石化王に帰る国はない 〜 目覚めた王は、盟友と新世界を駆け抜ける   作:裃 左右

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第15話 狂い咲く、極彩の墓標

 三日後の朝、古市ソダルムスの北端。どこまでも続く、アイアンウッドの森。淡い青紫の山影を分かつ城壁。

 そこに異界は、口を開けて待っていた。

 

 風が吹くたび、咽せ返るような香りが鼻腔を突く。こびりつく、粘膜を焼く違和感。

 

「さては、ここも観光地か?」

「真面目に聞いてる? それ」

 

 リューファスの問いかけに、メッツァは肩をすくめた。

 

「なあに、随分と見ごたえがあるのでな。……暫く見ない間に、様変わりしたものだ」

 

 存在しているはずの、壁を覆い尽くすように。

 見る者の正気を、削り取る冒涜的美が侵食している。

 

 現実にはあり得ない色彩が、狂ったように咲き乱れていた。

 夜闇の黒。血が滲んだ赤。不吉な紫。死気の燐光を放つ青。それらの薔薇が、城壁や塔に、巨大な蛇のように絡みついている。

 あふれ出る瘴気は、極彩色の(モヤ)となって、一寸先を隠した。

 

「でも、観光地ね、ある意味ではそうなのかも。ここの調査記録なら、僕がいた大学にもあったんだよね。でも、キミに、コレが現代の流行アートだと思われたら心外だ」

「……流行からは、ほど遠かろう。(これ)はまさしく、時代遅れの遺物」

 

 リューファスは、霞む主塔を見据え、呟いた。

 この城は、呪詛によって具現化された、歪んだ幻に過ぎなかった。

 ――が、皮肉なことに、だからこそ面影があった。

 

「焼けて崩壊したはずなのだが、な」

 

 脳裏に浮かぶ、六百年前の光景。

 王宮は、街を守る楔として、北からの脅威に備えて造られていた。塔には紋章旗がはためいて、騎士たちの声が響いていた。

 

(この場所で……余と部下たちは、ソダルムスの騎士団と剣を交えたのであったな)

 

 そう、リューファスは、かつて、この城で大立ち回りを演じたことを思い出していた。

 若き日の、血気盛んな冒険の記憶。ソダルムス全軍、英傑すべてを敵に回した決闘の日を。

 

 工房主のムントが告げる。

 

「時間だ」

 

 迷宮の入口に布陣するは、選抜された数十名。

 ある者らはへらへら軽口を叩き、ある者らは黙想に耽け、またある者らは一糸乱れぬ整列に並ぶ。

 どうにも、統一感はない。

 

「今回は、俺の弟。炎髪のフリートも参戦する」

 

 呼ばれたのは、あの赤髪の若い剣士だった。剣を交え、招待状を渡してきた襲撃犯。

 

(ムントの弟だったのか。ずいぶん年が離れてるな)

 

 フリートは、リューファスに目線をやったかと思うと、そのままメッツァへと視線を流す。

 

(相変わらず、僕のことは不愉快そうに見てるけど。リューファスへの視線は……どういう感情なんだろう?)

 

 残念ながら、メッツァに思索の時間は与えられない。

 

「作戦目標は、中層エリア――王城への進入口の確保。各自、頃合いを見計らって、好きに突入しろ。最も早く、ルートを切り開いた事務所には、追加の報酬をくれてやる」

 

 ムントの言葉に、事務所のリーダーたちの眼がギラリと光る。

 

「だが、忘れるな。この庭園は意思を持った狩場だ。植物も、土も、かつて挑んだ冒険者どもの成れの果ても……すべてが敵だ。気を抜いたマヌケは、あれらの薔薇の養分となるだろうよ」

 

 一際大きな黒薔薇の蔓が、生き物のように蠢いた。

 ムントから、下されたのは、号令ではなかった。ただの状況説明。結局のところ、好きにしろ、と言う宣言でしかない。

 冒険者は、そもそも統一された指揮に従うようには出来ていないのだ。

 

「うへぇ、マジでヤベェ雰囲気。協調性なさそー。どう思うよキホーテ爺さん。こんなまとまりがない状態で、ホントに攻略できんのかね。さっさとズラかる方がよくない?」

「案ずるな、我が従者サンチョよ。邪悪が栄えた試しはない。儂の正義の剣が、この忌まわしき庭を浄化してくれるであろう!」

「いや、そんなことは聞いてねえし。……つか、なんで、そんな乗り気なんだよ」

 

 ドン・キホーテは、鼻息荒く薔薇園を睨みつけている。並ぶ、サンチョはうんざりしながらも、カメラのレンズを磨いていた。

 人のことを言えない程度には、どちらもマイペースが過ぎる。

 

「ハッ、追加報酬だとよ! 行くぞ、『ネジ巻き事務所』の力、見せてやれ!」

 

 最初に動いたのは、重装備で身を固めた一団だった。リーダーの雄叫びを合図に、一つの塊となって突撃していく。

 それに続くように、東方の曲刀を持つ剣客たちが、疾風の如く、別ルートから侵入を開始。他の事務所も、各々の判断で動き始めた。

 炎の魔術、矢弾――剣戟。

 

「怯むな! 焼き払え!」

 

 進めば、大地が呻き、いくつもの蔓が牙を剥く。美しい花弁の下から、棘の槍が突き出し、冒険者たちを狙う。

 上半身を花壇に変えた異形が、覚束ない足取りで現れては、襲い来るのだ。

 

「さて、我らも行くとするか」

「図らずも、また呪詛サンプルを集めに来たみたいになっちゃってるな。とは言え、僕個人は、この街がどうなろうと全然どうでもいいんだけど……」

「ベスタル家の意向も、そうであろうな」

「そう。祖であるヘカーティア様が、カモスランド人を気遣うとは思えないから――って、リューファス。危ないっ!?」

 

 リューファスは、迫りくる怪物たちを見たが、剣を抜かなかった。

 

「任せたぞ、騎士キホーテ!」

「――心得たッ!」

 

 呼びかけに、老騎士は雷鳴のように応じた。

 

「悪しき魔女の庭よ! このドン・キホーテが、貴様らの邪悪な呪いを打ち砕いてくれるッ!」

 

 魔導甲冑の回路がエメラルドの輝きを放ち、キホーテは砲弾のように射出。蔓の奔流は、大激突に耐えられず、木っ端微塵に砕け散る。

 すかさず、メッツァは、解析レンズにて索敵。すると、サンチョはニヤリと笑い、既に魔装ライフルを構えていた。

 

「で、オレぁ、どこをブチ抜けばいいんだ?」

「話が早い。今、マーカーを付けるよ」

「へへっ、イケてる写真を撮るのも、化け物をブチ抜くのも、似たようなモンだからな!」

 

 サンチョが放つ弾丸は、青白く光った部位を正確に撃ち抜いていく。怪物たちの核、薔薇の蔓を操る呪詛の中継地点を破壊。

 

「行くぞ。余の記憶が正しければ、近道があるはずだ」

 

 開かれた活路を、リューファスは何のためらいなく進んでいく。

 本当に庭園を散策するかのように、あまりに堂々と。

 向かうは、かつての敵地、友の居た城へ。

 

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