好きとかとちゃうし!   作:白米おじさん

6 / 15
※迎仙儀式の時期がわからなかったので海灯祭から1ヶ月後くらいと捏造してます。
※今回原作キャラ登場無し。
誤字修正報告ありがとうございます。修正致しました。


自覚したっていいじゃない
璃月:活路を探す昼飯前


「は? 稲妻に戻られんてどういうことなん?」

 

 洛風(ルオフェン)は狐のような細い目をくりんと拡げ、驚きの余り顎をかぽんと開いて問うた。

 もちろん糸のような目だから糸目というのであって、洛風の瞳が露になることは無い。が、体感では目玉が落ちてしまいそうな程驚いたのだ。

 無下にも首を横に振った男性──老骨というには少し若い。一言でいえばおっさん──は、船から伸びる()()()を解いて煙草を吹かす。いつも世話になっている商船の船長である彼は、ごんぶとのパイプタバコを咥え、ブファーと駄獣のような音で紫煙を吐いた。色の濃い煙が海風に乗って流されていく。

 おっさんは毛深い顎髭を揉み、言い辛さを表情に浮かべる。そうして顎先で海の向こうを刺した。

 

「坊主、あの雷雲が見えるか」

「ちょお、坊主はやめぇや。もうええ歳やで僕はァ…」苦言混じりに肩を竦め、洛風は頷く。「……で、見えるけど」

 

 視線の先。璃月港から薄らと見える孤雲閣──の、更に奥。ずっと南の方には、洛風が帰るべき稲妻がある。天気の良い日ならば離島の七天神像の光が見えなくもないのだが、生憎今日は何も見えない。

 稲妻は真っ黒だった。時折迸る紫色の光と渦巻く雲からして、あの黒い中は嵐に襲われているのだろう。どんな大型船でも船酔い待ったなし。というより、小型船ならひっくり返ってもおかしくないほどの雷雨だ。洛風はあまり三半規管が強くないので、ぜひとも遠慮したい天気である。

 

「そらまあ、荒れとうし……しばらく定期船の空きもないようやし。嵐が去ったらお願いしよかなと思っとうのやけど」

「坊主は船酔いが酷いからなァ。いつも通り1ゲボにつき罰金2万モラで運んでやる、……って言いたいとこなんだが」

「? いつもの〝船汚れるんがイヤ〟とかやないん」

「それはそれ、これはこれだ。ホレ」

 

 おっさんは煙草臭い──ちょっと加齢臭のする──かなり磯臭い──ズボンを漁り、それを洛風へと放った。小首を傾げてポンと受け取ったのは丸まった紙。少々固めの手触りは、水に強いがその分高価な却砂紙だ。

 

「稲妻幕府からのお達しだ。〝鎖国令〟だとよ」

「さこくれい…?」

 

 鸚鵡返しに呟いて、洛風は紙を広げていく。小難しい言葉で書かれたものには天領奉行の花押(サイン)が入っていた。公的な書類であることを表すものだ。稲妻文字で書かれた文面を訝し気に読んでいく洛風に、おっさんは肩を竦めて「詐欺じゃねえよ。稲妻と取引していた商船全部に配られたやつだ」と続けた。

 

「許可のない入出国を禁じる、だとさ。詳しい許可項目がその紙だ。まあたとえ許可があったとて、あの嵐を突っ切れる船はそうそうないわな」

「そない急な話無理あるやろ。各商会が何て言うか……」

「いやあ、案外上手にやってると思うぜ? 他国との商売はどうだか知らないが、璃月との商売は〝契約〟により厳密に決められているだろ」

「まあ、物価の変化に対応できるよう、一年ごとの契約がほとんど…──あっ、」

 

 璃月は(あきな)いと契約の国である。変動する情勢に合わせるため定期的に方針を変える必要があるのだが……毎度〝契約〟を変更していると、管理が大変なのだ。具体的には総務司が。

 というわけで、璃月では契約更新時期を海灯祭に定めていることが多い。次いで迎仙儀式──岩王帝君による神託──の時期だ。

 海灯祭は人の行き来が活発になる関係で、船や馬車の便数も増える。他国にとっては新年明けの閑散期、となればますます国外の商人も動きやすいもの。洛風の商会も例に漏れず、海灯祭を基点とした年間契約を各国と結んでいる。いまや個人事業主と言っても過言ではない洛風自身も、契約の切り替え時期は海灯祭だった。

 

「ほな自動的に契約打ち切り、っちゅうわけか」

「厳格な璃月と大揉めしない時期。頭いいやつが考えたんだろうな」

「もしくは性格悪いやつが……やな。稲妻は海灯祭への出荷でスッカラカンになってる庄屋が多いんやし、入りも出も無くなったとなりゃ稲妻の経済はおおわらわやで」

「雷電将軍は何考えてんだろうなァ。ま、お偉方の考えなんざ知らんが」

 

 けだるげに呟くおっさんは燃え尽きた煙草の葉を携帯灰皿に捨てる。そうして新しい葉を足して火を入れ、またブファーと駄獣のように煙を吐いた。

 副流煙が洛風の鼻を擽るが、不思議なことに喫煙欲は湧き上がらない。むしろガッカリとした虚しさが胸中を埋め尽くしていて、今なら禁煙ができそうだと思える程度には気が滅入っていた。

 洛風は海に向いて資材に腰かけ、背を丸めて肘をついた。重い頭を支え、紫煙よりも重いため息を吐く。鬱々としすぎてキノコでも生えてきそうだ。脳内特別出演・スメール教令院時代の友人からすれば、〝パーッと飲んで嫌なことは忘れればいいじゃないか!〟とのことだが、酒に逃げる気持ちすらない。

 

「なんだ、そんなにしょげこんで」

「……実はなァ…」

「稲妻に好きな子でもいるってかい」

 

 ギクン。図星を刺されて心臓が跳ね、洛風は小さく頷いた。それなりに歳を重ねた洛風であるが、おっさんを前にしてはまだまだ若さが残る年頃。素直に恋心を吐露するには青く、洛風は視線を海の方へ──稲妻の方へと向けた。おっさんと目を合わせて会話していられず、しかして恋心は宵宮を思い出させたのだ。

 

「なんだァ、坊主にも春が来たか! どんな子だ、ちょっくら聞かせてみろ」

「いやや。おっちゃんに話したら埠頭中に知れ渡るもん」

「情報の拡散力に助けられるのが商人ってもんだろうが」

「いたいけな小童には猛毒ですぅー」

「ッたく、しょうがねえな。で? 坊主の好きな子には男の幼馴染がいるとか、近所にイケメンが居てとか、そういうのか?」と、おっさんは愉しそうに洛風を小突く。

「僕の方がイケメンやもん」洛風は反射的にふてくされ、すぐに首を横に振った。「……って、違う(ちゃう)よ、そうやなくて……その子にすぐ帰るって言うてもうたんよなァ。約束破ってしまうなァ、て」

「そりゃしょうがねえだろ。恋も帰国も諦めな。女ってのは待ちぼうけになると冷めるもんだぜ」

「………まだ嫁さん逃げとるん?」

「逃げてるって言うんじゃねえ! 温まるのを待ってるだけだ!」

 

 痛いところを突かれたらしく、おっさんはゴウと激しい叫びをあげた。彼の嫁殿が実家に帰ってから幾数年、〝温まる〟のはいつになるのだろうかと……揶揄おうとして、止めた。可哀想だったし、洛風も同じ目に合ったら泣いて暮らすだろうなと同情したからだった。

 風上に立つ船長が不満混じりに深く煙を吐いた。加齢臭混じりの副流煙に洛風はため息を吐き、「あンなァ」と、言葉を続ける。

 

「僕の好きな子はそう簡単に冷めるとは思わんのやけどォ」

「だけど、なんだ」

「……泣いとらんかなぁ」

「………」

「寂しがり屋なんに、素直になれん子なんよ」

 

 おっさんは何も言わなかった。ぷか、と優しく煙を吐いて、洛風の頭をぶっきらぼうに撫でまわす。磯で逆立ったロープを掴む手はざらざらと荒れていて、しかし力強い。首がもげてしまいそうなほどに痛かったが、洛風にとってはその気遣いが心地よかった。

 しばしの沈黙。ふたりの間を海風が駆け抜けて行く。遠くで景気の好い爆竹の音が響いている。海灯祭の残り香。──鬱々としていた気持ちは落ち着きつつあった。足踏みしたままでは前に進めないのだから、活路は己で見つけねばならない。

 洛風もまた懐から煙管を取り出し、葉を詰める。おっさんが差し出したマッチの火を借りて、硫黄臭い煙を肺に吸いこんだ。音もなく紫煙をくゆらすと、鬱屈感も抜け出ていくようだった。

 

「は──……。すっきりした」

「そうかい」と、おっさんは腕を引っ込め、代わりに懐を漁った。「ほれ、坊主」

「ん? うわッ!?」

 

 顔面に向け投げつけられたのは薄っぺらい紙だった。宙を舞い落ちていくそれを慌てて拾い上げ、文字を読む──読めずひっくり返し、改めて文字を目で追った。

 〝法律相談事務所〟……読み終わるよりも前に、おっさんは背を向け歩き出す。

 

「ちょい待ってェや。なんの名刺や、これ」

「見りゃわかンだろうが。煙緋さんって聞いたことないか」

「まァ……噂くらいは知っとうけど」

「稲妻への渡航は向こうの法律で止められてる。どうにか抜け道が無いか相談してみるといい」

「……紹介料はァ?」

「はは! おれァそんなにみみっちい人間じゃねえよ。あんたとコレの話を聞かせてくれりゃ充分だ」

 

 おっさんは振り返り、ピンッと小指を立てて豪快に笑った。いつもは憎たらしく──ついでに少々臭い──ところのある彼は、見目の通り人付き合いが悪い。商船の船長としては壊滅的ともいえるほどの口下手で、幾度となく盛大な〝揉め事〟を引き起こしてきた。揉め事とはつまり賠償問題だとかに絡むときもあって、法律家に頼らざるを得ない機会も多いはずだ。

 煙緋という法律家は璃月でも随一と言える腕を持つ。そんな彼女とのコネクションを軽々と手放してまで、洛風に帰路を作ろうとしてくれたのか。

 感極まって、何も言えなくなって……洛風は名刺を大事に抱え、ぱっと立ち上がる。黒髪が揺れるほど深々と頭を下げた。

 

「おおきに」……そうしてゆっくりと顔を上げ、洛風はへなりと緩い表情に戻る。「頼りになるわ」

「おう。もっと言え。ついでに新規ルートがあったら紹介してくれ。スメールあたりがいい」

「僕かて欲しいわそんなん」

「つーか本当(マジ)でオルモス港への商配ルートが欲しくてな。もう稲妻に行く予定はねえんだ」

「はァ、つまり?」

「海を越える船は自力で確保しろってこった。おれは行かん」

 

 アッサリと言い放ったおっさんはそのまま踵を返していった。彼は引き留める暇もなく埠頭から去っていき、後にはひとりさみしく洛風だけが残る。

 稲妻という島国を根城としていた洛風にとって、最高の腕を持つのがおっさんである。口は悪いが。臭いが。嫁には逃げられているが。船乗りとしての腕前は間違いなく随一で、他の追従を許さぬほど。これで口上手な副官でも付けば引く手数多の船長になれただろう。つまり彼が行かないということは……彼より腕の悪い人間の船に乗らねばならないということで……稲妻に帰る手段がまたひとつ減ったということである。

 

「おっさん以外に誰があの雷雨を超えられるんや……」

 

 洛風はガックリと肩を落とした。璃月には挨拶がてら帰るだけのつもりだったから、手持ちのモラは少ない。しかも帰って早々、名も知らぬ・会ったことのない婚約者とやらを振ってきたところなのだ。現当主()からは〝ほとぼりが冷めるまで帰ってくるな〟と苦笑いで送り出されている。つまるところ実家には頼れないし、稲妻にも帰れない。宿無し、仕事無し。前途多難。このままでは明日食う飯にも困りそうだ。

 しかし諦めるつもりなど一切無かった。すぐ帰ってくるからと言ったからには有言実行せねばならん。男としてのちっぽけなプライド──そして、恋する大人としての活動の原動力であった。

 

 

 

 ふたりが再会する、2年2ヶ月前の話である。

短編書き出し予定です。読みたい章を教えてください。

  • 洛風、スメール留学中(出会い前)
  • 無自覚宵宮、洛風と海遊び(鎖国前)
  • 洛風、神里兄に絡まれる(鎖国前)
  • 自覚済宵宮、八重神子に遊ばれる(鎖国後)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。