ダンジョンに傲慢の罪が居るのは間違っているだろうか 作:リラット
アリーゼ達が30階層から脱した後、エスカノールを除く全員が傷を負っていることもあって普段の移動よりも遅い。
移動が遅くなればその分階層を蔓延っているモンスターからも見つかりやすくなって危険であるため、本当ならば無駄な戦闘を避けるべくモンスターから見つからないようにしながら慎重に動くのだが……エスカノールが道中出てくるモンスターを全て倒した事でその必要は無かった。
「はっはっは、死後の世界も中々に面白い所のようですね。まさか地下にこれだけ広大な世界があるだけでなく、階層毎によって景色も出てくる怪物もガラリと変わるとは……団長がとても気に入りそうだ」
ダンジョンを進む最中、どんなモンスターも拳一発で沈めながら謎にテンション高く面白がっている様子のエスカノールにリュー達は密かにドン引いていたが、傷が痛むということもありそこまでエスカノールの様子を深く気にする余裕は無く、安全性よりも移動の速度を優先してアリーゼ達は最短経路でダンジョンを移動した。
その結果、傷を負って移動が遅くなっていたのにも拘わらず普段とそう変わらない時間で地上へと辿り着く事が出来た。
ダンジョンの外は既に日没前であり、夕焼け空に染まるオラリオの中をアリーゼ達は治療する為その足のまま【ディアンケヒト・ファミリア】へと向かい……即座にベッドの上に叩き込まれた。
「止血の為とは言え傷口を焼いた!? 何を考えてるんですか!? 一部炭化してる部分もありますし、明らかにやりすぎです!!」
「我が〈
アリーゼ達の治療を担当してくれたのはアミッド・テアサナーレ。
齢14歳でありながらオラリオにおいて最高のヒーラーとして名高く、『
「相手は重傷者なんですよ!? 下手をすれば止血どころかショック死すらありえたと言うのに……!!」
「それがどうしましたか? 現にこうして彼女達は意識を保ち、生きている。私が彼女達の止血をしたからこそ間に合ったのですから、問題は無いでしょう」
「それは結果論でしょう! 止血するにしてももっと違うやり方はありました! 例えば───」
『全ての傷を癒す』という信念を持つアミッドにとって、重傷者をさらに傷つけて危うく死なせる可能性のあったエスカノールの行動は断じて認めることが出来るものでは無く、今後そういった事を無くして欲しくて思わずエスカノールに突っかかって応急手当に対する様々な知識を伝えるも、エスカノールはあまり聞く耳を持っていない様子だった。
「まぁまぁ、アミッド。エスカノールは私達を助けるために仕方なくやってくれたんだし、そろそろその辺にしてあげて?」
「いえ、そういう訳にはいきません。また次に怪我をした時に今回のように傷口を焼かれてしまっては被害が悪化するかもしれません。そこの所をしっかり理解して頂けるまではとことんお話させて頂きます……皆様の邪魔になるので別室へ行きますよ」
「はぁ……仕方がありません。貴女の気が済むまで付き合って差し上げましょう」
すっかり目を据わらせたアミッドはエスカノールの手首を掴むと、そのまま有無を言わさせぬ雰囲気を醸し出したまま無抵抗なエスカノールを引っ張って部屋の外へと出て行った。
「あはは……アミッド凄く怒ってたわね」
「昔から怪我には人一倍、五月蝿かったからな」
「ありゃだいぶ長くなりそうだな……」
「少なくとも1時間以上はかかりそうだ……」
前からアミッドの世話になったことのあるアリーゼ達はアミッドがキレた時の事をよく知っていたため、いつ話が終わるかも分からないエスカノールに内心で合掌するしかなかった。
「アリーゼ! 輝夜! ライラ! リュー!」
そしてアミッド達が部屋から出て行った直後、入れ替わるようにして部屋に入ってきたのはアリーゼ達の主神である女神アストレアだ。
走ってきたのか身体からは汗が吹き出し、呼吸もかなり荒くなっているが、それ以上に顔色が青白さを通り越してもはや土気色になっているアストレアの姿にアリーゼ達はぎょっとした。
「アストレア様!? 何故ここに!?」
「アミッドから貴女達が大怪我をしたと聞いて急いで来ました……!」
いつもの静謐で清らかな空気を纏う姿とは打って代わり、不安と心配に包まれているアストレアはベッドの上に横たわるアリーゼ達の姿を見るや、瞳に涙を滲ませてヨロヨロとした足取りでアリーゼ達へ近付く。
「あぁ、輝夜の腕が、ライラの目が……なんて、なんてこと……」
「アストレア様!? お気を確かに!!」
実際にアリーゼ達の姿を目にしたことで、まだ負傷箇所が見えにくいアリーゼとリューはともかくとして、右腕が無くなっている輝夜と目に大きな火傷跡があり視力を失っているライラの姿はアストレアにとってかなり精神的に堪えたらしく、フラッと床に倒れそうになる身体を1番近くのベッドに居たリューが慌てて支える。
「いったいダンジョンで何が……他の皆は……?」
「っ……実は───」
茫然自失とした様子でいるアストレアに、アリーゼ達は苦しげな表情を浮かべながらダンジョンで起きた事を話した。
【ルドラ・ファミリア】の罠にかかったこと。新種のモンスターに襲われたこと。そして、仲間がほとんど殺されてしまった所をエスカノールに助けられたこと。
「そんな……皆が……」
アリーゼ達の話を聞いてる内にアストレアの顔はどんどん酷くなり、全ての話を聞き終えた後しばらく放心状態へと陥った。
「……ごめんなさい、アストレア様。私達が弱かったばかりに……」
亡くなってしまった
「私がもっと強ければ、皆死ななくて済んだのに……!」
震える程に拳を力強く握り締め、吐き出すようにそう呟くアリーゼの瞳から溢れ出た涙がポタポタと掛けられたシーツを濡らす。
「団長……」
「アリーゼ、お前……」
「アリーゼ……」
いつも明朗快活としていて周りから『太陽』のように思われているアリーゼが初めて見せる弱りきった姿に、リュー達は掛ける言葉が見つからなかった。
「アリーゼ……そんなに自分を責めないであげて」
涙を流すアリーゼにアストレアは近付き、ベッドに腰掛けてそっとアリーゼの身体を抱き寄せる。
「貴女はちゃんと強い子よ。見たこともないモンスターと戦って、皆を守るために最後まで最善を尽くそうとしていたのでしょう? 貴女がそうして頑張ってくれたおかげで、輝夜達はこうして生きて帰ってこれたのだからとても立派よ」
優しく頭を撫でながらそう告げてくるアストレアに、アリーゼは首を横に振る。
生きて帰ってこれたのはアリーゼのおかげではない。エスカノールのおかげだ。彼があの新種のモンスターを倒してくれて、アリーゼ達の止血もしてくれて、地上へ帰る道中も襲ってきたモンスターを全部倒してくれたからアリーゼ達はなんとか地上へ帰ってこれたのだから。
そんなエスカノールと違ってアリーゼは何も出来なかった。力が無かったからあの新種のモンスターにも勝てなかったし、為す術もなく仲間を殺されてしまった。やれる事など何も無かった。
だから違うのだと、私は何も出来なかったのだと、アストレアの言葉をアリーゼは否定したのだが、それが伝わったのかアストレアは抱き寄せていたアリーゼの身体を離し、下を向く顔に頬を当て自分の方へ向き直させる。
「アリーゼ、誰よりも優しくて強い私の
嘘偽りを許さぬ星海の如き深い藍色の瞳を向けられ、アリーゼは一瞬思いもしなかったことを言われ固まったが直ぐに首を横に振ると、アストレアは優しく微笑んだ。
「傷付いた仲間を見捨て、自分一人だけ助かろうとする行いは『正義』の行いではありません。仲間を救おうと最後まで頑張ることを諦めない、そんな貴女だからこそ私は誇りに思うのです」
「アス、トレア、様……」
「アリーゼ、よく生きて帰ってきてくれました。おかえりなさい」
「あ、ぁ、あぁ───」
その言葉を聞き終えた直後、瞳からさらに大粒の涙を零し、嗚咽を漏らして泣きじゃくるアリーゼをアストレアは優しく抱きしめた。
「輝夜、ライラ、リュー。3人もちゃんと生きて帰ってきてくれてありがとう。おかえりなさい」
アリーゼを抱きしめながら、優しくリュー達の帰りを迎え入れてくれたアストレアの言葉に堪らずリュー達の涙腺も緩まる。
死ぬほど辛い事が起きた。苦しい程の現実に襲われた。絶望する程の恐怖に見舞われた。
けれどそれも、こうして帰りを待ってくれていた
そうして皆で暫く泣き、アリーゼ達が落ち着く頃には窓から見える景色もすっかり暗くなっていた。
「ごめんなさい、アストレア様。もう大丈夫!」
泣いたことで気持ちの整理がある程度は着いたのか、アリーゼはいつもの調子へと戻ったように見えるが、明らかに無理をして空元気を出しているのがバレバレでしかないものの、アストレアとリュー達はその事について何も言わなかった。
「そういえば、アミッドとエスカノールはまだ戻って来ねぇのか? 流石に長すぎね?」
「そういえばそうだな……もうかなりの時間が経ってると思ったが一向に戻ってくる気配が無いな」
「えぇ……いくらアミッドでもそこまで時間はかけないと思うのですが……」
「まぁでも、エスカノールのあの態度じゃねぇ……」
「「「あぁ〜……」」」
話を変えるべく、アミッドに連れられて部屋を出て行ったエスカノールがいつまで経っても来ないことに気付いたライラがそう言うと、アリーゼ達もそれに気付いたが、エスカノールの先程の態度を思い出しなんとも言えない表情を浮かべるしかなかった。
「エスカノールと言うと、貴女達を助けてくれた御方よね? どのような御仁なの?」
「えっとぉ……一言で表すなら王様みたいな人?」
「傲岸不遜という言葉が服を着て歩いてるような人物だろう」
「めちゃくちゃ偉そうにしてる傲慢の塊みてーなヤツ」
「物言いは些か難がありますが……私達よりも遥かに強い力を持つ御仁でしょうか」
エスカノールにまだ会った事の無いアストレアがアリーゼ達からエスカノールの人物像を聞くも、出てくる評価に思わず顔を引き攣らせる。
「貴女達、凄い人に助けられたのね……」
アストレアのその一言に、アリーゼ達は強く頷く。
言動やら格好やら強さやら、色々な意味で確かにエスカノールのことは『凄い』としか言いようが無かったのは間違いない。
そうしてアリーゼ達がエスカノールのことについて話していると、不意に部屋の外からコンコンと控えめにされたノックの音が聞こえてきた。
「アミッドです、お食事を持ってきましたが今開けても大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫ー!」
聞こえてきたアミッドの声にアリーゼがそう返すと、部屋のドアが開かれ配膳台を持ったアミッドと、その後ろから患者が着るような白い布服を纏うチョビ髭を生やしたおじさんが入ってきた。
「失礼します。夜食の時間なのでこちらを持ってきました。怪我のこともあると思いますので、無理せず食べれる量だけお食べ下さい」
そう言ってアミッドは配膳台に乗っていたパンをミルクでふやかしたお粥が入ったお椀をそれぞれアリーゼ達へと配膳し、リューとアリーゼにはそれに加えて木製のスプーンを渡した。
「ライラ様と輝夜様はお1人でお食事を取るのは難しいと思いますので、私と彼でお手伝いさせて頂きます」
「よ、よろしくお願いします」
アミッドとチョビ髭のおじさんは木製のスプーンを持ち、アミッドはライラを担当し、チョビ髭のおじさんはオドオドとした様子で輝夜の担当をするようで、2人はそれぞれのベッドの近くにあった椅子へと座った。
「あ、ちょっと待ってアミッド! エスカノールはどうしたの? さっき一緒に出て行ったわよね?」
スマートな流れで食事の時間を始めようとしたアミッドをアリーゼが止めると、アミッドは不思議そうに首を傾げた。
「えぇ、充分話をさせて頂いた後、貴女方の事が心配と仰るのでお食事のお手伝いをお願いさせて頂きました」
「そうなの? じゃあこの後エスカノールも来るのね?」
あの傲岸不遜な態度をしていたエスカノールが自分達の事を心配してくれているということに何だかちょっとしたむず痒さを感じたアリーゼ達だったが、アミッドはキョトンとした様子でチョビ髭のおじさんを指差す。
「いえ? 後で来るも何も一緒に来てますし、そこに居らっしゃるじゃないですか?」
何を言ってるんだろう? と不思議そうにしているアミッドの言葉を聞き、アリーゼ達は固まった。アミッドのそれはひょっとしてギャグのつもりだろうか?
「あの、アミッド? 私達が言ってるのはさっき貴女と一緒に出て行った大男の事であって、そこのナヨナヨしてるおじさんなんかじゃないわよ?」
「いえ、ですから先程一緒に部屋を出たのがそちらの方ですよ。あんなに大きな姿だったのに、さっきいきなり小さくなったんです。思わずビックリして腰を抜かしそうになりました」
「す、すみません! 悪気はなかったんです! 驚かすつもりはこれっぽっちも無かったんです……生きててすみません……」
ふんすっと鼻息を荒くするアミッドに、チョビ髭のおじさんは過剰な程真摯に謝り、最後にはズーンと落ち込んだ姿はどこからどう見てもダンジョンで知り合ったエスカノールとは似ても似つかなかったが、その声は紛れもなくエスカノールの声と同じであったため、アリーゼ達の思考はたっぷり数十秒程固まった後───
「「「「は、はぁ〜〜〜〜〜〜!?」」」」
夜中の【ディアンケヒト・ファミリア】にてアリーゼ達の驚愕した声が響き渡った。