元々ひとつの集団で動いていたわたしたちは、山の峠で、二手に分かれることにした。片方は、メイローゼを目指し、もう片方は、サラメーナを目指した。
わたしはサラメーナへと行く方に属しており、わたしの他には、お母さんと、ファーチェ、そして彼女の父であるティークさんの3人がおり、全員合わせて4人だった。
わたしがサラメーナを目的地としたことに関し、理由を追及するひとはいなかった。皆、住まわせてくれるようにわたしがうまく交渉するなどと想像していたのかも知れない。だが、わたしは、サラメーナをあくまで旅の経由地のひとつとしてしか見ていなかった。サラメーナを定住地とするのは、わたしたちにはきっと無理だろうという直感があった。勿論、その直感の当否は、現地に赴いて確かめないといけないのだけど。
誰が言うでもなく、先頭を歩いて道案内の役を担うのはわたしだった。ファーチェとティークさんは、そもそもサラメーナを知らないし、お母さんは、先導など出来ないと意固地に言い張って聞かなかった。
ファーチェがそばに付いてくれており、わたしは彼女としゃべることで気晴らしとし、他方、お母さんとティークさんは、わたしたちの後ろで、自己紹介をかねて、大人っぽく丁寧に言葉を交わし、互いに打ち解けようと試みていた。
まだひとつの集団で、砂漠を目指していた時は、難しい局面を控えていたせいか、重々しい雰囲気が全体を包んでいたが、分かれた後は、その雰囲気が和らいだ気がする。
日が暮れ、暗くなりだし、わたしたちは無理に旅を続けようとはせず、その辺で野宿することにした。
わたしたちはすでに山を下りてきており、後は一路、サラメーナへ進むばかりだった。
リベルタさんや、ガベラー夫人とその息子など、メイローゼへ向かった一行のことが気になるし、また、戦後のメイローゼの町がどうなっているのかも気になるけど、くたびれているのか、あるいは遠慮なのか、誰もそのことに関して、口にしようとしなかった。皆、食用の木の実を口に入れて、互いに程々に、付かず離れずの距離をあけて、最低限の会話しか交わさず、休むことに専念した。
一夜明けて、わたしたちが旅を再開し、ほとんど丸一日かけて徒歩旅行を続けると、森林の鬱蒼とした獣道より、開けたところに出た。均されており、整備された道路のようだった。
まだ明るい夕陽が森の中に差し込んでいたが、宵闇の訪れは、そう遠くないようだった。
「道のようですが」、とティークさん。
「えぇ。そうですね」、とお母さん。「街道なのかしら。けど、見覚えがないし……」
わたしたちがサラメーナを発って、すでにふたつの季節が過ぎている。周縁の環境があの頃と何も変わらずにあるという断定は出来ず、むしろ、農村が宿場町に編成し直されるという当地の事情を考慮すれば、環境の変化は頷けるし、見覚えのない道路が通っていても、おかしくはない。
ふと、道路の向こうより、こちらの方へやってくるひとの気配がする。ひとりではなく、複数人。
隠れるべきか迷う間もなく、彼等はわたしたちの近くまでやってきた。
緊張感が走る。
「――?」
軽装の兵士が3人。全て男で、兜を被っていないが、肘当てや膝当てを付けており、揃って弓を持って、矢の入った
「むむっ」
内ひとりが、わたしたちをまじまじと見、品定めでもするように、顎に手をやり、頭の上より足の爪先まで舐めるように観察する。
「身なりからして、どう考えても貴人ではない。ただの賊か、物乞いか」
と、彼が呟く。
「暇潰しに狩りをしに森へ来て、はじめに出くわすのが、よもやにんげんとは……やれやれ」
と、別のひとりが言う。
「どうする?」
と、最後のひとりが問うが、まさか彼等は、わたしたちを『狩る』つもりなのだろうか。実際、彼等にとってわたしたちは、活殺自在の雑魚ではある。
わたしは、最悪の事態を覚悟する。
「あの」、とわたしが、彼等の話の腰を折るつもりで、勇を鼓して言いかける。
兵士たちは、わたしの発言にやや驚いた様子を見せる。まさかわたしたちが口を利くとは思いも寄らなかったという感じだ。
「わたしたち、サラメーナを探しているんですが」
「サラメーナ。あぁ、この道を行けば、やがて着く。その頃には日が暮れているだろうが、そう遠くはない」
と、品定めをした兵士が、道の向こう(彼等のやってきた方面)を指差して言う。
意外と親切みたいだ。
「ありがとうございます」、とわたしは礼を述べる。
「お前、金はあるのか? 無銭であれば、行くだけ時間の無駄だ。サラメーナは、宿場町で、どの宿も有料だ」
「お金は、あります」
そう言ってわたしは、ガベラー夫人に貰ったコインを見せる。
「ほぉ、成るほど」、と彼は感嘆する。「ひとは見かけによらないものだ。てっきり物乞いかと思ったが」
「おい」、と別の兵士が注意するように、渋面で彼に呼び掛ける。「あまり道草を食うんじゃない。さっさとやることをやって帰ろう。俺はこいつらなどに興味はない。こいつらはどうせ領土を逐われるなどした、卑しい賤民だろう。その娘が持ってる金も、あるいは贋物かも知れない」
「まぁ、確かにそうだ」
彼の一言で、彼等全員の注意がわたしたちより逸れ、「それじゃ」、という軽い挨拶と共に、彼等は、わたしたちのそばを通り過ぎ、どこかへ行ってしまった。
わたしたちは、彼等を見るともなしに、見送った。緊張感が解け、ホッと一安心だ。
「何よ」、とお母さんが憤然と言う。「ひとを汚いネズミか何かみたいに」
ティークさんが、「まぁまぁ」、と、プリプリ怒るお母さんをなだめる。
「サラメーナはこの道の先だって、あのひとたち、言ってた」
と、ファーチェ。
「うん」、とわたしは頷く。「日が暮れる頃には着けるって。行こう」
わたしはそう言って、再び歩き出す。後に、ファーチェ、お母さん、ティークさんが続く。
わたしたちはようやく人里の近傍まで辿り着き、しかもサラメーナという、わたしとお母さんの故郷だ。だが、今は宿場町となって、昔とは様相が変わっていることだろう。
オレンジ色の木漏れ日が、足元にたゆたっている。
――わたしが思うようにことが運べばいいが、実際にどうなることか。
不安だった。
わたしがリベルタさんたちの旅の無事を祈ったように、彼等もわたしたちの旅の無事を祈ってくれているといいのだが……。