石化王に帰る国はない 〜 目覚めた王は、盟友と新世界を駆け抜ける   作:裃 左右

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第一章や個別エピをお読みになり、感想を送って下さりありがとうございます。
みなさんの反応、とても参考になっています。
生の声が聞けると、やっぱり気持ちも変わってきますね!

新章の開幕です。
プロットを慎重に組みながら書いているので、ちょっと進みが遅いです。


第二章 巨人殺し編
プロローグ ~ 白い稲妻 金獅子を狩る女王


 そこは、荒れ狂う白銀の戦場だった。

 

 鉛色の空が低く垂れ込み、絶え間なく雪片を吐き出していく。大地を、木々を、戦士たちの姿を白く塗り潰していく。

 

 白と灰色が常に瞼を打つ、世界の輪郭は溶け出したかのように曖昧だ。

 

 暴れる風は猛り、凍てつく息吹は肌を刺す針となる。

 ここは本来、人の気配すら稀な死の大地。熱い鉄、切り裂かれた肉、血の匂いすら希薄になる。

 

 雪煙の中、二つの群がうごめき、剣戟を交えていた。

 

 一方は、屈強な体躯に魔獣の毛皮を纏い、剣、戦斧、槍を携えた部族の戦士たち。彼らはこの地に根を下ろし、厳しい自然と戦い生きてきた誇り高き民。

 ウルフヘジンとして恐れられる、巨人と魔獣の血を継ぐ戦闘部族である。

 

 先頭の男は一際大きく逞しい。厳しい風に晒され赤く染まった顔、凍りつき氷の針のような髭。その眼差しは野生動物のように殺戮に飢えている。

 

「我が名は、ビョルン族の誇り高き戦士、戦詩人エギル! 貴様らを、この俺様の血塗られた詩に加えてやろう!」

 

 威圧と共に進み出る大男に、緊張が走った。

 

 対するは、南方から来た騎士たち。

 磨き上げられた鎖帷子を身にまとい、鮮やかな青いサーコートを羽織っている。互いに陣を組んでカバーし合い、巧みな連携を見せている。

 だが洗練された剣技で、部族の戦士と対峙するも、不慣れな雪原での戦に苦戦していた。

 

 そこで騎士たちの隊列の中央、輝かしい金髪をなびかせる碧眼の王が、人を薙ぎ払い現れた。

 

「良い、余が相手をしてやるべきだろう」

 

 王は制止する騎士たちを退け、一歩前に出る。

 真っ青な瞳は、降り頻る雪の中でも揺るがず、澄み渡る氷湖のようだ。

 

「おい、髭面の男。名乗りを返してやる。余の名は、ライ・ユーファス・セレスティアヌス。バンスラディアの王だ。……不足はあるまいな」

「ライ・ユーファス……まさか、貴様が『金獅子』か?」

 

 目の前の若き王をジロジロと値踏みした。

 南方の豊かな国を統べる王、ライ・ユーファス。その若さで幾多の戦場を駆け抜け、武勲を打ち立てた英雄。その名は、北方民族にも轟いている。

 

「自ら雪原に足を踏み入れるとはな。なんと細く白い首だ。それをもぎ取り神々に捧げ、貴様の武勇を我が詩に刻んでやろう」

 

 エギルは巨大な戦斧を構え、吠えた。声は雪原にこだまし、戦士たちの士気を高める。

 

 正念場、勝負の掛け所だった。

 ライ・ユーファス……俗に言うリューファス王は、静かに剣を抜く。金色に輝く柄を握りしめ、鍛えられた鋼に我が身を映す。

 

「許す、貴殿の詩にこの名を記すがいい。余が、最後の一節を飾ってやる」

「ほざけ、『金獅子』! 貴様を討ち果たし、九つの部族の上に、俺様が大首長の座に就いてみせる!」

 

 エギルが巨大な戦斧を振りかぶると、冷たい空気が唸りを上げた。

 

 戦斧と剣が激突し、火花が散る。金属音は吹雪に掻き消されそうになりながらも、確かに雪原に響き渡る。

 

 足元は深い雪に覆われ、踏み出すことさえ阻まれる。しかし、戦士たちはまるで物理法則を無視するかのように激しく動き回る。斧の一撃は地震のように重く、剣の速さは疾風。

 

 防いだ衝撃は骨と内臓にまで響き、端正なリューファスの顔を歪ませる。

 返した刃は毛皮鎧の隙間、関節を正確に狙い、血しぶきが吹きあがった。

 

 寒雪は血を瞬時に冷却する。白い雪の上に鮮烈な色を刻み、戦いの残酷さを際立たせた。

 が、戦士たちは流血など意に介さない。彼らにとって重要なのは、ただ目の前の敵を倒すことのみ。

 

「貴様のような若造に、俺様の詩が理解できるものか」

「フム。確かに、詩には自信がないな。……口より結果で示す方でな」

 

 軽い挑発に、エギルは顔面をますます真っ赤にした。

 

「黙れぇッ! 貴様の剣など、小鳥の羽ばたきにも劣るわッ!」

 

 エギルは魔獣の毛皮に手を添え、念を込めて一体化を始める。

 みるみるうちに巨体を膨張させ、筋肉は膨れ上がり、血管は浮き出し、皮膚は岩のように剛健となる。

 

 この民族がウルフヘジンと恐れられる所以、それは精神変容(トランス)により魔獣と人間を融合する異能を持つことであった。

 

「我らの生き様が、貴様のような南方人に理解できる道理などない!」

 

 半ば魔獣と化したエギルの戦斧が、再びリューファスに襲いかかる。その一撃は先程よりも重く、速く、そして破壊的。

 

 対して、一歩。リューファスはたった一歩踏み込んだ。

 

「大きくなりすぎたな、戦詩人」

 

 されどその一歩は、間合いの短縮ではない。研ぎ澄まされた刃が、標的を捉える完璧な角度を定める微細な調整。

 

 同時に、巨斧が最大の威力を発揮できないほど、間合いは近すぎた。絶対的な距離による支配。呆気なく、斧の軌道が僅かに逸れると、刃は隙間を滑るように通過する。

 

「な、に……?」

 

 エギルの声が、驚愕と困惑に満ちていた。

 

 巨体が、ゆっくりと、しかし確実に崩れ落ちていく。腹部から胸部にかけて、深々と刻まれた傷跡。噴き出す血が、雪原に赤い花を咲かせた。

 

「貴殿の声は、確かに力強い。――さぞ、良い歌い手だったのだろう」

 

 最期に届いたのは、優しい言葉。

 意識を失うエギルの耳に、それは冷酷に響いた。蒼天の瞳に映るは、己の絶望の表情。

 

 遂にエギルは膝をつき、倒れ伏す。もはや雪に埋もれた巨岩。

 睨む眼から光が、徐々に失われていく。

 

「――ああ、これが」

 

 戦詩人の口から、続きは紡がれることはなかった。

 

 リューファスは剣についた血を払う。その表情は、まるで何事もなかったかのように冷静だった。

 

 戦場は、静寂に包まれた。

 

 部族の戦士たちは英雄の死に衝撃を受け、咆哮が悲鳴へと変わる。しかし、悲しみはすぐに怒りに転じ、一層激しく騎士たちに襲い掛かった。

 

 リューファスは、騎士たちへ宣言する。

 

「進軍せよ。この雪原を、余の詩で埋め尽くすとしよう」

 

 騎士たちの勝利は目前と思われた、その瞬間。

 戦場の空気は一変した

 

 凍てつく風は、それの到来を告げるかのように勢いを増し、雪煙を激しく巻き上げ視界を遮る。

 混乱の中、異質な存在の接近を、騎士たちは第六感で感じ取った。

 

 遠くの地ふぶきの中から、一頭の巨大な白狼が現れた。

 

 その背に跨るのは、一人の女戦士。

 

 風になびく赤みがかった金髪と、滾る青灰色の瞳。

 巨人族の血を濃く引く肉体は、女性としては規格外の屈強さを誇り、岩のような筋肉と骨太な体躯は、並大抵の男戦士すら凌駕する。

 

 だが、その美貌は戦場の悲惨さすら忘れさせた。

 

 女の名は、ブリュンヒルト。

 

 九つの部族を束ねる、女大首長。ウルフヘジンの女王。

 

 その武勇は、北方の民に語り継がれる伝説。

 

 女は白狼を駆り、戦場を駆け抜ける。部族戦士の間を縫うように進み、騎士の隊列へと突撃。大剣を手に、次々と騎士を薙ぎ倒す。

 

「部族の戦士たちよ、恐れるな! 我らがブリュンヒルトが来た!」

 

 部族戦士たちは、ブリュンヒルトの勇姿に歓喜の声を上げた。

 

 振るわれる大剣は、死神の鎌のように騎士たちの命を刈り取る。吊り上がった青灰色の瞳には、戦いの炎が燃え盛る。

 

 ブリュンヒルトの到着は、戦場の流れを一変させた。

 部族戦士たちは、その勇姿に鼓舞され騎士を押し返し始める。騎士たちはブリュンヒルトの圧倒的な力に恐れをなし、徐々に後退を始める。

 

 リューファスは、その登場に獰猛な笑みを浮かべた。

 

「ああ、また会えたな。……ブリュンヒルト」

 

 焦がれた待ち人に再会したかのように、熱を帯びた眼差しをブリュンヒルトに向ける。そこには明確な戦意とともに、敬意と畏怖の色が入り混じる。

 

 すぐに、迫りくる『白い稲妻』、ブリュンヒルトと目が合った。

 

「ライ・ユーファス、『金獅子』よ、我が美しき獲物よ! 今日こそ、貴様を殺す」

 

 ブリュンヒルトは白狼に跨り叫んだ。刃の声は戦場の喧騒を切り裂き、リューファスの耳に届く。

 その声こそ戦いの始まりを告げる、高らかなファンファーレ。

 

 二人の英雄が激突し、戦場はさらなる激しさに包まれた。

 ブリュンヒルトの大剣は鎧を切り裂き、肉を抉り取る。リューファスの剣は、真っ白な肌を掠め血を滲ませる。

 

 二人の動きはあまりにも迅く、戦士たちの目に捉えられたのは残像のみ。

 

 飛雪は依然として止まない。勝利者は孤独に白銀に立ち尽くし、やがて死者は覆い隠されていくだろう。

 北の死の大地では、力が全てを決定する。吹雪だけが無表情な証人として風景に残り続ける。

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