石化王に帰る国はない 〜 目覚めた王は、盟友と新世界を駆け抜ける   作:裃 左右

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第34話 (幕間)ヘカーティア④

 リューファス王はしばしベスタルに滞在した。

 

 文官や騎士を派遣し、時間を無駄にすることを罪であるかのように、昼夜を問わず、働いた。

 

「半島を一つにまとめる」

 

 リューファス王はそう宣言した。

 半島全体を一つの国としてまとめ上げ、この地を東部として区分けすることを意図していた。

 

 聖杯を手にした王として、彼の言葉は絶対的な重みを持ち、誰も反論できなかった。

 

 ベスタルの族長を通じて、首長たちとの協定を進めたが、その動向は周到で、綿密な準備を重ねた末に来たことは明らかだった。

 

 騒動と言えば、兎人族(ホップキン)や賊と小競り合いが起きた程度だ。

 

(あの、恐るべき首狩り兎(ヘイヤ・ヴォーパル)を一騎打ちで退けたと聞いた時にはさすがに驚いたけど、ね)

 

 たびたび、王はこの地で武勲を立てた。

 酒の席で、演奏と共に歌われる物語になったと、火守りの姉妹たちすら語っていた。

 

 意外なことに、王は頻繁に私と対話することを望んだ。

 

 巫女である私の託宣すら必要としないくせに、それは奇妙としか言いようがなかった。

 

 リューファス王との会話の多くは些細な雑談。

 私が口を開くたびに、からかうような態度。

 

 だから、最初は彼を嫌な男だと思った。

 

 代わりに、リューファスは話し上手で、過去に武者修行を兼ねて半島全土を旅していた経験を語り、尽きることなく話題を提供した。

 

(本当になんだろう、この男。意味が分からないわ)

 

 それでも退屈になると、彼の話を待ち望んでしまう自分がいた。実際、彼の話は面白かったし。

 

 聞いた話を姉妹たちにも聞かせてあげていたら、周囲が気を利かせて時間を作ってくるようにもなった。

 

 特に、ディアーナという娘は、真っ先に来訪を知らせて来ては、お茶でも淹れてやれ、と急かしてくるのだから慌ただしいったらありゃしない。

 

「なぜ、あなたがそんなに楽しそうなのかしら? なにも関係はないでしょうに」

「ヘイティが明るいと、他の姉妹たちも笑顔が増えるからよ」

「……別に、あの男が来たからと、態度変えたつもりはないけれど」

 

 ツンとそっぽを向いてやると、笑われたのがこれまた不愉快だった。

 ……巫女の姉妹たちと距離が近くなったのは、この頃だった。

 

 ある晩、彼と向き合う機会がまた訪れた。

 人払いをした後の静寂の中で、私は口を開いた。

 

「リューファス王、この地をまとめるという計画、あなたの目指す未来が果たして何を生むのか、おわかりですか?」

 

 新たな混乱を生むだけだと、遠回しに批判しようと思った。

 

 今は皆が従っているが、彼の未来は波乱に満ちている。

 私の目にはその不吉な予感が映っていたから。

 

「なんだ。余の見解を聞きたいのか、ヘカーティア」

 

 王は、明かりの中で微笑みながら答えた。

 かつての威圧感はなく、物憂げな影が差していた。

 

「余が目指すのは、個人に依存しない国だ。誰もが英雄を目指し、学び、才能を発揮できる。そんな魔術師の家系に依らない国を作りたいのだ」

「はあ?」

 

 思わず、気の抜けた返答をしてしまった。

 

「なぜ半島をまとめる必要があるのか――それはより大きな脅威に対抗するためだ。北方の巨人、東方の亜人、西の水棲種、南の千年帝国……やがて、半島はより大きな流れに呑み込まれるだろう。諸侯らは部族や都市国家という狭い視点でしか物事を見ていないが、時代の流れは止められん。部族ではなく、半島と言う視点を持たねばならん」

「半島の視点ですか、どうにも耳に慣れませんね」

「まあ、奇妙に聞こえるだろう。無理もあるまい」

 

 リューファス王に言わせれば、半島は『緩衝地帯』であり、土地も豊かではなく、南方の大国からすれば手に入れても魅力のない不毛の土地だという。

 

 私が生きてきた土地が、その不毛な土地の東の端の僅か一部?

 

「余は少々、特殊な育ちでな。支配者である魔術師の家に生まれながらも、非魔術師(ノーマジ)らの英雄となるべく育てられた」

「何のために?」

「フフッ、家の思惑など知るか。余は王なのだから、王として生きる」

 

 不敵に笑う表情が、揺れる炎に照らされた。

 すると、なぜか胸がどきりと鳴り始めたので、私は茶を飲むことへ意識をそらした。

 

(結局、この男も火に群がる蛾と変わらないじゃないの。高望みをして燃え尽きるだけよ)

 

 私の沈黙に、不愉快そうにすることなく、王は熱に浮かされるように話を続ける。

 

「そして、この『まとまる』と言うのは、魔術師だけの力では不可能なのだ。余は半島の全てとは言わないが、様々な場所に赴いた。そこで感じたのは、勿体ない、と言う痛惜の念だ」

「勿体ない、とは?」

「力ある者が土地に縛られ、学ぶ機会も与えられず、才能を存分に発揮する舞台もない。つまらないだろう、そんな生き方は……ここもまた、空気が淀んでいる」

「つまり、ベスタルの在り方を馬鹿にしている、と言うわけですね」

「ならば、ヘカーティア。そなたは、火を崇め、才能ある者たちが生涯を捧げる姿を美しいと考えているのか」

 

 見透かしたように、問いかけてくるリューファス王。

 

 答えられない。答えたくない。

 だから、質問をし返した。少しでも、傷を付けてやりたかった。

 

「貴方の国が完成すれば――本当に、それが変わると?」

「世の在り方はそう変わらぬかもしれないが、賛同者が増えれば、他の者どもの目の方が変わるであろう。そうさな、まずは世に出る者が活躍するための学び舎を作るとするかな。どうだ、悪くあるまい」

 

 彼は、まるでどこかにそんな場所が存在しうるかのように話す。

 

(本当にそんなことが起きるはずがない、私を期待させないで)

 

 理想を語る彼が許せなくて、私は静かに繰り返した。

 

「ですが、あなたが生み出そうとしている秩序は、火に選ばれたあなたに依存しています。それが途切れたとき、この秩序は崩れるでしょう」

「余が途切れる時か。ヘカーティア、お前はまるで余の死を予見しているかのようだ。それも会うたびに、な」

「予見ではなく、事実の指摘です」

 

 ようやく、私の言葉に彼の瞳が僅かに鋭くなる。

 

 そうだ、貴方は遅かれ早かれ死ぬ。

 野望など達成できないし、貴方の傲慢さが破滅を早めることになる。

 

「聖杯を手にした以上、火の意志を問われるときが必ず来ます。あなたが『聖なる火』をどう認識するか、それがこの秩序の行方を決めるでしょう」

 

 王は答えなかった。

 

 代わりに、炎が聖杯の金の縁を赤く照らす光景をじっと見つめた。

 

 沈黙の中で、私は胸の内に募る不安を振り払うことができなかった。

 この男が全てを手にし、やがてその代償に気付く日は来るのか――きっと、その瞬間まで、私は彼を見続けることしか出来ないのだろう。

 

 抗うことのできない渦の中で、私自身もまた囚われているように感じた。

 

 かと思いきやリューファス王は、突然、聖杯を私にほうり投げてきた。

 

「わわっ、なにするんですか!」

「くれてやる。余よりも、そなたに持たせたほうがよく使えるであろう」

「はあ!? これ、聖杯ですよ! ベスタルの秘宝!」

「知っている。家臣である術士らと検討したが、使い勝手が悪いと判断した」

 

 何を言っているんだ、この男は。頭でもおかしくなったのだろうか。

 

「それは魔力を貯める器ではあるが、力を生産するものではない。かつ、容量は大きいが、計画の核とするにはあまりに性質に難がある」

「……分析していたのですか」

「当然だ。そして、評判ほどには有用ではないことは、元から知っていた。そも、杯というのは、酒を飲むときに美味なるが最高のものであって、余計な味を与えるそれは三流以下の廃品だ。杯として使えぬ杯には、相応しい扱い方があろう」

 

 一族の秘宝をゴミ扱いとは、本当にひどい男だ。

 この発言を、族長らが知れば、今すぐ戦争が起きるだろう。

 

 しかし、実のところ、リューファス王が聖杯を手放すのは、彼に降りかかる災厄を減らすには妙手だった。

 

 明らかに、たった今、この瞬間に未来に至るまでの筋道が変わったからだ。

 

 だけど、せっかく手に入れた秘宝を手離せる者がどれほどいるだろうか?

 

 リューファス王はついに立ち上がった。話を終わらせる気なのだろう。

 

「ヘカーティア、余に説教をする暇があるならば、もっと楽しめ。余が目指す方向には人間の意志がある。それは見えないか?」

 

 どこか子供じみた夢を含んだ甘い野望。

 破滅をはらむ、危うさがたっぷりと含まれた猛毒。

 

 私は彼の背中を見送りながら、再び祈りの言葉を唱える火守りの巫女たちの声を聞いた。

 

 王に訪れる結末は必ず見届けよう。

 それが私の役目だろうから。

 

 でも、その時に私が彼と共にいるべきかどうかは、まだ答えを出せずにいた。




己の理想のために、色んな人間の心を焼いた男。
あれ、こいつ、曇らせか?
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