結局、思い付くリスクを勘案して、サリーさんは、本格的に移動するのは日暮れ以降にするということで、わたしたちメンバーの合意を形成した。
空の日はすでにくだり始めていたので、暗くなるまで、苦痛を覚えるほど長々と待たされることはなかった。
木漏れ日の差す明るい地面にあったわたしたちや、廃寺院や、木々の影が、押し迫る夕闇と混じり合い、完全に融け合うと、予め用意されていたオリーブ油のランプに火が灯された。空には星影が点々と浮かび、虫の鳴き声が、叢に聞こえるようになった。
「いいですか。皆さん。行きますよ」
ランプの持ち手はやっぱりサリーさんであり、わたしたちは彼女の後を付いていくのだった。
日が沈んだことで春の陽気が失せ、空気はやや肌寒いくらいになっていた。
最初は暗い中であっても何となく見えていた辺りの風景が、知らない内に、ランプの灯火と、それが照らす範囲のものしか見えなくなり、わたしはだんだんと不安になってきた。
「お母さん」、とわたしは、見えない彼女の存在を確かめようと、呼びかける。
すると、お母さんが「大丈夫。ここにいるわ。クローネ」、と返事してくれ、わたしはその声の近くあることに、安堵する。
そのやり取りは、わたしの不安が治まらないために何度か重ねられたが、やがてお母さんがうんざりしだし、わたしはその気配を感知して、不安でも遠慮し、我慢するようになった。
灯火を目印に、わたしも、他のひとたちも、歩を進めていく。暗中を歩くのは容易ではなく、皆、あまり口を利かず、静かに、用心深く足を運んでいた。
ランプの回りには、ほとんど常に蛾か何かが寄ってたかって飛び回っており、ヒラヒラと動くその羽が、わたしには心なしか目障りだった。
たまに、犬か何かが近付いてきて、誰かの足に噛み付き、呻きや驚きの声が上がるということがあった。夜行性の動物が活発化する頃なので、ランプの灯火は暗闇によく目立つし、わたしたちの足音も、聴覚の優れた動物には、遠くでも聞き取れるのだろうと思われる。
わたしの頭の中では、ある疑問がグルグルと巡っていた。
わたしたち一行は、海に向かっているのではなく、手近の人里を求めて彷徨している。だが、わたし個人は、海に行きたいと思っている。どうすればいいのだろうか、と。
わたし、お母さん、そして他のひとたちが、互いに協調し、サリーさんを暫定的リーダーとして組成したこのパーティーを今離れるのは、わたしにとって、恐るべき蛮行に違いない。
勇気など到底なかった。あるのは、放恣に自己の夢を求める子供じみた妄執だけだった。
わたしたちはどこへ来ているのだろう。ランプのあかりだけでは、全然分からない。
廃寺院を離れ、人跡を辿って進んでいるはずだ。
わたしが、眠たさを覚えてランプの周囲の数羽の羽虫をぼんやり見ていると、突然、「待って!」、とサリーさんが叫び、皆、その場に立ち止まった。緊張感が急速に張り詰める。
「あなたは誰?」、とサリーさんが、目の前の暗がりに問いかける。「そこにいるのでしょう……?」
この辺はまだ木立の続きであることが、目が慣れてくると、うっすらと認識される。
問われた相手は、隠れている木陰より、ほとんど聞こえないほど小さい、観念したことを思わせる「ハァ」、というため息と共に、わたしたちの前にその正体を現した。
果たして何者なのかという疑いと怖れが、わたしたち全員に共有されていて、辺り全体を覆う空気の感じが、とても重かった。