石化王に帰る国はない 〜 目覚めた王は、盟友と新世界を駆け抜ける   作:裃 左右

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第5話 旅立ちのきっかけ

 アーチマン・マッケリー教授は、はっきりと不機嫌だった。

 眉間にしわが刻まれ、口元がへの字型に歪んでいる。

 

 リューファスがゴーレムを討伐したという報告は大学内で波紋を呼び、教授のもたらした成果を揺るがしかねない事態となっていた。

 

 オフィスには書類と巻物が乱雑に積み上げられ、重々しい静寂が漂う。

 前にはメッツァが立っており、その隣に無表情のリューファスが控えていた。

 

「メッツァくん、君には期待していたけれどね。リューファスくんをこんな状況に巻き込んだ責任は重いぞ」

 

 教授は、机越しに冷ややかな視線をメッツァに送りつけた。

 

 長年の努力が、若き研究生の軽率な行動によって無に帰すかもしれないという恐怖と苛立ちが、声に乗り移っていた。

 

 リューファスという歴史上の遺物が、現代に復活し剣を振るうことで、研究そのものが危うくさせるとは、寝耳に水の話だった。

 成功を目前にしてなんと馬鹿げているだろう。

 

「これでは私のキャリアも君たちの未来も全てが危うくなる……発見されたリューファスくんの価値は素晴らしいものだが、タイミングが悪すぎたね」

 

 教授は冷静を装いつつ、怒りを抑えきれない様子だった。

 リューファスの力が公になれば、外部からの圧力や政府の介入が避けられないと感じていた。

 

「ですが教授、簡易的な模擬戦では意味のある測定ができませんでした」

「だから、より実戦的なものを組んだと?」

「武器を持たせてみたのですが、闘気を使った戦術は実戦に近い場でなければ発揮できないことが多いため、このような運びになりました」

 

 メッツァは冷静に反論したが、教授はそれに納得していなかった。

 

 もちろん戦闘実験自体は認められたものだった。

 実際、簡易的な模擬戦から始まり、ある程度は段階的なスケールアップをメニューに組んでいた。

 最終的に白熱したが、妙にゴーレムが攻撃的だったことを除けば、不備はない。とメッツァは主張した。

 

「一個人に老朽化しているとはいえ、主力兵器(ゴーレム)を三機もぶつけるのが配慮された内容だと言い張るのかね」

「リューファスに武器を持たせて殴らせるなら、稼働する頑丈なサンドバックが必要だっただけですよ。まさか、人間を相手にすればよかった、とは言いませんよね?」

 

 そう言えば、さすがに教授は黙る。

 仮に、人間を殴らせていたら、死人が出ていたのではないか、という感覚はこの場の共通認識だった。

 

「君の意図は理解できるがね、リューファスくんの存在がこれ以上注目を集めれば、プロジェクトは破綻する。今回の蘇生が特異な事例だと見なされれば、私たちのキャリアは終わりだ。 他のサンプルなどいないのだから」

 

 魔導倫理協定を考えれば、現在の人間に石化を施し、呪いを伴う致命傷を与える実験なんて許されるわけがない。

 

 かといって、リューファスと同様の状態で、石化された検体をどこかから探すというのは、あまりにも困難だった。都合よく見つかるわけがない。

 

 あくまで、公に出来る人体実験を行うには、古い時代のケースサンプルを入手して、それを救済すると言う形で証明する必要があった。

 

「メッツァくん、君のキャリアとて関係してくるのだよ? 今回の研究に出資してくれたスポンサーには、君の家も関係しているし、論文には君自身のレポートも含まれている」

 

 研究生であるメッツァは、実験やデータ解析を行い、論文に使うレポートについて執筆。さらには理論的なアイデアの提供まで行っている。

 

 メッツァの名が論文の共著者として掲載され、経歴の一つになることは既に決まっていた。

 

「論文に君の名前が載ることで、学会発表や他のプロジェクト、研究機関でのポジション応募においても評価されやすくなる。今後の、手続き申請や研究費の獲得にも有利に働くことだろう」

「そうですね、僕の実家にとっても、満足のいく名誉ある結果と言えるでしょう」

「わかっているなら、なぜ! はあ……」

 

 だからこそ、マッケリー教授は理解できなかった。

 この若きホウプは、なぜ恣意的にリューファスの内情に寄った対応を取ったのか。らしくない、としか思えなかった。

 

「リューファスくん、君には半年ほど都市を離れてもらう必要がある。君の力は問題を引き起こしかねない。私たちの研究を守るためにも、存在を一度、秘匿しなければならない」

 

 彫像のように佇んでいたリューファスは、眉をひそめた。

 求められた戦いで勝利を収めたはずなのに、なぜこんなにも問題視されているのか。未だに、リューファスは理解できていない。

 

 納得できず、金髪の美丈夫は言葉を探したが、すかさずメッツァが口を挟んだ。

 

「リューファス、これはきみのためにもなるよ。ここに留まれば、余計な敵を増やすことになる。僕がきみの保護者として引き続き監視を請け負うから、安心してほしい」

 

 メッツァは自身の鼻眼鏡のずれを指で直しながら、リューファスの肩にもう片方の手を置いた。

 

 教授はため息をつきながら、メッツァの提案に悩んだ。

 優秀な研究生であるメッツァを、都市の外に放逐するなど、正気の沙汰とは思えない采配だった。

 

 が、リューファスを都市外に出すにしても、誰かが責任を持って監督する必要があった。

 

「メッツァくん、正気かね? いや、その提案は理解できるよ。リューファスくんが持つ力は計り知れないからね。だからといって、メッツァくんが都市を離れるべきかは慎重に考えるべきだと思うがね」

 

 メッツァはにっこりと笑って、おどけて手をポンと鳴らした。

 非常に愉しげに歌うように述べる。

 

「教授、実は僕の家には既に許可を取ってあるんです。解呪研究のフィールドワークに、リューファスを護衛として連れて行く提案が既に承認されています。彼を使って、各地で呪詛サンプルの採集を効率的に進めることが可能です」

 

 マッケリー教授は一瞬、言葉を失った。

 メッツァの家柄が解呪研究の権威であることは言うまでもないが、かの名家が既に動いていたとは予想外だった。

 

 しかも、リューファスを護衛に連れながら実地調査を行うという提案は、リューファスの力を有効に使い、同時に都市から遠ざけるという解決策をも含んでいた。

 教授は驚きを隠せず、額に手をやった。

 

「許可……君の家が既に動いていたとは。だが、リューファスくんを護衛にするとは、少々危険すぎるのではないかね?」

 

 暗に、教授はリューファス自身が制御不能な野蛮人だと、指摘した。

 

「教授、どうぞご安心ください」

 

 軽やかにメッツァは答える。用意されている台本をすらすら読むかのようだった。

 蚊帳の外に置かれているリューファスがそのやり取りを、胡散臭そうに見ていた。

 

「このプロジェクトに関係している人間で、呪詛サンプル採取に適しており、かつ、リューファスとそれなりに友好関係を築いているのは僕くらいですよ。さらに、彼自身を現代社会に適応させるためにも、経験を積ませることが最も有効な手段です」

 

 リューファスを都市から放逐するにしても、平行して研究を進めることが出来るというメッツァの提案には、合理性があった。

 

 メッツァならば、フィールドワークを遂行できるし、実家からの支援も望める。

 その上、リューファスにはある種の呪詛耐性が体内で構築されているデータも上がっていた。

 

 一方で、プロジェクト全体がメッツァの肩にかかることになる。

 

「確かに、リューファスくんを護衛として使うのは合理的かもしれないね。しかし、君一人でその責任を負うにはあまりに重すぎる。君は本当にそれを覚悟しているのか?」

 

 メッツァは「お任せください、教授」と自身の胸を叩きながら、やる気に満ちた声で答えた。

 

「僕にはリューファスが必要ですし、彼も僕を必要としています。お互いに利益を得ながら、呪詛研究を進めていく手段を選ぶのが最善です」

 

 教授は腕を組み、しばらく考え込んだ。

 

 リューファスを都市から追い出すのは決定事項としても、メッツァにそれを任せることが果たして正しいのかという疑念が、まだ残っていた。

 

 しかし、時間は刻一刻と迫っている。

 結局、研究の成功のためには、リスクを取るしかなかった。

 

(誰かに動かされているような感覚はあるが、メッツァくんの才能と、かの家の判断に賭けるか。少なくとも、下手に敵に回すよりは良い)

 

 結局のところ、魔術師は利己主義者なのだ。

 ノーマジと違い、その向きは、確実に自分の家と言う確固たるシステムへの帰属が最優先されるが。

 

 最終的にマッケリー教授は、ゆっくりと頷いた。

 

「わかった。君の提案を承認しよう。ただし、何か問題が起これば即座に報告すること。プロジェクトの成功が君たちにかかっていることを忘れないでほしい」

 

 メッツァは上品に微笑んだ。

 

「ありがとうございます、教授。ご期待に応えます」

 

 凛々しい彫像を気取っている、金髪の青年。リューファスは両腕を組み、何も言わずに目の前の光景から顔をそらした。




◎魔術師の家柄
 太古、人類が洞窟に蹲る獣でしかなかった時代。
 初めての魔術師たちは、闇を払い、火を守る番人だった。
 恐ろしき天敵から住処を隠匿し、獣を飼い慣らし、未来への道を切り開くため、親から子へ知識を直接書き込む術が編み出された。
 世代を重ねる度に、その血は濃くなり、脳は肥大化する。それは必然だった。
 やがて彼らは、都市国家という巨大な装置の、中枢として機能し始める。
 血族への忠誠は、世界への関心と表裏一体。
 故に我々は、己の血統以上に価値を見出せない。
 そう、結局のところ、魔術師とは利己主義なのだ。ノーマジと違い、その向きは、確実に自分の家と言う確固たるシステムへの帰属が最優先されるが。
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