角笛が鳴れば、わたしたちのいるところまで、合戦の終了を示すその音色は、響いてくるのだろうか。
わたしたちの位置と戦場との間にいかほどの隔たりがあるのか、はっきりとしない。
今わたしたちはとにかく、先へ歩き続けるしかないのだろう。
「メイローゼまでの道のりは分かるんですか? リベルタさん」
わたしは訊いてみる。
「あぁ。大体だが、分かる」、と彼が答える。「この森も戦場も、さほど町から離れていない。方角さえ間違えなければ、ちゃんと帰り着ける」
――わたしたちは、ひたすら足を運んでいった。
日暮れまでの時間の全てを費やす必要はなく、明るい内に、わたしたちはメイローゼへと戻ることが出来た――とはいえ、相当の疲労はあったけれど。
町の出入口にピリピリした雰囲気を纏って立ち番している衛兵が、わたしたちを目にすると、驚いたように目を見張った。無事に帰還出来たことを喜ばれ、わたしたちは、中へ促された。
町に着いたが早いか、ファーチェも、3人の男子たちも、それぞれの家へと帰るために散り散りとなり、残ったのは、わたしとリベルタさんの二人だけだった。皆、家族のことが心配のようだった。わたしは、お母さんがいないので、ひとりだけ置いてきぼりにされ、ずいぶん心細い気持ちになった。
「無事だといいが。お前の親」、とリベルタさん。
「そうですね。そう、祈ってます」、とわたし。
わたしたちは、町の出入口付近の広場で、見るともなしに、道の彼方をぼんやり見遣っていた。
リベルタさんは、天を仰いだ。晩夏の空は夕べに差し掛かってもまだ明るく、だが、雲は、真夏にあった綿雲ではなくなり、平べったい羊雲が、列を成して浮かんでいるのだった。
「今まで、戦争などなかったというのに。時代の流れとして受け入れて、諦めるしかないんだろうか」
「わたしには何も詳しくは分からないですが、世の中では争いが増えているみたいです。前の村で聞いた話ですが」
「おれも、そういう噂は何度か耳にしていた」
リベルタさんが、空を仰ぐ顔を元に戻す。
「だが、こうして自分の町まで影響がやってこないと、時代の波なんて、そう安易には信じられない」
「わたしの村は、戦争ではないですが、よその領主か誰かの一存で、一日にして解散させられました。村長は簡単に屈して、わたしたちを見捨てました」
「前に聞いた気がする……ひどい話だと思うよ」
「仮に、メイローゼがこの戦に負ければ、わたしたちは、町は、どうなるんですか?」
その問いの後、リベルタさんはしばし腕組みして熟考し、悩んでいるようだった。
「結局」、と彼が言いかける。「お前のふるさとと同じようになるんじゃないか。勝者が全てを得、敗者が全てを失う。単純明快さ」
「この町は滅ぼされるんでしょうか」
「さぁ、どうだろう。メイローゼには城があるが、籠城戦が出来るほどの規模じゃない。戦場での戦いに負けたら、素直に町を明け渡すしかない気がする」
「……」
恐怖と共に、わたしは、リベルタさんは、他の町に残る皆は、味方の凱旋をじっと待ち侘びた。
晩夏の日がようやく暮れかかった頃、戦場の平野へと続く道の向こうより、ひとの群れの近付いてくる影がうっすらと見え、ようやく、帰ってきたようだ。乗馬しているひとと、歩きのひととが混ざっている。ガベラーさんが、中央にいて、一際目立つ。
わたしは単身、駆け寄っていき、肉親の姿を必死に探した。
クローネ、という呼び声がし、その方を向くと、お母さんの姿が見えた。
わたしは人混みを掻き分けて彼女へと一心不乱に向かい、互いに抱擁し、無事を祝った。
だが、安心は出来なかった。(喜び過ぎたばかりによく見えなかったが、周りの人々の目が、ひどく冷たく、落ち込んでいるようであり、また絶望しているようでもあった。着ている衣服や装備も、ドロドロで、汚かったり傷付いたりしている。)
――お母さん曰く、戦争は、決着が付かず、後日、再戦することになったようだ。
「サリーさんは? あのひとも、いなくっちゃ……」
「あぁ、サリーさんは……」
お母さんの顔が曇る。わたしは、敏活に、彼女の運命を察する。
「――サリーさんは……死んだわ」
「えっ……」
「トニオ村長が敵にいて、彼女は、彼をやっつけに行って、刺し違えたの。つまり、トニオ村長も、死んだ」
「トニオ村長が死んだのに、戦争は終わってないの?」
「彼は、敵の指揮官じゃなかったのよ。ずっと偉いひとが、上にいるんだと思う。戦争は激しい攻防になった。お互いに必死に削り合って、サリーさんもそうだし、他のひとたちも、命を落とした」
わたしとお母さんを避けて、帰還するひとたちが町へとトボトボ向かっていく。いつしか、わたしたち二人だけが、道にポツンと取り残された格好になる。
サリーさんが亡くなった。サリーさんを、わたしは最早頼りにすることが出来ないのだと観念させられることになった。
彼女の記憶が、めくるめく蘇る。旅でのこと、メイローゼ城でのガベラーさんへの謁見。知性に恵まれた彼女のしなやかなる身のこなしに、男のひとたちすら統べる頼もしいキャプテンシー。
メイローゼが、そして後日に続く戦争が、どういう風になるかは予断を許さない。
あるいは、また旅立たないといけなくなる可能性が、ないとは限らない。
だが、その時わたしには、とても信頼出来て、ふるさとが同じで、未来への意志もほとんど共通している才媛であるあのサリーさんを伴っていくことが、最早叶わないのだった。