ボールを奪われた。その瞬間、ベンチサイドから紡久は声をかける。
「行け!」
その瞬間、ボールを取られた月渚、そして後ろ側にいた紫苑がすぐさまボールを取ろうと、相手に詰め寄ろうと走り出す。
ボールを取られた瞬間、ネガティブトランジション(攻撃→守備への切り替えのこと)を速くして、すぐさま相手にプレッシャーをかける。このことを「カウンタープレス」という。紡久がナナニジに与えた戦術の一つ「即時奪回」の原則だ。
これをする目的は二つ。ひとつ目は相手にカウンターをさせないこと。ボールをとった相手にプレッシャーをかけることで、うまくボールを蹴らせない。相手のFWにボールを渡すことを防ぐためだ。
そして二つ目。こっちがカウンターをすること。相手は自分たちのゴールを守るための陣形を作る。その陣形を「守備ブロック」ともいう。ゴール前を人でパンパンにして相手にシュートを撃つスペースを与えないようにするものだ。
そうなれば攻撃側は中々ゴールを奪えない。しかしボールを奪えば、攻撃に転じようとブロックを崩す。そのタイミングでボールを奪い返してすぐさま攻撃に転じると、ゴールが奪いやすいということだ。
サッカーは初心者は「攻撃」「守備」の二局面と思うかもしれないが、そうではない。さらに「攻撃から守備」「守備から攻撃」の四局面と考えられる。切り替えを速くすること。これはサッカーをすることで特に重要なのだ。
とはいえ、まだまだ戦術の浸透度は低かった。わずか一週間で叩き込んだため、まだまだうまく実行できる選手は多くない。
プレッシャーは、「ボールを持っている人がパスを出せそうな人」にかけることも必要なのだが、それができる人はまだまだ少ない。
月渚のプレッシャーを感じた相手は左側にいる味方にパスを出した。本当ならその場所を埋めて置かなければならないができなかった。
つまり相手にスペースを与えた。相手はボールを蹴る。そして相手のFWにボールが渡ろうとしていた。
サッカーは11人のスポーツ。未経験者は他の球技に比べてごちゃごちゃしているのでは? と思うのかもしれない。しかしそうではない。もちろんゴール前ではかなりの密集地帯になることもあるが、基本的にはあまりない。その理由はもちろん、人数に比べてコートが大きいからだ。
広いコートを11人で完全に埋めることは不可能。フォーメーションや戦術によって、どうしても「空きやすいスペース」ができてしまう。
例えば、ゴール前に人を固めて守りきろうとする戦術をとったのならば、相手のDF付近にはこっちの選手があまりいないことになる。つまり、そこにスペースを開けることになる。
逆にDFも前へできるだけ上がるようにすると、相手DFにプレッシャーをかけることができる。つまり、前のスペースを埋めることに繋がる。しかし、DFを上げた分、後ろには大きなスペースが生まれ、そこにボールを蹴り込まれる。そのスペースで相手にボールが渡ってしまうとすぐにピンチに繋がってしまうことになる。
紡久の使っている4−3−3のフォーメーションで空きやすいのはボランチの脇。つまり巴の横側だ。先程麗華がビルドアップで使ったように、自分たちが、そして相手にも使うことがてきるスペースができる。
相手に使われるとどうか。基本的にはIHが使うのだが、カウンターを食らってしまうと戻ってくることは難しい。桜がゴール前に飛び出してきたように、CFに近い位置取りをすることも多いため、それ以外でそのスペースをどうするかが問題になってくる。
例えばCBが前進してボールを奪いにいくこと。そしてボランチの横移動により取りに行くことだ。これは状況によって変わっていく。
とはいえ、CBが前へプレッシャーにいくことは一定のリスクを伴う。後ろを開けてしまうということだ。そこにうまく蹴り込まれると危険になる。
紡久はそのリスクを知っている。そのリスクを最も回避できる存在をボランチにおいた。それが巴だ。