直線検事カルストンライトオ 事件解決も最速です 作:じゅぺっと
「おいしい~、屋台がてんこもり~♪ タレカツ、ラーメン、わたがし~♪」
「ご機嫌ですね、デジタル。まるでセイレーンを彷彿とさせる歌声です」
直線最高速ウマ娘、カルストンライトオは、アグネスデジタルとともに新潟レース場を訪れていた。
レース場には屋台や飲食店が並び、今日は特別レースの開催日ということもあって、多くの人と食欲を誘う匂いで賑わっている。
「それはもう! 千直の絶対王者ライトオさんと、新潟レース場でアイビスサマーダッシュを観戦できるのですから!」
「フッ、私がアイビスSDを制覇してから、もう四半世紀は経った気がしますね」
「去年はついに、ライトオさんとタイレコードを記録したウマ娘ちゃんまで現れましたからね! 今年はどうなるか見物ですぞ~!」
「公式レースではタイだが、あれから私は0.1秒タイムを更新している。光を超えた速さを追い抜けるなどと思わないことだ」
「ああ……公式レースを引退なされてもなお己の最高速を追求するライトオさん尊い……」
ライトオとデジタルは、関係者席でレースを観ることができる。
入口でチェックを受け、一般客の立ち入れないエリアへ入ったところで、何やら慌ただしい声が聞こえてきた。
「トランペットが一本見当たらない……」
「三本搬入されたのは確認したのに……」
「どうする、二本だけでやるか……」
「皆まで言わなくていい。私が最速でトランペットを見つけてやりましょう」
不穏な気配に、ライトオは即座に割って入った。
デジタルも慌ててその後を追う。
スタッフと楽団員たちは、突然現れたライトオに目を丸くした。
「カルストンライトオさん!? しかし、レース本番はもうすぐで……」
「だからこそですよ。レース前のファンファーレで使われるトランペットが三本から二本になれば、微妙な不協和音が出る。そうなれば、走るウマ娘にも影響が出るかもしれない。出ないかもしれないが、かつてこの地を駆け抜けたウマ娘としては万全を尽くしてやりたい」
コンマ一秒の判断が勝敗を分けるレースの世界。
とくに千直で争われるアイビスサマーダッシュなら、なおさらだ。
「そういうことなら、不肖このおデジもお探しします! これもウマ娘ちゃんのためですから!」
「さすが勇者は格が違った。さあ、トランペットはどこに搬入されていたのか教えてください。私たちが最速で見つけ出します」
ライトオの有無を言わせぬ勢いに押され、スタッフは楽器類の搬入口まで二人を案内した。
そこには、大小さまざまなケースが整然と並べられていた。
問題のトランペット用ケースは三つ。しかし中に収まっていたのは二本だけだった。
「さすがプロの楽器。しっかりと綿で梱包されていたようだな」
二本のトランペットは、白い緩衝材に包まれている。
だが、消えた一本は緩衝材ごとなくなっていた。
「ここに、三十分前まではトランペットが三本あったんです」
「つまり、誰かが持ち去ったと」
「はい。少なくとも関係者用の出入り口では持ち物の確認をしていたので、そこから外へ運び出されたことはないかと……」
先ほどライトオたちも通った関係者チェックのゲートでは、警備員がしっかり目を光らせていた。
たしかに、あそこを通って大きな金属製の楽器を持ち出すのは容易ではない。
「カスタネットならともかく、トランペットなんてデカブツを見過ごすマヌケな警備員はいない。つまり、まだトランペットは関係者エリアのどこかに存在している」
「関係者席は探されたのですか?」
「ええ。くまなく探しましたがどこにも……スタッフたちも、隠し持てるような状態ではありません」
そこまで聞いて、ライトオはひとつの結論を出した。
「であれば、関係者席で観戦している誰かがトランペットを隠し持っているというわけだ。行くぞ、デジタル!」
「はい! お供させていただきますとも!」
ライトオとデジタルは急いで関係者用の客席へ向かった。
「関係者席は広さこそそれなりだが、一般席と違って人口密度は低い。大きな荷物を持っているやつの鞄を片っ端から開ければ、すぐ見つかる」 「少々手荒ではありますが……これも最高速の祭典のためですよね」
たどり着いた関係者席を一望する。
だが、そこにそれらしい大荷物を抱えた人物は見当たらなかった。
「クッ……!? 誰もトランペットらしきものを持っていないだと!?」
「比較的大きなものを持っているのは、タレカツ串を持っているツルマルツヨシさんに……ラーメンどんぶりを用意しているメイショウドトウさん。それから、綿菓子を舐めているネオユニヴァースさんですか……」
それ以外の面々は、ほとんど手ぶらだった。
とはいえ、食べ物を持っているウマ娘たちも、トランペットを隠し持てるようには見えない。
「どういうことだ。まさか警備員の目をかいくぐって外に持ち出したのか?」
「だとしたら、今から見つけるのは絶望的ですね……ど、どうしましょう……!」
暗雲が立ち込めたその時、ライトオとデジタルの耳に軽快なバイオリンの音が届いた。
二人が振り向くと、そこには音楽家のウマ娘、サウンズオブアースがいた。
「チャオ! ライトオさん、デジタルさん。新潟レース場でお会いできて光栄だよ」
「アースさん! いやはや、今日の音色もお美しい……けど今は立て込んでおりまして!」
「ウィ、聞いているとも! ピッコロトランペットが盗まれたと聞いて、手を貸しに来たよ」
「こんにちはアース。ピッコロトランペットとはなんだ。ナメック星の楽器か?」
ライトオの知らない言葉だった。
アースは余裕たっぷりに微笑み、スマホで画像を見せる。
「ピッコロトランペットはね……小人のように、小さなトランペットなのさ。高音を奏でるのに便利で、ファンファーレを支えるためにも使われる」
その画像は、確かにライトオたちが想像していたものよりかなり小さかった。
片手で十分持ち運びできるし、ラッパのような口の部分もそう大きくはない。
「なるほどな。ありがとうアース。おかげで謎は全て解けた」
「速い! さすがライトオさん!」
ライトオは、綿菓子を手にしているウマ娘のもとへつかつかと歩いていった。
「トランペットを持ち出したのは、あなたですね。ネオユニヴァースさん」
「うええ!? ネオユニヴァースさんが犯人ですと!?」
「小さなトランペットを緩衝材の綿でぐるぐるに包み、さも綿菓子ですと言わんばかりに舐めながら持っていた。今日のお祭りムードだからこそできる犯行です。言い逃れはできない」
真顔で問い詰めるライトオに、ネオユニヴァースは相変わらず何を考えているのかわからない表情で答えた。
「クェーサー……今日、誰かが光を超える……」
「なに、私のレコードが破られるだと」
「ネオユニヴァースさんのお言葉をライトオさんが光速で理解した!?」
ネオユニヴァースは非常に聡明で温厚だが、唯一の欠点が“人間の言葉が喋れないことくらい”と呼ばれている。
つまり非常に難解で、その真意を汲み取れるウマ娘はほとんどいない。
「普段ならちんぷんかんぷんで日ノ本言葉を喋れよとなるが、今日この時ばかりはそれしかあるまい。トランペットを一本拝借して、レースの結果が変わらない程度に何らかの影響を与えに来たのだろう」
「WDは……“同期”しているよ」
ネオユニヴァースは、ライトオの言葉に頷いた。
「ライトオ……あなたが望めば、その最速は『永遠』になれるかもしれない」
「フッ、スプリンターに『永遠』が欲しいかと聞くとは。あなたもヤキが回ったようですね、ネオユニヴァース」
「ええと……つまり……?」
ちんぷんかんぷんのデジタルに、アースが肩をすくめて補足する。
「あのトランペットが返され、ファンファーレが万全になれば、ライトオさんのレコードは完全に破られる。ネオユニヴァースさんはそうお考えなのさ」
「つまり私が見て見ぬふりをすれば、私のレコードは守られる。だが、永遠に更新されない最速など海底に沈んでいるのと同じです。三億年生きて何の進化もないシーラカンスに興味はない」
ライトオは、ネオユニヴァースの真意を理解してなお、即座に切り捨てた。
するとネオユニヴァースは頷き、綿菓子に見せかけていた梱包材をはがした。
中から、小さなピッコロトランペットが姿を現す。
「これはね……『HDWN』していたんだ。それをネオユニヴァースは見つけて……『交信』して……返すべきか、迷った」
「観客席に来たあなたは、ピッコロトランペットが客席に隠されていることに気がついた。だがそれを手に取った瞬間、これを返せば私のレコードが更新される事実を知ってしまったのだな」
「もしかしたら……ライトオが『HDWN』したのかもって……」
少し言いにくそうに、胸の前で指を合わせて言うネオユニヴァース。そこで、ライトオを含め全員がネオユニヴァースの真意を理解した。
「なるほどな。もしかしたら私がレコード更新を阻止するためにトランペットを隠したのかもしれない。だが、それが万が一露見すれば、私の、ひいては新潟レース場全体の醜聞となる。だから自分が犯人になるつもりで、綿菓子であるかのように隠し持ったというわけか」
「ネオユニヴァースさん……! あなたというウマ娘は、優しすぎます……!!」
アグネスデジタルは涙を流し、アースは微笑んだ。
「彼女は、そういうお方なのさ。すべての運命をプリジオンしてなお、私たちを天にまします父のように見守ってくれている……」
「だが、あいにく私はそんなことは望んでいない。さっさと楽団に返しに行くぞ」
「スフィーラ……ライトオに『ネガティブ』はないね」
相変わらず即断即決のライトオに、ネオユニヴァースはトランペットを渡して微笑む。
しかしライトオはトランペットを持ち、踵を返しながら言った。
「私にだってネガティブはある。もし今日、私の最高速が打ち破られたら、悔しくて仕方ないだろう。やっぱりトランペットを返さなければよかったと思うかもしれない」
いたって真顔だが、その言葉に嘘はない。
思ったことを包み隠さず、誤魔化すこともしないのもまた、ライトオの最高速ゆえだ。
「だがそれでも、私は光のさらなる果てが見たい。それを追いかけてみたい。たとえ置き去りにされるほど速くても、今の私なら、ウマ娘の速さに果てなどやはりないのだと思うことができる」
ライトオは、迷わず楽団にトランペットを返した。
ネオユニヴァースが拾ってくれていたが、どこに渡せばいいかわからず困っていたと説明した。事実ではあるので、ネオユニヴァースが怒られることもなかった。
「さあ、あとは見届けるだけです。だがあえて言わせてもらおう。いつか誰かが私の速さを超えていくだろう。だがそれは今日ではないし、お前たちでもないと」
ライトオが己の速さを極めてから、もうずいぶん時間が経った。
毎年行われるアイビスSDでも、誰もライトオの記録は超えられなかった。
だからライトオは毎年、見届けるたびにそう言っていた。
そして完璧なファンファーレの後、今を駆けるウマ娘たちによるアイビスSDが始まり――一分経たずに終わった。
【ピューロマジック、史上三人目の連覇達成! そして、タイムご注目ください! カルストンライトオ以来のレコード更新です!】
ライトオの頬に、一直線の涙が流れる。
いつもの真顔から、その胸中をうかがい知ることはネオユニヴァースにも不可能だった。
直線最高速ウマ娘としての自分を超えられたことを、言葉で表すのは――どんな早口でも、どんな世界の言葉でも不可能だったから。
今年のアイビスSD,ついにというべきなのかレコードが更新されましたね。
ウマ娘のカルストンライトオがどう思うのかわかりませんが、万感の思いではあるのでしょう。
一度完結してからなんやかんやちょこちょこ投稿していたこの連載でしたが、これにて再びのピリオドとなりそうです。
これからもライトオたちの最高速が更新されていくことを願いつつ、お読みいただきありがとうございました。