あの頃――マークさんがわたしの家を出し抜けに訪問し、その存在が本当かどうか定かではないが、きっと存在するのだろうと彼の口ぶりと人懐っこい印象が信じさせた、海原についての話をしてくれた頃というのは、今より、たった数年前の最近ことだと言えばそうだし、すでに数年も経ってしまった昔のことだと言っても、大きい間違いではない。
あの頃と比べて、今がどうなったかというと、大幅に変わっているということはないが、いい方へと、幸せになる方へと動いているかというと、悲しい哉、否定せざるを得ない。
わたしはもう、あの頃のように、すぐ泣きじゃくるなどといった真似はしなくなり、ある程度の分別は付いたと思う。まだ弱冠12歳に過ぎない子供だけど、日々の労働に従事し、お母さんの苦労の滲む面差しを眺め続けながら、思考と想像を積み重ね、自身の内面というものが、何となく、形成されてきた。
だけど、わたしは、冴えない少女であり、未だにわたしのやっていることは、お母さんのお手伝いの域を出ず、指示する人間がいなければ何事も満足に出来ない未熟者だった。
何より、わたしは、分別がある程度付いたなどとみずからのたまいながら、今も尚、コリーという旅人の語った海という存在への遥かなる憧憬を捨て切れずにいる。否、捨てるなど到底出来ない。むしろ、その憧憬は、わたしの生活の奥深くまで浸み込み、最早拭い去れないほど強固に定着してしまっている。
言葉を知って学び、操れるようになって、自分と近しい子供に対して、海について尋ねてみても、名前は知っていても、その実態を知らないということが普通だった。わたしは、海はすばらしいところだというイメージを持っていたが、ある子はひとを喰う恐ろしい生き物が潜んでいるらしいと言い、またある子は、深さがすごいあってあっという間に溺れ死んでしまうらしいと言い、わたしは、その実相を知りたくて、更に興味を持ったものだ。
コリーさんはきっと知っているだろうと思っても、当人はとっくの昔にサラメーナを去っていておらず、わたしは、いつか大きく、立派になったら、この村より旅へと出て、海へと向かいたいと、ぼんやり夢想するようになった。
だが、その夢想を現実へと呼び寄せるには、わたしの置かれた状況は、芳しいものではないようだった。
毎日毎日、領主に顎で使われる隷従の日々。体を必死に動かしても、得られるのは二束三文であり、田畑が豊作であっても、大半は税として徴収される。天気に恵まれずに不作だった時など、悲惨であり、手元に残るものはほとんどない。
住処である藁の小屋は、わたしの小さい頃よりずっと同じ状態であり、変わったことといえば、わたしが成長して大きくなり、母がやや老けて白髪が増えたくらいのものだった。
いつか、わたしが望むように、わたしが海への旅へと出られる宿願の日は、今のこの隷従と労働の日々を従順に粛々と未来へと続けていった先に、果たしてあるものなのだろうか……。