この短編小説『無人の取引』は、現代人の身近な存在であるATMを舞台にした、不可思議で不気味な物語です。

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無人の取引

 

 

 

 

夜も更け、人通りのない街角のATMコーナーには、不思議な静寂が漂っていた。広場を照らす街灯の光が薄く揺れ、ATMの緑色の画面だけがひっそりと生きているように光っている。

 

会社帰りの田中誠一は、少し酔いの回った足取りでそのATMコーナーに向かった。財布を確認すると、わずかに残った数千円と、翌日必ず必要な書類の控えが入っているだけだ。もう少し現金が欲しい。彼はATMの前に立ち、カードを挿入した。

 

ピッ、ピッ、ピッ——暗証番号を入力する音が虚空に響く。画面には「取引中」の文字。だが、その瞬間、誠一の視界は違和感に包まれた。

 

画面に表示されたのは、いつもの「金額を選択してください」という表示ではなく、不気味に歪んだ文字だった。

 

**「ようこそ、特別な取引へ」**

 

酔いのせいかと思ったが、どう見ても画面は正常ではない。誠一は眉をひそめたが、興味に勝てずそのまま画面を見つめ続けた。

 

次に現れた選択肢は奇妙だった。

 

1. **「過去を振り返る」**

2. **「未来を買う」**

3. **「真実を知る」**

 

冗談だろう、そう思いつつも、どこか現実味を感じさせるその選択肢に、彼は手を止められなかった。誠一は、指先が自然と「2」を選ぶのを見つめていた。

 

画面が一瞬暗くなり、次に表示されたのは、彼の人生そのものだった。

 

「あなたの未来の総資産額は**-2,324,000円**です」

 

「は?」

 

信じられない数字だった。画面にはさらに詳しい分析が続く。ローン未払い、昇進失敗、そして離婚。彼の未来が無慈悲なまでに正確に「赤字」で示されていた。

 

「こんなもの信じられるか!」と誠一は声を荒げたが、周囲には誰もいない。その孤独感に一瞬襲われたが、画面の次の選択肢が彼をさらに動揺させた。

 

**「修正しますか? 修正料金:10万円」**

 

彼はポケットを探り、財布を開けた。そこには数千円しかない。しかし、画面は次の瞬間、もう一つの提案をしてきた。

 

**「魂を担保にすることも可能です」**

 

心臓がドクンと跳ねた。冷たい汗が額を伝い、手が震えた。これが悪夢なのか現実なのか、自分でもわからない。ただ一つ確かなのは、画面が嘲笑するように揺れて見えることだった。

 

意を決して彼は「キャンセル」を押した。しかし、画面は消えず、さらに問いかけてきた。

 

**「本当にいいのですか? この選択は、取り返しのつかないものです」**

 

誠一は後ずさりしながら、「そんな馬鹿な」と呟いた。そして逃げるようにATMコーナーを後にした。

 

数日後、田中誠一の姿を見た者はいなかった。彼の通勤鞄がそのATMコーナーの前に置き去りにされていたという噂が広がるばかりだ。

 

ATMの画面は今も静かに光を放っている。次の「特別な取引」を待ちながら——。

 

 

 

 


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