「俺と、付き合ってください」
校舎裏、人通りの少ない定番スポット。
放課後に呼び出されたボクは、そこで幼馴染から告白された。
目の前で頭を下げる彼は、幼稚園からの付き合いだ。一緒に遊び、お互いの家に泊まり、同じ釜の飯を頂いて高校生になった。
もはや人生のほとんどを共にしたと言っても過言では無い仲でも、告白は別なのだろう。差し出された彼の手は、わずかに震えていた。
考えるまでも無く、この告白は男女の関係のものだ。別にお出かけの誘いでは無いし、仮にそうだとしても仰々しすぎる。お出かけ程度、一声掛ければ秒で決まる。
そもそも、最近彼が少女漫画で告白の練習をしようとしていたことは知っている。ボクの部屋で熱心に読み耽っていたから。相手がボクだとは知らなかったけど。
つまり、彼はボクが好きらしい。
「うん、いいよ」
「そうだよなダメだよなゴメン忘れて……って、えっ?」
「だから、いいよ?付き合っても」
「……えっ、マジ?」
「マジだよ。聞き返すのは良くないんじゃなかった?」
たしか件の漫画だとそうだった。
「……うおおおぉおぉおぉお!!!やったーーーーー!!!!」
「うわ、うるさ。声無駄に大きいんだから自重しなよ」
「辛辣!でもありがとう!」
大興奮である。まあ気持ちはわからなくもない。彼にとってそれくらい緊張することだったのだろうから。
「そうだ、1つ聞いてもいいか?」
「いいけど、その前に移動しない?というか帰ろう?」
さっきからめっちゃ観客いるからさ。具体的には告白前から。
明日は弄られまくるだろうね。
「で、聞きたいことって?」
「ああ、それなんだけど」
帰り道、鞄を肩から下げ、いつも通り並んで歩く。
小さい頃は追いかけっこしながら帰ったりしたけど、成長して少し落ち着いた彼は、車道側を歩くようになった。ピッチは遅く、ゆったりと。歩幅の小さいボクに自然と合わせてくれる。
いつからのことだったろうか?小学校?中学校?
彼はその頃からボクを好きだったのだろうか?
いつもとは違い難しい顔をした彼は、申し訳なさそうに問いかけた。
「その、お前って恋愛に興味あったのか?というか俺のこと好きなのか?」
「ぶっちゃけたね。ボクじゃなきゃ失礼だよ」
「すまん。だけどよ、少女漫画だって貰い物だし、作品として以上の興味は無さそうだったから」
「まあたしかに、恋に恋するって感じには見えないよね、ボク」
「だろ?それに」
彼はそこで言葉を切り、悪くない言葉を探すように二度三度口を開け閉めして、
「俺のことを恋愛感情として好きとは思えなかった」
絞り出すように言った。
「お前は、多分俺のことを好いてくれている。でもそれは、あくまで幼馴染として。どうしてもそれ以上には見えなかった。だから、怖くなったんだ。お前は、俺のために告白を承諾するんじゃないかって」
……うーん、さすがだ。言うつもりは無かったんだけど。
「凄いね、キミは。告白前からそこまでボクのことを読んでいたなんて」
「ッ……そう言うってことは、やっぱあの承諾は……」
「うん、半分くらいはそうだね。観客も多かったし、キミの想いも無碍にしたくない。承諾した方が良いな、という考えはあった」
そう言うと、彼は絶望するだろうから、
「でも、誤解しないで欲しいかな」
矢継ぎ早に言葉を投げる。
「……誤解?」
「うん。半分はそうだった。でももう半分はそうじゃない。なんて言えば良いかな……」
今度はボクが言葉に詰まる番だった。どうすれば、この気持ちを表せるのか?
「ボクは、多分キミのことが好きだよ。それも、恋愛感情として」
「本当か……!って多分?」
「うん、多分」
彼の顔は喜びと困惑の綯い交ぜになった。
「キミはボクを恋愛感情として好きなんでしょ?」
「あ、あぁ……改めて言われると照れ臭いな……」
じゃあ、例えばさ、想像してみてよ。
「ボクが誰か別の男子と、そうだな、委員長くんと話していたらどう思う?」
「……話すくらいは別に良いんじゃねぇか?」
「ちょっと引っ掛かってるじゃん。じゃあ凄い親しげだったら」
「………………ちょっとイライラする」
「その反応はだいぶじゃない?じゃあ抱き合ってたら」
「……………………………………ぎぃぃいいいいいい!」
「脳内では手が出てそう」
いい反応で面白い。
というか、
「思ってたよりキミ、ボクのこと好きだったんだね」
「やめろ、俺の脳をこれ以上壊すな……!」
まあ今のでわかったと思うけど
「恋愛感情には多少の嫉妬とか独占欲がつきものってことだね」
「……まあ、認めるわ……ってちょっと待て、ということは……?」
「うん、そうなんだよね」
「ボク、多分キミが取られても良いんだよ」
ああ、ゴメン。そんな悲しい顔をさせたかったわけじゃないんだ。
「ちょっと言い方が悪かったかな」
「ちょっとじゃねぇなぁ……」
「ゴメンて。簡単に言うと、弱火なんだよね」
「弱火?」
「うん。想いの勢いが、温度が、持続性が低いんだ」
誰かが彼を好きだと言う。
そうなんだ、と思う。彼は人に好かれやすいから。
誰かが彼と出かけたと言う。
良かったね、と思う。彼は人付き合いがいいから。
それ以上はない。
もちろん彼は好きだけど。
燃え上がる嫉妬も、焚き付けられる想いも無い。
彼には言わないけれど、弱火でもまだ飾っている。
きっと、ボクの心に熱は無い。簡単に諦めてしまえる。
それは彼に限らない。趣味も、友人も、親族も。
多分、みんなが普通。少なくとも友人に押し付けられた漫画では、みんな熱を持っていた。
だとしたら、ボクの感情はなんだろうか?
親愛?友愛?恋愛?
どれも温度が変わらないのなら、果たしてそれは本当に恋だろうか?
「だから、多分」
「……」
「でもね」
だからこそ
「ボクは賭けてみたいんだ。ボクのキミへの想いは、きっと恋なんだって」
これがもう半分、とボクは長話を締め括った。
「……なんというか、よくわからない話だったな」
「まあね、ウダウダと理屈っぽく言ってみたけど、結局は独善的な打算で告白を受けたってこと。幻滅した?」
「いいや、そういう奴だってことはとっくに知ってる。その上で好きなんだ」
「わぁお、想いがあっつい」
いいな、羨ましい。ボクの想いじゃ釣り合わない。
「じゃあ賭けの勝利条件は、お前の感情が恋だと決定すること、ってとこか?」
「そうだね、それがボクの勝利条件」
「俺の条件は恋人になることだから、お前を惚れさせたら勝ちだな」
「凄い恥ずかしいこと堂々と言うね」
「お前が言い出した話だろうが!」
彼は相変わらずお人好しだ。
ボクはボクのために恋人役に縛り付けたというのに。彼の機会を奪ったというのに。
「というか、恋人が条件ならキミはもう達成してない?別にさっきの承諾を撤回したわけじゃないよ?」
「いや、今はまだダメだ。お前が打算である以上完全勝利とは言えないだろ」
「拘るねぇ。ボクはもうキミの恋人なんだから、ボクに何したっていいのに」
そう言うと、彼は真っ赤になった。相変わらずウブらしい。
「……い、いや、ダメだ。そういうのは心が通じ合ってからだ」
「幼馴染だから心はこの上なく通じ合ってるよ」
「それでもダメだ!第一、それじゃお前の想いは友愛か親愛のままだろ!」
「そうかもね。ま、頑張ってこの冷血な心を動かすことだね」
「……ああ、やってやる」
ついに家の前に着いた。今日は夕飯は別々。彼には作戦でも練ってもらおう。
「じゃ、またね」
「その前に1つ訂正させろ」
「ん、何を?」
彼は告白するかのように真剣な面持ちで
「お前が冷血なわけ無いだろ」
ボクの自虐を切って捨てた。
「お前は、自分が嫌われるかもしれないことを承知で、悩みも打算も打ち明けた。しかもそれは全部俺のためだ」
「……そんなことないよ。ボクがこの関係を壊したくないから、キミをキープしただけかもしれないじゃん。想いを確定させないまま付き合うことへの、独りよがりな罪悪感かもしれないじゃん」
「だとしても、そこには俺への思いやりがあった。少なくとも俺はそう感じた。通じ合った幼馴染を舐めるな」
「……」
「安心しろ、お前はちゃんと温かい想いを持ってる。その形をまだ自覚してないだけだ」
「……そうかな」
「ああ、だから必ず俺が見つけてやる。待ってろ」
……うん。
待ってるから。
「……いいよ、今のポイント高い」
「ポイント制なのか。ギャルゲーみてぇだな」
「テレレレーン!ボクの恋人レベルが1上がった」
「RPGじゃねぇか。なんだその職業」
「ポイントを貯めて、ボクのレベルを上げて━━」
恥ずかしさを誤魔化して、誤魔化したことをちょっと後悔しつつ、仕切り直して。
「ボクの想い、ちゃんと育ててね」
キミが隣を歩いてくれるなら、たとえ歩幅は小さくても、いつかはって思えるから。