石化王に帰る国はない 〜 目覚めた王は、盟友と新世界を駆け抜ける   作:裃 左右

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第6話 時代遅れの化石と最新の黒曜石

 都市を離れる準備を終えた瞬間、リューファスの不満が爆発した。

 

 「余をどこに連れて行くつもりだ」

 

 リューファスが監視役のメッツァに詰め寄ったのだ。

 その声には、これまでの全てに対する不信感が滲んでいた。

 

 メッツァはやれやれと肩をすくめながら、リューファスと向き合った。

 

「僕は君の監視役だけど、悪いようにはしないよ」

 

 そう伝えても、リューファスの表情からは全く納得していない様子が見て取れたので、きちんと話し合いをする時間を二人は設けた。

 

「そもそもだけど。きみは検査や実験とかに付き合わされて、大学に籠るのに飽き飽きとしてたんじゃないか?」

「生意気なことを言う。貴殿は、余を小賢しい企みに巻き込もうとしているだけではないか!」

「でも、ほら。リューファスは、言ってたじゃないか。600年前の血縁とか、友達とかがどうなったか知りたいって」

 

 予想外の切り出しに、リューファスの怒りは一瞬揺らいだ。

 眉間にしわを寄せたまま、だが少なくとも会話を続ける気にはなった。

 

「大学の外に出て、各地を巡るための口実と、武器を携帯するための必要性。このどちらも両立する形で話を運べたのだから、きみは僕を褒めるべきじゃないか?」

 

 メッツァはふたたび無邪気に肩をすくめた。

 若さとは不釣り合いな落ち着きと、道化じみたユーモアが混ざり合った不思議な青年は、その態度を崩さない。

 

「フン、さっきまで女どもと戯れていたかと思えば、何を言う。余の監視役が、女遊びか? 不誠実な男だ、それで信頼を勝ち取れるとでも?」

「はあ、きみは本当に頭が固いね」

 

 それは、フィールドワークを口実にした旅の準備をする際、リューファスを連れて関係者たちに挨拶を済ませた時のことだ。

 行く先々で、好奇の目に晒されたのもそうだが、特に女性たちの目が、まるで珍しい宝石を見るかのように輝いていた。その恍惚とした眼差しに、リューファスは心底困惑していた。

 彼女たちが、600年の時を超えて蘇ったリューファスを、まるで見世物のように扱っているように思えた。

 

 結局のところ、その様をメッツァが愉しんでいる様子が窺えたので、それが気に障っていたと言う話である。

 

「慎みのない女どもばかりだ、まったく気に入らぬ」

 

 メッツァの知人である女性たちは、現代の開放的な服装で身を包み、度を越した親しみを示してくる。

 

 彼女たちの袖の短さや胸元の開き具合は、古き時代の価値観を持つリューファスの目には、あまりにも不謹慎に映った。

 その上、黄色い声を上げて騒ぐ様は、リューファスの神経を逆なでするに十分だった。

 

「素肌を晒してるだけで怒らないでよ」

「特に足だ! 素足を出すなど、女としての恥を知らない!」

「スカートとか、ショートパンツなんて、今じゃ当たり前なんだよ。……好意的に接してくる人たちに、笑顔で対応するくらいしたら? 立場ってあるんだから」

 

 そもそも、その騒ぎの中心となっているリューファスの端正な容姿は、現代でも十分に人々の注目を集めるほどのものだった。

 

 600年前の礼儀作法と現代のそれを比較すること自体が、意味をなさないことであり、もはやリューファスにできることは時代の変化を受け入れることだけだった。

 

 しかし、旅の道筋を話し合う中で、メッツァは意外にも柔軟な姿勢を見せた。

 その提案は、リューファスにとって実りのある内容を含んでいた。

 

「きみに行きたいところがあるならば、出来るだけ叶えるよ」

「……『呪詛のサンプル』とやらの採取を目的としているのではなかったか」

「どうせ、どこに行っても、少なからずそれに突き当たるよ。きみの希望を叶えられるように、なるべく取り計らうから、そっちも僕の希望をなるべく叶えてくれよ」

 

 およそ筋の通った回答では無かったが、不思議とそれは違和感なくリューファスの中で落としどころを見つけていた。

 信用を前提にした口約束の取り付け方が、武者修行していた未熟だった頃の自分となじみ深いものだった。

 

(よくわからん若者だ。掴みどころがないが、義理を通さぬわけでもない)

 

 社交的で軽薄に見えながらも、同時に知的な面も持ち合わせている。

 そんな相反する性質を併せ持つメッツァは、彼の記憶の中の誰とも似ていなかった。

 

「余が発見されたと言う、古教会とやらに行ってみたい。100年前、石化した余が保管されていたと言う、例の場所だ」

「ああ、なるほど。OK、それくらいお安い御用だ」

 

 石化したリューファスが発見されたのは、100年前の話。調査隊が辺境に赴いた時の事らしかった。

 

 特に戸惑うこともなく、メッツァは早速、駅へと歩を進めた。 

 道筋など知るべくもないリューファスは、不本意ながらもその後を追う。

 

 しかし、その道中は、まるで子供を連れて散歩するかのような光景を呈していた。

 リューファスは、見るもの聞くものすべてに驚きの声を上げた。

 

 現代の街並みに点在する魔術光源や、整然と敷き詰められた舗装石に目を見張り、「これは一体なんだ!」と幾度となく立ち止まる。

 

 さらに、通りを行き交うゴブリンや獣人の姿を見ては、遭遇するたびに反射的に剣に手をかけようとした。

 

「やめて、騒ぎになる! これ、何度目だよ!」

 

 その度にメッツァは疲れた表情で制止を繰り返し、次第に若い監視役の顔からは活気が失われていった。

 様子を見かねたリューファスの胸に、思いがけない同情の念が芽生えた。

 

(……口うるさい奴だが、すこし哀れに見えてきたな。少し労ってやるべきか?)

 

 だが、それも束の間のことだった。

 

 「亜人を見たら殺すものだ」と何気なく口にした際、「亜人は今じゃ、差別用語だから!それ禁止!」と衆目の前で怒鳴られた一件は、ひどくリューファスの自尊心を傷つけていた。

 

 600年の歳月は、かつて敵対していた種族との関係も大きく変えていた。

 街中では人間と亜人――いや、異種族の者たちが、一見すると平和に共存している。

 

 しかし、リューファスの鋭い目は、その表面下に潜む微妙な緊張関係も見逃さなかった。

 互いを警戒する視線や、時折交わされる侮蔑的な眼差しは、完全な融和にはまだ遠いことを物語っていた。

 

(同じ人間同士ですら殺し合うだろうに。どうやって、亜人どもとこのような関係を作るに至ったのだ? そもそも、文化どころか、言葉すらも前は違っていたではないか)

 

 その疑問を胸に秘めながら、彼らは目的地である駅に辿り着いた。

 

 辿り着いた駅は、柔らかい光に包まれ、魔術と現代のゴーレム技術が融合した壮大な風景が広がっていた。

 

 リューファスとメッツァが旅立つ駅は、単なる交通の要所ではなく、都市の中でも新時代の象徴として君臨していた。

 

 ホームの中央には巨大なアーチ状の天井がそびえ立ち、その表面には複雑な魔法陣が輝いている。

 青白い輝きを放つルーン文字が、まるで星座のように浮かび上がっては消え、魔装列車の到着と発車を厳かに告げている。

 

 プラットフォームには、実に様々な人々が行き交っていた。

 

 優美な装いの魔法師たち、貴族の威厳を漂わせる上級市民、活気に満ちた商人たち――それぞれが思い思いの旅支度に忙しく立ち回っている。

 

 その中でも特に目を引いたのは、鮮やかな衣装に身を包んだ冒険者の一団や、背中から精巧な機械の腕を生やした戦士、そして巨大な荷物を難なく運ぶ機械仕掛けの従者たち。

 

 異なる国からの旅人や異種族が入り混じり、駅はまるで世界中の多様な文化が交差する場所のようだった。

 

 そんな彼らの頭上には、天井から吊り下げられたランタンのような魔法の光源が、ぼんやりと温かく柔らかな光でプラットフォーム全体を照らしている。

 

 その光は、列車が放つ闇を打ち消すかのように揺らめき、旅立ちの瞬間を待つ者たちに安心感を与えていた。

 

 そうだ、列車は闇を纏っていた。

 

 駅の主役とも言うべき魔装列車は、まさに圧巻だった。

 列車の外装は滑らかな黒曜石のような艶を放ち、魔力を封じ込めた金属の鎧と黒い霧に包まれている。

 

 車体の側面には、黄金の糸で織り込まれたかのような紋章が時折輝き、国の象徴としての風格を漂わせていた。

 車輪は、魔術で浮遊しているかのようにレールからわずかに浮き、音もなく滑らかに動く。

 

 時折、蒸気に似た薄紫色の霧が排出され、列車全体が生き物のように呼吸しているかのような錯覚を起こさせる。

 

「生きているのか、これは?」

 

 思わず呟いた言葉に、なんとメッツァは同意した。

 

「そうだね。呼吸も代謝もしてる。ある意味、生きていると言えるのかもしれない」

 

 そんな馬鹿な、と否定することが出来なかった。

 

 プラットフォームの終端には半透明の魔力障壁が張られ、列車が到着するたびにその障壁が軽やかに開閉する。

 

 障壁の向こうには、無限に続くかのような魔力の軌道が、異空間を貫いていた。

 列車はその軌道に沿って、地下深くを流れる地脈のエネルギー、レイラインの力を借りて各地へと旅立っていった。




◎魔装列車
 漆黒の車体が滑らかな光を放ち、黄金のルーンがその身を彩る。
 地に足着けることはない、軌道は織られた運命の紡ぎ車。
 吐き出される薄紫の霧がその行く手を覆い隠す。
 教養なき民衆は疑うのだ。

「魔術師たちはまた、どんな怪物を生み出したのだ? さて、あれは何を喰らって走るのだ?」

 彼らには、甲殻を有する大蛇のように禍々しい異形にしか映らぬ。
 彼らには理解できまい。この列車こそ、人と魔術の共生が生み出した最高傑作であることを。
 轟音は詠唱であり、排煙は息吹。
 そうだ、これこそが進歩。たとえ、その姿が怪物めいていようとも。
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