好きとかとちゃうし!   作:白米おじさん

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鈍感であればあるほど可愛い教の教えに従っています。





離島:押し入れ隠した昼八つ

 長野原花火大会から時は過ぎ、オニカブトムシの繁殖期が終わりを迎えた頃のこと。

 海風で適度に傷んだ家屋が立ち並ぶ借家街。今は静かな離島の一部に、カララと軽い引戸の音が響く。

 

「……っげほ、けほ、(クサ)ぁ…」

 

 途端、ツンと鼻に突く歪な臭い。宵宮は堪らず咳込み、半開きだった玄関戸をスパン! と開け放った。

 土間からにじみ出るカビ臭さ。木に混ざり合う埃の土臭さ。澱んだ空気が混ざり合い、最悪のコラボレーションを果たしている。身体に悪い臭いの代表格だ。眩暈がしそう。

 宵宮はそのまま家に入り込み、全ての窓を開け放つが──埃臭さが抜けるのには時間がかかりそうだった。

 

(これが洛風やったら、元素力で換気するのだってお手の物やのになぁ…)

 

 今は居ないひとを想いながら──窓枠に腰を預けてもたれ掛かり、天を仰いで空を見る。真夏を通り過ぎた柔らかい風が頬を撫で、宵宮の短いポニーテールを揺らした。

 恋を自覚してからというもの、どうにも彼を思い出して仕方がない。祭りの忙しなさが終わると特に寂しさが胸に浮かぶ。

 

 気を紛らわせるためにと来たはいいが、部屋残る家主の気配がなおも寂しさを煽った。

 埃に濡れているのが哀れなほどの生活感。洗濯後の畳まれた服、水垢が固まった食器。埃臭さに混じる、微かな煙草のにおい……。懐かしいような、時間の経過を実感してしまうような、複雑な気持ちで宵宮はため息を吐く。

 

 離島の中でも海のそばに位置するこの場所は、外国の人々が暮らす一角だ。ただ……今となっては、ほとんど人の気配が無い寂しい場所になり果てた。

 要因は単純。〝鎖国令〟である。──洛風のように、皆、稲妻の外にいるタイミングで〝鎖国〟を受け、帰られなくなったのだ。

 それでも。借家街は無くならない。家は傷んでいるが、倒壊しているものはない。火事が起きたこともないし、雨漏りのうわさも聞かない。それはこの借家街のそれぞれの家を、誰かが管理しているということに他ならなかった。

 

(うちみたいに、帰りを待つ人がおるんやろな)

 

 宵宮のように──帰りを待っている()()のために、住まない家に家賃を払う人が多いらしい。

 

(……まあ、家が無いと帰ってきたときに悲しいやろうし)

 

 ()()する前は、「帰ってくる場所が無いなんて可哀想」という煽り。()()した後は、「洛風の帰ってくる場所を守りたい」という恋心。

 感情が揺れ動く中、毎月家賃を払っていた宵宮だったが……やっぱり掃除をしないと家とは傷むものなのだなと、しみじみ実感していた。

 

「…………。──さて、」

 

 感傷に浸るのは程々にしよう。

 宵宮は丸いほっぺをパチンと叩き──気合を入れ直す。目的は哀愁ではない。

 

 掃除だ。

 

 

 *

 

 

 借家街の一角──もとい、洛風の家は物が多い。商人として仕入れたモノの管理をしていたのもあるだろうが、彼自身、私物がかなり多かった。

 細々とした小物やら、どこで拾ったのかわからない貝殻。

 子どもかと突っ込みを入れたくもなるが、不思議とどれもこれも見覚えのあるものである。もしや、宵宮が昔お土産にと渡したものを全て保管しているとか……いやまさか。恋を自覚すると希望的観測ばかり増えるものだ。宵宮は慌てて頭を横に振り、小物類から視線を逸らす──最中、とんでもないものが横目に入った。

 

「これ……長野原(うち)の花火やんか」

 

 花火。そう。不発の花火。見覚えしかない。宵宮の試作品だ。

 見た目は拳くらいの小さな黒い球だが、これはあくまで火薬類である。いくら火縄(導火線)を抜いているとはいえ、火事に巻き込まれでもしたら点火してしまう。適切に火をつけることが出来なかった花火は、火薬を燃やしながら火をまき散らすことだろう。

 

「こんなん、警邏に見つかったら怒られるで……」

 

 マア、火薬の取り扱いに慣れた彼のことだ。湿気らせて発火しないよう手を加えてはいるはずだ。たぶん。

 

 悪い意味で希望的観測を胸に抱きつつ危険物から目を逸らし、作業を再開する。

 掃除はまず上から。天井の四隅にまでハタキをかけ、家具も払う。洗濯物にも埃は載っているから、ひとまず回収。あとで家に持ち帰り洗濯するものとして籠に入れておく。

 埃が床に降りて来たら、奥から手前にかけて雑巾で拭く。居間の木板は良く絞った雑巾を。寝室の畳は乾いた布で拭く。

 汚れが払われていくというのはスッキリとした気持ちになるものだ。抱えていた寂しさすら溶けていくような気がする。

 

 

 宵宮は充実感を胸に立ち上がり、ついでに押入の中も掃除してやるかと手を掛けて──

 

「えッ、わッ、なに!? わぁ!」

 

 ──バサバサ、ドサッ。

 鈍い音と共に舞ってきた物に襲われ、か細い悲鳴を上げた。押入の中に詰め込まれていたものが、戸という支えを失って雪崩と化したのである。

 いくら神の目を持ち強靭な身体をしているとはいえ、宵宮はうら若き乙女。細い身体では支え切れるはずもなく、べちんと尻もち。溢れた物が床に転がった。

 

「……──~~っもお! せっかく掃除したんにぃ!」

 

 不幸中の幸いとして、押入の中は空気の循環が無いからかあまり埃が溜まっていなかった。掃除のやり直しとまではいかず、物を片付けさえすれば良さそうだ。

 とはいえ再び散らかった床を見ていると、せっかく得た充実感も失われてしまう。

 宵宮はため息を吐きながらも、豪快に尻もちをついたせいで痛む下肢を摩る。尾てい骨は折れていないだろうが、びりびりと鈍い痺れが不快だった。

 いったい何をため込んだら雪崩れてくるのかと、床に転がった物を見て──「──~~~~!!?!」と、声にならない悲鳴を上げる。

 

「こ、こっ、これ、これ! ……これ、って……」

 

 ニワトリのような奇声を上げ、ひと呼吸挟んでもう一度視線を落とす。宵宮の視界に入った()()は変わらなかった。

 

 それは本だった。表紙は無地の和紙だが、中身は違う。床へ落ちた拍子に広がった(ページ)には、艶やかな女が描かれていた。

 煽情的な表情を浮かべ、裾を持ち上げる女の、絵。

 まさか、と思い、宵宮は指先でそー…っと次の頁をめくる。そこに描かれていたのは服を広げ、裸体を晒す女の絵だった。もうここまで見れば明らかだ。

 

 これは春画(エロ本)である。

 

 ……宵宮には男兄弟は居ない。なので()()を見ることは初めてだが、風のうわさで存在くらいならば知っている。ハレンチな本だ。男の子のアコガレのものだ。

 なるほど確かに、洛風は男だ。背の高さや声の低さからして、彼は間違いなく男だ。一度上裸だって見たこともある。細身ながら腕に筋肉のついた綺麗な身体の、男だった。

 だからマア、洛風が春画(エロ本)を持っていようが、ごくごく普通のこと……だと、理屈ではわかっていても、宵宮の胸には何とも言えぬモヤモヤとした思いが燻る。

 

 春画の女は、ポニーテールで髪色が塗られていないデザインだった。どことなく活発で吊り上がった眉をしていて、猫目であった。目尻に赤い顔料で色が塗られている。化粧の表現だろう。

 他の春画を開いても似たデザインの女が並ぶ。もしやこういう女が好みなのだろうか、と、イライラモヤモヤ。言うなれば嫉妬だ。

 宵宮だってポニーテールだし、髪色は明るいし。春画の女よりも別嬪さんなはずだ。洛風自身、時折宵宮を〝別嬪さんやなあ〟と褒めていたのだから。

 

 ──洛風が言っていた〝お嫁さんにしたいくらい好きな子〟とは、こういう女がいいのだろうか。

 

 そう思うと、この春画の女がライバルに見えてしょうがない。平面に描かれた絵へ嫉妬するなんて幼い感情だと心のどこかで気付いていても、恋を自覚したての青さ故に無視。

 好きなヒトの好きなコになりたいだけなのだ。

 敵情視察。己にそう言い聞かせ、宵宮はそうっと次の頁をめくる。女は艶やかな顔で乳房を寄せ、たわわな肉が丸い線で描かれていた。フーンおっぱい大きい子がええんや。宵宮は己の胸部を見下ろし、負けてないなと鼻息を荒げた。

 では次の頁に──と、指を掛けたところで。

 

 ──どんどん! 扉を叩く激しい音。思わず宵宮の喉からは「ヒィ!」と悲鳴が飛び上がる。紙の女なんぞに青い嫉妬を濁らせていた身だ、見られたら揶揄われるかも!? という焦りが迫る。

 それに……借家街が空き家ばかりというのは周知の事実。空き巣を狙ったやつかもしれない!

 

 宵宮は(はや)る心臓を押さえ、気配を消して玄関へと向かった。扉の外には男の気配がひとつ。身を潜ませて様子を探ろうとして……『だれかいるのかい?』と、戸を越した微かな声に警戒を解いた。聞き覚えのある声だったからだ。

 

「おるよぉ!」と、軽い声。開け放った玄関には、聞いた通りトーマの姿があった。

「急にどないしたん、ほんまびっくりしたんやから」

「それはこっちの台詞だよ! まさか洛風が帰って来たんじゃ、って思ったんだから」

「今日も港には船入っとらんやろ?」

「そうだけど……」

 

 離島の〝顔役〟であるトーマには国外への()()があり、〝鎖国令〟の中でも多少の交易ができることは知っている。そのツテを使って、国外である璃月・海灯祭の花火を納品したのだから。

 しかしこの()()はあまりおおやけに言ってはいけないらしい──故に宵宮は、(言えないことがあるんやな)と自己納得させ、首を横に振る。言わんでええよ、の返事のつもりで。

 

 トーマもその意図に気付いたらしい。安堵したような、だけど寂しそうな顔で、眉を下げ笑った。

 

「洛風は慎重派だし、真面目だからちゃんと正規ルートで帰ってくるよ」

「ほな早いところ〝鎖国令〟が緩和されんとやなあ。神里さまは何か言うてはるん?」

「もう。なにか言ってたとしても教えられないってわかってるだろ?」

「アハハ、わかっとるよ」

「まあ……でも、心配しなくても、洛風はぜったいに稲妻に帰ってくるから」

「自信あるん?」

「あるよ。絶対に、会いに来るから」

 

 トーマの目はまっすぐに宵宮を見詰めている。

 会いに来る、なんて。誰にだろうか。〝お嫁さんにしたいくらい好きな子〟に?……なんて聞けず、宵宮は適当な相槌だけを打っておいた。

 

 そういえば洛風と恋愛話(コイバナ)をしていたのはトーマだった。彼ならば、洛風の好きな子を知っているのかもしれない。思い立って聞いてみようと口を開くが、そんな宵宮よりも先に、トーマは「そういえば」と切り出した。

 

「宵宮はここでなにしてたの?」

「……ア、えーと、」開いた口を閉じて、宵宮は一瞬迷ってから端的に。「掃除や」

「へえ! 洛風も喜ぶと思うよ、彼ってほら……掃除が苦手だし」

「それはほんまにそう」

「オレも前は手伝ってたんだけど、洛風に来るなって言われちゃってさ」

「なんでなん?」

「そりゃ、宵宮が来るからじゃないかな」

「?、なんでうちが来てええんに、トーマはあかんの?」

「嫉妬だろうね」

「し…っと? 誰に?」

「まあ……」トーマは言葉を濁し、あからさまな笑みを浮かべた。「そんなことより、家の中はどうだった?」

「え。あ、うん。しっちゃかめっちゃかやったわ」

「あはは、だろうね。見てもいい?」

 

 断る理由はない。対話と恋心で直前の記憶を無くした宵宮はそう思い込んで、「ええよ、うちの家やないし」と、首を縦に振った。

 

 

 その僅か20秒後のことである。

 

 

「……………」

「……」

 

 トーマは悲痛な顔で押入の前を見下ろし、宵宮は顔面蒼白になって視線を逸らした。

 そうだ。忘れていた。そういえば転がってきた春画を見ていたところだったのだ。

 

「宵宮……」

「ヒ、う、うん」

「これ……見た?」

「み みてない、みてないです」

「そうか……良かった」

 

 途端、トーマは深く安堵の息を吐いた。宵宮はといえば疑問符を浮かべ、首を傾げる。

 

「〝よかった?〟」

 

 なにが良かったのだろうか。文脈から察するにこの春画を見られていないことが〝よかった〟ことになるが、何故見ていないことが良いのか。宵宮がグルグルと考え込む中、トーマは膝を曲げ、床に転がった本を束ねだした。丁寧に、無地の表紙だけが見えるようして腕に抱えている。

 

「あのね宵宮、これは……えーと、男の人なら持っていることが普通なんだ」と、どことなく早口なトーマが続ける。「でもあんまり女の子に見せたくないものだから、オレは捨てておくよ」

「………すけべな本やから?」

「んぐッ、いや、まあそれもあるけど……性癖がバレ……ああいや、趣味嗜好が露呈するモノだから」

「ほな洛風はこの本の子がタイプなんや」

「因果関係が逆転しているけど、大まかに言えばそうだよ」

「……見てもええ?」

「だめだめ、これは男の本だから。それに、本人がいないところでさらけ出すのは流石に可哀想だよ」

「ふーん……?」

「ひとまず、これはオレが預かっておくからね」

 

 春画を回収しきったトーマは立ち上がり、そのままスタスタと玄関へと戻ってしまう。気まずそうに、早歩きになって。

 どうやらそのまま帰るらしい。

 洛風の〝好みの子〟が書かれた本を持って。

 ……あれをいつか本人に返すのだろうか、とおもうと、言い様の無いモヤモヤ感が胸に沸いた。洛風もあんな本を持っていなければ、〝好みの子〟より宵宮のことを意識してくれるんじゃなかろうか。

 

 ヒラメキのように降ってきた思考に、宵宮は瞬いた。

 そうだ。

 あんな本無ければよいのだ。

 

 宵宮はパッと立ち上がり、トーマの背を追った。預かるくらいなら燃やしてええやろ、と訴えるために。懐に隠したままの神の目が熱を持っている気がした。

 

 

 

 

 

 宵宮と洛風が再会する、4か月前の話である。




次回:新章予定

短編書き出し予定です。読みたい章を教えてください。

  • 洛風、スメール留学中(出会い前)
  • 無自覚宵宮、洛風と海遊び(鎖国前)
  • 洛風、神里兄に絡まれる(鎖国前)
  • 自覚済宵宮、八重神子に遊ばれる(鎖国後)
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