その中で服を作る者も、また奮闘していた。
気弱な工房長の短編です。
オルクセン王国にダークエルフたち一万二千人が移住。
そして、ダークエルフのみの戦闘部隊の立ち上げ―。
さて、こうなると頭を悩ませる立場の者は多い。
あるコボルト族も頭を抱えていた。
いっそ、明日の朝にでもポックリ死んで面倒な事を全部後任に押し付けたい。
そんな希死念慮すら湧いてくる始末。
しかし、それでも朝は来るし体調に問題は無い。
悩みは消えずに、家を出て、足取り重く歩いていた。
着いた場所は軍政庁で、オーク王とダークエルフたちの何名かがそこにいた。
ピシッと背を伸ばすコボルト族の男。
彼の名はフェルと言った。
「では、彼女たちに軍服を誂えて貰いたいのだが―」
オーク王の言葉は想像通りの事で、何よりも大変な事であった。
現在の軍服の規格はオークかコボルト、ドワーフ族に合わせて作られている。
まず、大鷲族や巨狼族は軍服を着ない。
オークやドワーフ族は比較的体格が統一されている。
オークは布は使うが体格は似通っていて何より大量に作っているのでノウハウがある。
ドワーフはオークと体型は変わる物の、同様に個人個人の差は小さい。
そのため、作り易く、手慣れた物と言える。
コボルト族は少し大変だ、種族によって体格が大きく変わるし、尻尾穴の位置には気を遣う。
それでも、長い間服を作っていれば、ある程度体格のパターンは出揃ってくる。
今までに作られた型紙に合わせてやれば、まあ余程個性的な体格で無い限りは問題が無い。
さて、そしてエルフ族だが―。
わからない。
さっぱりわからない。
何しろ長年の交流は無く、見る事も稀である。
それでも一般の服であれば、人族との共通項が多いので流用は出来るかもしれない。
しかし、今から彼が作るのは「軍服」だ。
たかが服、されど服。
そもそも、体の作りという物は種族によって違う。
袖口は元より、肩の部分のホールですら形を変えねばならない。
当然、腕や足の可動域だってコボルトやオークと違うだろう。
想像をしてみて欲しい。
軍服を着ているのにスムーズな動きが出来なかったら。
腕や足が突っ張って、動作が遅れてしまったら。
それは、戦場では死に繋がる。
故に体にフィットしているのは最低条件となる。
そして、悩みはもう一つ。
女物の軍服を作ったことがほぼ無い。
エルフたちは全員が女性と言う種族である。
しかし、オルクセンではそう言う軍服は今までに無い。
いや、正確に言えば典礼や儀礼用で位の高い子女たちが使用する物はあるが、少数生産のオーダーメイド。
これから作るのは一万着に加え予備を含めた量産品である。
ダークエルフたちのデータを取りまとめ、基盤となる型紙とそのパターンを作る。
それがフェルの仕事だった。臆病な彼は震えが止まらない。
満足な物を作る事が出来なかったら。
知らず知らずのうちに失礼な事をして怒らせてしまったら。
そして、自分の作る物のせいで、もし彼女たちが死んでしまったら。
その責任の重さが双肩に伸し掛かった。
工房を仕切る割に臆病な彼の悩みがこれだった。
そんな様子のフェルにダークエルフの女、ディネルースは恭しく頭を下げた。
「貴方が私達の軍服を誂えていただけるとお伺いしました。どうか、私たちが戦場を駆けるための服を作っていただきたい。彼女たちは被服を生業としていた者です。必要とあれば存分に使っていただきたい。」
見れば、ディネルースの横には数名の女性たちが、自分に向かって頭を下げている。
彼女たちの体についた傷や衣服にほつれた箇所があるのを見て、フェルは彼女たちが歩んだ艱難辛苦の道が脳裏に浮かんだ。
何とした事か。
フェルは自らを恥じた。
オルクセンに来た彼女たちの多くは、いずれ戦場と言う地獄に赴く。
そうすれば誰かは死ぬ。
誰も死なないと言う事は起こりえない。
軍服とは、戦場で散る者にとっては死出の装束。
戦地で袖を通す最後の服になるかもしれない。
そんな立派な服を作る仕事についていて、服を作ると言う重圧に負けるなどあってはならなかった。
怖い、怖い。
けれど彼女たちが、せめてその道を征くのであれば―。
フェルは姿勢をただし、敬礼をする。
「謹んで拝命いたします!」
もはや臆病な気持ちは吹き飛んでいた。
工房にダークエルフたちを連れて行ったが、ミシンの構造がまず違っていたので驚かれた。
エルフィンドで使用されるのは手回し式で、オルクセンで使用されるのは足踏み式だった。
文化の違いに関する話題で花も咲いたが、とにもかくにも、まずは試作品を作らねば始まらない。
ディネルースから提供されたエルフィンドの軍服をバラして、検分し、特徴をメモしていく。
そして、手伝ってくれるダークエルフ族の採寸をし、オルクセン式で一着、仮縫いで仕上げてみた。
一見問題は無いように見える。
しかし、フェルの目は問題点を見抜いていた。
肩の布が少しだぶついている。
もう少し詰めれば、肩回りはスムーズに動くだろう。
また、実際に動いてもらうと足と腕の可動域がわずかに狭まっていたりしたので、そこにも調整をかけていく。
何度も何度も切っては縫うの繰り返し。
実際に馬に乗ってもらい、走り、銃を構えて撃ち、意見を貰う。
どんな細かい事でも漏らさずに聞き、短期間でありながらダークエルフ用の軍服は完成度を上げていく。
フェルのメモには次々と服飾の情報が記載されていく。
そして、ダークエルフたち一万人以上の採寸のデータも集まり、概ねの体格でサイズを分け、型紙を作っていく。
これが一番大変だった。
ある程度は各自で詰めていってもらうしか無いのだが、型紙を幾つも作るなかで、紙と布を切り裂きすぎてフェルは軽い腱鞘炎になっていた。
手伝ってくれるダークエルフたちは誰よりも良く働き、黙々と服をミシンで縫って行く。
その身に起きた出来事を思えば、仕事に打ち込む気持ちもわかるが、根をつめるのも良くないと言って無理矢理に帰す事もあった。
もっとも、一番根を詰めていたのはフェルだったのだが。
そこは針と糸、そして布と鋏で構成された戦場であった。
そしてアンファングリア旅団が公表された日。
黒い軍服で隊列を組むダークエルフたち。
勇壮な行進曲が流れ、国民や諸外国に発表された日に、その軍服はお披露目となった。
オルクセンの武威を示すに相応しく、布は陽光に照らされて、どこか輝いて見える。
フェルも傍からその様子を見ていた。
典礼の動きに乱れも無く。
ライフルドリルに関しても何一つ問題無い事に安堵する。
「やり遂げた」
小さく拳を握り、充実感をかみしめる。
彼女たちがいずれ行く戦場に、その服が僅かでも役に立てば幸いだった。
誰もいなくなった夜の工房で、フェルはキツイ蒸留酒をグッと一杯飲みほした。
やれることは全てやった充実感、今後彼の作った型紙はダークエルフが着る服の規格としてオルクセンで使用されるだろう。
そう思えば、わずかに服飾史に名を残せるのかも、とニヤニヤしてしまう。
その三日後。
うっかり忘れていたグスタフ王から、ダークエルフに合わせた冬用の装具を作る命令が出されて、工房は再び戦場に叩き落されるのであった。
終
違う種族の軍服を一から作る、と言う所を考えて書いてみました。
元々構想自体はあったのですが、話題が出たのに託けて文を整えた物になります。
お楽しみいただければ幸いです。