気が向いたら後のプロットも蔵出ししてみます。
彼は、共犯者になれなかった。
★
────星が、黒い。
確かに輝いていたはずの、夜空の星は空の黒さに消えてしまった。
東京から離れた、適当に電車を乗り継いで辿り着いた知らない町。
別にいい。
動いているのは、路地裏を進む足だけ。
ボロボロの、何故未だに着ているのかさえ解らないくたびれたスーツ。
もう長いこと剃られていない髭。
だが、そんなことはどうでもいい。
ふらふらとしたまま、夢遊病のごとき足取りは、そのままゴミ箱をひっくり返す形で終点を終えた。
ゴミ。
ゴミか。
そうだな、これも悪くないな。
汚物にまみれ、誰一人も見向きもしない夜の終着駅。
横たえた身体にただただ引っ付いているだけの手足に腐った魚の眼を向けると、此処が自分にふさわしい居場所だと理解できた。
「ああ、ここじゃあ─────星が見えないな」
喉からかすれた空気が意味のない音を響かせる。
誰もいない場所。
誰もいない世界。
そこに。
『─────ねエ、ソれ、たたべてイい?』
不協和音。
不快な音。
一瞬、そんなことに眉をしかめて────やっぱり、どうでもいいと思い直した。
姿は見えない。
恐らく、ホームレスか、それとも声を録音しただけの録音機か、幻聴か。
どうでもいい。
最早使う予定のない脳で、どうでもいいことを考える。
「これって、なんだ? 悪いが、食べれるものなんて持っていないぞ」
自身の幻聴だと一方的に決めつけた声に対して、そんなことを投げ返す。
傍から見れば間違いなく異常者の行動。
真っ当ではない、以前の自分ならそう考えられたのかもしれない。
………だがもう、そうは考えられない。真っ当ではなくなってしまった。
だから、どうでもいい。
人らしい考え方は………もう、できなくなってしまっていた。
『ねエ、ソれ、たたべてイい?』
同じ声。
同じイントネーション。
寸分違わず再生された録音機に、腐った脳の残滓をこぼす。
「もしかして、このゴミのことか? やめとけ、食ったら腹壊すぞ」
『ねエ、ソれ、たたべてイい?』
しつこく響く不協和音。
それに対して、投げやり気味に意味のない言葉を出す。
「………好きにしろよ。僕はもう、此処から動けないんだから」
────だから、ゴミだろうと何だろうと、好きに喰え。
そう言った。
言ってしまった。
『ヤった。あいガと』
「ぁ………?」
ぞぷり。
此処は闇の終着駅。
『人』が居なくなってしまった最後の場所。
そこで僕は、
黒い、『星』を見つけてしまった。
★
──── “夜" が歩いていた。
金は力である。
なるほど、確かにそうだ。
金があれば食べ物を買える。
家も自分で造らずとも手に入るし、上手くやれば奴隷も手に入る。
女も当然のように食い物にできるし、日向を歩く善人を闇に好きなだけ堕としてやりたい放題するのもいいだろう。
金は力である。
金があればそれができる。
それは違いない。
……だが、それは。
一定の『線引き』の中でならの話。
当たり前の話ではあるが、金とは使えなければ意味がない。
価値のわからなぬ畜生に与えたところで、ソレが何であるかさえ理解出来ぬだろう。
金とは、多くの人々にとって判りやすい力のひとつ。
力とは金だけの話だけではない。
暴力。
策略。
話術。
知識。
天運。
なんでもいい。
ソレが『力』として成立するのであれば、石ころでも食い物でも理屈の上では成立するのだ。
故に。
その日、『金』を『最上の力』だと信仰していた一人の人間は。
その日、気まぐれに青空の下で歩いていただけの幼い "夜" に出会った瞬間。
────何もできずにただただ、呑まれた。
★
「美味しいですか? 白様」
「うん、悪くないね。程よく悪人だ。殺しをしてなければすべて悪くないと思えているのが実にいい。すばらしいよ」
「左様ですか! それは何よりです」
「あの……」
「んむ?」
「いつになれば─────私を食べて頂けるんでしょうか?」
きょとんとした御顔。
そこからゆったりと微笑む様子を、この刹那の変化を味わえるのは自分の、白夜教の幹部の特権だ。
ああ美しい。
最悪の未来に陥らないという不安を彼女に投げてしまったのが今さらながらに後悔してしまう。こんなに苦しいのは初めてだ。昔そこらに住むホームレスにお気に入りのペットを犯させて勢い余って殺してしまった以来だ。あの後、手筈通りなら種付けしたホームレスごと妊娠した犬畜生を火炙りにしながら串焼きにする予定だったのに。それすら掠れる程の苦しみがあるなんて……! くそ、なんて絶望だ!
「うん、君はたぶん。今の時点でもじゅーぶん美味しいと思うんだ」
顔を見上げる。
失意の虚に沈む私を、私を! 優しく掬い上げて下さる光。
全身全霊を以って拝聴する。しなければならない。
この方の、聖言を。
この方の、意思を。
「でも─────もっとうまく永く闇に染まればその分、食べたときに僕の力になれる」
─────早く、僕好みの強い悪人になってね?
★
男はかつて、金の信奉者だった。
金さえあればなんでも出来る。
それは間違いではない。
金では買えないものがある、と人はよく言う。
例えば愛。
いや、そんなモノは幾らでも買える。
買えないと言えるのは、そもそも買おうとする気が無い奴ぐらいなものだろう。
例えば命。
いや、買える。
他者の命は当然のように。
自身の命だって、捉えようによっては買えなくもない。
気の長い話をすれば、いつか人類は命を使い捨てのティッシュ程度に捉えるようにもなれるだろう。
例えば星。
なるほど、とは思う。
だが、それもやはり捉えようだろう。
賢しく、運を持てばそれも当然のように可能になるだろう。
まぁ、そこまで行くと面倒臭さの方が勝りそうだが。
実現可能かどうかで言えば可能な方だろう。
全く以て人の欲は尽きる事はなく、度し難い。
だからこそ、金で買えないモノはない。
買えない、などと宣うのはただ単に己に無知な部分が何処かに在るというだけだ。
買えない、なんてことはこの世には無い。
そう断言した。
そう、断言できていた。
確かに、あの日、あの瞬間までなら。
─────そこに、
『ああ、そういえば君もいたっけ。あの場所に』
耳奥で聞こえる白い夜の音。
くちくち。
それが何よりも心地いい。
「ッはい、勿論ですとも!」
世界がきらきらとしている。
他人を蹴落として、女をゴミ屑のように犯して殺して生きたまま豚に食べさせる様子を愉しむのが、今まで以上に気持ちが良い!
金が、単なる道具であったことを漸く思い出した……今まで以上に!
金を効率良く、合理的に使えるようになっている……もっと巧く社会の奴隷共を動かす方法が、アイデアが、次々と生まれてくる!
自分の才能が、ポテンシャルが際限なく開花していく快感。
そしてそれをこの方に捧げられる……なんと幸福なことか!
……ああ、よかった。
この方に出逢えて本当によかった。
涙すら出る。
『至高』は此処にあったんだ!