わたしは、始めに言われた通り、何もせず、対話の場にただ立ち尽くしているばかりだった。
わたしたちが移り住むことは、可能性としてはあったし、実際にそういう運びになるかどうかは、わたしたちの意志や能力次第だった。
メイローゼの城主であるガベラーさんは、至って当然のことをわたしたちに説いた。
メイローゼに移住することは、メイローゼの慣わしを受け入れ、集団に従属して秩序を守り、育むことであり、そして、町の一員として組み込まれる以上、労働や納税の義務が発生し、怠れば刑罰の対象となる。
「お仕事は、どちらに伺えばよろしいのでしょうか」
「小さいが、メイローゼの商工組合、いわゆるギルドがある。何かしら見つかるはずだ。足を運んで、わたしの指示を受けて訪れた旨を伝えれば、ギルドの者が、うまく対応するだろう」
「分かりました。感謝いたします」
「……しかし、その娘は、お前の子供か? ずっと顔を俯けておったから、あまり関心を持たなかったが」
「えっ?」
サリーさんがハッとしてわたしを見る。
「いえ」、と彼女は言いかけ、ガベラーさんの方に向き直る。「彼女は違います」
「なぜ、子供なんぞをこの部屋へ寄越すのだ。他に相応しい者はいなかったのか?」
城主は呆れ返った様子だ。
サリーさんが困惑するのを見、わたしは、ちょっと怖かったが、勇を鼓して顔を上げ、口を開いた。
「お聞きしたいことがあります」
「聞きたいこと? ほぉ」、と城主は、一転して感心した様子を見せる。「つまりお前は、わたしに質問があって来たというわけだ」
「わたし、海に行きたいんです。一度でいいから、海に。だから、城主様に、行き方を教えて貰いたいんです」
「クローネちゃん、何を……!?」
「海か」、とガベラーさんは、自信を喪失したように、どこかシュンとした感じになる。「わたしも、そこそこ長く生きてきたが、未だかつて、機縁が巡ってこず、海へは行ったことがないのだ。だから、遺憾だが、お前に対して、アドバイスをしてやることは叶わない」
――別に、わたしはさほど期待してはいなかった。ダメ元で訊いてみただけのことであって、真に海にまつわる情報に飢えているわけではないつもりだ。
だが、城主の返答を聞き、即座に、虚しさがわたしを襲った。不足のない生活への展望が見えない中、せめて一度は見てみたいとわたしが望む海の話をちょっとでも聞くことが出来れば、活力の源になったことだろう。
「しかし、面白いことを訊いてよこすものだ。娘――否、クローネといったか、お前はなぜ、海を求める?」
そう問われて、わたしは、咄嗟に答えかね、言い淀んだ。
「……見てみたいから」
「見て、どうするというのだ」
「見て……そして……」
自分の目指している目標というのは、他者に問われて初めて、その真価を表すというものだ。
海に行きたい。海に行って、その景色を見たい――というわたしの願望は、実際に現実になったとして、果たして完璧に成就するものだろうか。
わたしが嘗てコリーさんと出会って触発されたことで何度か口にしてきた旅は、ずいぶんあっけない終わりが想像される。
――あるいはわたしは、海に対して、もっと多くの要求を潜在的に持っているのではないか? あるいは海を見ることに代わる、もっと高度で、もっと挑戦しがいのある課題が、隠れているのではないか?
「言わずともよい」、とガベラーさん。「話は以上にして貰う。この後公務があるのだ」
「お忙しい中、ありがとうございました」、とサリーさんが立ち上がって深々とお礼し、わたしは彼女に続く。
ガベラーさんが呼び鈴を鳴らす。すると、どこからともなく足音がし、扉が開き、兵士がひとり、入室してくる。
「お呼びでしょうか、殿下」
「公務に戻る。支度してくれ」
彼は立ち上がり、敷物の上を玉座より扉の方へ威厳を伴って歩いてくる。
彼は道を開けたわたしたちのすぐそばを通り過ぎようとする時、一時立ち止まって、注意した。
「こう言っては悪いが、くれぐれも高望みしないように。メイローゼに馴染みのないよそ者のお前たちに、いきなり高給の職が用意されることはない。生活は保障するが、過度の期待は厳禁だ」
そう言って、城主は部屋を出ていき、扉の側で、召喚された兵士が、彼の後に付いていかず、わたしたちの方をじっと怪訝そうに見ている。
「何をしている、早く外に出ろ! ここは玉座の間だぞ!」
呶鳴られて、わたしたちは慌てて駆け足で部屋を出た。
扉が閉まり、わたしたちは放って置かれたが、サリーさんが、とりあえず城を出て、仲間たちの待っているところに戻ろうと提案し、そしてわたしはその案に同意した。