まだ見ぬわたしの碧色【完結】   作:Yuki_Mar12

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Chapter III 変わってしまった故郷
(1)


 

 

 

 ひょっとするとメイローゼが戦争に勝つかも知れないというその可能性を完全に否むことの出来ない以上、逃避行は絶対ではなかったと言える。どれだけ旗色が悪くとも、終戦の前に勝ち負けを断定することは早計である。敵の統率が乱れるかも知れない、夜襲が実は強行されたもので、士気が高くなく、意外と脆弱かも知れない、裏切者が現れるかも知れない……等々、可能性を考えれば終わりがない。

 

 だが、メイローゼのあり得る勝利は、しょせん楽観論に過ぎず、わたしたちは、あらゆる事実を精査し、また思考した上で、結局、逃避行を選択したのだった。

 

 地図がなく不便極まりない旅の苦行がまたしてもわたしたちの上に落ちかかって来、わたしたちは試練を与えられたのだった。

 

 ガベラー夫人と彼の息子が、わたしたちの中に混じっている。恰好は清潔だけど、着用しているものは、庶民とさほど変わらず、親しみが持てたが、その境遇を思うと、気の毒で仕方なかった。

 

 わたしたち、メイローゼをおわれた人々の中に、異郷の者が三名いる。ファーチェとそのお父さんのふたりが、海辺の町の出身。後のひとりは、リベルタさんで、砂漠の町の出身。

 

 リベルタさんの来た砂漠は、わたしとお母さんを始めとして、サラメーナのひとたちに、決して足を踏み入れてはいけない地として周知されており、今回の旅先とするには、やはりためらいがあった。

 

「アルナシルプ……懐かしいが、砂漠なんて、おれもあえて行こうとは思わない」

 

 と、リベルタさんが言う。

 

 夜中、わたしたちはひたすらメイローゼを離れる方へと歩いていた。辺りには草がボーボーに生えており、微かに草いきれがにおった。広い森の中の比較的木々の少ないエリアのようだった。数人が持ってきたランプを灯しており、進行はさほど困難ではなかった。

 

 出来る限り早く行き先を決めないと、いたずらに疲労をためるばかりだった。

 

「少なくとも人間の足だけで渡ろうとするのは、おれは絶対反対だ。砂漠の足場は歩くのに都合がずいぶん悪い。一歩一歩、全てが砂の中に沈んでいく」

 

「ねぇ、お父さん」、とファーチェ。「わたしたち、ポルトオレアを出て、船に乗ったよね」

 

 ――ポルトオレアというのは、彼女と彼女の父の出身の港町のようだった。

 

「あぁ」、とファーチェの父が返す。「確か、中型の帆船だ」

 

 彼の名はティーク。年はわたしのお母さんと大体同じで、頭皮が若干透けて見えるくらい薄い髪の毛を、うなじ程まで伸ばし、後ろに撫で付けている。

 

「今でも、港から出てるのかなぁ」

 

「さぁ、どうだろう。定期的に出ている船なら、再び乗ることが出来るだろうが。これだけの人数分の運賃が、用意出来るかどうか」

 

「ティークさん」、とわたし。「二人が来られたポルトオレアの町まで、記憶を遡ることは可能ですか?」

 

「ううん」、とティークは俯き気味に、渋い唸り声を出す。「すでに数年の歳月が去り、わたしたちが旅してきたルートはずいぶんおぼろげになった。また、わたしたちは、明確に決まった旅路を行くのではなく、船を管理・運行する船長の計画に自分たちの行き先を委ねていたので、猶更思い出すことは難しい」

 

「成るほど、そうですか……」

 

 わたしは落胆した。目的地として、砂漠と海のどちらかを任意に選択出来るとすれば、わたしは確実に海を選択する。ところが、詳しく聞いてみると、ティーク親子が辿った旅路は、すでに月日の経過に晒されて忘失されている上に、彼等が最後に下船したのは河川だったということで、よしんば彼等の旅路を遡行出来るとしても、海はきっと遼遠なのだった。

 

「川が見つかれば、船も海も、手がかりを得られるのでしょうけど」

 と、お母さん。

「航路として利用されるほど幅があって、また荒れたりしない流れの緩い川って、あるのかしら?」

 

「探してみないと分からない」、とリベルタさん。「だが、悠長に探している余裕もない」

 

「砂漠か……」、と彼が半ばぼんやりと呟く。「季節は秋の始め。日中の気温が落ち着き始めた今なら、あるいは、必ずしも行けないことはないのかなぁ」

 

 砂漠にも、川を探しにも行かず、元いたサラメーナ、あるいはメイローゼに帰るという選択肢は、決して、ないではなかった。

 

 だが、両方ともきっと、わたしたちの知る村でも町でもなくなっているだろうことは、強い確信と共に推断された。移入を受け入れられるかどうか定かでないし、わたしたちが習熟した仕事は、当地では恐らく要らないものになっており、すでに人手が足りていれば、新しい働き手など余分でしかない。

 

 そもそもの話、元々住んでいたが、外敵の侵略を受けたところに戻るということに、何かわたしたちの胸を悪くさせる毒があった。

 

 わたしたちが目指すのは、健やかに生きていける土地であり、ふるさとと称するに相応しい環境なのだった。

 

 だが、戦乱の頻発するこの時代、わたしたちは、自身を弱者と認め、力を持つ強者の支配の手に、潔く観念して全てを委ねるべきなのかも知れない――そういう風に、時々思われるようになった。

 

 

 

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