※誤字発見したので修正しました。
離島:とある夕暮れの日
その日、離島にはひとりの少女が歩いていた。
ぷりぷりと頬を膨らませ、大股で豪快に歩く、朗らかな美少女だ。
いつも優しい人が怒っている姿というのは倍増しで恐ろしいもので、「宵宮ねぇちゃ……あっやっぱいいや……」と、少年が退散して行った。
美少女──宵宮はガツガツと下駄の音を立て、稲妻・離島の石畳を進む。手には紙を、眉には怒りを。足には気合いを。そうして宵宮が向かう先は、ひとりの男の元である。
「るーおーふぇーんー!」
ご近所中に響き渡る大声。宵宮の活発な声とともに、スパァン! 激しい音と共に引き戸が一気に開け放たれ、木製の障子と一緒に──稲妻語と璃月語でそれぞれ店名が書かれた──看板が揺れる。
周りの人がなんだなんだと見に来て、いつもの事かと去っていった。そんな僅かな空白を経て、部屋の奥から、のそりと艶やかな声が響いた。
「──おお、
「壊れたら直したらええやん。
「僕は火薬専門の〝行商人〟やって、
艶やかな声──気だるげな男の声は、続けて、「おいで」と呼んだ。宵宮はそんな声を聞くよりも前に下駄を脱ぎ、両手に持って、ギシリと軋む式台に足をかけていたのだった。
**
──出島にいる好青年と言えば、まず第一にトーマが上げられる。しかし彼だけではない。出島にはもう1人、穏やかな好青年がいるのだ──
そんな書き出しで始まった
「僕の家は屑箱とちゃうよ」
「捨てといてや」
「はいはい、しゃーないなぁ。お得意様やし。今回だけやで」
縁側に座って下駄を置き、どっかり腰掛けぷらぷらと足を揺らす。
胸の内に広がる、正体不明のモヤモヤ。複雑な心境のまま、深々とため息を吐いた宵宮に、男はカラコロ笑いかける。
「あれ、離島の瓦版やろ? 何書いてたん」
「好青年の好きな人、やって」
「なんや。僕のこと?」
「まあ……」宵宮はしぶしぶ首肯した。「……でも、どこが〝好青年〟やと思ったんやろ。いじわるばっかのあくどい人なんに」
「アハ、そらひどい言われ方やなぁ。冗談でも悲しいわァ」
「冗談やないったら!」
隣に座る、瓦版
宵宮よりもずっと背が高い彼は座っていても見上げる必要があり、宵宮は身体を丸めたまま──膝に乗せていた頭だけを起こして──洛風の細い目を見上げた。
糸のような目尻をキュウと引き上げて笑うさまは見るからに意地が悪い。
だがこれが瓦版に書かれるときには、「穏やかで人当たりの良く、親しみやすい青年」になるらしい。
(どこが〝好青年〟なんよ。これならまだ狐のほうが可愛ええやん)
──不満いっぱいの感情を胸に浮かべて、宵宮はぷくっと頬を膨らませた。
じぃっと見上げて数秒。宵宮と洛風の視線が絡み続ける。
開いてるんだか綴じてるんだかわからない、狐のような艶やかな糸目。ニッコリ笑った顔。
……口惜しいことに、洛風の顔面パーツは非常に整っているのである。宵宮より八つも年上とは思えぬほどに肌は白くて綺麗だし、璃月人ならではの柔らかな頬が幼さすら醸し出している。
(……確かに、顔だけ見たら〝好青年〟なんかなぁ)
好青年、とは、快活で感じの好い青年を指すらしい。洛風は行商人として稲妻を訪れた外国人だが、稲妻の文化にも親しい。
着物を着こなし煙管をくゆらす姿なんかは、いっぱしの稲妻人よりも
濡れ烏のような黒髪も相まって、彼は稲妻という国に深く馴染んでいた。
そんな
見ていた先の洛風は肺いっぱいに溜まった紫煙を吹き、指先で煙管を回す。
「宵宮ちゃん」
「なんや」
「見過ぎやで。観覧料もらおか?」
「はァ!? アコギな商売すな!」
「アハ、アハハ! そら僕商売人やもの、自分のブキ売らな。なァ」
「なにが武器やの。まあそら、顔はええと思うけど……」
ぼやくように口をとがらせながら──無意識に褒めながらも──宵宮が真剣な顔で洛風の目を見続ける。
否、視線が離せずにいた。
じっと見ていたら彼の本心が分かるような気がしてしまったのだ。いつもひょうひょうとしている洛風のことを、ちょっとくらい知れるような気がした。
長い睫毛が揺れている。夕焼けに照らされて、洛風の頬がうっすらと赤くなった。
──そういえばもう夕刻やったなぁ。晩御飯作らな。洛風は何食べるんやろ。夕食誘ったらくるかなあ。
胸の奥がじれったくなるような、こそばゆい思いを抱えて、宵宮の目は洛風を見詰める。 ──不意に。何の前触れもなく、洛風はニコッと優しく眉を垂らした。
「……んー。あんな、宵宮ちゃん」
「な……なんや?」
「僕なァ、あんまり女の子と長く目ェ合わさんようにしとうのよ」
「……なんや急に。なんでなん?」
「人ってな、ずゥっと目合わせとうと、好きになってまうんやって」
「は」
「ところで宵宮ちゃん、ずぅっと僕のこと見とうけど──好きになった?」
少女の喉の奥が引き攣る。
〝好きになった〟? まさか、あり得ない! だって洛風である。宵宮のことを揶揄ってはカロコロ笑う怪しいおにいさんだ。顔はいいが。実は優しいが。お人好しな面もあるが。仕事熱心の良い人だが。
だが。でも。だって。
宵宮の心の中が言い訳でいっぱいになる。
顔が真っ赤に染まって、脈が急に速くなった。耳の奥でキュッと音が鳴る。カーッと頬が熱くなって、言葉が止まった。
何も言えない。
はくはくと口を開け閉めして、宵宮の動きが止まった。脳みそがいっぱいいっぱいになっている宵宮の眼前に、洛風の顔が迫る。
「──ほんまに好きになったん?」
宵宮はハッと意識を取り戻し──反射的に手を振りかぶって──洛風の頬をひっぱたいた。
バチ──ン! と、小気味よい音が、
「か、かっ、からかって! そういうとこや、もうッ! もう知らん!」
羞恥心でいっぱいいっぱいになって、宵宮は下駄を足に突っ掛け──転びそうになりながらも走っていく。庭の隙間を抜け、裏道へと飛び降りて行った。
──ばたばたと下駄の音を立てて走り去っていく宵宮を、視線が追う。
頬を抑えてしゃがみ込んだ洛風のものだった。
洛風は狐のように吊り上がった目のまま──叩かれたのとは違う色で──真っ赤に染まった頬を抑えてため息まじりの言葉を漏らした。
「からかったわけやないんやけどなァ」
残念一色のその声は、誰に届く訳でもない。洛風は赤みが引くのを待って、それから立ち上がると、固まった腰をウーンと伸ばした。
頬はまだヒリヒリと痛い。
だが。──花火師として手を大切にしている宵宮が。普段暴力など好まない彼女が。明るく笑う活発な少女が──心を乱してしまった証拠だ。
そう思えば、痛みすら心地よい。洛風は喉奥で笑って、家の中へと引っ込んで行った。
縁側には煙管の紫煙がくゆる。やがてその白い痕跡も、風に乗って溶け消えた。
稲妻の鎖国が始まる、二年前の話である。
洛風(ルオフェン)
璃月人。今は稲妻で行商人をしている。長野原花火屋に火薬を卸している。風の神の目を持つ。
糸目あやしげおにいさん×ギャルから得られる栄養素、おいしい。
短編書き出し予定です。読みたい章を教えてください。
-
洛風、スメール留学中(出会い前)
-
無自覚宵宮、洛風と海遊び(鎖国前)
-
洛風、神里兄に絡まれる(鎖国前)
-
自覚済宵宮、八重神子に遊ばれる(鎖国後)