石化王に帰る国はない 〜 目覚めた王は、盟友と新世界を駆け抜ける   作:裃 左右

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『評価』を入れていただきありがとうございます!
そう言った反応に支えられています!
きちんと受け止めていますので、今後ともご愛読いただけたら嬉しいです。

なんだかんだ、活動報告を読んでくださる方いらっしゃるみたいですね。
続けていくべきか? うーむ。

さて、事実上の黒幕的存在、と言ってよいのでしょうか?
もうご理解いただけていると思いますが、今作、わりとダークファンタジー要素あります。(今さら)


第53話 儚き器と継承者

 強烈な気配。殺気よりも静謐で、命の営みを忘れた何者かが這い寄ってきたような。

 

 リューファスも気づいたのか、眉間の皺を深くし、朝食を残したまま静かに立ち上がる。

 

「失礼いたします。ライ・ユーファス・セレスティアヌス様、並びにメッツァ様にお会いするために参りました」

 

 扉越しの声は、性別すら感じさせない無機質な響きだ。

 

「……入れ」

 

 扉がゆっくりと開かれると、黒い装束に身を包んだ一団が現れる。整然と並び立つその姿は、まるで黒い壁だ。

 空気が張り詰めたが、敵意は感じられない。

 

「失礼いたします」

 

 隊列の一人が頭を下げる。

 

「ベスタル家当主、コレー様がお見えです」

 

 影のように従わせるその中心に、現れたのは一人の少女。

 傍らには、漆黒の毛並みを持つ堂々たる犬が付き従っている。

 

 少女の年頃は、メッツァよりも幾つか年下に見えた。

 絹のように滑らかな黒髪は、光を吸い込むように艶めき、顔立ちは無垢な陶器のような儚さを湛えている。

 幼いながらも整った造作は、どこかヘカーティアを思わせた。

 

 だが、繊細なレースとフリルをあしらった淡い水色のドレスに、黄色い水仙の髪飾り。愛らしい刺繍の手袋と飾り付きの革靴。その装いは、流行の最先端を行くものだった。

 

「……コレー様」

 

 メッツァの声は硬く、隠しきれない苦手意識がにじんでいた。

 

「あら、久しぶりね、メッツァくん。元気にしていたかしら?」

 

 少女、コレーの声は鈴の音のように澄んでいた。だがその響きには、見た目にそぐわない重みと凛とした力が宿る。

 

「陛下に置かれましては、ご機嫌麗しゅうございます。わたくしはベスタル家の現当主を務める、コレーと申します」

 

 儚げな睫毛の奥に潜む瞳が、リューファスを吟味した。

 

「ベスタル家……ヘカーティアの残した家系の現当主か」

「はい。わたくしどもは、あの方によって創始された家柄でございます。同時に、あなた様の血筋を引く、正当な後継者でもあります。……あら、お食事中でしたか?」

「構わん。腹を満たしている間にも、敵は攻めてくるものだ」

「……それは、少々残念な物言いですね」

 

 コレーは小さく肩を竦めた。幼さと大人びた落ち着きが、不気味な調和を醸し出す。

 

「わたくしどもは、あなた様を敵と見做してなどおりませんのに。むしろ、歓迎すべき再会かと」

「余が、ヘカーティアを討ったと知っての上か?」

 

 リューファスの挑発的な声に、僅かな悲しみが混ざった。

 

「無論、承知しております。それどころか……」

 

 コレーはわずかに首を傾けた。

 

「――あなた様がそこに至るよう、手を回したのは我々ベスタル家でございますから」

 

 リューファスの表情が硬くなる。メッツァも顔をしかめたが、言葉を挟まなかった。

 

「どうぞ、お座りになってください。お話ししながらお茶でも……」

「いらぬ。毒が入ってるかもしれんだろう」

「まぁ、毒なんて……そんなことを、あなた様に言われるとは思ってませんでした」

 

 そこでコレーは初めて感情らしい感情を見せた。傷ついたように瞳を揺らす。

 

 従者たちが椅子を運び入れ、場を整えてからリューファスたちも椅子に座り直した。

 コレーはその様子を見届けると、小さな手で丁寧に茶葉を扱い、湯を注ぎ始めた。静かな客室に、湯の音だけが響く。

 

「本日は、お話があって参りましたの」

「話、だと?」

「ええ。陛下をお目覚めさせるのは、我らの悲願でもありました。わたくしの代でそれを為せたのは、幸運と言うべきなのでしょう。代々の当主は、ヘカーティア様から始まり、わたくしの代に至るまで欠かさず記憶の継承を行い、この日のために尽力してきたのです」

「つまり、そなたはヘカーティアの記憶を有している、と?」

「はい。ですが600年の月日を経た、この再会の感覚を言葉にするのは難しい。父親に会えた娘のようでもあり、夫に会えた妻のようでもある。あるいは、物語の憧れの人物に出会えたような、ああ、言葉とはなんともどかしい」

 

 茶葉がお湯で解れ、馥郁(ふくいく)とした香りが客室に満ちていく。

 

「ですが、お話せねばならないのは過去のことではなく、未来のことです。ところで、メッツァくん。あなたの論文と記録、どうするべきかはもう決まっていますよね? …ふふ、わたくしが適切に扱わせていただきますね」

「はは、やっぱり僕の口封じに来たのか」

「人聞きの悪い。メッツァくんは役目を果たしてくれました。聖杯を『虚数演算宝珠』で封じる任務には、数理魔術師が最適だったのです。きちんと正当な評価をお返ししましょう」

「へえ? コレー様でも、オリジナルには分が悪いのかい?」

「分が悪いなんて、レベルではありませんね。精神が触れあえば、自他境界が崩壊する可能性がありました」

 

 メッツァは礼儀正しい態度を保ちながらも、その目は怒りを隠せていなかった。

 最初から最後まで利用されていた事実は、耐え難いものだった。

 

「論文と記録は、修正を加えた上で発表しましょうね。これはきみの手柄ですから」

「昔から、僕を子供扱いする態度が好きじゃない」

「いえ、日頃から感心していますよ。普通の人間にしては、よくやっている」

 

 コレーはメッツァにお茶を差し出し、そして感慨深そうに間を置いてから、リューファスへともう一杯を差し出した。

 

「どうか、飲んでいただけませんか?」

 

 リューファスは差し出された茶碗をじっと見つめた。

 立ち上る湯気は、甘く、どこか懐かしい香りを運んでくる。それはかつて、ヘカーティアが淹れてくれた茶に酷似していた。

 

 ――否、これは同じ香りだ。

 

「……これは」

 

 リューファスの声は、僅かに震えていた。

 

「お気づきになりましたか? これは、わたくしがあなた様のために、あの頃、淹れていたお茶ですよ。色々なものを飲んでいただきましたが、一番気に入っていたのは、この」

「黙れ。そなたがヘカーティアのフリをするな」

 

 リューファスの脳裏に、様々な記憶が蘇る。共に過ごした日々、交わした言葉、そして最期の別れ。その全てが、この茶の香りに乗って鮮やかに蘇る。

 

「あら、毒が怖いのですか? ふふ、ほらこの通り」

 

 先に口を付け始めるコレー。悪戯めいた年相応の声でからかってくる。

 

 リューファスは歯を食いしばった。抗うように目を伏せたが、手が自然と伸びた。

 僅かに指先を震わせながら茶碗を持ち上げた。一口啜る。温かい液体が喉を通り過ぎ、体の中に染み渡っていく。甘く、懐かしい香りが鼻腔をくすぐった。

 

 瞼を閉じたままのリューファス。暫しの沈黙が必要だった、

 

「……確かに、美味い。だが、やはり毒が入っているな。郷愁と言う名の、心の毒が」

「それは、光栄です。と言っておきましょう」

 

 コレーは満足げに微笑んだ。

 




◎コレー・ヘカーティア・ベスタル。
 ベスタル家の現当主。代々受け継がれる「ヘカーティア」の名を冠する少女。
 幼い姿からは想像もつかぬほどの、幾世代もの叡智と記憶が渦巻いている。
 魔術師の名家において、「記憶の継承術」は血脈を繋ぐための不可欠な儀式。個の幸福よりも、システムの存続を至上命題とする彼らにとって、個は歯車に過ぎない。

 幾度も繰り返される施術は、本来の人格を摩耗させ、継承された記憶と混淆させる。コレーもまた、その宿命を背負う一人。だが、継承される記憶は決して完全ではない。

 そもそも「コレー」とは古代グラ語で「少女」を意味する名に過ぎない。
 「意図的な先祖返り」計画の数多の試みの中で最も優れた個体、すなわち「ヘカーティアのコレーバージョン」である。

 ヘカーティアとは異なり、悪戯好きで、お洒落に心をときめかせる無邪気さは、古の記憶に抗う、彼女自身の個性の表れかもしれない。
 従兄妹であるメッツァとの間には、施術によって生まれた精神年齢の差が、越えがたい溝を作っている。
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