石化王に帰る国はない 〜 目覚めた王は、盟友と新世界を駆け抜ける   作:裃 左右

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第9話 最後の足掻きなれば、許すが華

 しかし、その観察者は不可視の存在だった。

 光の屈折率が捻じ曲がり、わずかに空気が陽炎のように揺らめく。その歪みこそが、光学術式による隠ぺいの痕跡だった。

 その上、観測のための術式をジャミングしてくるため、正確な位置が掴めない。

 

(探知術式が放つ波を吸収して、反射を防いでるな。……距離が遠かったら、完全に見逃しているところだ)

 

 跳ね返ってくるはずの波が返ってこない。それが違和感となって、察知できた。

 潜伏のための隠密や隠ぺいの魔術は、人類が編み出したものの中でも最古に類するもの。人が森の恵みで生きていくことしか出来なかった頃、天敵の眼から逃れるために発展した。

 だから、現代においてその技術自体は珍しいものではない、が。

 

(高度な光学迷彩とステルス機能を両立させて、この規模の乱戦を比較的近距離から監視してくる。……よほどの自信家だな)

 

 位置は、屋根の上。

 単なる物見遊山の斥候ではない。チンピラと余所者の抗争を、高みから見物する酔狂な輩でもないだろう。

 この的確な情報遮断による潜伏は、明確な意図と技術力、そして資金源の高さを物語っている。これが術師の技量だけで成立する行為とは、到底思えなかった。

 

 一方で、リューファスもまた観察者の存在に気付いていた。

 しかしこれは、なにやら視線を感じるという、野性味あふれる直感に近いものだったが。

 

「ふむ。この辺りにも、物好きな輩がいるものだな」

 

 リューファスは、暴れる手を止めずにつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「まあ、どうでもよい。姿も見せぬ臆病者に構う暇など余にはない」

 

 冒険者たちは粘った。とにかく粘った。

 が、伏兵が射殺され、さらに黄金の剣閃が逆転の芽を摘み取った。

 立つのすらやっとな仲間たちが、決死の覚悟で身を挺していたのを、古風な鉄塊による不格好な突進によって粉砕された時。率いる男の瞳に、もはや怒りや闘争心はなく、ただ純粋なまでの驚愕と、そして諦観が浮かんでしまった。

 

「お、おい!隊長ッ!」

「やめてくれ……何のためにオレたちが」

 

 隊長と呼ばれた男は、拳を構える。嵌められているのは、爆発機能を仕込んだ徹甲ナックルダスターだ。突起を刺せば、薄い鎧ならば紙のように千切れる。

 だが、既に利き腕はへし折られ、だらんと片側を垂れ下ろしたまま。不格好な構えだった。

 

「もういい。退くんだ、馬鹿野郎ども。こいつらは、俺たちの手に負える相手じゃなかった。……最後の意地は俺が張る」

 

 声はかすれ、喘鳴に変わる。肋骨が折れているのだ。それでも彼は隊長としての意地を以て、仲間に後退を促そうとした。

 しかし、リューファスの冷徹な声がそれを遮る。

 

「退かせぬ。貴様らが始めた遊戯だ、終幕まで付き合ってもらおうか」

「……クソったれ、化物め。なんで、アンタみたいなのが無名なんだ」

「ほう、むしろ逆に聞きたいところだ。なぜ、たかが酒の席でのいざこざに、徒党を組んで報復に出た?」

 

 痛い所を突かれた、と男の顔が歪む。

 

「へっ、アンタには関係のねえ話だ」

「そうか」

「……だが、一つだけ教えてやる。この街で俺たちみてえなもんはな、舐められたら終わりなんだよ。そうなりゃ、もう美味い話にゃありつけねえ」

 

 守るべき矜持、メンツ、生活。リューファスにとっては非常にわかりやすい理由だった。

 

「道理だな。では、こちらも同じこと。泥を掛けてきた以上、見逃せん。懇到切至(まごころこめて)、後腐れがないほど戦意(こころ)を砕いてやろう」

「……はは、マジ容赦ねえ」

 

 二人のやり取りを眺める老騎士ドン・キホーテ。未だ倒れ伏した冒険者たちを睥睨しつつ、ブロードソードの切っ先を地面に突き立てて息を整えていた。

 

「ふぅむ、悪党とはいえ、命までは取る必要もあるまい。リューファス殿、ここは騎士の情けとして、彼らに改心の機会を与えてはどうかの?」

 

 今まで手加減をしていたかも怪しいが、この老騎士は悪を懲らしめることが主目的である。

 それでも場の緊迫した空気とは少々ズレている。仮に、この戦いに勝利できていなかったら、どんな目に合っていたかも定かではないのだ。ましてや、キホーテとサンチョの二人だけであったら、無事だったかはわからない。

 だが、意外にもリューファスは頷いた。

 

「降伏か。……本音を言えば、かまわぬのだが」

 

 そう口にした途端、倒れ伏した冒険者の一人が、腕を伸ばし小手から毒針を射出。合わせるように、近くにいたもう一人が、リューファスの足にしがみついた。

 

「今だ、隊長ッ!」

 

 言われるまでもなく、隊長である男は拳を振り抜こうとする。部下の作ったチャンス。

 命中さえすれば炸裂するナックルが、金属片をぶちまけながらリューファスの身体をズタズタするだろう、と思われた。

 

「最後の足掻きなれば、許すが華であろうよ」

 

 ――やけに乾いた声が響いた。

 リューファスは、射出された毒針を難なく指で挟み止め、それをしがみつく男の首に刺した。そのまま弛緩した冒険者を、恐ろしいほどの脚力で引き上げ、肉盾に。

 隊長である男の眼前で、部下の身体が回転、巻き込まれるようになぎ倒されつつも、ゴッ、と鈍い音。

 炸裂するはずだったナックルは、仲間の身体にめり込み、衝撃で隊長の腕が不自然な方向に跳ね上がる。金属片が周囲に飛び散るが、その勢いは仲間の肉体によって大幅に減じられていた。当然、リューファスに威力は届かない。

 

「ぐっ……あ?」

 

 何が起きたのか理解できない隊長。リューファスは、盾にした冒険者を放り投げると、その勢いのまま、がら空きになった隊長の鳩尾へ正確無比な肘鉄を叩き込んだ。

 空気の塊が、「ごぼりっ」と喉から吐きだされる。

 意識が暗転。膝から力が抜け、前のめりに倒れ込むその顔には、もはや何の感情も浮かんでいなかった。

 

「騎士キホーテめよ、聞くがよい。敵が口上を弄する時、それは紛れもなく時間を稼ぐため。この男に浮かんだ諦念を、余は決して降伏とは看做さなかった」

 

 ほう、と老騎士キホーテは思わず、息を漏らした。

 老騎士キホーテが理想とする騎士道は、清廉で、どこか牧歌的な側面すらあった。悪を懲らしめ、弱きを助ける。

 そこに、このような血生臭い現実、敵の命だけでなく尊厳や希望までを徹底的に踏みにじるような苛烈さは、必ずしも含まれていなかった。

 頬についた血を拭いながら、リューファスは口の端を緩ませる。

 

「だが、褒めて遣わすぞ。騎士キホーテ。そなたはとても勇敢であった。ああ、恐れを知らぬ騎士であったとも」

 

 しかし、リューファスの立ち振る舞いは、老騎士の心に重い楔を打ち込んだ。

 生死を賭けた闘争は、僅かな油断が命取りになる。降伏が真実である保証もない。それを、この金髪の美丈夫は骨の髄まで理解している。

 キホーテの理想からかけ離れた戦士の姿。だが、そうでありながらも、感じたのは血生臭さよりも別の感情だった。

 それがなんとも、そう――。

 

「……壮絶ですな、リューファス殿。貴殿という方は」

 

 老騎士ドン・キホーテはそこに、戦場という土壌に咲き誇る、荒々しくも荘厳なる大花を見た。




◎徹甲ナックルダスター
拳を覆う、鈍色。
指節に埋め込まれた鋲は、打撃の瞬間に炸裂する。
貫くは甲冑、砕くは骨。爆炎と共に散りゆくは、敵の命。
嵩張る仕込み、劣る間合い、そして連射不能な魔術の仕掛け。
これは、使い手を選ぶ決死の武器。
高位の肉体強化を施された者にとっては、最早不要の代物。
しかし、それでもこの凶器を握る者には、退路を断ち、全てを賭ける覚悟がある。
さあ、この一撃に、生き残りを賭けよう。
己が砕けるか、敵が砕けるか。
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