(1)
誰が言うでもなく、わたしたちの足は、新たなる町へと、半ば嬉々として軽やかに、半ば不安を感じてぎこちなく、道の上を、清爽なる朝の澄んだ空気の中、運ばれていった。
遠くに見える町は、わたしたちの生活を果たして保障してくれるところなのだろうか? 再び農奴、ないしは農奴同然の処遇を受けることになれば、わたしたちの旅は徒労になったと感じられることになるだろう。
――だが、奴隷は、どこへ行っても奴隷なのかも知れない。
そういう諦めの気分があるようであったが、一方で、何か新しい展望を開くためのきっかけがあの町には存在するかも知れないという、淡いのぞみがあるようでもあった。
「先様が、受け入れてくれるといいのですが」、とお母さん。
「そうですね」、とサリーさん。「そういう運びになることを、祈るばかりです」
やがて、町を囲むようにしてある田畑のそばを通っていく。枝豆、トウキビなど、見覚えのある作物の畑があれば、見たことのない作物の畑もあった。田畑の中で、別けても目を奪ったのは花畑で、黄色に染まった菜の花畑があれば、カモミールの白い畑もあり、甘い芳香にうっとりとした。
町の近くへ来ると、遠目には見えなかったものが見えだし、城だった。
篝火が燃えている。町の出入口のようだ。
「――何者だ」
ふと、声を掛けられ、わたしたちは一斉にハッとする。勿論、友好的調子ではなかった。
振り向いてみると、木の盾と槍を持った軽装の警吏と思しき男が、わたしたちを怪しむように睨み付けている。
「わたしたちは……逃げてきたんです」
と、サリーさん。
「逃げてきた?」
「サラメーナという小さい農村がありまして、わたしたちはそこで小作農をやっていたのですが、村長の心変わりで村をおわれまして」
「流浪の身、というわけか」
と、番兵はいささか哀れみを込めたように言う。
「その通りです」
ゴホン、と番兵は咳払いすると、「お前たちが盗人など、町に害をなす輩でなければいいのだ」、と言った。「だが、我らの『メイローゼ』に出入りするにはまだ早い。大方、町に入る心積もりで来たのだろう?」
「えぇ」、とサリーさんは肯定する。「出来れば、住まわせて貰えればと思い、訪れた次第です」
「その辺のことは、わたしの関知するところではない。話があるのであれば、ガベラー殿に直接お伺いを立てるがいい」
「ガベラー殿?」
「メイローゼの城主をしておられる我々の長だ。詳しいことはともかく、今はまだ早い。お前たちには悪いが、今しばらく外をブラブラして時間を潰すがいい。だが、決して畑の作物を盗んだりするなよ。悪事を成せばこの町の法の処罰の対象となる。わたしの他にも、見回りの者がいる。外部の者など、情状酌量の余地はない――まぁ、そういうわけだ」
番兵はそう割と丁寧に忠告を残すと、夜警のためにまた巡回を始めた。
空は明るみだしているが、町ではまだ夜が続いているようだ。
きっと、定刻になれば、鐘でも鳴るのだろう。
その時まで、わたしたちは、花畑の際に腰を下ろし、春の朝風に揺れる香しい花々の様を、ウツラウツラとして、暫時、観賞したのだった。