石化王に帰る国はない 〜 目覚めた王は、盟友と新世界を駆け抜ける   作:裃 左右

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評価を入れてくださってありがとうございます。
きちんと読んでくれている方が、いらっしゃるんだな、と思って嬉しくなりました。
書いた分、答えてくださっているような気がして、やりがいがあります。
これからもよろしくお願いいたします。


第23話 琥珀の酒と2月の嵐

 一行が長老との会話を終えた後、兎人たちは徐々に警戒を解き、一行を里の中心へと案内した。

 里を囲む木造の建物群には、小さなランタンが灯されており、柔らかな温かみを放っている。

 

「まずは腹ごしらえをしてもらうとよかろう」

 

 広場の中央に据えられた長い木のテーブルに、兎人たちが手際よく料理を並べていく。

 

 葉で包んだ焼き野菜、きのこやハーブをたっぷり使ったシチュー、甘辛いタレを塗ったロースト肉など、どれも素朴ながら見た目に鮮やかだ。

 

 皿の縁には、花びらや細かな木の実が飾られ、細やかな気遣いが見て取れる。

 

「はあ、よくこんな森でまともな食事が用意できるね」

 

 メッツァが目を輝かせながら席に着いた。

 ほとんど期待していなかったので、思った以上の質に喜びを抑えられなかった。

 

 一行の前には、小さな陶器の杯も置かれた。

 兎人の娘――マルシャがそれを慎重に手に取ると、中身の琥珀色の液体を注ぎながら説明した。

 

「これは、わたしたちの……なんと説明したら良いのでしょうか。 そう、ですね。 自家製ウィスキーです。 木の樽で熟成させたもので、香りが少し独特かもしれませんが……飲んでみてください」

 

 ダムが杯を手に取り、くんくんと鼻を近づけた。ディーも合わせて、杯を受け取る。姉妹で不思議そうに液体を確認していく。

 

「ほほう、これは面白い。草の香りがするわね」

「そうね、ダム。 変な匂いね、なんかスースーする」

「あら、少し甘い?」

 

 マルシャは照れたように耳を動かした。

 

「その……蜂蜜を少し混ぜて、飲みやすくしてあります」

 

「『飲みやすい』? これがかい?」

 

 メッツァはあまり口に合わないようで、素っ頓狂な声を上げた。

 聖女リリーは戒律上の問題があるのか、酒は口にしなかったが、ひたすら黙々と料理に手を付けている。

 

 なかなか手を付けようとしなかったリューファスだが、周囲のメンバーがなんら気兼ねせずに、食事や酒を口にしている様子を見て、おずおずとウィスキーをひと口含む。わずかに眉を上げた。

 

「確かに甘みがあるが……深みもある。面白い酒だ。どうやら、複数の種類のハーブを使っているようだな」

「毒や汚染に対して、排出を助ける成分が含まれていますので。里に住むものにとっては必需品です」

「酒は、錬金術における基本的な触媒ではあるからな。酢にもなるし、術師がいる集落ならば活用しているか」

 

 認めがたいことに、リューファスにとっては居心地が良かった。

 

 現代に目覚めてから、最も600年前の感覚に近い土地で過ごしているようにすら思った。

 かつて、敵対していた兎人(ホップキン)にいるのに、安らぎを覚えている己自身に戸惑いを覚えるも、ずっと自身が蘇ってから緊張し続けていたことにも気づいた。

 

 目覚めてから、安らぎを覚える瞬間など、一度もなかったのだ。

 

 兎人たちも、ちらほらとテーブルの端に座り、一緒に食事をしながら話し始めた。

 

「ほう、よくぞ『唸り吠える角』を倒したものだ」

「そういう名前なんだ、あの魔獣。 まあ、僕が倒したんじゃないんだけど」

 

 白髪交じりの黒兎人がシチューをすくいながら語る話に、メッツァは耳を傾ける。

 

「あやつは何年も我が里周辺を荒らしてきた厄介者。まさに『二月の嵐』のようだった」

「二月の嵐?」

 

 メッツァが問いかけると、マルシャが説明した。

 

「あの……突然起きる厄介事のことを、私たちはそう呼ぶんです。二月は天気が読めなくて、突然嵐が来ることがあるので……」

「なるほど」

 

 メッツァは笑った。兎人(ホップキン)はあまりに独特な言い回しが多すぎる。

 

 長老である老兎人も、時折、癖のある迂遠な表現をしていたように思うが、他の村人は一層、その傾向が強い。

 

「まあ、それを僕たちが晴らしてやったんだな」

 

 自分がしたことではない、そうわかってはいるのに、メッツァはなぜか誇らしげに口にしてしまった。

 

「そげなこと言うても、ここはまだ嵐の目ん中ぞ」

 

 別の兎人が口を挟む。

 

「ジャバウォックの牙がどげなもんか、知らんわけじゃなかろう? 最も耳の長い英雄が、バンダースナッチにされちまってるし。ハレ様も無事に帰ってくるかどうか」

 

 その言葉に一瞬、テーブルが静まり返る。

 だが、長老たる老兎人が一行を見つめながら、静かに警句を口にする。

 

「リューファスよ、よく聞け。 我ら兎人(シルヘア)の言葉に『跳ぶ前に耳を立てろ』というものがある。死地へと動く前に情報を集め、覚悟を定めよ、という教えだ」

「覚悟なら、もう定まっている」

 

 リューファスが静かに答える。

 

「その言葉、信じることにしよう」

 

 老兎人は少し目を細めた。

 今の会話は、集まった兎人たちに聞かせるためにしたのだろう。悪しき魔獣を単独で討ち取れるほどの人間が、事態の収拾に動くと言う事実を再認識させるために。




◎兎人のウィスキー
 深い琥珀色に宿る、森の秘密。シルヘアの伝統が紡ぐ、液体の詩。
 古の森の恵みを蒸留し、木樽で静かに熟成された、耳長き者のみが知る銘酒。

 野生のタイムとローズマリーから始まり、何種ものハーブの爽快感と、蜂蜜のような柔らかな甘さが舌を撫でる。初めは少し奇妙に感じるその香りも、飲み込むごとに深みを増し、森の精霊が宿ったかのような不思議な感覚を呼び覚ます。

 それは、まるで女神エオストレの慈悲のごとき。

 兎人たちにとって、これは単なる酒ではない。それは彼らの歴史、文化、そして魂そのものを紡ぐ液体なのだ。
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