あてどのない旅をするものは、この世の中に存在する。デラシネ、ジプシー、ボヘミアン……。根無し草とほぼ同義であり、わたしは、その噂を時々耳にするし、実際に会ったことが何度かある。コリーさんもそのひとりであり、彼はきっと、今も旅をしているのだろうと思う。
期せずして、わたしはコリーさんと同様、旅をしてさまようことになったのだが、展望がまるでなかった。漠然とした昂揚感と不安感が渾然とわたしの内面で渦を巻き、わたしはずっと胸苦しさに苛まれていた。
「クローネ。準備は出来たかい?」
「うん」、とわたしは貝殻を掌中に頷く。
「早く戻ろう。あんまり遅れたら、置いてきぼりにされちゃう」
わたしとお母さんの住まいだった藁小屋とは、お別れになる。村外へ出て、果たして藁のように体を包んで保温してくれるものはあるのだろうか。寒さに震えて寝付かれないなどといったことにはならないのだろうか。春に入り、日中はポカポカと暖かいものの、日が落ちればまだ寒さは厳然と残っている。
――そういった心配を抱えながら、わたしは、お母さんの後を追い、小走りで元いたジャガイモ畑の方へと戻った。
その面影にかつての美麗さを偲ばせるサリーさんは、キビキビと振る舞い、自然と、わたしたちの中のリーダー的存在となっていった。
農奴として封建的生活に支配され続けていたサラメーナの村民は、男尊女卑を否応なしに受け入れさせられていた。
労働を監督し、指導するのは男であり、女が出てくることはなかった。
だが、今回、そういったしがらみより――幸不幸はともかくとして――解放され、各々の自主自律が求められる事態となると、個人の性質がおのずと明らかにされ、サリーさんは、聡明であり、10人ほどの集団の中に、男のひとも何人かいたが、皆、サリーさんを頼り、よく従った。あるいは彼等には下心があるのかも知れないが、いずれにせよ、たまたま一緒になって特にこれといった関係性のないわたしたち他人同士が、お互いに連なって足並みを揃えているのは、彼女の人間性によるところが大きいと思われる。
全員が集合すると、サリーさんが指揮を執り、とりあえず村を脱出しようという運びになった。砂漠と樹海のある方は避けて、道順を選んだ。
彼女の号令で皆歩き出し、ぞろぞろと横並びになったり前後になったりし、和気藹々と、ちょっとした家族のようで、わたしは、心なしか、その中にいると、安心できるという気がした。
道すがら、各自が簡潔に自己紹介していき、プロフィールが交換された。わたしはクローネと名乗り、お母さんはロナと名乗った。
しばらく道なりに歩いて、脇の木立に入ると、廃墟の寺院があった。石を積み上げた建築で、外観は立派なのだが、屋根から崩れており、ツルが巻き付いて伸びている。
その寺院のそばで、わたしたちは小休止を取ることにした。
行き始めの頃は活気のあったわたしたちだが、歩を進めるにつれ、自分たちはどこへ行くのだろう、どこへ行けるのだろう、といった感傷に囚われたのか、誰もが重く口を閉じ、疲れたように、深呼吸していた。
日はすでに頂点を過ぎ、ゆっくりと下っていっている。
まだ旅は始まったばかり。
木の実が成っている、とその辺をうろついていた誰かが発見して叫んだら、皆が興味を持ち、失われていた活気が、少しばかり戻ってきたように思われた。