好きとかとちゃうし!   作:白米おじさん

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地名を間違えていたため、一部書き換えております。


花見坂:たそがれには遅く、夜には早い

 〝修理屋さんがお休みなのよねえ〟、〝ほなうちが直すわ!〟、〝あらほんと?助かるわあ!〟

 

 というわけで。

 宵宮は床に胡坐をかき、細やかな金具を捻っていた。口に咥えた饅頭を器用に咀嚼までしている。舌触りの良いなめらかなこしあんと、弾力のある柔らかな皮。今年流行りの黒蜜饅頭。ぺろりと食べ切って唇を舐った宵宮だが、視線は相変わらず手元に向いたままだ。

 

 宵宮は手先()器用だ。

 元来の性格が朗らかなため、人当たりも良い。困った人がいれば率先的に助けている。近所のおばさまの手伝いだってお手の物。

 

 宵宮が今直しているものは、火のし(アイロン)だった。

 稲妻のアイロンは鉄で出来ており、底が平たいひしゃくのような形をしている。中に炭を入れて熱し、布を温めて伸ばすのだ。

 火のし(アイロン)は毎日使う都合上、()の部分が壊れやすい。しかし稲妻人は、壊れたものは修理して使うというお国柄。宵宮の腕前が発揮される日は多い。

 

 今日もまた、宵宮の腰元で〝神の目〟が煌々と光り、指先には火花と熱が走っていた。炎元素により細くてやわい鉄を熱し曲げ、火のし(アイロン)の柄を締めていく。一度熱した鉄は、冷やすとより硬くなる。柄と柄杓の部分を強く噛み合わせれば、なかなか壊れにくくなるはずだ。

 

「………、……」

 

 部屋は静かだった。

 依頼主は夕食の支度だといって出てしまったし、宵宮は独り言と共に作業をするタイプではない。黙々と作業する部屋にはさして音は響かず、窓の外から桜の擦れる音が微かに届くくらいだ。

 カタカタと軽い音がする。障子が風に押されていた。

 鉄が焦げる独特の匂いが風に流れる。前髪が揺れ、髪留めがチリリと鳴る。

 

「……風、…」

 

 行灯の影が揺れて、フト顔を上げた。……宵宮は風が好きだ。花火の煙が夜空に流れていくさま、海風で髪が荒れる瞬間。

 稲妻は島国で、海から強い風がよく吹く。海に面した離島ほどではないが、城下町でも桜を舞い上げるような風は多かった。

 宵宮の鼻奥にくすんだ匂いがつく。──とある男がふかす煙草の匂いが脳に巡る。

 

「……ッ、……はぁ、もう……」

 

 手元の火のし(アイロン)がほぼ直ったことで集中が切れたのだろう。

 脳裏に浮かんだ男──洛風(ルオフェン)のことが離れていかず、胸の内がもやもやと熱するような感覚に宵宮は息を漏らす。

 このまま修理を続けたとて、どこかでポカをやらかしかねない。

 

 集中力が戻ってくるまで休憩にしよう、と、火のし(アイロン)を床に置いた。もたれ掛かる先を探して一瞥し、身体をずって壁に寄る。

 硬い木の壁に背を預け、「は──……」と、深いため息。頭上に開いた窓からは、尚も穏やかな風が吹きこんでいた。

 

 そよそよと頬を撫でる風は、どことなく煙の臭いを孕んでいる。やはり脳裏から、かの男が離れずにいた。

 

 

──……で、洛風はさ……

 

 不意に。

 窓の外から聞こえてきた名に、宵宮は跳びはねた。床の上に居るのに、ぴょんっと尻が浮く感覚。後頭部を壁にごちんとぶつけ、「──~~ッ!」と、痛みで身を丸める。

 

──…れはトーマにも言えることやないん……

 

 ……次に聞こえてきた名から察するに、どこか近くで洛風とトーマが話しているらしい。彼らは〝離島の美丈夫〟と呼ばれてコンビ扱いされる程度には一緒に過ごしていて、宵宮も彼らがふたりで話している様子をよく見かける。

 彼らを揃って見かけるのは離島でしかなく、まさか宵宮が住む町──稲妻城下町でそれぞれの名と声を聞くなんて。酷く珍しい。

 

(……何の話してるんやろ?)

 

 うずうずと、宵宮の好奇心が擽られた。

 そうっと窓の外を覗き見るが、彼らの姿はない。しかし建物の外、少し離れた位置に小さな屋台の屋根が見えた。稲妻城下町ではよくある光景だ。

 少し身体を乗り出して覗き込むと、屋台の影に見慣れた着物があった。洛風のものだった。

 

──んー……オレは居ないかな

──どうやろ。意外と隠し上手やったりして。ほら、トーマの老板(ボス)は……

──確かに若は隠し上手だけど……って、若やお嬢は関係ないよ!

 

 ふたりの会話は風に乗り、尚も流れてくる。

 人の話に聞き耳を立てるのは良くないことだ。……しかし、風に乗って流れてきているので、聞き耳を立てているとは言い切れない…はず。たまたま聞いてしまっただけなので。

 

 せめて聞いていることがバレないように隠れておこう。いやいや、これは休憩のために座っているだけ。やましい気持ちなどは一切ないのだと己に言い聞かせる。

 

──それよりほら、話を戻させてくれよ

──うん?

 

 何の話やったんやろ。興味津々で済ませていた宵宮の耳に、躊躇のない言葉が飛び込む。

 

 

──洛風って、好きな子とかいるのかい?

 

 

 ……喉奥が痙攣した。海で溺れた時のような衝撃。自然だった呼吸が乱れ、思わず息をひそめてしまった。

 好きな子。すきな子って? 好きって……。

 すきって何。思考が一気に飛び回り、状況把握でいっぱいいっぱいになる。

 すきってなんやろ。気に入っているという意味なら、洛風は離島の猫が好きなはずだった。おひさまの色をした細身の子を、彼は良く撫でている。猫を撫でる洛風の優しい手に、モヤモヤとした嫉妬を感じたこともあった。

 

(……いやいやいや、ちがうやろ。男ふたりで話しとるんやし、コイバナのはず…!)

 

──どういう意味でなん?

──もう、分かってるくせに。恋心だよ。オレのは言っただろ?

──トーマは〝おらん〟って結論やったやん

──でも洛風は違うじゃないか

──……意地が悪いなァ

──アハハ!いっつもしてやられてるから、たまにはね

 

 ほらやっぱり。

 コイバナで盛り上がる男ふたりの声に、宵宮の肩にはますます力が入った。心臓の音が跳ね上がっている気がする。……なぜドキドキしているんだろう。これはどういう感情なのだろうか。宵宮にはわからなかった。

 ()()()()()ことにも気付いていない。ただ、盗み聞きをしていることへの緊張なのだとしか思えていない。

 壁に背を預けて膝を丸め、身体をちいさくする。緊張で手足が冷えているような気がした。

 

 ややあって。また、風が声を届ける。

 

──おるよ、好きな子。そらもう、お嫁さんにしたいくらい好きな子が

 

 宵宮はもう声も出せない。風が届ける声に意識が全て向けられていた。

 

──わ、熱烈だ

──そらもうぞっこんやもの。とびっきりかわええし

──うんうん

──明るくって、元気がええ。傍若無人なところも魅力や。手先は器用でな。何でもできるんよ。いつも一生懸命に頑張っててな……

──好きなんだね

──そらな。……僕だけが知っとうトコでな、ちょっぴり不器用さんで、ドジなところもあるんよ

──へえ? 名前を聞いてもいいかい?

 

 

 トーマの問い。宵宮も名を聞きたくて、そっと身体を起こした。

 だれ。誰が好きなんやろ。

 興味だ。どうしてここまで気を惹かれるのかもわからないが、洛風の好きな人を知りたかった。

 誰の名前を上げるのだろう。答えが聞けるまでを、今か今かと待ちわびる。

 

(……あれ?)

 

 ……しかし。なぜだか、今の今まで聞こえていた声が急に途切れた。

 何の前触れもなく。自然とはそういうものだとしても、今までしっかり吹いていた風が──。

 慌てて立ち上がった宵宮の頬には何も触れない。風は止んでいた。

 

 宵宮が疑問に思った次の瞬間。

 まるで狙ったかのように前髪を揺らして、また風が声を届けだした。

 

──……っぱり! そうだと思ってたんだ…

 

 会話は歯抜けだった。肝心な言葉は聞けていない。

 

──なんや、バレバレやんか

──見てれば分かるって

 

 聞こえなかった。聞こえなかったのだ。洛風の好きな人が誰なのか、宵宮には知り得なかった。

 膝から力が抜け、再び床に座り込む。今度は作業をしていた時とは違い、ぺったりと尻を床につけてうなだれていた。

 

(……あのタイミングで、風が止むって……)

 

 気まぐれな風に憤慨する気持ちと同時に、胸の奥がきゅーっと重くなるような寂しさが迫る。

 宵宮には、このような感情が理解できなかった。名前があるものだとも思えなかった。

 ただ、洛風に好きな子がおるんや、とか。誰が好きなんやろ、とか。

 ぼんやりと考えて、壁に頭を預けることしかできない。

 

 明るくって、元気がよくて。手先が器用。なんでもできる。

 いつも一生懸命に。

 

 ……どことなく覚えがあった。宵宮自身に、いくつか当てはまるのではないだろうか。

 洛風といつも一緒に過ごしているのは宵宮だ。仕入れを一任している間柄、仕事としての付き合いも長い。洛風が他の女の子と一緒に過ごしているところを見ることは少なかった。

 なにせ洛風は外国人で、稲妻の人々との交流は少ない。

 

(もしかして………)

 

 胸に浮かんだ期待感。しかしそれはすぐに離散した。もしも洛風に好かれていたとしたら──だからなんだというのか。

 しかも彼は〝お嫁さんにしたい〟と言った。

 あんなイケズで、顔が良くて、からかってばかりで、時々ときめくくらい優しくって、仕事はしっかりまじめにやるくせ、日常にはダラダラしている男なんて……世話が焼けるあんな男なんて……まっぴらごめんである。

 

(……まさか。ありえんわ)

 

 宵宮はバッと勢いよく立ち上がり、開けっぱなしの窓を閉めた。もう風は吹きこまない。

 ようやく集中力が戻ってきた気がして、火のし(アイロン)へと視線を戻したのだった。

 

 

 **

 

 

 

「洛風って意地が悪いなあ」

 

 友人──トーマからの言葉に、洛風は目を丸め「どこがなん?」と口角を緩めた。

 

「そりゃ、今の状況とか」

 

 トーマが指さしたのは、洛風の腰元に光る〝神の目〟だ。淡い青緑色に輝くそれは、風の元素力を表している。今も煌々と輝き、元素力を行使していることを表していた。

 洛風が肩を竦めて指を振ると、強い風が屋台の暖簾(のれん)を揺らす。瞬きの間に〝神の目〟からは輝きが失われ、ただのガラス玉のようにしてぶら下がっている。

 

「一芝居どうも。貸しにしといてや」

「あとで高くつくよ。宵宮はオレにとっても友達なんだから、あんまり意地悪しちゃだめだからね」

「わかっとうよ」

「どーだか」

「ハハ……」

 

 肩を揺らしてカラコロと笑う洛風だが、どうにも格好はつかない。年下の友人──トーマからすれば、洛風のやっていることは素直になれない子どもと同じだ。好きな女の子をいじめちゃうやつと同じ。興味を惹いておきたいという幼心。

 洛風も()()()()には気付いている、だからこそ笑うことしかできないでいた。

 

 洛風の〝神の目〟は風だ。戦闘能力がからっきしの洛風だが、元素力のコントロールは手慣れたもの。深く吹いた煙草の紫煙が目に染みないようくゆらせることや──特定の場所に音を流すことだって、片手間にできる。

 

 つまり──宵宮に()()()()コイバナを聞かせてやっていたのだ。

 

 ちょっとでも、ほんの少しでも、宵宮が自身の恋心に気付くように。

 ただし完全なる告白にならないように。

 

「僕、肝心なトコで臆病やから」

 

 本人を前にしているわけでもないのに好きだなんて伝えてたまるか、という、ちっぽけな大人の・男のプライドだ。

 

「だろうね」トーマはあきれ顔で卵焼きを突き、眉を吊り上げた。「ちゃんと名前まで聞かせてあげたらよかったのに」

「いやァ、聞かせたとてあの子は調子に乗るだけやろ。僕が好きなことを知っても、あの子は〝あの子自身が僕を好いとう〟ことには気付かんのやし」

「宵宮はそんなに鈍感じゃないと思うけどね……」

 

 更にため息を吐いたトーマは、屋台の天板に肘をつく。

 

「何年も片思いのくせに、みっともないね」

 

 洛風は狐のように目を細め、「手厳しいなァ」と、とぼけて笑う。

 城下町に吹く風が、桜の花を巻き込んで流れていく。空の向こうには雷鳴混じりの黒雲が立ち上っていた。

 

 

 

 稲妻が鎖国する、半年前の話である。




友情出演:トーマ


年齢は洛風=綾人>トーマ>宵宮=綾華 くらいで想定

短編書き出し予定です。読みたい章を教えてください。

  • 洛風、スメール留学中(出会い前)
  • 無自覚宵宮、洛風と海遊び(鎖国前)
  • 洛風、神里兄に絡まれる(鎖国前)
  • 自覚済宵宮、八重神子に遊ばれる(鎖国後)
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