戦線を離脱したわたしたち、年少者は、衛兵のリベルタさんを先導者として、とりあえず、安全を確保できる避難所を目指すことにした。
晩夏の森に充満する空気は、もう真夏のものではなく、ひんやりとして、またほんのり湿り気を帯びていた。何となく、日が暮れて暗くなることが、怖いように予想された。
わたしたちが退避してきた森林は、戦場を挟んだ山脈の反対側にあって、身を隠すのには不足がないくらい深かった。木々は鬱蒼と列を成し、野の草花が生い茂っている。
隆起のない平地の森の中には、洞穴などの雨風を凌げるところがある見込みは薄かった。
だが、わたしたちは、しばらく歩き続けた後、森の奥に、ある廃墟を発見した。
その廃墟は、わたしたちがサリーさんをリーダーとしてサラメーナより旅立って以後、初めて休憩所として寄ったものと、趣きはとても似通っていた。石造りだった建築が、風化によって朽ち果てており、屋根がなく、あるのは崩れた壁だけであり、その壁には、ツルがはびこって、廃墟に空恐ろしい雰囲気をまとわせていた。
ここで休もうと、リベルタさんが言い、わたしたちは彼に付き従った。
わたしを始めとして子供たちが、それぞれ自分の居場所を選び、腰をおろす。
わたしは今ようやく、逃げてきた面々をまじまじと見るようだった。
人数は少なく、わたしを除き、4名いる。3人が男子で、1人が女子だった。
自然と、男子は男子で固まり、女子は女子で固まった。リベルタさんを間に挟んで男女は両側に分かれた。リベルタさんに馬はその辺の木に繋がれた。
暫時、わたしたちが休息して心身をある程度落ち着けると、リベルタさんが非常食として干し肉を分配した。干し肉はかたく、口寂しさを紛らわすには充分だった。
「怖かったね」、とわたしの隣の女子が言う。「何でわたしたちまで駆り出されなきゃいけなかったんだろう」
彼女は大体わたしと同年齢くらいに見える。マントを羽織り、濃い褐色の髪は、三つ編みになっていて、二本の螺旋が肩より胸元まで下りている。垂れ気味のパッチリした目と、小さい鼻と口は、彼女を華奢に見せていて、戦場など、到底似つかわしいと思わせない風貌だった。
「そうだね」、とわたしは答える。「でも、こうして逃げてこられてよかった」
わたしは、彼女のマントを見つめ、「ねぇ」、と訊いてみる。「そのマントを羽織って、戦ったの?」
「ううん」、と彼女は首を振る。「流石に、戦場では羽織らずに、腰に巻いてた。風に簡単になびくし、掴まれたら大変だもんね」
「そっか」、とわたしはサッと答える。
わたしたちはおずおずと見つめ合う。わたしは、ちょっと照れ臭くて、気まずい。きっと相手も同じだろう。
相手の名前を訊くセリフが、ほとんど被った。
わたしたちは苦笑し合う。
「わたしは、クローネ」
「そう。わたしは、ファーチェ」
「ファーチェ。いい名前だね」
「ありがとう。クローネも、可愛いと思うわ」
照れ臭さを隠すように、互いに褒め合う。ちょっと白々しいけど、自然と笑みがこぼれる。
男子は男子同士で、何やらしゃべっている。
リベルタさんは、ひとりウトウトと舟を漕いでいて、全体的に、ムードは穏やかだ。
だが、わたしはふと、気落ちする。
そうだ。和やかに笑っていていい状況ではなかった。
「どうしたの、クローネ?」、と、ファーチェがわたしの不安を察し、覗き込むようにして尋ねてくる。
「うん。わたしのお母さんも、戦争に参加してね、まだ、戦場に残ってるんだ」
「……」
ファーチェは絶句した。きっと、彼女はメイローゼの子で、お母さんは町で安全に過ごしているのだろう。
わたしには、彼女に対して、妬みも嫉みもなかった。ただ、今まで和気藹々としていたのが、わたしの気落ちによって、雰囲気を悪いものに転じさせてしまったことが、悔しかったのだ。
「ごめん」、とファーチェが謝る。「どういう言葉をかければいいのか、分かんなくて……」
「いいの」、とわたしは半ば強がって返す。「わたしは、お母さんが無事だって信じてるから」
「そう。強い子ね。クローネは」
「強くなんかないよ。むしろ弱い。弱くって、お母さん無しじゃ、生きていけないと思うから、お母さんの無事を信じたいの」
わたしのように、不安の種を戦場に残してきた者は他にもいるらしく、温かみのあった雰囲気が、段々と冷え冷えとしだし、わたしたちが、戦場を去りはしたものの、運命の裁定がまだ暗雲に覆われた空のように間近に控えていることを、慄然と悟るのだった。
リベルタさんの小さいいびきだけが、儚い平穏を示唆しているようだった。