わたしたちがサラメーナの農地を去って、壁に囲まれた町へと戻る途中、道をちょっと逸れたところに、広場があった。
広場とはいえ、ひとが出入りするものではないみたいで、草がボーボーに生えており、どこか違和感があって、広場と呼ぶか、ただの空き地と呼ぶか、悩ましいものだった。
わたしたちは、関心があってその広場に立ち寄ることにした。
十字を台の上にのせた感じの石の構造物が、ポツンと広場のだいたい中央部にあり、確かにそれは、大きい石を材料に製作した工作物のように見えた。風化はしていないものの、作りっぱなしで、手入れの跡などが皆無だった。
「これって、ひょっとして、お墓?」
と、お母さんが口元に手を当てて、考え込む恰好で、呟く。
「そういう風に見えます」、とティークさんがそのそばでじっくり観察して言う。「誰かが亡くなったのでしょう。そのように、推測されます。世話はあまりされていないようですが」
ファーチェは、居心地が悪いのか、やや離れたところで不安そうにしており、わたしは、彼女よりやや前に位置し、『お墓』を凝然と見つめて立ち竦んでいる。
わたしは心当たりがあって、お母さんへと視線をやると、ちょうど、彼女と目が合った。その瞳は、何か分かっているという確信と共に、けれどそのことについて口に出して言いにくいという気後れを思わせるのだった。
表出されない悲しみが、わたしの中で膿んだ傷のように、ズキズキと疼く気がした。
「行こう」、とわたしが言い出す。「これはきっと、昔、誰かが亡くなって、そのお墓なんだよ」
「かわいそう」、とファーチェ。「誰も面倒を見てくれないなんて」
「そうね。本当にかわいそうと思うわ」、とお母さん。
ティークさんは、わたしとお母さんの真意を汲み取るように、黙然と顔色を窺っていた。
誰が言うでもなく、わたしたちはめいめいお墓に向かって手を合わせ、瞑想した。
――結局、わたしたちは広場を去った。いたたまれない哀傷が、わたしにはあり、きっとお母さんにも、同じものがあっただろう。
門まで来ると、門番に、町長の居所を尋ねた。曰く、町長も宿の経営をしているということで、その宿屋の名前を教えてくれた。偶然にも、『龍の谷』という、わたしたちの泊まった宿だった。
宿に戻って受付の者に経営者に会いたいと申し出ると、彼はひどく訝しそうに応じ、しぶしぶ呼びに行った。
わたしたちがしばらく待っていると、ひとりの大男が現れ、わたしたちはその偉容に圧倒された。
わたしより、お母さんより、ティークさんより、彼は大きかった。後少しで天井に届くくらい、彼は高かったし、がっしりした体付きで、わたしたちは畏縮せざるを得なかった。毛のないツルツルの頭に、長く伸びた白髭。据わった目。髭に埋もれてよく見えず、感情の読めない口元。
だが、彼は意外と気さくにサッとその体に比例して大きい手を差し伸べてくら、わたしたちは、誰が応じるか、一瞬たじろいだが、わたしが仕方なく手を伸ばして握手すると、わたしはちょっと投げ飛ばされそうに思われて怖かった。
「ようこそ、龍の谷へ。あなた方がわたしをお呼びと伺って参ったが」
――太いよく通る声調だった。
「えぇ」、とわたしは、緊張して返す。「ちょっとお聞きしたいことがあって。この町のことなんです」
「サラメーナのことですか。分かりました。快くお答え致しましょう。では、ここでは何なので、場所を変えましょう。わたしの部屋でよろしければ、ご案内します」
言われる通りに、わたしは彼に付いていき、宿屋の中の客室ではない部屋へと先導された。話が会ったその場ですぐ終わるものではないと察してくれたのは、わたしたちはありがたかった。
彼の部屋も、あるいは彼の体格に合わせてなのか、わたしたちの部屋と同等に広く、快適そうだった。
彼は部屋の奥にある机に付き、わたしたちはその正面に4つ椅子を用意して貰い、腰を下ろした。
町長とわたしたち。1対4だ。
「あなた方は、どこか他の者とは違う雰囲気をお持ちだ。こう言っては失礼なのか知れないが」
と、町長。
「何というのか、あなた方の雰囲気は素朴で、異質さがある――あまり悪く受け取って欲しくはないが。この町にいる者、来る者は、大抵、いい意味でも悪い意味でも、身のこなしが瀟洒で垢抜けていて、同質化されている。あなた方のご用意になっているのは、きっと月並みの質問ではありますまい」
机上に両肘を突き、指を上下に重ねるようにして手を組む彼の中で、わたしたちが何者で、何を訊こうとしているのかという推測が、どの程度まで進んでいて、当を得ているのかはっきりしない。
そして、彼がわたしたちにとって味方になるのか、敵として脅かすのか、徹底的に中立を守るのか、そのスタンスもまだ分からない。
だが、その強面に反して、町長が話の分かる人のようだという印象をくれたのは、僥倖だったと言える。