わたしたちが偶然道で行き合わせた兵士の言った通り、わたしたちは、道なりにしばらく進み、辺りが暗くなった頃、サラメーナに着いた。
サラメーナは、わたしとお母さんの故郷であり、たくさんの思い出の集積した場所であるが、わたしたちは、人里に到着して安堵する一方、帰郷の感動はほとんどなかった。
当地は、予測されたように、わたしの知る農村ではなくなっており、まず、以前はなかった、町の内外を区切る高い壁に囲まれていて、壁の向こうに、三階建てくらいまでの建築の屋根の部分がのぞいている。
争いの絶えない今の世相が反映されているのだろう、かつては出入りが比較的自由だった鄙びた農村が、今ではひとの出入を管制される発展した町となり、町を出入りする者は、身分の証明や旅の目的の説明のため、常駐している門番といちいち問答を交わさないといけない。
ファーチェとティークさんは、すっかり従者然として、わたしとお母さんのガイドを頼りにしているが、わたしもお母さんも、すっかり変わって馴染みのなくなってしまった故郷に関して、教えられることは特にないのだった。
わたしの働いていた田畑も果樹園も、きっと整地されるなどして、なくなっているに違いない。
トニオ村長は先の戦争で斃れ、鬼籍に入った。今のサラメーナに、かつての模様を記憶しているひとは果たして残っているのだろうか。
町へ入ろうとすると、ちょうど、門の扉が閉められる最中だった。
木製の分厚い二枚扉の片方が、門番の手で重そうに閉められていく。
「待ってください!」
と、わたしは叫んで、他の三人と一緒に、急ぎ足で門前まで向かい、門番を制止する。
門番の男は扉を閉める手を止めると、ハァというため息と共にいささか鬱陶しそうにわたしたちを見る。(だが、一抹の憐憫もあるようで、そのために彼は、扉を閉める手を止めたようだ。)
「訪問者か?」、と彼。
「はい。門をくぐりたいです」
「ったく……ギリギリに来やがって」
「まだ間に合いますか?」
「間に合わないことはない。お前たち次第だ。見たところ、あまり上等ではなさそうだが……」
わたしたちはまた、軽侮の目を向けられる。汚れた衣服に靴。整っていない髪。隠しきれず滲み出る流浪者の雰囲気。わたしたちの出で立ちは、好印象を与えるとはいえないものだった。
「先に言っておくが、サラメーナは宿場町だ。それも、高級宿ばかりのな。貧民宿を探しているなら、よそへ行け」
「だけど、宿しかないってことはないでしょう」、とお母さん。「パン屋とか風呂屋とか、あるでしょうに」
「用件を言って門番のおれを納得させられれば、中に入れてやる。荷物を届けに来たとか、商店に品物を納めに来たとか――尤も、そういう場合は、合い印の提示を求めるが」
――合い印とは、割符のことだ。二者の間でひとつのものを二分割して各自所持し、合わせることで、契約などの証明とする。
だが、あいにくわたしたちは、かつて住んでいたことがあったとはいえ、現在において、サラメーナとは無縁だった。当然、合い印など持っているわけがなく、尤もらしい用事を捏造して偽ることも、発想力に乏しく、出来そうになかった。
門番が、二枚扉の内の片方を、重々しい軋みと共に完全に閉じ、閉まっていない方のスペースに立つ。
「そうか」、と彼は合点が行ったように言う。「お前たちに、正当性のある事情はないか。であれば、仕方がない。とっとと引き返すがいい。日は落ちたのだ」
辺りは暗く、門壁の燭台の篝火だけが明るい。
「事情は、あります」
と、わたしは言い、掌中にコインを握り締める。
「宿に、泊まりに来たんです」
お母さんとファーチェとティークさんが、すぐ後ろでわたしと門番のやり取りをじっと見守っている。わたしの緊張感と、彼等の緊張感が、空気を通じて呼応するようだった。
「宿に?」、と彼は目を丸くする。「だが、さっきも言ったが、サラメーナに、無賃で泊まれる貧民宿などないぞ。この町の宿に宿泊するには、相当の額が要る。お前たちのごとき卑しい流浪人に、そこまでの手持ちがあるとは思えないが」
「……」
わたしは、手を開いて見せる。
門番はわたしの手を覗き込み、信じられないものを見るように、眉間に皺を寄せた。
その後の手続きは、たやすかった。
彼は決して意地悪ではなく、その資格がある者には、きちんと門を通らせるのだった。
わたしたちは、確かに見るからに怪しい風貌ではあるけど、ガベラー夫人に貰ったお金があったことで命拾いし、門が閉じる日没前まで、何とか間に合った。
門をくぐり、ホッと一安心。ピリピリした緊張感がひとまず解ける。
だが、わたしは決してサラメーナに定住しに来たわけではない。前にも述べたように、この場所はあくまで経由地に過ぎず、本当の目的地は別にある。
とはいえ、以前と変わったサラメーナは、わたしにとって興味深い対象であり、当地の事情を聞いて回るのは、得られるものが多そうだった。