まだ見ぬわたしの碧色【完結】   作:Yuki_Mar12

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 マークさんに誘導されて家に入ってきたのは、大体マークさんと同い年くらいに見える男のひとだった。ポンチョを纏い、身なりは、旅人らしく、着古したものばかりで、お世辞にも綺麗とは言えない。背丈はやや高く、薄褐色の髪は短く、おでこが露わになっている。

 

「失礼します」、といってブラインドをめくる彼は、ニコニコしていて、その笑顔は人懐っこく、わたしは、特に警戒心を持たなかった。

 

 旅人とその面倒を見る相手とを引き合わせることに成功すると、マークさんは、ひと仕事終えたという具合に、懇ろに去っていった。

 

「何もないところで恐縮ですけど」

 

 と、お母さんが憮然とした感じで、テーブルのそばに突っ立っている彼に言う。

 

 わたしは、じっと彼を、興味深く見ていた。

 

「いえいえ、別に構わないです。雨風をしのげるだけで、十分」

 

「あなた、お名前は?」

 

「コリーと申します」

 

「コリーさん。お腹は空いていらっしゃる?」

 

「実は」、と彼は言い、お腹に手を添えて、苦笑して見せる。

 

「パンくらいはありますよ。ただのプレーンパンですけど」

 

「本当ですか。頂いてもよろしいのですか」

 

 コリーさんはテーブルにバンと両手を突き、目をキラキラさせてお母さんの方へと前のめりになる。

 

「え、えぇ……」

 

 思わず怯むお母さん。

 

 わたしがいらないといったパンを、コリーさんは嬉しそうに受け取り、あっという間に食べ切ってしまった。

 

 彼はパンのお礼に持っていた保存食の内、ドライフルーツや木の実をわたしたちにくれた。

 

 その内のひとつに、わたしはとても関心が惹かれ、受け取った後、灯火に照らしてよくよく観察した。

 

 見たことのない食べ物だった。植物ではなく、生き物を乾燥させて作られたもののようで、香ばしいかおりがした。

 

「これ、何?」、とわたしは、率直に尋ねてみた。

 

 コリーさんは、「サバの燻製だよ。海で獲れたもので作ったんだ。お嬢ちゃん、知らない?」

 

「知らない」

 

「わたしも、聞いたことはあるけど、目にしたのは初めてだわ」

 

 と、お母さんも、興味津々の様子だ。

 

「そうか。この辺は内陸ですもんね」

 

「えぇ。海がないんです」

 

「海って、何?」、とわたし。

 

「海というのはね、どこまでも広がる……えぇと、何と言えばいいのかなぁ」

 

「川よりも広くて長いそういうものがあるのよ」、とお母さん。

 

「そうそう」、とコリーさん。「川よりも大きくて、そして水がしょっぱいんだ。お塩みたいに」

 

「へぇ。わたし、見に行ってみたい!」

 

 わたしがそう言うと、お母さんもコリーさんも、二人して顔を見合わせ、苦笑し合う。わたしは、ひとり、きょとんとする。

 

「海は、遠いよ?」、とコリーさん。「君がもっと大きかったら、旅のお供として、いっしょに連れて行ってあげるんだけどね」

 

「そうね」、とお母さん。「クローネ、あなたはまだまだ小さいし、物事の分別がない。海を見に行きたければ、勉強しないとね」

 

 わたしは、自分の口にした希望が、大人たちに否定されたと知ると、涙がこぼれ、号泣しだしてしまった。

 

 わたしはなだめられ、しばらく泣き続けると、疲れが襲い、自然と寝入ってしまった。

 

 起きると、わたしは藁の布団にすっぽりと包まれており、すでに辺りは白んでいて、コリーさんの姿も、お母さんの姿もなかった。

 

「……?」

 

 ふと、ブラインドがめくられてひとが入って来、お母さんだった。髪が濡れており、身支度を水場まで行って整えて来たようだ。

 

「あら、クローネ。起きたのね」

 

「お母さん、コリーさんはどこにいるの?」

 

「もう行ったわよ」

 

「嘘?」

 

「ホント。さぁ、クローネ。起きたのなら、ちゃちゃっと朝ごはんを食べて、お手伝いの準備をしなさい」

 

 あっさりそう指示すると、お母さんは、また外へ出ていき、残されたわたしは、茫然と、喪失感に浸った。

 

 ただ一晩だけ泊まっただけのひとが、こうまで印象に残っているのは、なぜだろう。

 

 わたしは寝床を出て、あの香ばしいにおいのする燻製を探した。

 

 手に取って、小屋へと差し込む光線を当てて、改めてよく見てみた。

 

 サバの燻製越しに、海というものの情景が、ぼんやりと見えるようで、見えなかった。

 

 どこまでも広がる水の流れ、その光景を、実際にこの目で見たいという意欲が、強く、わたしに根付いているようだった。

 

 

 

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