石化王に帰る国はない 〜 目覚めた王は、盟友と新世界を駆け抜ける   作:裃 左右

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第8話 東の辺境ペルホ

 いざ現地についてみると、リューファスは自分が生きてきた時代に近い雰囲気を感じた。

 

 ペルホ駅の作りは、それなりに堅牢ではあるが、石造りの砦に近いような見た目であったし、首都の駅とは様相がまるで違っていた。

 

 入り組んだ構造の通路、隠蔽術が施された壁が連なり、そして外に出てみれば、ひときわ荒涼とした空気が漂う。

 

 リューファスは降り立つと同時に、鋭い視線を周囲に投げかけた。

 

 メッツァはそんな彼の姿をちらりと見ながら、淡々とした口調で語りかけた。

 

「どう? 首都とは全然違うでしょ。がっかりした?」

 

 リューファスが受けた印象は、『がっかり』とはまるで違った。

 

 廃墟にすら見える建物は、未だに使われている住居だった。粗末な布で入口を覆い、剥き出しの石壁、木材。

 

 駅のすぐ近くに荷物の集積場があり、広い街道を通って他の場所に運ばれていく。

 

 街道を歩く者、荷を背負う者、そして何かを探している者たち。開拓者や冒険者たちであろう者たちがひしめく姿。

 いずれも、どこか疲れた顔をしており、日々の過酷な仕事を隠しきれない様子だった。

 

 魔獣や盗賊、さらには汚染区域からの異形たちに対する備えとして、隠蔽術や結界が張られ、外部からの不法侵入を防いでいる。

 

 これらの魔術的な防護がなければ、ここでの生活は成り立たないだろうが、時折、それらが肉眼には見えない結界をくぐると、空気を振動させるような微かな感覚でほころびを示した。

 

(恐らく、結界を修復する魔術師が、足りていないのだ。まあ、辺境に送られるなど、あまり名誉なことでもなく、割りに合わないのだろう)

 

 リューファスは察した。

 そのような些細な結界のほころびが、一層、ペルホでの生活の過酷さを物語っている。ややメンテナンスが杜撰だった。

 

「いや。むしろ、ほっとした」

「ほっとした?」

「ああ、この空気に懐かしさすら覚える」

 

 自分の生きていた時代とあまりに変わってしまっていたが、辺境に来てみて少しわかった。

 

 人類の置かれている立場は、600年前よりそう変わっていないと確信した。

 

「冒険者という人種も、開拓民と言う人種も、相変わらずほとんどが非魔術師(ノーマジ)か」

「当たり前でしょ。 誰がそんなものになりたがるのさ」

 

 魔術師として大学で学んでいるインテリが、わざわざ辺境で肉体労働をしたり、命を賭けた戦闘や荒事を生業にするなんて、変わり者を通り越して、異常者の類だ。

 そんな暇があるなら、研究をして論文を書いた方が良い。

 

 おおむね、メッツァはそんなことを言った。

 

 種族差別には過敏に反応されたが、社会階層について述べる分には、奇妙なほどメッツァは口が軽かった。

 

(論文と言うものは、未だによくわからぬが、確かに知識階級の人間に荒事をさせるのは理が合わんな。魔術師と言うのは、希少な技術者であるが故な)

 

 為政者としての立場で見れば、どんな時代も、社会的構造には一定の共通性がある。

 

 常態化した無意識下での階層差別はいつの時代も存在する。そこにはある種の合理性もあるし、同時に腐敗と停滞の温床にもなり得るものだ。

 

(結局のところ、このメッツァという若者は、賢くはあっても、為政者のそれではなく。その中で生きる、一個人に過ぎん物の見方で、余に常識を語っている。それは頭の片隅に置くべきなのだろうな)

 

 リューファスとメッツァは、ペルホの街を歩きながら、ひときわ古びた道を進んでいた。

 道幅は狭く、両脇に朽ちかけた木造の家屋や商店が並んでいる。

 

 どこか時代に取り残されたような雰囲気が漂っていたが、そこには人々の活気も感じられた。

 時折、食欲を沸かせるような肉を焼く匂いがする。

 

「廃教会へ行くには、この先の街道を抜ける必要があるよ。一応、警戒はしていて」

 

 メッツァからの呼びかけを、リューファスは聞き流した。

 反発心ではなく、単に小腹が空いたからだ。

 

(道中のサンドイッチとやらでは、まるで足りなかったな)

 

 手持ち無沙汰で、腰に付けた剣に手を伸ばすが、携帯性を重視したサイズで心もとない。

 愛剣であるセレスティンが恋しくてたまらなかった。

 

(――ああ、あれは本当に良い剣だった)

 

 ペルホ周辺は呪詛汚染地域の端に当たり、異形や呪いがうごめく危険地帯ではあるが、リューファスにとっては恐れるものではなかった。

 

 足を早めて、人間が住む地域を抜けると、道は急に険しくなり、くすんだ色の草木が生い茂ってきた。

 

 背後からは、時折不気味な鳥の音が響く。風に吹かれる葉音が、まるで何者かのささやき声にも聞こえた。

 

 しばらくして、先に広がる廃教会の姿が、ようやく遠くに見えてきた。

 瓦礫のように散らばった石の中に、ひっそりと佇んでいる。

 

 かつての神聖な場所が、今は呪われし地へと変貌している。

 煙のように立ち込める暗雲が、教会の上空を覆い、何かがそこに集まっているかのような重苦しさが漂っていた。

 

 「天気が崩れたら嫌だな、急ごう」とメッツァが言い、両手を広げるようにした後、楽器を奏でるように指を動かした。

 

 その指先から微かな振動が伝わり、空気が一瞬、硬く圧縮されたかのように感じられる。

 

 魔力の波動が二人を包み込むと、リューファスはそれが気配を覆い隠すための隠蔽術であることに気づいた。

 

 臭いや音と光に干渉し、不完全ながらも外に漏らすことなく打ち消す基本的魔術『姿隠し』。

 

 気休め程度の効果ではあるが、詠唱もなく、ただ指を動かしただけで発動したその術に、少しばかり感心する。

 

 メッツァは研究者としてはそれなりかもしれないが、現代において、魔術を扱う技術者としての彼は、どの程度の立ち位置なのか。

 そこは、リューファスの判断がつかない所でもあった。

 

(しかし、少なくとも600年前では登用に値した。フム、もし出会えていたら傍に置いてやっても良かったな)

 

 そんなあり得ない仮定を、こっそりリューファスはした。

 

 やがて、二人は廃教会の前にたどり着いた。




◎東の辺境ペルホ
 フィンダール共和国のさらに東、呪詛汚染地域の境界に位置する東辺境ペルホ。
 冒険者や開拓民の拠点として栄え、魔装列車の轟音が文明の心音となる。
 呪詛に汚染された大地と、そこに巣食う異形の群れ。
 開拓者たちは、毒にまみれて飲み食いし、汚染地帯から希少鉱物を採る。
 彼らの多くは変異するか、狂気に蝕まれる前に、命を落とす。
 だが、誰も悼まない。
 人も亜人も、結局は「資源」の一部に過ぎないのだから。
 時折、衛星都市が地図から消えるのは、自然な摂理として扱われる。
 辺境とは、そういう場所だ。
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