【カオ転三次】連木で腹を切る 作:苺ベリー
郡千景が強さを求めた理由は、恐怖からだった。
理不尽が、不条理が、不合理が、恐怖すべきものがあると知ったから。自分という人間は、か弱いだけの少女でしかないと理解してしまったから。
そんな当たり前の恐怖を知ったから、実体験の恐怖を持って危機感を得たから。もう二度とあの様な目には、遭いたくないと強く思ったから。だから、苦難を糧に力をつけた。
そして、強くなるには複数の要素がいる。
才能だけでは強くはなれない。
努力だけでは強くはなれない。
生まれは良くても腐ることはある。
環境が悪ければ芽吹くこともない。
だからこそ、郡千景は幸運であった。
本人の才能、転生者としての素質、星霊神社という修行場、悪魔という搾り取れる糧、背中を押す先達と切磋琢磨する仲間達。
良い土壌があったのだから、当然の如く郡千景は強くなったのだ。しかし、現実というのは理不尽なもので、努力に報いがあれど、次のさらなる努力を求めるのだ。
それは、イタチごっこだ。
課題を1つ解決すれば、次の課題が生まれる。
1つ解決すれ、また1つ。
次の次の課題が生まれる。
そうすると、至極当然ながら問題が起きる。
郡千景が強さを求めた理由は、恐怖からだった。
そう、
その原動力となるものは、セピア色に変わった。
過去を糧に修行して、強くなった。
押さえつけられて奪われるだけの少女ではなくなった。
なら、それで良いじゃないか。
痛い思いをして、大変な思いをして、遊ぶ時間を削って、目標を見失った努力を続けることは不毛なことだ。
何も考えず、不安から目を逸らして、美人で可愛い学校の先輩と仲良くしている。自己嫌悪も人間不信も、安易な快楽に浸って忘れる。それが、一番簡単に幸せになる方法だ。
「はい、あ~ん」
「あーん!んん〜!」
そう、美少女の手作りのお弁当を『あ〜ん』をしてもらえるなら、大抵の悩みは消えるのだ。少し甘めの玉子焼きを食べれるなら、大抵のことは許せるのだ。
そう、この一瞬は『母親の再婚相手と来週日曜日にレストランで会う』とかいうイベントのことは忘れられる。
「美味しいですか……?」
「最高に美味しいですよ!
次は、ほうれん草の胡麻和えをお願いします!」
「ふふ、あ〜ん」
雛鳥のように口を開いて、餌付けされれる。
柔らかすぎすしっかりと食感の残るほうれん草と、香ばしく鼻を抜ける胡麻の香りが、絶妙にマッチした胡麻和えは健康的な美味しさだった。
「次は、唐揚げをお願いします」
「はい、あ~ん」
栞の持つ塗箸が、このお弁当の主役である唐揚げをつかむ。小さめの一口サイズの唐揚げは、鮮やかなキツネ色の薄衣でさっくり軽い仕上がりになっている。
千景は期待に胸を膨らませながら、唐揚げを一口で。
「唐揚げは、冷めても固くならないように下茹したのですが、どうでしょう?」
「お弁当の唐揚げなのに、サクサクでジューシー
これが、Witchcraftなんですね……!」
少しオーバーなリアクションで、お弁当の感想を答える。しかし、本当に美味しいのだから仕方ない。千景は料理に関してはそれなりに知見のあるタイプだが、それでも美花丸をあげたくなる味だ。
「料理は魔女の嗜みですからね」
「素敵です!」
栞の隠しきれないドヤ顔をおかずにして、おにぎりを食べる。しょっぱい梅干しが入っている。とても嬉しい。
さて、こんな風に栞のお手製お弁当を食べているのには理由がある。と、言うのも先日の件だ。乃木若葉からの依頼を完了したことに対する報酬をどうするかという話になったのだ。
今回の一件は、讃州中学オカルト研究部の名前で依頼を受けた。要するに『部で受けた依頼』という形で動いた以上は、千景は多くの報酬を求めなかった。
しかし、それでは気が収まらないであろう栞に対して、千景が求めた報酬は『手作りのお弁当』である。
「でも、本当に良かったのですか?
これでは、千景さんの働きに対して対価として釣り合いませんよ」
「栞先輩の愛妻弁当!対価としては十二分ですよぉ〜!私のことを思って作ってくれたってだけで、幸せになっちゃいますよ!それに本当に美味しいですよぉ!お弁当の彩りもキレイですし、栄養バランスもしっかり考えて作ってくれたんですよね?すごく嬉しいです!」
「も、もう、わかりましたから」
栞は照れくさそうにしながら、うるさい口を唐揚げで黙らせた。千景は、口にモノを入れて話すような下品なまねはしないのだ。
その後も、口が空けば次のおかずが運ばれる。
そんなふうにしていれば、気が付けばお弁当は空になっていた。美味しものは一瞬であると、黄昏ている千景の口元を拭って、栞はお片付けをしていく。
「ふふ、それにしても魔女の手料理を食べたいなんて変わった人ですね。ふふ、本当に変な人です」
「依頼の報酬って言うなら、私も貰って良かったの?
私なんて、焚火の準備しかしてないわよ」
千景と同じお弁当をペロリと平らげて、食後のコーヒーとデザートを準備しているのは、夏休みの宿題が終わっていなくて若干焦っている犬吠埼風である。
「はい、構いませんよ。
多く作ったほうが美味しく作れますから。それに、私の料理で喜んでくれるのは嬉しいですから。あと、私なんて何もしてないですし……」
「なら、ごちそうさま。美味しかったわ!
それと、お弁当箱は洗って返すわね」
「それは、困ります。
明日のお弁当もあるんですから」
全員が食べ終えたのを見計らって、栞がコーヒーの準備を始める。その様子を見て、千景は冷蔵庫に仕舞われていた紙箱を取り出す。
紙箱を開けば、鮮やかなイチゴをふんだんに使ったタルトが姿を見せた。それは、千景が手作りしたものである。
「徳島県産のサマーアミーゴを使用したタルト・オ・フレーズです。サマーアミーゴは、爽やかな酸味と香りの高さが特徴のイチゴでタルトにしても美味しいんですよ」
楽しそうに解説しながら、千景は迷いなくタルトを切り分けている。4等分に切り分けたタルトを無地のお皿に取り分けて、残りの一切れを紙箱にしまって冷蔵庫に入れた。
「これ、本当に手作りなの?お店のショーウインドに並んでてもおかしくないわよ。えっ、うまっ!」
「可愛いです。あ、食べる前にお写真を撮らないと」
はしゃぐ2人を見て、千景は満足気である。
やはり、自分の作った物が褒められるのは嬉しいものである。きっと、タルトもこんなに美味しそうに食べられるなら喜んでいるだろう。
「それにしても、文明の利器って最高ね。
涼しい部屋で、温かいコーヒーと冷たいタルト……」
「はい、素敵ですね……」
風と千景は、穏やかな顔で視線を上に向けた。
そこには、真新しく輝く白い機械が堂々と存在感を放っていた。そう、空気調和設備である。
張り付くような湿った空気が、エアコンの尽力によってスッキリとした快適空間に変身している。
古くから日本人は、柏手や鈴のような空気を揺り動かすものを神聖視してきた。風を送る扇にも神を招くことができると考えていた。即ち、エアコンとは暑い日の備えだけでなく神の力を招く神器なのではなかろうか?
「千景さんのおかげですね」
もう使われなくなって久しい旧校舎に、最新式のエアコンが設置されたのには理由がある。先日の依頼の報酬という形で、現物報酬として設置されたのだ。
その依頼者は、あの夜の儀式の後に真っ直ぐ病院に担ぎ込まれたため、どうなったかは不明であるのだが。こうして、依頼報酬が来たということは問題なかったのだろう。
「乃木さん、経過も問題ないそうです。
今は検査入院をしているそうですが、落ち着いたら直接お礼をさせて欲しと言っていましたよ」
「はい、安心しました」
それは、とても楽しみだと笑う。
あんなに辛い思いをしていたのだから、今はゆっくりと休んで欲しいものである。そして、次は笑顔で顔を合わせたいものである。
良いことをして気分も良し、お弁当は美味しいし、苺タルトの出来も満足だ。原価にこだわらずに好きに作ったタルトは、背徳感すら得られる味だ。
「さて、そのままで構いません。
オカルト研究部に、新しく依頼の話が来ています」
「ん?立て続けですね」
そう言って、栞はカバンからA4ファイルを1枚取り出した。灰色の半透明なそれには5枚の写真が収められていた。
「なんの写真?」
「何処かのマンション……ですか?」
ファイルから写真を取り出して、全員が見えるように実験台に並べる。単身者向けのマンションの外観、その階段、2階通路、203号室のドア、室内の写真。そして、奇妙なシミの付いた部屋の壁。
3人が顔を寄せて写真を見て、数秒間の沈黙が流れた。
「……人の顔?」
風が、僅かに怯えたように言った。
それも仕方ないだろう、きっと風は今私と同じ感覚を味わっているのだろう。
目が合うのだ。
写真の部屋の壁に人の顔が浮かんでいる。
それは、まるで此方を見ているかのように目が合うのだ。
「シミュラクラ現象とか、そう云う目の錯覚ではなさそうですね」
「……な、なんなのコレ?」
シミュラクラ現象。または、類像現象。
一言で言うなら、目の錯覚である。
点が3つ逆三角形に配置されると、人の脳は顔と認識してしまう心理のことだ。
しかし、この写真は違うと感じる。
目があり、鼻があり、唇がある。
目には黒目と白目の境があり、唇の隙間からは歯が覗いている。若い女の顔に見える。自分達と同い年程度の少女だ。
見間違いようのない人の顔が写っていた。能面のような顔で、此方を見つめている。
「昨日、オカルト研究部のホームページの方に依頼があったんです。部屋に幽霊が出るという、内容と共にこの写真が送られてきました」
「ゆ゛っ!」
「すごいベタな話ですね」
オカルト研究部には、栞が作ったホームページがある。アクセスすると『†あなたは〇〇人目の探究者†』って出てくるタイプのホームページがある。
部活の活動報告や、栞が趣味でやっている周辺地域の野良猫の調査報告、栞の書いたコラム等が読める。
「依頼者は、このマンションに住む大学生。
1週間前に、この『顔』が現れたそうです。依頼の内容は、この『顔』の正体を調べることです」
『部屋』の写真には、炊飯器やレンジ等の家電用品等が端に写っている。おそらく、単身者向けの1Kの部屋だろう。
「御二人は、この写真から何か感じませんか?」
「……な、何かあるの?」
セリフとは裏腹に栞の視線は、千景にだけ向けられている。それも、仕方ないだろう風の視線はさっきから実験台から逸らされているのだから。もう、壁をガン見である。
とはいえ、聞きたいことは分かる。
「いいえ、この写真からは何も感じません。
基本的に【悪魔】は、カメラに写るようなことはありません。実体を持たない存在にとって、既存の光の性質を利用した撮影方法では姿を写し出すことは難しいです」
普通のカメラに写るくらいなら、ガイア連合の製造班が【非覚醒者向けのデモニカスーツ】の開発に苦心していないのである。
「そうですね、カメラに写る。
私も、こういった事例は覚えがないです」
「でも、テレビとかのホラー番組なんかで、心霊写真特集とかしてるわよね?ちょうど、昨日のほん怖の再放送でスゴイのやってたわ!」
栞と千景が、『顔』の写真に対して否定的な意見を出し始めると。風の視線が壁から、正面に戻ってくる。まだ、視線は上を向いて写真は直視していないのは御愛嬌である。
「風先輩。あれはバラエティですから」
「わ、わかってるわよ!」
怖がりさんある。
でも、夏休み特別放送のホラー番組は視ちゃう風の姿を見て、千景は抱き締めたい欲求に襲われたが辛うじて堪えている。
「でも、気になりますね」
千景は、『顔』の写真を手に取る。
その表情は、恐怖感を煽るような能面のような顔。だが、目が合うのだ。何かを訴えるかのような視線が向けられている気がする。
「栞先輩、この依頼は受けるんですか?」
「そうですね、皆さんの意見を聞いてからと思ったのですが。千景さんは、気になるみたいですね」
「一見の価値はあるかもって感じです」
【悪魔】は、役割を持って生まれくる。
人間のように、無垢に生まれてくることはない。
路地の暗がりに、不気味な木陰に、多くの誰かが恐怖して『恐ろしい何者かがいるに違いない』と願ったから生まれてくる。なら、この『顔』には何の意味があるのだろう。
千景は、それが無性に気になった。
「決まりですね。
オカルト研究部は、この依頼を受けます。
幽霊の正体、私達で調べてみましょう」
『
洋菓子作りが得意だけど、別に趣味とかではない。
自分が作ったお菓子が、誰かの幸せな思い出の1ピースになって欲しいだけ。食べるのも好きだけど、食べてもらうのはもっと大好き。
作ってるときは、禅の心。
『
意外と家庭的な料理を作る。
もともと、御園家はお見合い結婚を続けている家庭なので、幼少期からちゃんと花嫁修業はさせられている。
オカルト研究部のホームページを作ってる。
テキストだけでHTMLを書けるし、アニメGIFのバナーとか作ってる。あと、有料サーバーなので広告なし(部費(ぇ
『
ホラー耐性はない。でも好き。
夏休み特別放送のホラー番組は、ひぃひぃ言いながら見てる。しかし、テレビ画面を見ている時間より壁掛け時計を見ている時間のほうが長い。
夏休みの宿題が残っている。ヤバい。
今年の夏休みは色々あって、宿題に集中できなかったのである。毎年、夏休みの宿題は早めに終わらせるタイプで、宿題に追われる経験は初めて。数学のワークと英語の長文、読書感想文が残っている。残り3日……!