石化王に帰る国はない 〜 目覚めた王は、盟友と新世界を駆け抜ける   作:裃 左右

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新しい感想が届いていました、ありがとうございます。
わたしにはない目線で、どんな印象を受けたか教えてくださったりして、参考になりました。客観的に見た作品の印象と言うのは、わからないものですね。

ユニークアクセスなのですが、またあっという間に5000を超えそうです。
リアルタイムで追ってくれる読者さんがたくさんいるというのは、有難いです。

登場人物が増えてきているので、上手く全員に見せ場を作れたらと思います。




第27話 菟道の先

 翌朝、『聖なる火の神殿』までの道のりは、兎人の娘マルシャが案内を申し出た。

 

 リューファスにとって、かつて歩いた道であるはずだが、600年の歳月と呪詛汚染により変わり果て、現在地すら確信できない状態だった。

 

 神殿にまっすぐたどり着けるかと問われたら、霧が深いこともあり、自信は持てない。

 

「しかし、案内だと? 魔獣如きに、右往左往してたそなたが?」

「アレは人探しをしていたがために、起こしてしまった失態ですから。 森の兎はそう簡単には捕まりません」

 

 マルシャが森に仕掛けられた空間の抜け道を先導すると、説明した。

 

 菟道の術(ラビットホール)の秘術だ。兎人は点と点を繋ぐ通路を、土地に設置することが出来る。リューファスは思い出す、600年前の戦いでも、兎人剣士たちが神出鬼没に襲撃を掛けてくるがために、苦戦した。

 

「このようなカラクリがあったとは、な」

 

 巧妙に隠された穴を巡り、次々と移動を繰り返す。複数人を連れ立っても発動が出来るとは、と驚愕する。

 

 メッツァは感心したように、視線を走らせた。

 

「なるほど。 条件付けは、空間記憶による結び付け……対応するアイテムかなにかをそれぞれの地点に設置かな。 縮められる距離は、それぞれ長くはなさそう。 転移ではなく、空間湾曲に近いか」

「……解析されているのですか?」

 

 耳を垂らしたマルシャは、尋ねる。兎人族全体を危機にさらす判断になるかもしれない、と心配なのだろう。

 

「心配しなくても、真似できないよ。解析阻害が為されてるし、誰にでも使えるものじゃなさそうだ。空間を縫い止めたり、繋げたりする術はね。制限が大きいんだよ」

 

 実際、解析を試したが、量子デコヒーレンスが働いていた。

 要するに解析を試みると、術の維持そのものが破壊されるため、読めなくなっている。

 

 推測でしかないが、兎人が自らの意思で案内する時にだけ、同行する存在が許される術式であり、その程度の遺伝子制約はありそうだ。と、メッツァは心の中に書き留める。

 メッツァとて、研究者としての知的好奇心がないわけではない。解析は癖のようなものだ。

 

「でも、神秘や尊厳を暴くのは、僕の趣味ではないよ」

「そう、ですか」

 

 意外そうにつぶらな瞳を、ぱちぱちとマルシャはさせた。

 リューファスや、トゥイードル冒険者事務所の一団も特に異論は唱えない。恩恵を得ておいて、不義理を働くつもりはなかった。

 

 菟道の術(ラビットホール)から出て霧深い森の中を進むたびに、戦の痕跡が鮮明になっていく。邪悪な軍勢(ワイルドハント)や倒れたゴーストの痕跡は、燃え尽きた後の冷たい灰のように積もり、魔獣の死骸は臓物を撒き散らして大地に広がっている。

 

 そして、その間に見える赤い帽子――レッドキャップの死体もまた、彼らの目的地が『聖なる火の神殿』であることを物語っていた。

 

 リューファスが眉をひそめながら、鋭い目で辺りを見渡す。

 

「どうやら、ただの乱入者ではなかったようだな。レッドキャップがこれほどの数で神殿を目指すとは……指導者がいると見て間違いない。」

 

 リューファスの言葉に、ダムは深い息をついた。

 

「そうでしょうね。森に巣食うだけの連中が、ここまで秩序だって動くのはおかしいわ。指導者がいるなら、その者は相当な力を持っている。……知ってる相手かも」

 

 苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべたダム。大げさに肩をすくめたので、ポニーテールが揺れた。

 妹のディーが「そうね、ダム。これ、所長案件かも」と静かに同意した。冒険者事務所となれば、色々と因縁もあるのだろう。

 

 聖女リリーは膝をつき、原形をとどめぬ死体を調べる。手袋をはめてから、臓物に指を差し込み触診。付着した血液を観察した。

 

「術者がいますね。それと、剣の達人が」

 

 うつろな口調で聖女リリーが指差す先には、魔獣の胴体が裂けており、骨と骨のつなぎ目を見切ったかのような断面になっていた。説明できない傷痕だった。

 

 それを聞いて、きゅっとマルシャが歯を噛みしめた。ピンと立った両耳が左右べつべつの方向へとしきりに向けられていた。

 

 一行は静かに移動を再開し、再びマルシャの導く抜け道を進み始めた。

 先には、『聖なる火の神殿』の姿が霧の向こうに薄っすらと浮かび上がっていた。

 

 だが、静かな佇まいの裏には、何か得体の知れない力が潜んでいるのを誰もが感じていた――そして、それは決して歓迎の意ではないことを。

 

 神殿前の光景は、まさに死と混沌の縮図だった。砕け散った石柱と、苔むした台座の上に積み重なる死骸。その周囲を巡るように、邪悪な軍勢(ワイルドハント)が秩序なく徘徊している。

 

 巨大な鴉が、屋根の上で鋭い嘴を打ち鳴らし、不吉な音を響かせた。暗い空にその姿は溶け込むようでありながら、目を凝らせば、異様に膨張した胸部と骨ばった脚の輪郭がはっきりと見える。

 

 リューファスがじっとその大鴉を見据えると、同様に奴も目を合わせてきた。まるで彼の行動を測っているかのように。

 

 残された骸や、レッドキャップの死体が転がっている辺り、既にレッドキャップたちは突破したか、撃退されたかだろう。少なくとも、先を越されていたことは明白だ。

 

「あの大鴉、ただの魔獣ではなさそうだな」

 

 リューファスの言葉に、メッツァが肩越しに答える。

 

「形状が整いすぎている。あれは神殿の防衛装置かもしれない。ただ、生物なのか人工物なのか……どちらとも言えない。神秘と科学が歪に交わった存在だな」

 

 説明に誰も安堵を覚えなかった。逆に、背筋を這う冷たい感覚が強まるばかりだった。

 

 静寂を破ったのは、地響きのような声だった。

 

「汝も、我らの列に加わるがよい!」

 

 霧の中から現れたのは、邪悪な軍勢(ワイルドハント)の統率者と思しき存在。灰色の鎧を纏い、膨大な邪気を放つその姿は、まるで死そのものを具現化したかのようだった。

 彼の背後には、獣たちが唸り声を上げている。

 

 リューファスは微動だにせず、目に闘志を宿らせた。

 

 背負う大剣を引き抜く。兎人族の長老から託された古びた名刀。

 兎人軍刀(ウォーリッシュブレード)、銘をタリアエルバと言う。

 

 鋼鉄よりも深い青灰色の刀身。刃は微かに青緑がかった輝きがあり、光が当たるたびに、鱗を思わせる細かな鎖模様が浮かび上がる。




菟道の術(ラビットホール)
 時空を縫う、兎人族のみが継承する最古の空間操術。
 大地の記憶に刻み込まれた目、点と点を不可思議に繋ぐ。
 空間が柔らかく湾曲すると、みかえり兎は旅人を静かに導く。
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