まだ見ぬわたしの碧色【完結】   作:Yuki_Mar12

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 その日はもう遅かったし、たっぷり疲れてもいたので、わたしたちは宿に泊まることにした。

 

 宿はわざわざ探さずともその辺にあり、わたしたちはよく目立つ三階建ての大きい、『龍の谷』という店名が刻まれた看板の宿屋を選んで中に入り、手続きをした。

 

 門番との決して円滑とは言えないやり取りがあったように、宿屋においてもまた、受付の者から偏見と疑惑の目を向けられ、わたしたちは、身空の怪しくないことを証すため、時間と手間を余分に割かないといけなかった。

 

 わたしが手のひらのコインを見せるとそれまでの軽蔑や嘲弄が嘘だったように相手が態度をコロッと変えるので、わたし、そしてわたしに付いてきているお母さん、ファーチェ、ティークさんは、拝金主義者の浅ましさに閉口せざるを得なかった。(他方では、わたしたちは貨幣といったものに疎く、そういう意味では愚かと言うべきだった。)

 

 わたしが手持ちのコインの一部を支払い、案内された部屋は、わたしが未だかつて過ごしたことのないほど広い部屋だった。

 

 成るほど、わたしは宿泊予定者は四人と伝えたが、そのことを加味しても、部屋は広いと思える。真っ白のシーツに覆われたベッドが人数分あり、机、椅子、チェストなどのその他の家具調度は漏れなく揃っている。

 

 鍵が部屋に付いていて施錠、開錠が出来ることが感激で、わたしが住んでいた家には鍵などなく、貴重品などは常に肌身離さず持っていないといけなかった。とはいえ、わたしたちは、せっかく鍵付きの部屋に泊まれることになったものの、幸か不幸か、盗まれて困るものはほとんど所持していなかったのである。わたしはコイン、そして桃色の貝殻だけ、大事に持っていればよかった。

 

「何か、勿体ないね」

 と、部屋に入るなり、ファーチェが落ち着かない様子で言う。

 

「そうね。ここまでいいところに泊まる必要なんてないのに」

 と、言うのは、お母さんで、慣れない環境に、かえって居心地が悪いようだ。

 

「ありがたや、ありがたや」

 と、ティークさんは、素直にこの贅沢を受け入れ、享受しようとする姿勢だ。

 

「明日は」、とわたしはフカフカのベッドに腰を下ろして言う。「服をまず買いに行くのがいいかもね。この格好じゃ、どこへ行っても浮浪者扱いだもの」

 

 他の皆も、自分のベッドで思い思いにくつろいだ格好になる。お母さんとファーチェは、靴を脱いでお姉さん座りし、ティークさんは、横になった。

 

「そうね」、とファーチェ。「わたしのマントも、裂けたりほつれたりしてボロボロになってきたし」

 

「クローネ」、とお母さんが妙にまじまじと呼びかける。「あんた、手持ちのお金が今、いくらあるか、分かるの?」

 

 わたしはポケットのコインを取り出して見下ろす。金貨と銀貨、それぞれ何枚かある。……コインを数えつつ、あるいは服といっしょに財布を買うのがいいかも知れない、などとわたしはぼんやり思うのだった。

 

「さぁ、いくらだろうね? わたし、お金、使ったことないし」

 

「絶対、要らないものには使うんじゃないよ。勿体ないからね」

 

「分かってる。このお金は、皆のもの。ちゃんと、そう認識してる」

 

 ――沈黙が訪れると、ある方より寝息が聞こえ、話に集中していたわたし、お母さん、ファーチェは、ティークさんを見る。

 

 彼はベッドに仰向けになり、早々と眠りに落ちたようだ。

 

「お父さんったら」、とファーチェが言って苦笑する。

 

「ねぇ、クローネ」、とお母さん。「あんた、これからのことについて、何か考えがあるの?」

 

「わたしも、知りたい」、とファーチェ。

 

 わたしは小さく唸ると、「別に、これといってきちんとした考えはない」、と答えた。「けど、こうしてサラメーナに来たんだし、とりあえずは、情報を集めたいって思う。昔と比べてどうなったのか。後、どういう勢力がサラメーナを支配するようになったのか」

 

「そうね。わたしたちの過去に暮らした故郷だもの。知るべきことはきちんと知っておきたい」

 

「わたしも、手伝えることは手伝いたい」

 

「ありがとう。ファーチェ。ひょっとしたら、頼むことがあるかも知れない」

 

「まぁ、でも、難しいことを考えるには、今のわたしたちは、ちょっとくたびれ過ぎてるわね。本当、疲れたわぁ」

 

 お母さんがそう言い、大あくびし、横になって目を瞑る。

 

「わたしたちも、寝ようか」、とファーチェ。

 

「そうね」、とわたし。

 

「……クローネ?」

 

 ファーチェが、何か気付いたように、怪訝そうにわたしを呼ぶ。

 

「まだ、考えごと?」

 

 わたしは、難しい顔でもしているのだろうか。

 

「ううん」、とわたしは首を振る。「考え事はしてない。ただ、いつの間にか、わたし、サリーさんの立ち位置に立ってるなぁって思ってさ」

 

「サリーさん?」

 

 ファーチェがきょとんとするのを見て、わたしは寂しい気持ちになる。

 

「あっ、ファーチェは知らなかったね。サリーさんは、わたしの知り合い……昔のだけどね」

 

 わたしは、言葉を濁して、話に無理矢理ピリオドを打つ。――死者の話など、進んでするものではない。

 

 ファーチェはどこか腑に落ちない様子だったが、特にサリーさんのことには拘泥せず、横になって瞑目する。

 

 皆、眠ってしまった。

 

 最後に、わたしが残される。

 

 

 

 わたしが部屋の燭台の火を順番に消していって、最後にベッドのそばのナイトテーブルの灯火を、寝た状態で息を吹きかけて消すと、部屋は真っ暗に、そして水を打ったように静かになった。

 

 

 

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