陽光が一筋差しこむ竹林で、紅蓮は一人佇んでいた。右腰に付けた鞘から刀を抜き、構えを取る。そして瞬きの間に刀を振るうと、周囲の竹が音も無く斬られ、草が生い茂る地面に落ちた。
「まだ、甘いな」
紅蓮が思い浮かべるのは姉、薔花の姿だ。彼女であれば涼しい顔で四等分にして斬っていただろう。
紅蓮は最後まで姉との試合で白星を取ることはできなかった。そしてそのまま遠い所に行ってしまった。彼女の胸には己の無力さと姉への思慕が確かにある。
「だが落ち込んでいる暇は無い。そうだろう、姉さん」
そんな自身の弱さを奮い立たせるように呟く。紅蓮は旅立つ姉に誓ったのだ。"次の試合で必ず勝利する"と。姉に言いたいことはたくさんあったはずなのだが、いざその時になるとこの言葉しか思い浮かべることができなかった。そんな彼女を薔花は"相変わらずね"と優しく笑ったのだった。
「私は必ず姉さんに追いつく。だから必ず生きて会おう」
あの時言えなかった言葉を空に向かって呟く。爽やかなそよ風が吹くばかりだが、紅蓮にとってはそれが姉からの返答のように思えた。きっと姉も同じ感情だったのだろう。あの時の笑顔もきっと…
「修行に精が出るな、紅蓮」
声がした方へ振り向くと、早乙女博士が歩いてくるのが見えた。
「何用だ?飛行訓練はもう少し後の時間であろう」
「たまたま見かけたから、声を掛けただけだ。遠くから見ていたが、剣の腕は見事なものだな」
「姉さんのはもっと凄い。私の腕など児戯に等しい」
博士からの賞賛を紅蓮はあっさりとあしらう。
紅蓮を含む近接戦闘部隊は早乙女博士に対して、あまり悪感情を抱いていないどころか、むしろ感謝している。早乙女研究所に所属することになり、補給とメンテナンスの問題が全て解決し、生存に希望を見出せたのが主な理由である。紅蓮も仲間たちの助けとなったことには感謝こそするが、ギリギリで薔花の離脱を伝えたことは別である。
「では、早く研究所に戻ってくれ。私はもう少し修行を行う」
博士にここから去るよう告げると、背を向けて修行を再開した。不機嫌さを隠そうととしない紅蓮を見つめながら博士は続ける。
「そういえばお前に話があった。剣を振りながらで良い」
紅蓮からの返答はなく、刀が風を斬る音だけであった。
「ゴッデスの指揮官から、お前をゴッデス部隊に組み込みたいという話があった。お前はどうしたい?」
早乙女博士の打診に、紅蓮は修行の手を止め暫し逡巡した後に、博士に向き合い、答えた。
「有難い話だが、丁重に断らせてもらう」
紅蓮の答えに早乙女博士はほんの少し目を見開いた。
「意外だな。強さを求めるお前であれば、二つ返事で飛びつくものと思っていたがな」
「確かに彼女たちの部隊に所属すれば、私は更なる高みに登れるであろう。だがな、私には近接戦闘部隊の仲間がいる。仲間たちを捨ててまで、強くなりたいとは思っていない」
紅蓮は好戦的な性格ではあるものの、根本的には仲間思いであり、強くなる理由も近接戦闘部隊の仲間たちが犠牲にならないようにするためだったりする。
紅蓮の考えを聞き、早乙女博士は静かに頷いた。
「そうか。ゴッデスの指揮官に伝えておこう」
博士としては紅蓮がゲッターロボに乗りさえすればそれで良いため、あっさり引き下がった。紅蓮も用件がなくなったことを察し、剣の修行に戻った。
「飛行訓練までには戻ってこい」
それだけ言うと、早乙女博士は来た道を引き返していった。
結局紅蓮は日が昇りきるまで修行を続けたのだった。
修行を終え、早乙女研究所に戻ってきた紅蓮は食堂で軽く食事を済ませた後、ゲットマシンの格納庫に向かった。既に機体の最終点検が行われており、それを行なっていた早乙女博士がこちらに気づき声をかけた。
「今回は間に合ったようだな」
「当たり前だ。あの博士に出会わなかったのだから」
「それもそうか」
紅蓮は、敷島博士を野放しにしている早乙女博士に皮肉を返す。博士もまた何知らぬ顔でそれを流すのだった。
「そう言えば、あの博士は今どうしている?今朝から姿が見当らなくて、少し不気味だ」
紅蓮はかの博士が"また今日も何かやらかすだろう"と身構えていたが、仲間も含め一切の接触がなく、気味が悪く感じていた。あの博士の性格上大人しくしていることはありえないはずなのだが…
「敷島博士は武器の製作に取り掛かっている。何でもゴッデスの力を目の当たりにしたことでインスピレーションが湧いたそうだ。暫くはラボから出て来ない」
早乙女博士の淡々とした答えに、紅蓮は安堵した。あの狂った博士と一緒にいるだけで思考転換の恐れがあるため、できるだけ会いたくなかったのだ。どうせ製作している武器も碌でも無いものだろう。
「それは良かった。望むなら未来永劫ラボにいて欲しいものだが」
紅蓮はそう呟いたが、それが叶わないものであることを頭の片隅で理解していた。
花に十日の紅なし
姉が何かにつけてよく使っていた言葉だ。この世に永遠などないという意味のことわざであり、紅蓮の心にも姉の記憶として残っていた。よく試合に勝った後に負けた自分を慰めるためによく使っていたのを憶えている。こんな形で思い出したくはなかったが…
「薔花が恋しいのか?」
立ちどまり、物思いに耽る紅蓮に早乙女博士が声を掛ける。
「少し考えることがあっただけだ」
「そこまで心配なら、無線でも繋いでやろうか?ちょうど改修を行う奴は儂の知り合いでな」
「結構だ」
歩みを進めながら、博士の提案を切っていく。その中で紅蓮はふと疑問に思ったことがあった。
「博士にしては甘い対応だな。何が狙いだ?」
この博士はゲッターロボのパイロットを見つけるために、多くの人間とニケを犠牲にしてきた狂人である。そんな人間の温情など、何か裏があると思ってしまうのが人の性である。
早乙女博士は後ろを向き、静かに答えた。
「家族を思いやる気持ちは儂も分からん訳ではないからな…」
博士の言葉にはほんの少しの寂寥と人間臭さが感じられた。
「博士、あなたは一体…」
唯ならぬ博士の様子に紅蓮が言葉を掛けようとした時、研究所員が格納庫に勢いよく駆け込んで来た。
「何事だ?!」
一瞬で切り替えた早乙女博士の言葉に研究所員は焦りながら答える。
「エリシオン第3ニケ研究所がラプチャー共の襲撃を受けており、我々研究所が所有する近接戦闘部隊に出撃命令が来ています!」
その言葉に格納庫にいる全員が驚愕の表情を見せる。エリシオン第3ニケ研究所との距離は車で約三時間半の距離であったため、ここにいる人間にとっても他人事ではなかった。
「何だと!奴らの勢力はどれくらいだ?」
「大型が5体の大集団で、数はおよそ700です!!」
「我々の戦力だけでは不十分だ。ゴッデスの指揮官に連絡を急いで掛けろ!!」
命令を飛ばした後、今にも飛び出しそうな勢いの紅蓮に向き直る。
「お前は待機だ。ジャガー号でいつでも出れるようにしていろ!」
「ふざけるな!今すぐにでも姉さんを…」
「犬死にしたいのなら勝手にしろ!お前たち近接戦闘部隊で覆せる程の戦力差ではない!!」
荒れる紅蓮に正論を叩きつけ抑えようとするが、尚も彼女は食い下がる。
「では指を咥えて見ていろと言うのか、お前は!」
「ゲッターを使う。ゲッターロボであればこの状況を覆せる!!」
力強く博士はそう宣言した。
「それは本当か?」
「本当だ!!!ゲッターロボならそれが叶う!!!」
疑問符を浮かべる紅蓮に博士は更に強く宣言した。ここまで言われてしまえば、紅蓮はゲットマシンの性能と博士の腕にかけるしかなく、大人しくジャガー号に搭乗した。
ほんの少しして研究所員がゴッデスの指揮官と連絡が取れたことを伝え、博士に繋げた。
「指揮官殿、今時間は空いておるか?」
「空いているように見えるか?今はそれどころじゃないんだ」
ゴッデスの指揮官は逼迫した様子で答えた。無線は夥しい程の爆発音と銃撃音を拾っており、状況が予断を許さないものであることを伝えるには十分であった。
「当初はラプチャーの数も少なく、作戦も順調だった。だが少し前に急にラプチャーの数が一気に増加して、今その対応に精一杯なんだ」
指揮官の答えに早乙女博士は歯噛みした。おそらくこの襲撃は予め計画されていたものだった。ゴッデスを遠ざけ、確実に第二世代のフェアリーテールモデルの奪取を行うために。どうやら奴らにはこちらの情報が筒抜けのようだ。
「済まないが、その上で頼む。レッドフードとラプンツェルをエリシオン第3ニケ研究所にやってくれ!一刻を争う!勿論案内はこちらで行う」
ゴッデスの作戦区域はエリシオン第3ニケ研究所からかなり遠いところであった。
しかし、勝利の翼号にイーグル号とジャガー号を載せるよう事前に頼んでおり、それを使えば一瞬でそこに辿り着くことができた。
「エリシオン第3ニケ研究所では、第二世代のフェアリーテールモデルの開発が行われている。それには人類連合軍及びV.T.C.の多大な資金が注ぎ込まれ、少なくともゴッデスのスペックを凌駕するものが作られている。それが奴らの手に渡ってしまえば、我々人類の勝利は限りなく遠いものとなる」
博士の言葉を聞き、暫く悩んだ後に指揮官は苦渋の決断を下す。
「リリス!ゴッデス部隊3人でこの状況を覆すことは可能か?」
「私が出力を最大にすればおそらく…」
指揮官はリリスの寿命を縮める最大出力を使いたくはなかったが、この際そんなことなど言っていられなかった。
「レッドフード!ラプンツェル!聞こえるか?」
「ん?何だ?」
「どうかしましたか?指揮官」
「お前たちはゲットマシンに乗り、エリシオン第3ニケ研究所に至急向かってくれ!この状況はこちらで何とかする」
「!!分かった。本当に大丈夫なんだな?」
「わ、分かりました」
指揮官の命令に若干の迷いはあるものの、今までの彼の実績と人となりを信じて、彼女たちは行動に移していく。
「感謝する、ゴッデス部隊」
我が身を顧みず、こちらの要請に応じた指揮官とゴッデス部隊に早乙女博士は思わず感謝を述べた。指揮官もそれにほんの少し驚いたが、すぐに表情を戻した。
「ここまでやるのだから、必ず成功させてくれ」
「勿論だ。そちらの武運を祈る」
それを最後に指揮官との通信は切れた。早乙女博士は急いで次の命令を下す。
「今すぐイーグル号とベアー号の元にエリシオン第3ニケ研究所の位置のデータを送れ!そして、ジャガー号を今すぐ発進させる!!」
その言葉を聞き、研究所内は慌ただしく動いていく。博士もまたジャガー号に搭乗した紅蓮に無線で作戦内容を伝える。
「お前はエリシオン第3ニケ研究所に到着したら、ゲットマシンで暫く攻撃を行ってくれ。そして2人と合流後、すぐに合体を行う。あいつらが到着するのはそう時間が掛かる筈はないが、くれぐれもゲットマシンから降りるな」
「分かった。」
紅蓮は逸る気持ちを抑えながら答えた。博士もそれを察し、機体の最終チェックをすぐに終わらせ、研究所員に確認を行わせた。
「ジャガー号、オールグリーン。いつでも発進可能です」
「了解。ジャガー号発進!!!」
研究所員の最終確認を聞き、紅蓮はエンジンを点火させ、カタパルトを一瞬で駆け上がり、空に飛び出した。そのまま最高速度でエリシオン第3ニケ研究所に向かっていく。
「無事でいてくれ!!姉さん」
コクピットの中で紅蓮は姉の無事をただ祈り続けるのだった。
・ゲッター1
ゲッターロボの空戦形態。上からイーグル号、ジャガー号、ベアー号の順に合体を行い、メインの操縦はイーグル号の搭乗者が行う。赤い2本の角と針のように尖った耳が特徴。武装は肩部に格納されている投擲用片手斧「ゲッタートマホーク」.前腕部の側面についてある刃「ゲッターレザー」、そして腹部の発射口から放たれる「ゲッタービーム」である。背面部に反重力マントを展開し、マッハ2.5以上の速度で飛行することができ、最高速度はマッハ3.5である。他の形態に比べてバランスが良く、実戦でよく用いられるのはこの形態である。
暫く忙しいので、投稿が遅れるかもしれませんが、何卒ご容赦ください。