マークさんに誘導されて家に入ってきたのは、大体マークさんと同い年くらいに見える男のひとだった。ポンチョを纏い、身なりは、旅人らしく、着古したものばかりで、お世辞にも綺麗とは言えない。背丈はやや高く、薄褐色の髪は短く、おでこが露わになっている。
「失礼します」、といってブラインドをめくる彼は、ニコニコしていて、その笑顔は人懐っこく、わたしは、特に警戒心を持たなかった。
旅人とその面倒を見る相手とを引き合わせることに成功すると、マークさんは、ひと仕事終えたという具合に、懇ろに去っていった。
「何もないところで恐縮ですけど」
と、お母さんが憮然とした感じで、テーブルのそばに突っ立っている彼に言う。
わたしは、じっと彼を、興味深く見ていた。
「いえいえ、別に構わないです。雨風をしのげるだけで、十分」
「あなた、お名前は?」
「コリーと申します」
「コリーさん。お腹は空いていらっしゃる?」
「実は」、と彼は言い、お腹に手を添えて、苦笑して見せる。
「パンくらいはありますよ。ただのプレーンパンですけど」
「本当ですか。頂いてもよろしいのですか」
コリーさんはテーブルにバンと両手を突き、目をキラキラさせてお母さんの方へと前のめりになる。
「え、えぇ……」
思わず怯むお母さん。
わたしがいらないといったパンを、コリーさんは嬉しそうに受け取り、あっという間に食べ切ってしまった。
彼はパンのお礼に持っていた保存食の内、ドライフルーツや木の実をわたしたちにくれた。
その内のひとつに、わたしはとても関心が惹かれ、受け取った後、灯火に照らしてよくよく観察した。
見たことのない食べ物だった。植物ではなく、生き物を乾燥させて作られたもののようで、香ばしいかおりがした。
「これ、何?」、とわたしは、率直に尋ねてみた。
コリーさんは、「サバの燻製だよ。海で獲れたもので作ったんだ。お嬢ちゃん、知らない?」
「知らない」
「わたしも、聞いたことはあるけど、目にしたのは初めてだわ」
と、お母さんも、興味津々の様子だ。
「そうか。この辺は内陸ですもんね」
「えぇ。海がないんです」
「海って、何?」、とわたし。
「海というのはね、どこまでも広がる……えぇと、何と言えばいいのかなぁ」
「川よりも広くて長いそういうものがあるのよ」、とお母さん。
「そうそう」、とコリーさん。「川よりも大きくて、そして水がしょっぱいんだ。お塩みたいに」
「へぇ。わたし、見に行ってみたい!」
わたしがそう言うと、お母さんもコリーさんも、二人して顔を見合わせ、苦笑し合う。わたしは、ひとり、きょとんとする。
「海は、遠いよ?」、とコリーさん。「君がもっと大きかったら、旅のお供として、いっしょに連れて行ってあげるんだけどね」
「そうね」、とお母さん。「クローネ、あなたはまだまだ小さいし、物事の分別がない。海を見に行きたければ、勉強しないとね」
わたしは、自分の口にした希望が、大人たちに否定されたと知ると、涙がこぼれ、号泣しだしてしまった。
わたしはなだめられ、しばらく泣き続けると、疲れが襲い、自然と寝入ってしまった。
起きると、わたしは藁の布団にすっぽりと包まれており、すでに辺りは白んでいて、コリーさんの姿も、お母さんの姿もなかった。
「……?」
ふと、ブラインドがめくられてひとが入って来、お母さんだった。髪が濡れており、身支度を水場まで行って整えて来たようだ。
「あら、クローネ。起きたのね」
「お母さん、コリーさんはどこにいるの?」
「もう行ったわよ」
「嘘?」
「ホント。さぁ、クローネ。起きたのなら、ちゃちゃっと朝ごはんを食べて、お手伝いの準備をしなさい」
あっさりそう指示すると、お母さんは、また外へ出ていき、残されたわたしは、茫然と、喪失感に浸った。
ただ一晩だけ泊まっただけのひとが、こうまで印象に残っているのは、なぜだろう。
わたしは寝床を出て、あの香ばしいにおいのする燻製を探した。
手に取って、小屋へと差し込む光線を当てて、改めてよく見てみた。
サバの燻製越しに、海というものの情景が、ぼんやりと見えるようで、見えなかった。
どこまでも広がる水の流れ、その光景を、実際にこの目で見たいという意欲が、強く、わたしに根付いているようだった。