石化王に帰る国はない 〜 目覚めた王は、盟友と新世界を駆け抜ける   作:裃 左右

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数ってすごいですね、積み重なると、達成感がものすごい。
今までこんな数を積み上げたことが無いので、感動もひとしおです。

年末最後の更新を、このご報告と合わせて迎えられたのは、この石化王の作品を見つけてくださった読者の皆さんのおかげだと思います。
読者の皆さん、今年はありがとうございました。
来年も、楽しんでいただけるように、頑張ろうと思います。
(第一章、今年中に終わらなかったなあ)


第45話 白き血脈 - 父祖の帰還

 神殿の中心で、ジャバウォックが()けりを上げる。

 鉄槌の如く、振り下ろされた巨大な尾が地面を粉砕。飛び散る破片の間を縫い、メッツァは疾走した。

 

「マルシャ、聞こえるか!」

 

 焦る心を抑え、メッツァは声を振り絞った。

 

 邪竜の瘴気は刻一刻と濃度を増し、今や神殿全体が命を蝕む毒の檻と化していた。

 慎重に瘴気を払い続けていた虚数演算宝珠の輝きは、徐々に弱まっていた。

 

(魔力を使いっぱなしなのはキツい……宝珠に魔力を充填する余裕がない)

 

 ようやく神殿の隅に、マルシャとハレの影を見つける。

 

 マルシャは、血が滲む手で結界を維持していた。小さな体で必死に耐えている様子が痛々しい。

 兄である白兎騎士ハレは、まだ身動きが取れない様子で、壁に背を預けたまま己の身体を抑えていた。

 

「メッツァさん、まさか助けに来てくれたんですか?」

 

 マルシャが驚きと安堵の入り混じった声を上げる。

 白兎騎士ハレが、息を吐いた。

 

「丁度良い。おい、そこの人間。この跳ねっ返りをどこかに連れていけ」

「兄さんのためにここまで来たのに、見捨てられるわけないじゃない! なんで、そんなこと言うの?」

「いい加減、殺そうとしてきた相手を兄と呼ぶのは止めろ。大人になったつもりなら、その程度の分別を付けるんだな」

「分別? 自分だけ助かることが? そんな損得勘定が大人になることなら、わたしはずっと大人じゃなくていい」

 

 ずっと、この場所で言い争い続けていたように見えた。

 マルシャは涙に頬を濡らしながら叫び、ハレは疲れ切った顔で自暴自棄になっていた。

 

(リューファスが命懸けで戦ってる間に、なにしてるんだ!)

 

 その様子を見たメッツァの中で、何かが切れた。

 普段は争いを避ける彼の性格が、一瞬にして覆された。

 

「黙って僕に従えっ。うだうだ言ってないで、生き残るために動けばいいんだっ!」

 

 メッツァの一喝に、二人は言葉を失う。

 

「……人間の小僧。まさか、それはこの私にも言っているのか?」

「アンタは、リューファスに負けたんだろ! 負けて生かされたくせに偉そうにすんな! 正々堂々、戦って負けたんだから、己の誇りにかけて与えられた結果を全うしろ!」

 

 思考を突き抜けるメッツァの怒りは、その場の空気さえも変えた。

 

 マルシャは目を丸くし、涙を拭うのも忘れたままメッツァを見上げる。

 ハレは一瞬メッツァを睨みつけたものの、やがて観念したように頷いた。

 

「容赦がない連中だ。……小僧、言っておくが、次は貴様を真っ二つにするかもしれんぞ」

「やれるもんならやってみろ、嫌だけど! けど、今は黙って助けられてろ!」

 

 ハレは険しい表情のまま目を伏せたが、それ以上何も言わなかった。

 

「マルシャ、結界は僕が維持するから、まずは壇上に上がって。たぶん、マフェットと協力すれば、兎人を引き上げるくらいできる」

「ありがとうございます! メッツァさん、わたし」

「お礼とかは後で良いから」

 

 戦局は刻々と悪化の一途を辿っていた。

 リューファスが得体のしれない力で、邪竜ジャバウォックを翻弄していたが、どんどん追い込まれていた。

 

 そんな緊迫した空気の中、強烈な爆音が響き渡る。邪竜ジャバウォックの身体から放たれた真っ赤な熱波に、思わず目を覆う。

 リューファスの体が壁に叩きつけられ、崩れ落ちた瓦礫の下に消えていく。

 

 メッツァの焦りは頂点に達した。

 

「早く跳べ、マルシャ! 今ならまだ間に合う!」

 

 メッツァの手の中で虚数演算宝珠が青白い光を放つ。

 素早く結界を展開し、瘴気を弾き飛ばす道筋を作った。

 

 わずかな躊躇いの後、マルシャは軽やかに壁を駆け上がり始めた。

 

「すぐに助けに来ますっ!」

 

 だがその動きは、邪竜の注意を引いてしまう。

 

 大きく呼吸するジャバウォックは共に、口腔内に新たな炎を溜め込み始めた。

 

 メッツァの解析レンズが、発生している現象を瞬時に解読。

 表示された化学式の組成を見て、すぐに察した。

 

「揮発性の高い燃料を合成したゲル状燃焼剤か。高温になるように金属粉まで混ぜている。うわ、めんどくさい火炎術式!普通の手段じゃ消火できないじゃないか!」

 

 邪竜の炎の正体は、メッツァには容易く理解できた。

 それは軍隊が敵陣を焼き払う際に、使用する焼夷型の火炎術式に近いものだった。

 

 しかし、その規模と威力は比較にならないほど強大で、消火の難易度は桁違いに高かった。

 

「瘴気を孕む焼燬(しょうき)の息吹だなんて、人類への殺意が強すぎる!」

 

 メッツァの頭に様々な対策が浮かぶ。消火剤の合成、酸素の遮断、超冷却、気流操作――しかし、虚数演算宝珠の魔力は既に底を突きかけていた。

 

(――あ、ダメだ。どう足掻いても、焼け死ぬ)

 

 メッツァは分不相応な行動だった、と悔いる。

 以前の自分なら、他人なんてどうでもよかったはずだ。

 高速で思考が出来るメッツァの脳裏には、決断の後悔や今回の冒険、家にいた頃の自分、積み重ねた人生の映像が駆け巡った。

 

 それでも、迫り来る炎から目をそらすことはできなかった。

 そして、その覚悟の瞬間に気づいた。

 

 炎を裂いて飛び込んでくる一つの影を。それは彼の英雄リューファスではなく。

 

「我が、父祖……っ!?」

 

 白兎騎士ハレの声が震えた。

 

 純白の毛並みは血と瘴気に染まりながらも聖なる威厳を放ち、その手に握られたヴォーパルブレードからは青白い光が放たれ、周囲の闇を切り裂いていく。

 

 それは、かつてのヴォーパルの英雄、燻り狂える白獣(バンダースナッチ)だった。

 

「――これこそが我が輝き。邪竜ジャバウォック、それ以上の狼藉は許せぬ」

 

 真なるヴォーパルの英雄は、炎も瘴気をも薙ぎ払いながら、強大な邪竜の前に威風堂々と立ちはだかった。子孫の危機に、愛剣を握りしめて駆けつけたのだ。

 

 この白き異形を、爛々と光る眼に映した邪竜ジャバウォックは狂乱する。

 

 怒涛のように放たれる術式の数々を、燻り狂える白獣(バンダースナッチ)は次々と両断していく。

 

 邪竜の見えない顎から放たれる攻撃すら、構築された魔法陣を切断することで無力化していった。紫の炎による反撃も、剣波によって霧散させていく。

 

「我が子らに背負わせた過ちを、今こそ清算する時」

 

 理性ある英雄のその声に、白兎騎士ハレは言葉にならない叫びを上げた。

 もはや、ハレは自分が何を言いたいのかすらわからなかった。

 

 その声が届く前に、燻り狂える白獣(バンダースナッチ)は疾風の如き速さで邪竜に迫った。

 その動きは目で追えないほどの速さだった。

 

 ジャバウォックは再び口腔内に炎を溜め始める。しかし、今度の炎は先ほどとは質が違っていた。より次元の高い力を帯び、より濃密な瘴気が絡みついていた。

 

「死ぬならば、諸共だ。全てを終わりにしようぞ」

 

 一振り。

 

 青白い光が神殿全体を照らし、すべてが静止したかのような錯覚を覚えた瞬間。

 ジャバウォックの首筋から胸にかけて深い傷が刻まれ、血と瘴気が奔流のように吹き出した。




焼燬(しょうき)の息吹
 ドラゴン由来の揮発性の高い燃料を、化学的に合成したゲル状燃焼剤。
 それにある種の金属粉を織り交ぜることで、燃焼時の温度を向上。着火した上で、残留するブレスと為す。いわゆる焼夷型の火炎術式。

 その特性上、発生した炎は対象に纏わりついて離れず、燃焼も長時間持つため、消火が困難であり、直撃せずとも途方もない苦痛を感じながら死に至ることになる。
 燃える際に発生するガスは、人体には毒性があり、密閉空間ではより凶悪性が増す。

 共和国軍では、類似術式を一般軍用術式として採用。
 『爆炎の槍』と共に多用されている。
 また、反抗的な亜人種や、蛮族の集落・住人に対して使用した記録も残る。
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