海岸線の道を走るコースを選んだのは、失敗だった。
ほぼ日課になっている、朝のランニング。片道3キロのランニングコースは、下宿を起点として数コースあるのだが、普段私たちは、海沿いの道を走るルートを選択している。理由は特にない、強いて言えばランニング中の眺めがいいからだ。
朝日に焼ける青い海原、遠く伊勢から吹く清風、天気のいい日ならば、気持ちよく走れるこのコース、私と風待先輩がよく使うこのコースを、今朝の天候を考慮せず選んだ私の失敗だった。
風が強かった。海風が酷かった。遮蔽物一つない曇海から吹き付ける生暖かく湿った風、台風本体は太平洋の遥か彼方だというのに、勢いと自己主張が強すぎる野分の先遣が、私のランニングを妨害しまくったのだ。
曇天の下で黒く巨大な軟体を悶えさせる海、その表面に無数の切り傷のように現れる白色の波。白い波たちは横列同士が手を組んで、やがて一本の長い大波となって海岸線に衝突する。
普段よりも強い、風の音。普段よりも怖い、波の音。潮風に乗って飛んでくる細かな波飛沫、この近辺に棲むトビたちのように、大風高く舞い飛んでいる様々な種類の木の葉たち。騒がしく、心が落ち着かないランニングコースをようよう走り終え帰宅した私の身体は、普段の倍程度の疲労が溜まっていた。
早くシャワーを浴びたいが、まだやることはある。私は自転車の隣に立てかけてあるホウキとチリトリを手にすると、二階の渡り廊下の右半分と、右側の階段の掃除をする。
風は昨夜から吹き始めていたのだろう。朽葉や枝屑などのゴミが、私たちのアパートの共用部分にも薄く広く散り乱れていたのだ。
どうせ明日には台風が上陸するのだ、今掃除しても意味はない。そうわかってはいるのだが、散らかっているゴミたちを見過ごすわけにもいかない。私は多少うんざりしながら、それでも丁寧にアパートの共用部分を掃いていく。元からの性格なのか、それともDAの教育の成果なのか、日々の掃除に関しては、私は常に真摯に向き合っている。
ついでに一階の渡り廊下も掃き終えた私は、動きを止め左側の階段を見る。
左側の階段と、二階渡り廊下の左半分は、201号室の少年たちの領域。205号室の住人である私が入れない、侵入禁止区域。
今、201号室は無人である。無言の条約で侵入禁止になっているとは言え、今ならばこっそり入って掃いてしまえば、気づかれることはないだろう。せっかく一階の通路まで掃除したのだ。どうせなら全部綺麗にしたい。入ってしまおうか、条約を破ってしまおうか。
自主的に行動しているのだろう、二人の少年は、日頃から大家さんにかわって私たちのアパート周辺の草むしりをしている。彼らはこの夏も、熱い日差しを浴びながら、上半身裸になって黙々と草むしりをしてくれている。雑草一つないきれいな空き地を使わせてもらっているお礼と、たくましくもいやらしい背中を見せてもらっているお礼に、通路くらいは掃除してやろうか。
ほんの少しだけ立ち止まっていた私だったが、やがて思い直す。
この部屋に住んでいる少年たちは、私たちと似たような組織に所属しているようだ。であるならば、私たちと同じように、何かしらの小型監視カメラを部屋の前に設置していてもおかしくない。掃除している程度の姿なら、たとえ録画されていても問題はないが、私たち少女側が条約違反をして少年側の領土に侵入したという記録が残るのはまずい。さらに今の私の姿、体のラインが浮かび上がっている運動着姿を、映像データに残されるのは恥ずかしい。
あいつらが何者かわからない以上、私たちと同じ防犯システムを有していると考えるべきだ。私たちほど特殊な組織ではないだろうし、私たちほど最先端の装備を持っているとは思えないが、それでも用心に越したことはない。
私たちDAの防犯システムは、一本のネジだ。
どこにでもありそうな、トラス頭の小さなネジ。どこのアパート、どこのマンションの壁にも使われていそうな、プラス穴の小さなネジ。しかしそのネジの頭には、高性能全方位カメラのレンズが埋め込まれている。
本来はDA情報部が、ターゲットのアジトや住居の定点監視に使うために開発したというこのカメラ付きネジ。今でも主な用途は拠点監視用だが、私たちリコリスも、情報部以上にこのネジを使用し、その恩恵に浴している。
廊下の通路灯カバー、メーターボックスの扉、ドアの金具、マンションだろうがアパートだろうが、玄関前には多くのネジが使われている。その中の一本を、このDA特製のカメラ付きネジに交換するだけで、田舎支部の鄙びた住居の軒先に、来訪者にまったく気が付かれない防犯システムが簡単に構築できるのだ。
ネジ頭全体がソーラーパネルになっているため、充電は不要。送られてきたデータは、下宿に常備されている支部用ノートパソコンでしか見ることはできないのと、あまりに小型化し過ぎた精密機器のため、耐用年数が1年程度なのが欠点だが、それでも設置の簡単さと隠匿性の高さから、すべてのリコリスはこの特製ネジを、自分のねぐらを守る監視役としてありがたく使用している。
男なんて無神経な生き物だから、防犯なんて考えてもいないだろうが、それでも同じような装備を持っていた場合を危惧し、私は男たちのエリアに入るのを諦める。もし私が男どものエリアを掃除したことがバレて、もしかしたら気があるんじゃないかと勘違いされても困る。勘違いした挙句、今より長く私の身体を見つめられるような事態になったら大変だ。今でさえ、あいつら男どもに運動着姿や私服姿を見られただけで、私の心には羞恥心や嫌悪感、そしていろいろ訳のわからない感情が芽生えてくるのだ。元々私は人に見られるのが苦手な、ダンゴムシなのだ。目立つことはせず、これからも地味に生きよう。そう考えた私はゴミと掃除道具を片付けて、自室に入る。
サイズが合わなくなった運動着を、引きはがすように脱ぎ捨てながら浴室に入り、冷たいシャワーを頭から浴びる。熱が籠った頭部、髪の隙間に入り込んだ暑い潮風が流れ落ち、頭全体が冷えていくのが心地よい。
ここ一カ月、私は髪を伸ばしている。といっても5センチ程度だが、すこし短めのショートヘアから、襟足長めのショートヘアに変えている。
今の貴女のスタイルならば、髪はもう少し伸ばした方がいいですねと、名古屋支部で制服を交換に行った際、ついでに立ち寄るよう指示されたヘアサロンで、セットを担当していただいた美容師さんから助言されたのだ。
大支部の近くには、本部リコリス専門の
24時間営業の店舗に24時間交代勤務で常駐する専属美容師たちは、男性が多いクチュリエとは異なり、全員が女性で構成されている。美容師とは言え、レザーを持った男が背後に立つのを嫌うリコリスが少なくないからだ。見た目は威圧感のない、しかし日本でもトップクラスの技術と感性を持つ彼女たち専属美容師の大きな特徴は、制服姿のリコリスを最も輝かせるヘアスタイルを導き出すことに主眼を置いているという点だという。
リコリスのエリート、DAの看板ともいえる本部卒リコリスには、常に制服美が求められているらしい。そのため私たちは、ヘアサロンに行くときは常に制服姿で店の裏口から入り、制服姿のまま個室のカット椅子に着席する。
特に注文が無ければ、そのまま今のイメージを崩さない程度にセットしてくれる専属美容師のお姉さんたち。しかし、9月に背丈に合わせて再デザインしてもらった制服を着てカット台に座った時、私は専属美容師さんから、髪型のイメージチェンジを提案された。
半年前に比べ、手足も伸び幼さの抜けた私。今のあなたには、伸びた髪を活かしたヘアスタイルの方がより綺麗に見えるわよと、大人の美容師さんは私の顔に顔を近づけて言ってくれた。
物心がついてこの方、髪型を変えたことの無い保守的な私だったが、その時の美容師さん、年上のお姉さんが口に出した綺麗という言葉が、私の気持ちを強烈に動かした。私の綺麗なバディ、私の綺麗な風待先輩のようになれるかもしれない、同じくらい綺麗になって、風待先輩の横に立ちたい。私は、突如湧きあがった私の願望に戸惑った、綺麗になりたいなどとこれほど強く思ったことは、今までになかったのだ。
髪、伸ばします! と答えた私の声は、おそらく期待に上ずっていたのだろう。美容師さんは少し微笑むと、これまでに伸びた髪を長めに残してカットしてくれた。カラーもこれまでの明るい茶系の色ではなく、トーン数を減らした濃い目のブラウンに染め直してくれた。
長く伸びた手足に、上級生っぽくリデザインされた制服、そして長めの髪。私も少しは風待先輩に近づいてきたのかなと、くすぐったいような喜びを、内心で感じている。リコリス専門の仕立屋と、リコリス専門の美容師の技術と感性は、確かに本物だ。私は最近、制服姿で外に出る際に、姿見の前に立つ時間が長くなった。服装の乱れを確認するためではなく、鏡に映る自分に己惚れるために立つ時間が多くなった。
しかし、長めの髪は、いろいろと面倒だ。手入れに時間がかかる、洗髪が大変だ、首筋に熱が籠る。風待先輩は、よくあれほどの長い髪を日々美しく保っているものだと、近頃のわたしはつくづく思う。
風待先輩の美に対する努力は、髪だけではない。お肌の手入れもがんばっていたなと、私はシャワーヘッドを持つ自分の右腕に目を向けながら考える。
腕や脚、運動着に包まれていなかった私の四肢が、外出前に比べて、ほんのわずかだが赤くなっている。手足に冷たい水が流れるたび、ほんのわずかだが痺れるような痛みを感じる。
どうやらまた、日に焼けてしまったようだ。9月だから大丈夫、曇り空だから大丈夫と、軽く考えていた。
この夏、私はかなり日焼けしてしまった。
年頃の少女たちで構成されているリコリスにとって、日焼けは重大な問題である。本部卒分校卒にかかわらず、リコリスの主な任務は野外屋外での巡回任務が多い。片手がふさがる日傘を持つことは禁止されている私たちは、どれほど日差しの強い季節であろうと、常に腕や顔を露出して、思春期の肌を紫外線に晒し続けなくてはならないのだ。
日焼けに関しては、実はDAも問題視している。日に焼けすぎるとお肌が荒れてしまうなどという、軟弱な意見を問題視しているのではない。深く濃く日焼けしていることによって、彼女たちが長い間外を巡回していることが一目でわかってしまうことを恐れたのだ。普通の女子中高生がしないほど強い日焼け姿が、周囲に溶け込めなくなるほどの違和感を与えてしまうことを危惧したのだ。
その対策として、DAが私たちにくれたのは、日焼け止めクリーム。安直すぎる。
沖縄などの南国支部のリコリスは、日焼けしていないと逆に目立つという理由からあまり使わないらしいが、それ以外のリコリスたちは、この季節はDA直送の日焼け止めクリームを有難く使用している。市販品ではなく、本部がわざわざ送ってくれるこの日焼け止め、おそらくDA研究部が開発したのだろう、薄く塗るだけで日焼けを完全に防ぎ、肌のべたつきもない、汗で流れ落ちることはないが石鹸で簡単に洗い落とすことができる、外出時に必要とされる要素を全てクリアした理想の逸品だ。
風待先輩はこの夏の間、どのような些細な外出の際も、必ずこの日焼け止めクリームを塗っていた。
黒髪長髪の神秘的な美麗キャラは色白が基本、日焼けなんて絶対に似合わないのよと毎回のように言いながら、毎回
風待先輩は、自分で作った自分の虚像に流されるタイプだ、自分の見た目に似合った性格をつい演じてしまうタイプだ。特に外出中は、その傾向が強い。ひとりになるのが苦手でおしゃべりが大好き、部屋の中では少しずぼらで、常に表情がころころと変わる可愛らしい先輩は、外では孤高で寡黙、表情を変えず冷たい目で周囲を睥睨する毅然厳格とした美少女を演じている。特に支部の外にいる時はその傾向が強く、名古屋近辺の分校リコリスたちは、先輩の物静かで凛とした佳麗美に目を奪われつつも恐れているという。諸咲リコリスは怖い、綺麗で冷たいセカンドリコリスと、残忍でカニのようなサードリコリス、どちらも怖いと大評判だ。分校どもめ、いつか真の恐怖というものを思い知らせてやる。
クールでミステリアスな外見を維持するためには、日焼けは厳禁なのよと力説する風待先輩。そこまでいうのなら好きにしてくださいと放っておいた私だが、今年の夏を振り返ってみると、先輩の言葉が正しかったと思う。
今年の夏、赴任して初めての諸咲の夏。今までは本部や都市部周辺の日差ししか知らなかった私は、諸咲の夏をなめていた、港町の日差しをなめていた。
朝のゴミ出し、モブリコ寿司への往復、悪天候時の巡回、短距離だったり日差しが弱いと感じた場合、私は横着して日焼け止めを塗らなかったのだ。それだけではない、たった一回だけなのだが、浜辺での巡回任務の際、日焼け止めを塗るのを忘れて出て行ってしまったのだ。紫外線対策をまったくしていない無防備な姿で、私は先輩と海水浴場の砂場を巡回し、海の家でいただいた大あさりを食べラムネを飲んでしまったのだ。
盛夏の海水浴場や夏祭りの会場、人が多く治安も乱れやすいこのような場所は、DAがこの時期特に巡回を強化させる場所であるとともに、地元の方々が私たちに、それとなく巡回を依頼する場所でもある。
地元の町内会や商工会から、私たちの下宿に投函された数枚の青札。地元と私たちがお互いにお願いをする時に使用する、諸咲紅座の千社札。決して交わってはいけないリコリスと社会を仲介するこのお札を受け取った私たちは、青札一枚につき一週間、海水浴場など特定の場所を巡回していた。普段と同じように、一日一回だけ浜辺や祭場を通り抜けるだけの、周囲にはただの散歩にしか映らないような巡回ではあるが、それでも一定の効果はあったようだ。夏の休み特有の高揚感に浮かれ騒ぎ、羽目を外しそうになった市民たちは、私たちの姿がわずかに視界の端に映ることによって、今自分たちがどのような世界に住んでいるのかを思い出し、無意識のうちに乱れかけた襟を正していたらしいのだ。夏の楽しい気分に水を差したのは申し訳ないが、浮かれた末の事件事故を未然に防いであげたのだ、感謝してほしい。
実際に私たちが浜辺などを歩くことで、軽犯罪などの事件発生率は大幅に下がっていたという。依頼した商工会などの方々も満足していたのだろう、この夏私たちは、暑い浜辺を歩き終えるごとに、毎回海の家から、お礼としてお料理を一品と飲み物を一本受け取っていた。照り返しの強い浜辺の巡回は、暑すぎて正直嫌だったが、この毎回のお礼は正直とても嬉しかった。ビーチパラソルの下で、海を見ながら先輩と二人で食べる楽しい軽食。田舎支部ならではの役得、美味しい夏の思い出。
日焼け止めを塗り忘れていた日に浜辺でいただいた、焼きたての大あさりも冷たいラムネも美味しかったが、毎回巡回任務後に
そのような大失態や日々の横着により、私の手足と顔は、色が一段濃くなってしまった。もともと日焼けは長続きしない体質なので、秋ごろには元の肌に戻るだろうが、こうして裸になってシャワーを浴びていると、焼けてない部分との色の差が明確な対比となって、なんだか恥ずかしい。衣類に隠れて日焼けしなかった胴体部分、普段は隠れている部分、普段は隠したい部分が、日に焼けた手足の色によってその白さが克明となり、その明度をもって世界の視線を集めそうな気がして、気恥ずかしいのだ。もっとも、私の裸を見ることができるのは、風待先輩とDAの医師だけなのだが。
白い肌に、茶色の肌が入り混じる夏の私。服を全て脱ぎ捨てると、見事にアンバランスな配色なのだが、この一部日焼けした身体に対する先輩の評価はなぜか上々だ。
タヌキがよりタヌキっぽくなったわ。タヌキっぽくて素敵よ、ああ本当にタヌキになってしまったのね、タヌキかわいいと、すごく失礼な言葉を吐きながら全身を愛撫してくれる先輩。日に焼けた肌と、焼けていない部分の肌を交互に舐め比べながら、肌の味が違うと喜んでいた風待先輩。嬉しくないというわけでもないが、そう楽しくもないご感想を、私はこの夏、一人興奮している先輩からいろいろいただいた。まあ、喜んでいただけて何よりです。
今日、また日焼けしてしまった私の肌、明日帰宅予定の先輩は、また私の焼けた身体を楽しむのだろう、部分部分で味が違う、匂いが違うといってからかうのだろう。
そして私も、明日帰宅した先輩の、長の出張で少し疲れている肌を味わうのだろう。先輩の体を優しくいたわり、優しくいただき、先輩の心に明日への活力を与えるのだろう。
四月五月頃は、ただ一方的に快楽を受け取るだけだった私。先輩に教えられたとおりの稚拙な愛撫しかできず、常に受け身でいるだけだった私は、ここ最近、ようやく自分の身体を使って、先輩を喜ばせることができるようになった。先輩の愛を貪欲に受け入れながら、先輩に愛を激しく与えることができるようになった。私の腕の中で身悶えする先輩の顔を、しっかりと見つめる余裕ができてきた。白く淫らな先輩の肌を、ゆっくりと眺める余裕ができてきた。
毎晩のように全身で触れ合う私たち。心が触れ合い、体が触れ合う私たちは、バディとして、恋人として、日々結束を強めあっている。
いつの日か、私と風待先輩は、恋人関係すら越えた一心同体の関係になれるだろう。生の不幸に目を背け、互いの心だけを見つめ合う、最高の関係になれるだろう。
いつの日か、私は風待先輩の横に立つことができる、強いリコリスになれるだろう。人殺しの経験も積み、体も成長している最中の私だ。このままいけば、実力も外見もお似合いの、誰もがうらやむバディになれるだろう。
いつの日か、私が先輩にとって過去最高のバディになれたと確信したその時、私は先輩にひとつ聞きたいことがある。ひとつだけ、聞こうと思っている。
この半年間、どれだけ心を通じあった私と先輩との間でも、いまだしっかりと聞けないひとつの話、聞くのが怖い、ひとつの質問。
―先輩は、私とセノカさん、どちらが好きですか?―
去年、先輩の横にいたバディ、セノカさん。
今年、先輩の横にいるバディ、筑詩スギナ。
私は聞きたい。先輩はセノカさんと私の、どちらが好きなのか。セノカさんと私、どちらが先輩のバディにふさわしいと思っているのかを。
優しい先輩は、おそらく答えることができないだろう。それでも私は聞きたい、そして私の方が好きだと言わせたい。私はセノカなんかよりもずっとずっと先輩を愛している。半年程度で死んだセノカよりも、この先長く一緒に暮らすことができる。これからも毎日先輩と愛を交わしていけば、私の方が好きだと先輩は必ず言ってくれるはずだ。
先輩は、セノカとの悲しい別れが心の傷になっているはずだ。だから私が、先輩の傷を消してあげるのだ。セノカより私の方が好きだと言わせてしまえば、先輩も気持ちに区切りが付くだろう。そしてセノカのことを忘れるだろう。もう死んだあいつのことなんか、忘れた方がいい。そうに決まっている。
冷たいシャワーを全身に浴びながら、私は考える。まだまだ先のことだろうが、いつの日か、必ず聞こうと決意する。
別に今すぐ聞きに行こうというわけでもないのに、緊張して強張ってしまった胸に、私はシャワーヘッドを当てる。
冷えた水の流れは、私の肌から熱を奪い、体を冷やしていく。胸部を中心に、体が冷えていく。肉を冷やし、骨を冷やし、胸の奥を冷やす。
いや、胸の奥は、冷水を当てる前から冷えていた。先ほどまで先輩のことを想いながら熱く高鳴っていた私の心は、セノカのことを考えているうちに、冷たくなっていたようだ。
冷たくても構わない。これは先輩のためなのだ。そう呟きながら、私はシャワーを浴び続ける。
田舎のアパートの、小さな浴室。今朝響く水の音は、私の耳にはなぜか、かつて電波塔内に降りそそいでいた、スプリンクラーの散水音のように聞こえていた。
―逃げずに答えてくださいっ! 先輩は! 私とセノカの、どちらが好きなんですか!―
風待のかつてのバディ、芭照瓦セノカ。彼女に対するスギナの嫉妬と妄執は、これからも強く深くなっていく。
それでもスギナは、その問いを口に出すのを堪えていた。そのような質問は、すでに亡きセノカの尊厳を傷つけ、自分の尊厳を貶める愚かな行為であることは理解していたし、優しい風待からは、どちらも好きだという教科書的な回答しか返ってこないことが分かりきっていたからだ。
問いただそうと決意しつつも、言い出すことができないまま、深く深く心に沈めていたその質問。
しかしスギナは、半年後のある夜、周辺事情が急激に変化する中、激情によって心を乱した末に、思わずその問いを発してしまう。
それは、最も聞いてはいけない状況下の、最悪なタイミングでの問いかけだった。