石化王に帰る国はない 〜 目覚めた王は、盟友と新世界を駆け抜ける   作:裃 左右

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最初は、1000人に読んでもらうことも、すごいことでした。
50話目の節目。皆さんのおかげで、続きを書く勇気が持てたように思います。


第50話 セレスティンの帰還

 しかし、リューファスは思わず噤んだ。

 

 紫蛇の群体から現れた異形の女神は、凍てつく寒波の如き怒気を放っていた。

 その瞳は月光のように揺らめき、すべてを見透かす冷徹さと深い哀愁を湛えている。

 

「止めなさい。……あなたは自分が何を捨て去ろうとしているか、わかっていますか?」

 

 裁定者としてのヘカーティア。

 かつて東の地を治めた統治者として、今、亡き妻は夫の前に立ちはだかる。

 

「朽ち果てても構わない、ですか。陛下、かつてのあなたならそんな言葉を口にしたのですか。これ以上、失うものがないからと、私を身投げする先に選ぼうとでも?」

「余は、そのような、つもりでは」

 

 ヘカーティアの言葉が途切れた瞬間、その巨体を構成する紫蛇が狂おしくのたうち始めた。次の息吹と共に、その手には松明のように燃え盛る処刑鎌が具現化する。

 

 死と豊穣の概念を司る祭器の一つが、暗闇を引き裂くように輝きを放つ。

 亡霊の群れが怨嗟の呻きを上げ、闇の中を蠢きながら前進を始めた。

 

「もし、あなたがそのまま腑抜けたままでいるのならば」

 

 真の邪悪なる軍勢(ワイルドハント)

 

 本来の主であるヘカーティアに、率いられた混沌の化身たちは、神殿を満たす瘴気と共鳴するように姿を膨らませては割れ、歪み、叫喚を放つ。

 怨嗟の声は、リューファスの鼓膜の奥を打ち砕き、骨髄にまで染み入る。

 

 ヘカーティアの声音は、氷の結晶のように冴え渡った。

 

「ここで滅びなさい、リューファス王。王であることを放棄するならば、もはやあなたに在るべき場所など存在しない」

 

 亡霊たちの行進が加速し、剣、槍、農具、弓矢の矛先が、剣戟の嵐が、次第にリューファスを包囲する。

 生者の血を求める狂気の波に晒されながらも、未だ迷いが生じていた。

 

(これは、余が受けるべき正しい裁きなのではないか。真実、在るべき場所など存在はすまい)

 

 しかし、その心の霧を払ったのは、まさしくヘカーティア自身の声だった。

 

「私は、このままあなたを踏み潰した後、半島に死を齎すでしょう。それでよいのですかっ! あなたは……あなたは、私に偽りを述べたのですかっ!」

 

 一見、厳かな糾弾に見えたその声。

 だが、リューファスの耳には、涙を堪えた悲痛な叫びとして響いた。

 

 途端、彼の手が生命を取り戻したようにピクリと動いた。

 重い足取りを無理やり動かして、一歩を踏み出す。石床に、その響きが鳴り渡った。

 

 呼応するように、大剣ヴォーパルブレードが蒼き光を帯び、唸るような振動音を発する。

 

 ――我を手に取れ。

 

「ああ、不甲斐ない姿を見せた。そうだ、余は……余だった」

 

 全ての者が、目の前の事象に自分の感情や想いを重ねている。

 そして、己はそれを否定しない。それを活かすと、そう生きると決めたのではなかったか。

 

「そうだ。そなたが余に抱く期待も、恐れも、悲しみも、温もりも、全ての心を力に変える。余は変わらず、ただそこに在り、貫き続けるのだ」

 

 確固たる覚悟が、その声音に宿る。

 やはり、それは挑発的な言葉で締めくくられた。

 

「余自身がそう決めたのだ。そなたがどう思おうと、余は余だと。……だから、安心してくれ、ヘカーティア」

 

 答えを聞いて、ヘカーティアの唇が僅かに優しい弧を描く。

 

 リューファスは透き通る大剣を握り、石畳から引き抜いた。

 今、確かに聖剣セレスティンの呼吸を感じていた。

 

 「変わり果てたな、セレスティン」と、愛剣に向けて囁いた。

 

 愛剣に向けた囁きに、剣は己の一部であるかのように鼓動する。

 失われた魂が還ってきたように、力が全身に満ちていく。

 

「余の中にも、セレスティンは在り。また、世のどこかにもセレスティンが眠っていたか」

 

 これは邪竜を討つための剣。ヘカーティアが用意した、ヘカーティアを殺すための剣。自分こそが、その力を完全に扱える唯一の存在。

 

 その瞳には、決して揺るがぬ鋼の意志が宿っていた。

 

「ヘカーティア、そなたが何を失い、何を犠牲にしようとも、それが余への想いからであったなら、全て背負って行くとしよう。託した願いを叶えた、余の最高の王妃よ」

 

 せめて、ここで身軽になって逝け。

 重荷は全て、この身が背負うから

 

「ここに誓う。ライ・ユーファス・セレスティアヌスは、そなたに相応しい男で在り続けるとッ!」

 

 ヴォーパルブレードから、否、王のための剣『セレスティン』から、聖なる火が迸る。

 かつて神殿の最奥に安置された聖火。それは、身を捧げ続けた火守りの巫女たちの魂そのもの。その意志が、今、リューファスの身に溢れ込んでいく。

 

「また、余を選ぶと言うか。あの時も、ただ己の野望ために欲するのみと伝えたのだがなッ!」

 

 奇しくも、この光景は、600年前の試練の間における最終試練の再現だった。

 

 ヘカーティアは微かな憂いを瞳に宿しながら、ただ黙してリューファスを見据え続けた。

 

 紫蛇の群体は未だ蠢き、神殿の柱を絡め取るように張り巡らされている。だが、その動きは明らかに鈍り、亡霊たちの怨嗟も次第に力を失っていった。

 

 リューファスはオーラを纏う水晶剣セレスティンを掲げ、一気に振り下ろす。

 思い描くは、己の宿敵が放った剣技。完全にそれを己の技として昇華する。

 

「我が剣は彗星の如くっ!」

 

 剣身から白光が迸り、青白い火花が夜闇を染める。

 暗黒の闇を切り裂く、彗星の如き一閃。

 

「亡霊共! 恨む先を教えてやる、余だ! この地における流血の責任は、全て王に帰するッ! この地の繁栄を全うさせたのは、ひとえに余であるッ!」

 

 水晶剣セレスティンから戻った力は、本来のものと比べれば僅かなものだった。だが、リューファスにはそれで十分だった。もはや迷いも恐れもない。

 王としての矜持に、愛剣は確かな応えを示している。

 

 紫蛇の群体が激しく蠢動を始めた。

 ヘカーティアの手に握られた処刑鎌もまた、禍々しい死の力を放ち、瘴気を増していく。

 

「そうよ、あなたが殺すのは邪竜とその怨念! それは王の責務!」

 

 ヘカーティアの叫びと共に、紫蛇が一斉に襲い掛かる。数え切れない蛇たちが一つとなり、巨大な顎となってリューファスを飲み込もうとする。

 

 だが、リューファスは怯むことなく剣を構え、蒼き炎の刃を持って駆け抜けた。

 

「――未来を切り開けッ、『蒼穹を穿つ我が天剣(セレスティン・カレドヴルフ)』」

 

 一閃は紫蛇の群体を真っ二つに裂き、その光の奔流が神殿を駆け抜けていった。

 




◎聖なる火
 ベスタルの巫女たちに守られ、身を焼け焦がしてきた火。
 その本質は、代々の巫女たちの縛り付ける契約であり、可視化された彼女たちの魂でもある。
 火守りの巫女の、その役目は古き魔術師の役割を色濃く残す。
 火は獣を退けるものでもあり、清めのためでもあった。

 清めるべきは、封じられた聖杯。因果を歪める底なしの器。
 魂を操る御業を持って、かつての神殿の主の人格を奥深くへと眠らせた。

 火守りの巫女は、肉眼では見えざる異界との境界を監視し、未来を予見する。
 それは無数の巫女の魂と繋がれるからこそ、為せた業。

 しかし、火は望んだ。
 訪れたある男に、破滅の未来を起こさせることを。
 間違いなく、火はその男こそが相応しいと望んだのだ。
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