……綺良々ちゃん、鎖国時に稲妻にいたよね…? いた前提で書いてます。
※誤字修正しました。報告ありがとうございます!
外海の雷雨とは打って変わって、本日の鳴神島は憎たらしい程の快晴だ。
春の日差し、時々暴風。夢見の木から降り注ぐ桃色の葉が舞い上がり、城下に広がる湾へ斑点を作っている。そんな穏やかな天気の中──長野原花火屋では、ひとりの少女が洗濯板を抱えたまま、ぼんやりと空を見上げていた。宵宮だった。
彼女の膝には男物の外套がある。泥と海の水に濡れた、ずっしりと重い綿入りの外套。
ゆえにこの時期は汚れた服を洗い直す人の声で賑わうのだが──あいにくと宵宮の周りには春のせせらぎが舞うばかりで、侘しくも独りであった。
〝鎖国令〟が出てから
まず、交易品が入ってこない。刀や工芸品といった職人技巧品を輸出し、食料品を輸入していた稲妻──特に花見坂は大打撃をくらっている。店からはいくつかの品物が消え、特に小麦なんかはいのいちばんに無くなった。皆がちょっとずつ贅沢を減らそうとして、さもしい思いをしている。
情勢の変化は輸出入だけではない。〝鎖国令〟の前後から各地にファデュイが姿を見せるようになり、野武士も周囲をうろつくようになった。城下町を歩く武士はみなピリついていて、子供らは怯えて外で遊ばなくなった。
そうして、宵宮の家を訪ねる人も減った。宵宮も出掛けることが無くなった──よく通っていた離島には用が無くなったし──花火を作ることも減ってしまった。仕入れ元である
(……いろいろと、どうしよかな)
宵宮はぼうっと考える。仕事のこと、近所の子供たちのこと、おとうちゃんとおかあちゃんのご飯のこと。洛風のこと。花火のこと。夏の長野原花火大会のこと……。考えても思考は整理できず、アイデアが思いついては流れ去っていく。身体からくてんと力が抜けて、どうにも思考が留まらない。
春風に金糸が靡き、顔を撫でた。視界に入る前髪を払うわけでもなく、唇を薄く閉じて肩を落としたまま、視線を宙へと飛ばしていた。ふと離島の方を見てしまう。
あすこに彼は居ないのに。胸の奥がぽっかりあいて暗雲渦巻くような喪失感。寂しいのだ──いやまさか、あんな男が居なくたって寂しくなんか──淋しいのだろう。やはり堂々巡りする思考の中、宵宮は膝を抱えて肩を落とした。
(……なんか、どないしたらええんかなぁ……)
外には誰も出ていない。海に面した長野原家裏口には、宵宮しかいない。だから布団の中で無防備に微睡むような心境で、宵宮は瞼を伏せた。
──誰もいない。そのはずが、何者かの気配が足音なく迫る。
「ごめんくださーい!」
「うわーッ!?」「ふぎゃーッ!!?」
唐突な声に叫びをあげた宵宮と、尾を踏まれた猫のような叫び声。同時に響いた悲鳴により、近くにいた鳥が飛び立っていく。膝に抱えたままの男物外套もすぽーんと飛んでいき、地面に転がって汚れの面積を増やした。急な出来事が連続し、ドッドッドッと心臓が高鳴る中──宵宮は慌てて
底にひっくり返っていたのは猫ではない。少女だ。もふもふのかわゆい
「か、かんにんな、怪我しとらん?」
「だい……じょうぶ…! びっくりしただけだから」
「そんならよかった、ほら手ぇ貸してや……」
手を差し出して引き起こし、少女と正面から向き合った。髪をちょいちょいと直す少女、いや髪ではない。耳だ。猫のような耳が頭から生えている。視線を落とせば腰からは尻尾も生えていた。どうやら妖怪の類のようだった。
彼女は両腕の中に大きな箱を持っていた。配達所・狛荷屋印の梱包材。透けない、濡れない、汚れないの三拍子。ゆえに箱の中身が何か、宵宮には分からなかった。
「んんっ。こんにちは、狛荷屋です! お荷物をとどけに来ました!」
宵宮はコテンと首を傾げた。心当たりがまったくない。宅配場所を間違えたんやないやろか。……だがこれを受け取らないと、配達員の少女は帰れないのでは。脳裏に疑問符を浮かべながらも受け取って──想定よりもずっしりとした重みで腕の位置が下がる。大玉スイカくらい重たい。しっかり抱え込み直して、そうっと地面に置いた。
「中身見てもええ? ……
「?」
「一緒に中身見てくれへん?」
「?? うん、いいよ!」
今度は少女がコテンと首を傾げ、そうして頷いた。木箱の前にしゃがむ宵宮と同じように、彼女も膝を丸めて座り込む。猫のように手足を揃えた、すらっとした座り方。
そうして美少女と美少女は大きな箱を覗き込む。
狛荷屋印の梱包箱を開けると、中には更に木箱が入っていた。四方を釘打ちされ、
宵宮の喉がキュウと鳴る。迷子になった子犬がおうちを見つけた時のような、歓喜と安堵が混じり合った音である。だってこの箱は洛風が使っているもので、故にこの箱は彼が手配したものじゃないかしら。もしかしたら彼が帰って来たんじゃないかなとスッカリ思い込んで、「離島からの荷物やな」と、嬉しげにつぶやく。
しかし少女は首を横に振った。
「違うよ。いつも通り、璃月の
「そうがん……?」
聞き覚えはないけれど、聞いたことのある商会。どこだったかと記憶を辿って──洛風の実家やったっけ。と、蘇る。璃月に古くからある鉱山関係品を扱う商会で、かの緋雲商会としのぎを削り合っていたとかなんとか。
「火薬の扱いしとるとこやろ?」
「うん、そうだよ。いつも離島で受け取ってくれる人がいるんだけど、最近ずっといないから、直接届けに来たの」
「直接? 洛風は〝花見坂まで直接配達は出来ひんから僕のとこで預かっとうよ〟って言うてたんに……って、あはは、あんまりぶつくさ言うてもしゃーないよな。えっと、配達員の……?」
と。
ここでお互いに「あたし綺良々っていうんだ!」「うちは宵宮や、よろしゅう」「よろしくね!」と、自己紹介をし、宵宮は改めて綺良々に向き合う。
「これからは綺良々ちゃんが届けてくれるん?」
「離島のひとが帰ってこないなら、これからは長野原花火屋に直接持ってくるしかないけど……元々の発送先から変えちゃったら、離島のひとが困っちゃう。おろしうり? っていうんでしょ。荷物を動かしてモラを稼ぐひとがいるって聞いたことあるよ」
「卸売りなぁ」
唸りつつ、木箱に張り付いていた受取伝票の数字を読む。
いちじゅうひゃく……と数えるが、いつも長野原花火屋に納品される金額と変わりない。つまり洛風の儲け分は0である。商人たる男が1モラにもならない仕事をするはずがないので、何か別の理由があるはずだが……しかし、宵宮には思いつかなかった。
腕を組んで頭を捻り、ウンウン悩むが考えは浮かばない。隣の綺良々はコテンと猫のように首を傾げるばかりで、知り合ったばかりの子に聞くことでもないしなぁ、と、宵宮は考えるのを止めた。
「まあともかく、今回は受け取るわ。おおきにな、綺良々ちゃん」
「ううん、どういたしまして。荷物の中身は大丈夫そう?」
「そりゃもうバッチシや!」
「よかった! それじゃ、てつづき書を渡しておくね」
「奉行所に出すやつやね」
「うん。それと、これが受取票。高評価、よろしくおねがいします!」
「はーい」
ぺらりと渡された紙を受け取って、ぺったんと満面の花火マークでサインを入れる。百点満点の高評価を渡し、猫耳を揺らす綺良々を見送った。
その場に残ったのは平置きの火薬箱と、宵宮と、地面に転がった男物の外套……そして紙──〝火薬取り扱いに関する手続き案内書〟。一歩間違えば爆薬成り得る花火を作る以上、安全管理の関係で入荷した火薬量と使用した火薬量を奉行所に知らせる必要がある。いつもは洛風が入荷分の申請をするため、宵宮は使用した分しか申請しない。いつもお手頃価格やけど、どっから仕入れとるんやろ。外国人である洛風は危険物申請もより手間取るだろうし、もっとお金取ってもええんに。なんて思っていれば、まさかの卸手数料はゼロ。
「やっかいな申請代行までしといてタダ働きかぁ……」
あほなひとやなあ。なんてぼんやり考えて、地面に転がる外套を拾い上げる。無意識に顔をうずめて匂いを嗅ぐが、海と土の匂いしかしなかった。微かに香っていた紫煙は程遠い。
なんでモラを取らんかったん。なんでわざわざ離島で受け取ってたん。なんでわざわざ、花火屋まで配達しに来てたん? ……なんて聞こうにも、当の本人はいないのだ。
本人たる洛風は居ないから、幼い男のプライドをひっさげて会うための口実を作っていただとか、そういう真実を知ることは無い。
宵宮は前髪が汚れるのも厭わず、男物の外套を抱きしめて──膝を丸め、また座り込む。いつになったら会えるのかというモヤモヤした寂しい思いを押し隠すための儀式だった。
もやもやとした。寂しくて、不安で、胸がきゅっとする思い。
誰かに答えを教えて欲しかった。迷い子のような気持ちで瞼を伏せる。会いに来て欲しかった。
──誰に? という自問自答を終え、勢いよく立ち上がる。火薬が悪くならないよう、早く家に持って入ろう。火薬が手に入ったので、長野原花火屋は再開する。きっと仕事の忙しさで、こんなモヤモヤとした思いなど忘れるだろう。
ふたりが再会する、2年前の話である。
短編書き出し予定です。読みたい章を教えてください。
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洛風、スメール留学中(出会い前)
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無自覚宵宮、洛風と海遊び(鎖国前)
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洛風、神里兄に絡まれる(鎖国前)
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自覚済宵宮、八重神子に遊ばれる(鎖国後)