石化王に帰る国はない 〜 目覚めた王は、盟友と新世界を駆け抜ける   作:裃 左右

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第37話 狂った歯車と虚数の楔

「おやおや、吾輩の術式を相殺する、だとぉ?」

 

 狂帽師は口角を吊り上げ、哄笑した。

 

「愉快だ、愉快すぎる! そのちっぽけな頭蓋骨にはクルミが詰まっているのか? カラカラと心地よい音がしそうだな。吾輩と君では、魔力の器があまりにも違いすぎる。比べるのも愚かしいほどに」

 

 メッツァは狂帽師の嘲笑に耳を貸さず、眼鏡のレンズ越しに現状を冷静に見据えていた。

 

 確かに、魔力と魔力をぶつける戦いになれば、勝ち目はない。だが、現実世界に物理的な現象として結果を出すには、理屈が必要だ。

 

 術式の構成に微細な歪みが生じる度に、彼は即座に修正を加え、緻密な計算を重ねていく。

 

 展開される魔法陣は空間にエネルギー場を作り出すための幾何学的配置であり、その構成は非常に繊細だ。

 

(相殺を狙う。それには、使える限りの魔力を蓄積させて、狂帽師の大規模魔術に的確にぶつけないといけない)

 

 迸る魔力の流れが激しすぎて、狂帽師の術式が直接読み取れない以上、事象そのものを科学的に理解するしかない。

 

 魔法陣を維持しながら、解析をやり通して見せる。

 

 こちらが真剣に場を睨んでいると、狂帽師は人差し指を、あご下へと気取ったように添えた。

 

「だが、虫は潰すに限る。君には、吾輩の帽子を被せる価値もない」

 

 ネジと歯車の嵐から、一陣、二陣と分かれて飛び出した。

 そこから、予兆もなく金属片が弾丸となって射出される。

 

「鮮血の花を散らせ、赤子(マペット)

「矢避け術式、強化っ」

 

 虚数演算宝珠が放つ光が、さらに鮮やかに場を染める。量子的に確率波動関数を操作、周囲の飛来物の乱数に干渉。

 

 同時に、流体操作で一定の方向への空気抵抗を高め、射線を誘導。

 

 迫りくる弾丸は自然と、メッツァを避けていく。

 

「その程度は出来るか、ではこれはどうかね?」

 

 今度はネジと歯車の旋風そのものが飛来する。歯車群が双方向から、メッツァを挟み撃ちにする。

 

 このままいけば、メッツァはミキサーにかけられたように細切れにされてしまうだろう。

 

「直接攻撃か。距離が近い方が、僕は干渉しやすい」

 

 莫大なリソースを既に使用しているため、防御は少ない魔力で使える術式に限定される。

 

 だが、魔術師の戦闘においては、大規模な魔術をぶつけない限り、防御側が有利。

 

 メッツァは手を余波で傷つけられながらも差し出し、エメラルド色の煌めきを放つ。

 

 迫りくる旋風を直接、分解しようと試みたのだ。

 煌めきは秩序を取り戻すかのように歯車群へと浸透し、異音を生じさせた。

 

「ギィッ……ギチギチ……!」

 

 歯車の回転が一瞬、鈍る。火花が散るとそのまま旋風は拡散され、歯車とネジは地面に音を立てて落ちていく。

 

 狂帽師の笑みが僅かに引きつった。

 

「――なにをした?」

「術式に、直接触れると見えるものが増えるね。意外と儚い命だな」

 

 メッツァの声が静かに響く。

 口元には、ささやかながらも確信に満ちた微笑をたたえていた。

 

「お前の術式。その正体を理解したよ」

「ほぉお~?」

「これは高強度の磁場と、金属粒子で形作られた仮想生物だ。――いわば、磁場生命体の疑似創造。内臓にあたる金属を、磁場加速で撃ち出し攻撃する。発生している旋風は、彼らの思考プロセスと推測される」

「やれやれ、なんと退屈な解説劇だ。誰がそんなもの聞きたがる? 科学だの理屈だの、夢も詩情もない。しかも、脇役の分際で種明かしとは、作法を知らない無粋者め!」

 

 狂帽師は指先を踊らせながら笑うが、目はどこか好奇の光を宿していた。

 

 奴は愉しんでいる。自分の演出する舞台が、何か新たな展開を迎えることを望んでいるかのようだった。

 

「だが、そうだとも! これこそ吾輩が創造した磁場妖精(グレムリン)! 引き合い、離れ、引き裂き、結びつく! なんとこの悲劇を彩るには相応しい術式ではなかろうか!? 束となって踊る我が子たちの前では、敵の数など数えるにもあらず! 剣も! 弓も! 爆発も! 全てが無意味な小道具に成り下がるのだ、か、ら!」

 

 指揮者のように両手の指をさらに強く踊らせると、全方向に散らばる歯車が激しく噛み合い、凄まじい音とともに加速した。

 勢いに砂塵が巻き上がり、視界を遮るほどの嵐となる。

 

「クックックッ! 仕掛けがわかったところ無駄だッ! この力の真骨頂は共鳴ッ! 我が子たちが重なり合い、絡み合い、奏でる破滅の協奏曲ッ!」

 

 狂帽師の叫びと共に、共鳴し合う渦と渦が激突し、猛烈な破壊音を生じた。

 衝撃波は闘技場の大気を揺るがし、瓦礫を吹き飛ばした。

 

「んンンふふふ~! これぞ吾輩の術式の極み、『永動歯車の饗宴』! ついに時は満ちたのだ! この狂飆(きょうじょう)は、この劇場の愚かな演者どもを皆殺しにして、なお余りある! アァアッ! 全ては無意味! 無意味こそが真実ッ! 手品の種を暴いたところで、死体の山は変わらないのだァ!」

 

 メッツァは荒れ狂う砂塵の中でも動じず、虚数演算宝珠に意識を集中させていた。

 

「無意味じゃない。お前の術式の性質を突き止めた以上、僕にも勝ち筋がある」

 

 だが、メッツァは怯まずに言い放つ。

 永久に動く歯車なんて、幻想にすぎないのだ、と。

 

「やはり、お前の術式は巨大化するほど脆くなる――予想通りだ」

 

 金属が飛び交う嵐の、その中心地に近くともなお、メッツァは冷静さを失わない。

 声がかき消されても、それでも自分の力が通じると疑わない。

 

「虚数演算術式、『逆位相の楔』!」

 

 エメラルドの眩光が集束すると、闘技場を覆いつつある大渦を切り裂くように撃ち込まれた。

 小さな音符のような光粒が精密に穿たれるたびに、磁場の歪みが解消されていく。

 

「おォおおッ! これは、これは」

 

 狂帽師の表情が初めて歪むと、歓声のような声を上げた。

 嵐の勢いが急激に鈍り、次々と崩壊していく。

 

磁場妖精(グレムリン)の共鳴同士で事象が発生しているのなら、それを阻害できる点を見つければいいだけのことだ。空間全体を掌握するのは無理でも、限られた数点を破壊すればいいなら、僕にもやれる!」

 

 メッツァの目には、複雑に絡み合う気流の流れが、無数の層として映し出されていた。

 

 その全てを無力化するには、正確な干渉点を突かなければならない。

 

 演算に掛かっていたのは、そのポイントを見つける計算。模索していたのは、その方法。

 

「そして、磁場生命体なんて、一時的に安定した構造体に過ぎないんだ。環境が変動すれば、存在を保てない。彼らの磁場の振動周波数を相殺する『逆位相の波』をぶつけてやるッ! この干渉波により、磁場妖精のエネルギー構造は完全に崩壊する!」

 

 空間に穿たれた『逆位相の楔』は、作り物の妖精たちへと振動波を叩きこみ、次々と存在を破壊していく。

 

 磁場妖精(グレムリン)が崩壊する際に、蓄積されたエネルギーが爆発的に解放され、空間に強烈な衝撃波を生じた。

 

 それは狂帽師の近くにいる磁場妖精も例外ではない。

 連なる崩壊の余波が、狂帽師を直撃。自身の術式の暴発に、身を守る術はない。

 

「ぐハッ、アバババッ、ふふ、実に興味深い。つまり、君は吾輩の創作物を、否定しようとしているわけだ。だが、それはまるで――」

「――劇場の役者が、脚本家に反旗を翻すようなものだとでも? 勝手に僕たちを出演させるな」

 

 身体の半身が弾け飛びながらも、狂帽師は持ちこたえた。

 

 左肩ごとごっそりと肉体が抉られたが、コートの裂け目から、肉の代わりにネジや歯車が詰め込まれているのが見えた。それは正体が単なるゴブリンではないことを示していた。




磁場妖精(グレムリン)
 強磁場と金属粒子により擬似的に作られた術式生命体。
 狂帽師の創造物であるその姿は、歯車とネジを核としながらも、本質は目に見えぬ磁力の渦そのもの。

 微細な金属粒子を依り代とすることで、物理的な攻撃は幻のごとく通り抜ける。
 複数体が共鳴し合うことで破壊力を増幅させ、制御不能な嵐となって周囲を蹂躙する。

 しかし、その命は儚く、磁場が織りなす一時の夢のごとき存在。
 解き放たれた磁場妖精たちは、永遠の舞踏を夢見るかのように、荒ぶる嵐の中で饗宴を奏でる。
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