ずっと歩き回っていれば、いずれ人里は見つかるのだろう。
だが、闇雲に歩いて、文明のない剥き出しの自然の奥深くに迷わないとも限らない。
街道が使えれば、旅はずっと容易になるのだが、わたしたちは流浪の身で、人目を憚るのだった。
人数は多い。何十人といる。知らない顔の方が、知っている顔より多い。
この大人数で固まって人目を避けて移動するというのは、流石に無理があった。
この辺の野原や森林を管理・所有する豪族の手下が、あちこちにおり、偶然遭遇する度に脅迫され、わたしたちは散り散りになり、そういうことを繰り返す内に、人数が減っていった。逃げてどこかへ行ってしまったひとや、蛮族の手に落ちて身柄を拘束されたひとや、凶刃に斃れたひとなどがいた。悲しんだり、驚いたり、憤ったりする余裕はなかった。死に物狂いで、わたしたちは逃げるのだった。
わたし、お母さん、ファーチェとティークさん、リベルタさん、ガベラーさん夫人と彼の子息、そして、数人の町民。離散せず、残っているのはこの面々だけだった。
短兵急に逃げてきたわたしたちのほとんどは丸腰であり、襲われれば、なす術がなかった。逃げられず、離れ離れとなったひとたちは、やっぱり高齢のひとや女性など、身体的に有利でないひとたちが大半だった。
最期を覚悟しなければいけないのかと自問自答することが何度かあり、わたしのみならず、皆、精神的に参ってきていた。食事もまともにせず、睡眠も勿論、まともにしないで旅している。
「くそったれ」
と、リベルタさんが悪態を吐き、足元の石ころを蹴とばす。
「この世に神様なんて、いやしねぇ。こうして野垂れ死にするように、おれたちはきっと運命付けられてるのさ」
「自暴自棄にならないで」、とわたしが言う。「この苦境を耐え抜けば、きっと光が見えるはずですから」
――サリーさんが生きてここにいるとすれば、そういうことを言って、励ましてくれただろうか。
「一丁前にきれいごとを抜かす。ガキの分際で、知った口を利くんじゃねぇ」
リベルタさんの怒声に、わたしはビクンと怯んだ。
「ちょっと」、とお母さんが間に割って入る。「あなた、イライラするのは勝手だけど、娘に当たらないでくれる? 弱い者いじめなんか最低よ――大体、あなたは優しい人柄だったじゃない。どうしたっていうのよ?」
リベルタさんは、チッと舌打ちし、やや離れて歩く。
わたしは、とても気まずい気持ちになる。
「捨てる神があれば、拾う神もある」
と、ティークさんが呟く。
「自助はもちろん、大前提だが、ひょっとすると、誰か頼りになるひとが、今後現れるかも知れない」
「そうね」、とファーチェ。「そういう存在を、わたしは信じたい」
……夜中にメイローゼを脱出してから、丸一日が過ぎた。二日目の夜中。
森林をずっと進んでいくと、川が、横に通っていた。そこそこ幅広の川の前で、わたしたちは立ち止まった。
橋は近くに見当たらず、どう渡ればいいのか、考えものだった。
「どうしよう。泳いで渡るか?」、とリベルタさん。(機嫌はずいぶん落ち着いたようだ。)
「服を濡らすとよくないんじゃない」、とお母さん。「風邪ひいちゃうかも」
「かといって、回り道するわけにも、ここで立ち往生するわけにもいかないだろう」
「……そうね」
たいまつの火が、岸辺をぼんやり照らしている。流れはさほどきつくなさそうだ。
「お先」、とリベルタさんが言い、先頭を切って川に入り、たいまつを水に浸けないようにして、器用に片手と両足で泳いでいく。
その様を見て、他のひとも続々と川を泳ぎだす。わたしも、お母さんも。
川水は冷たく、向こう岸に上がると、水を吸った服がべったりと肌にまとわりついて気持ち悪かった。
「脱落者はいるか」
と、リベルタさんが辺りを見渡し、言う。
「全員揃ってる。よし」
わたしもざっと、誰かの在不在を確かめる。問題はなさそうだった。
皆、水浸しの服を手で絞っている。
川を渡った先は、坂道となっており、上に続いている。
「山なのかしら」、とお母さん。
「のぼるぞ。高所から見下ろせば、この辺の地形がある程度、把握できるだろう。夜明けにはきっとそこそこの高さまで行けるはずだ」
彼の意見に異を唱える者はいなかった。
余力を振り絞ってわたしたちが山道をのぼっていくと、しばらくして後方より声がし、ファーチェが追ってきている。何か後ろでやっていたようだ。
「どんぐり、集めてきた。お腹を満たすには足りないけど、どうぞ」
彼女は一人一人に彼女が採取した木の実を分配していった。
わたしも何個か貰い、殻を歯で割って口に入れてみたが、渋味が強く、とてもおいしいと言えるものではなく、はっきりいってまずかった。
だが、胃袋に何か入ると、心なしか精力が回復してくるみたいで、様々ある困難や悲しい思い出による憂鬱を何とか耐え抜いてみようという気概がほのかに芽ぐんでくるのだった。