まだ見ぬわたしの碧色【完結】   作:Yuki_Mar12

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 朝方の明らみだした森、その小川のそばで、わたしたちは協力して焚火を起こし、食材となり得るものを探し集め、睡眠を取った。火の番は交代で務めることになっており、わたしが担当する場合は、子供であることを考慮し、お母さんと二人で、ひとつの単位として貰った。

 

 石ころを円状に置いてその中央で、火がメラメラ燃えている。その辺の薪をかき集め、すでに太い木片が燃焼しており、火の息は長そうだ。

 

「昔のひとは、こうやって生活してたのよねぇ」、とお母さんが、誰に言うでもなく、感慨深そうに呟く。

 

「そうなんだろうね」、とわたし。

 

「早くどこかに辿り着きたいなぁ」

 

 膝を抱えて座っているお母さんは、組んでいる腕の間に顔をうずめた。お母さんの正面は、焚火に照らされて赤く染まっている。わたしはというと、膝を折って、片手を地面に突いて座っている。

 

 ふと、足音がし、その方を振り向くと、マークさんが、近くまで来ていた。

 

「マークくん」、とお母さんは顔を上げて呆然とする。「寝ないでいいの? 後がツラいよ」

 

「寝付かれないんです。おれ、旅って初めてで、何か緊張しちゃって」

 

 そう言って彼は、間が悪そうに照れ笑いして見せる。

 

「わたしたちだって同じよ。早くひとの住まうところに着ければいいのに」

 

「まぁ、その内どこかに出るでしょう。この世の中、生きてるのはおれたちだけってわけじゃないんです。当然ですけど。その時まで、不肖このマークが皆さんのエスコートを務めさせていただきます」

 

 彼が胸に拳を当てて、姿勢をピシッと直すと、お母さんは微笑んだ。

 

「頼りにしてるわ」

 

「ロナさん、お休みになっても大丈夫ですよ。しばらくおれが、火の番、やりますので」

 

「あらそう。じゃ、お言葉に甘えようかしら」

 

「クローネちゃんも」、とマークさんは呼びかけ、わたしの目を覗き込むように前屈みになる。「寝に行って構わないんだよ。子供はよく寝るものだ」

 

「わたし、もう13歳よ」と、わたしは、ちょっとムッとなって返す。「火の番だって、ひとりで出来るもの」

 

 マークさんは、クスリと、いくらか嘲りを込めて笑う。

 

 お母さんは、わたしたちのやり取りをしばらく見守っていたが、大きいあくびをすると、火元を離れ、ある木陰まで移り、そこにゆったりと腰を下ろし、やがて寝息を立てだした。

 

 わたしはマークさんと二人きりになった。

 

「そっか……」、とマークさんはしみじみした面持ちで言い、わたしの隣に座り、足を崩す。「クローネちゃん、もう13歳になったのか。時の過ぎるのは早いなぁ。ついこの間まで、ずいぶん小さかったはずなのに」

 

「わたし、もっと大きくなったら、海に行きたいの」

 

「へぇ、海。ロマンチックでいいと思うぜ。おれは、話に聞いたことしかないけど、珍しい魚とか、宝石が獲れるんだと。何より、海って、びっくりするくらい広いみたいなんだ。多分、端から端まで、泳ぎ切れないくらい」

 

 わたしは、しぼんでいた想像力が、マークさんとの会話で再び活気を取り戻し、また、未だ見たことのない広大なる水面が、現実の向こう側に、透けて見えてくるという気がした。

 

「マークさん、これ」

 

 わたしは、袋にしまっておいた宝物を取り出して見せる。貝殻だ。

 

「綺麗だね。何、これ?」

 

「貝殻だって。昔、マークさんが家に連れてきたコリーさんっていうひとがプレゼントでくれたんだ」

 

「コリー……そういえば、いたなぁ。旅人だった。ある日突然現れて、泊めて欲しいって言うんだが、この村は百姓ばかりだから宿なんて気の利いたものはないんだって言って追い払おうとしても、全然聞く耳持たないんだ。しかし……へぇ、あの男はつまり、海へ行ったことがあるのか」

 

 マークさんは、貝殻をよく見せて欲しいと仕草で要求し、わたしが渡すと、手のひらにのせてじっくりと観察した。

 

「面白いかも知れないなぁ。旅っていうのは……よしっ」

 

 マークさんは、何か決心するように言うと、わたしの手に貝殻を返し、こう続けた。

 

「おれも、連れていってくれよ。クローネちゃんの旅に」

 

「マークさん、付いてきてくれるの? 嬉しい!」

 

「あぁ。あの時面倒を押し付けた罪滅ぼしのつもりで、護衛をしてあげるよ」

 

 わたしは、胸が高鳴った。今まで、海へ行きたいという願望は持つものの、実現のために、不足しているものがあった。

 

 色々とあったが、最も必要とし、そして足りなかったのは、同行者だった。大人の同行者だ。なまじ子供だけでは、旅は危難に満ちているが、大人がいれば、ある程度の安全性は確保される。

 

 物事の事情にひろく通じ、世故に長けた者がいれば、問題に出くわしても、対処出来るということだ。子供は物知らずであり、向こう見ずであり、大人の庇護のない単独での放浪生活など、まず不可能だ。

 

 わたしは、都合のいい夢を見ているのかも知れない。だが、これは現実だ。マークさんはわたしの隣で、わたしに対し、柔らかい微笑みと共に、将来の旅への同行を約束してくれた。

 

「だけど、まずは人里に着いて、ゆっくりと休養し、色々と用意を整えることが先決だ。海への旅は、それからにしよう」

 

 わたしは快く肯定し、寝ることを促され、遅れて寝付くことにした。

 

 お母さんのそばへ行こうとまず思い付いたが、将来海へと旅立つことが現実味を増した今、わたしの意識はにわかに高まり、子供らしい振る舞いを避けるつもりで、わたしは、あえて誰もいない木陰を選んで、幹に背を持たせて座った。

 

 

 

 火の番を進んで受け入れてそのそばに座り、火をじっと眺めているマークさんの後ろ姿を見つめて、わたしは、いよいよ目を閉じて、まどろみの中へと飲み込まれていった。

 

 

 

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