雲は、夕方に差し掛かる頃にはおおかた流れ去り、雨がやんで、青天井が覗いた。雨上がりの町に吹く風は冷ややかで、秋の気配を含んでいるようだった。
だが、季節の移ろいにしみじみ耽ることは出来なかった。
次なる戦いに必要である英気を養うため、町のひとたちは、戦後の一日をゆっくりと過ごした。
次の日は晴れで、わたしは、ファーチェといっしょにいた。彼女は、メイローゼに来て始めて、わたしが親交を結べた相手だった。ほぼ同齢であり、同性であり、気遣わしい上下関係がなく、彼女といると、わたしは気楽だった。自然と、わたしが彼女のもとへ足を運ぶ頻度は増えた。
「クローネは、サラメーナの子なんだよね」
「前はね。今は違うけど」
わたしたちは、おしゃべりして、町を巡っていた。そういえば、まだお互いの詳しいプロフィールを交換していなかったので、いい機会だった。町は、以前と比べてひと気が疎らで、閑散としている。
「どういうところだったの?」
「大したところじゃないよ。農業が主立った産業で、他は特にない。家とは呼べないボロい小屋があったりして、ずいぶん鄙びてた」
「そっか。けど、わたしも実は、よそから来たんだよ」
「嘘。そうだったの?」
「うん。お父さんが遍歴職人で、前にいた町の親方の指示で、ここに引っ越してきたの」
その親方は、彼女曰く、メイローゼを知らず、前の町に親方を増やす余裕がなかったので、厄介払いのために移動を命じたという。
「ということは、ひょっとすると、またファーチェは家族と、よそに行くことになるかも知れないんだね」
「そうだね。けど、お父さんはこの町で親方になるつもりみたい。うまく行くといいんだけどね」
「ふるさとは、遠いの?」
「結構、遠いかも知れない。海辺の町で、そこでわたしは、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃんといっしょに暮してた」
「海……? ねぇ、ファーチェ。今、海って言った?」
わたしは驚いて、いったん立ち止まり、ファーチェは、ちょっと離れてから立ち止まり、後ろを振り向く。
「うん。言ったよ」
ファーチェがきょとんとし、怪訝そうにしている。
わたしは、彼女の隣へと行き、再び足並みを揃えて歩きはじめる。
「わたしは」、と彼女は話を続ける。「今、お父さんと暮らしてる。ふるさとのおじいちゃんとおばあちゃんは、高齢で病気がちで、旅なんてとても出来そうになかったから、離れ離れになっちゃった。今も元気にしててくれればいいけど、どうなんだろうね。寂しいなぁ」
――わたしは、半分上の空で、耳を傾けていた。
海というキーワードが出たことで、わたしは、ずっと薄暗い内面に光明が差し込んでくるようだった。
ファーチェはだが、死んだマークさんとは違って、ただの少女で、旅の同行者として見るには無理があった。
だが、運命というのは、折に触れて粋な計らいをしてくれるものだ。
わたしと海の間には、ずっと繋がりがなく、わたしが海へと接近するのに、跳躍が必要だった。大胆さや、精力や、剛勇さが必要だった。
だが、今、ファーチェという海辺の町をふるさとにする少女とわたしは出会い、知己の間柄となったことで、わたしにとって、海という存在が、ちょっとばかり、身近になったようだった。
*
わたしは後で気になって訊いてみたが、ファーチェの母親は、すでに病に斃れていないそうだ。
彼女は現在、父親と二人で暮らしている。
髪の結い方や、その他の作法は全て、母親に習ったことのようで、母親について語る時、ファーチェはひどく懐かしそうで、傾聴していたわたしも、思わずしみじみし、すでに亡くなっていることが、残念で仕方がなかった。