一撃で暴走体を天高く蹴り上げた。そりゃあもう、まるで暴走体の正体が実はピンポン玉なのではないかと錯覚してしまうような気軽さで。
恐ろしく攻撃的かつ圧倒的な方法で時間を作ったなのはさんは、その隙にユーノから赤い宝石を受け取った。
何かもういろいろ台無しではあるが、いよいよ魔法少女らしく詠唱と変身シーンだろう。もうこうなったらそのくらいしか楽しみは無いと野次馬Aに徹した俺であるが、そこでもなのはさんは俺の予想を超えて行った。
「では、僕の後に続いて言ってください。『我、使命を――』」
「じゃあ、お願いね。レイジングハート」
ミシッっと言う音が聞こえた気がした。それは気のせいだったのかもしれないが、ユーノの詠唱を完全に無視したなのはさんは、レイハさんに起動命令を出した。
しかし、確かこれはファンタジーな魔法呪文ではなく、コンピューターの起動パスワードだったはずだ。二回目からなら所有者登録されて省略することもできるはずだが、さすがに初回はちゃんと唱えないといけないだろう。
そう思っていた俺と、そして多分ユーノだったが、魔王の命令は常識を超えた拘束力を持っていたらしい。理由は不明だが、何故かレイジングハートはなのはさんの命令を拒否することなく起動し、なのはさん自身も漆黒の光を放ち始めたのだった。
「そんな! 起動パスワード無しでレイジングハートが!? これは……レアスキル?」
「うん。アレだね。多分、絶対命令権とか、魔王特権とかそんなんだね。誰もなのはさんには逆らえないんだね。そんで、魔力光真っ黒なんだね」
もうなのはさんに関して疑問を持つことをやめた俺は、余計なことを考えるのを諦めてなのはさん第三形態を見守ることにした。
そう、なのはさんは小学校の制服を模した純白のバリアジャケット――からかけ離れた、黒を貴重とした甲冑姿になった。どっちかって言うとベルカの騎士が身につける騎士甲冑のような気がするが、魔導師の杖からかけ離れた日本刀の姿になったレイハさんを見る限り、アレが正解なんだろう。
ところどころに禍々しい棘がついている甲冑に名前をつけるのなら、魔王の鎧と言う所だろうか。何かもう、魔法少女が行方不明だよ……。
「うわぁ……私、ついに自分の刀を持てたんだぁ」
手に持ったレイハさん凶器モードを見て、なのはさんは恍惚とした表情を浮かべている。そう言えば、まだ幼さを理由に刃物の持ち歩きは禁止されてるんだっけ。と言うか、年齢に関わらず刃物の持ち歩きは禁止じゃないのだろうか……。
数秒ほどうっとりしていたなのはさんだが、やがて顔を引き締めてユーノの方へ振り向いた。ちなみに、ユーノもなのはさんのセリフと装備さえ気にしなければ天使の様な笑顔を見て、そのフェレット顔に恍惚とした表情を浮かべていたのは言うまでもないだろう。セリフと装備を考慮に入れれば、魔王の微笑なんだけど。
「さて、じゃあ封印ってのをやろうか」
「は、はい……。高度な魔法を使うためには、心の中に浮かんだ呪文が必要になります。心を澄ませれば、あなたの呪文が浮かぶはずです」
「心を……よし、行くよ!」
おお、いよいよ作品タイトルにもなっている『リリカルマジカル』の呪文か。正直なのはさんには似合わない呪文だけど、もうこのくらいしか楽しみは……。
「『見敵必殺!』ジュエルシード、封印!」
タイトル変わったぁあああぁああ!! おいおい、これじゃあもう“魔法少女リリカルなのは”じゃなくて、“魔王少女サーチ&デストロイなのは”じゃねーか!! ぶっちゃけイメージ通りな気もするけど、何かもう滅茶苦茶だぁ!
そんな俺の心の叫びなんてもちろん誰も知るはずも無く、なのはさんは天高く打ち上げられた暴走体を睨みつけた後、自身もまた高らかに飛んだ。跳んだのではなく、飛んだのだ。
「凄い! もう飛行魔法を身につけている!」
「あー、アレかな? 元々の才能に加え、こと戦闘に置いてはこれ以上無いくらいに最適化された性格のせいで、原作よりも殺戮者……もとい、戦闘魔導師としての適性が高いのかな……?」
何かもう、いろんな意味で敵無しななのはさんはそのまま暴走体に突っ込み、剣を突きたてた。その瞬間再びなのはさんから禍々しい黒の魔力が噴出し、暴走体を飲み込もうとする。
これ大丈夫なんだよな? パッと見魔王なのはさんが暴走体を吸収してパワーアップしようとしてるようにしか見えないんだけど。
しかしそれはさすがに心配しすぎであったらしく、正史通りに暴走体は一つの青い宝石へと姿を変えたのだった。
「ふぅ……これでいいんだよね?」
「はい。あなたのおかげで、無事に封印されました」
甲冑姿で凶器と化したレイハさんを手の中で弄りながら、なのはさんは息一つ乱すことなく戦闘終了を告げた。一切驚くことも戸惑うことも無く、魔法の力をあっさりと使いこなして見せるなのはさんは、やっぱり俺とは違う人種の人間なんだな。
その後は変身を解き、元の服装に戻る。ちなみに元の服装とは、動きやすさ重視のズボンとTシャツである。下から覗き込んでいるフェレットが心なしか残念そうなのは気のせいではあるまい。
完全に傍観者Aで事件が終わってしまったわけだが、そんな俺を無視してなのはさんとユーノの会話は進んでいく。
と言うか、今まで気にしてなかったが、ユーノは全身包帯まみれでいかにも怪我人……怪我フェレットだと一目でわかる姿だ。普通に事件が終わった所で気絶してもいいと思うんだが、と言うかフラフラしているが、それでも意識を保っているのは
「ふーん。大体わかったよ。要するに、君……ユーノ君があのサンドバ……ジュエルシードを見つけたんだ?」
「は、はい。アレは下手をすれば世界を滅ぼす危険なものです。僕が発掘しなければこんなことには……」
「それで、誰一人仲間もなしに単独ででわざわざ別世界にやってきたんだ。別に君がジュエルシードをばら撒いたわけでもないのに」
「はい。この世界にはジュエルシードに対抗する魔法文明がありませんし、僕がやるしかないんです。もし僕の見つけたジュエルシードのせいでこの世界が滅んだりしたら、いったい何千人の美少女が犠牲になるかと思うといてもたってもいられず……」
「少しはオブラートに包めよ。なにその限定的な心配事は。後、そろそろ俺の存在に気づいてください」
なのはさんが出てきてからは僅かながらまともになったから、女の子の前では本性を隠す猫かぶりならぬフェレット被りなのかと思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい。清清しいほど欲望に忠実な淫獣は、いつ
これ、絶対本来の歴史と違うよね? リリカルなのはって、魔王と変態が交差する物語じゃないよね?
俺はいったい何を間違えたんだろう……。やっぱアレかな? 神様に俺の知っているリリカルなのは(の二次創作)から得た知識を説明しちゃったからかな? 俺の言ったこと真に受けて、魔王と変態とその他もろもろの人格破綻者が織り成す修復不可能のバッドストーリーになっちゃったのかな?
そう言えば、この後出て来るキャラに関してもいろいろ言ったなー……。露出狂のドMレズとか、腹黒子だぬきとか、異世界からの侵略者達とか……。
もしかして、あんな話が現実になるの? ちょっとチート持ってるだけの
「……嫌だぁぁああああぁぁあああ!! 神様! 俺を普通のリリなの世界に送ってください!! 優しい主人公や真面目なマスコット、平和を守る清く正しい組織が出てくる夢の世界に連れてってくださーい!!!」
「うるさいよ。今何時だと思ってるの? 本気でお話しないとわからないのかな?」
「どうかしましたか? 僕の耳は男の声を遮断する仕組みになってるんですが、何か害獣が鳴きでもしたんですか?」
一人と一匹の俺への対応に、膝をついて俺は崩れ落ちる。俺にはもう夢も希望も無い。ついでに、この世界にはモラルがない。
気づけば近くでパトカーのサイレンが鳴っているが、なのはさんは気にも留めていない。日頃の暴虐から考えて、既に警察組織を掌握してるのか、あるいはこの世界の警察に常識的なモラルを求めることが間違っているのか。
いずれにしても、なんとなく俺の助けにはならないような気がする。と言うか、冷静になって考えてこの辺りの破壊跡(暴走体が暴れた被害少々。なのはさんが暴れた被害甚大)には俺の家も含まれてるわけで、特に俺の部屋はピンポイントで破壊されてる。
俺、明日からどうすりゃいいんだろ……。用意されてた生活費を使って修理する? でもそんなことしたらこれから先の生活費が……。
こうなったら子供でも働ける管理局へ就職……ダメだ。俺が子供を攫って兵士に洗脳する極悪組織にしたんだった……。
ああ、神様お願いです。チート能力とか断罪とかもうどうでもいいです。お願いだから、俺を普通の人たちが暮らしてる普通の世界に連れてってください……。
はい、これでお終いです。これ以上は続きません。
数々のSSを読み漁り、中にはどう考えても檻の中で生活しないといけない人格破綻者にされた原作キャラが出てくるのを見て、じゃあ逆に本当にそんなのばっかり出てきたら大変なんじゃないかと言う発想から書いてみました。
それに伴い、オリ主には事実上チート無しと言う縛りプレイの苦難を与え、原作キャラの高すぎる基本スペックを持った、しかしオリ主に都合のいいようにしか動かないなんてことも無い問題児に囲まれると言う生活を送らせてみました。
この先も、極悪組織の名に恥じない『卑怯? 褒め言葉です』な組織や、上級者でもなければ萌える事は難しいガチ変態に、自己保身の為なら何だってするたぬき少女など、このオリ主には艱難辛苦が待ち受けていることでしょう。
最後にもう一度だけ言っておきます。この作品に登場したキャラは、魔法少女リリカルなのはに登場するキャラとは全くの別人です。一切関係ありませんので、本物の原作キャラと混合しないようにお願いします。